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第四王道『異世界にトリップ、てきな? Ⅱ』
3.憧れの先輩
しおりを挟む大学を卒業と同時に会社に入社して、俺の教育係になったのが黒羽明先輩だった。
最初は、怖い人、というイメージが強い人だった。真面目過ぎて、堅物過ぎて、ノリが悪い。会社の飲み会にはほとんど参加しない、できるだけ定時で帰る人だった。
ただ、仕事は早い。効率を考え、テキパキとこなす。上司受けは悪いけれど、信頼は厚い。俺に教える時も、どう作業をすれば早く終わるのか、考えながらするようにと指導された。仕事に関しては、完璧な人だった。
そんな入社してある日のことだった。珍しく先輩が厳しい顔をして作業をしていた。かなりの量があるのか、パソコンを打つ手もせわしなく、周りの誰も声を掛けることができないほどだった。
「萩野君!」
唐突に呼ばれ、慌てて駆け寄れば書類の束を渡された。先輩の目線はパソコン画面から外れないまま、差し出された書類を受け取った。
「済まないが、今日中に仕上げる書類が溜まっている。手伝ってほしい」
「はい。承知しました」
先輩が仕事を託してくれるのは、俺を信頼しているからだろう。受け取った書類を自分のデスクまで持ち帰り、中身を確認したけれど。
扱ったことのない会社の資料だった。俺が手伝ったことがあるのは、まだ数社だけ。今、手渡された会社の内情も、どんな取引を行っているかも、分からなかった。
渡す書類を間違えたのだろう、確認しに戻った。相変わらず先輩は険しい顔のまま、パソコンを操作し続けている。
「黒羽先輩、この書類ですが……」
「前に一度、教えたことがあるはずだ」
「ですが、この会社のことは……」
「やってくれ」
そう言うと、書類を手に立ち上がって行ってしまう。その足取りは速く、呆然と見守るしかなかった。
どうしよう、さっぱり分からない。手にした書類を持ったまま、デスクに戻るしか無かった。隣の同僚が肩を叩いてくれる。
「厳しいな、お前の先輩」
「この会社のこと、知ってそうな先輩って知らないか?」
「さあ、俺も見たことないな。てか、その会社、上得意先じゃね? そんな資料をお前に渡すってどうよ?」
「どうよって言われてもなー。見たことないんだけど」
悩んでいても仕方がない。渡された書類に全て目を通し、何を作成したら良いのか考えた。先輩のパソコンを覗くわけにもいかず、うんうん、悩む時間だけが過ぎていく。
あれだけ忙しそうな先輩は珍しい。きっと本当に時間が押しているのだろう。俺が足を引っ張るわけにはいかない。
とにかくデータをまとめてみよう。教えてもらった作業のほとんどは、資料を元にデータ化してくものだった。この会社のことも、数値化してほしいのかもしれない。
手探りで資料作りを開始した。何が必要なのか分からないので、色々なパターンを作ってみる。どれか一つくらいは正解があるかもしれない。もたつきながら作業を進めた。
そうしてどれくらいが過ぎただろう。外出先から先輩が戻ってきた。足早にデスクに座った時には、午後四時を過ぎていた。疲れた顔をしながらも、次の作業に取りかかっている。黒縁眼鏡の奥からは、鋭い目が見えていた。
俺も急がなければ。どれが正解か分からないままに、あと一つ、別パターンの資料を作ったら持って行ってみよう。最後の追い込みを駆けていた時だった。
「済まない!」
ビクッと体が揺れてしまう。背後からの先輩の声に驚いてしまう。隣の同僚も飛び退くほどだった。
「僕のミスだ。それはまだ君には教えていない。時間を無駄にさせてしまった」
「あ……え?」
「定時で上がって良い。君がすべきだった仕事は僕がやろう」
そう言いながら、俺に渡した資料を回収し、資料作りが終わったら今日の自分のノルマをやろうと思っていた書類まで持って行かれてしまう。
ただ、驚いてしまって。再び厳しい顔でパソコンを操作し始めた先輩を見つめるしかなかった。
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