王道ですが、何か?

樹々

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第一王道『異世界にトリップ、てきな?』

1.勇者にはなりませんから

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 よくある話だ。

 目が覚めたら異世界だった、とか。

 ある日突然、何の前触れもなく、唐突に知らない世界に居る。

 ファンタジー物語の、ある意味王道。

 そしていきなり言われるのだ。



「僕、勇者にはなりませんからね?」

 目の前の人に、先に言っておく。

 お前は選ばれた人間で、この世界を救う勇者なのだと、とかなんとか言いそうな人に、牽制しておく。

「……は?」

「いや、だらか。二十八にもなって、世界を救うために今の生活かなぐり捨てたりできませんから。他の人を当たって下さい。っていうか、元の世界に戻して下さい」

 草むらに座っている僕と。

 馬の背に乗っている青年。

 見つめ合いながら首を傾げあう。

「何の話だ?」

「お迎えじゃないんですか?」

 白い馬に乗っている青年は、金髪に青い眼をした引き締まった体をしている人だった。王道ファンタジーに必ず一人はいる、イケメン剣士風の青年。

 一方、僕は純日本人の真っ黒髪に黒い眼の、黒縁眼鏡を掛けた男。真面目が取り柄のサラリーマンだ。

 昨日、会社帰りに飲んでいた。結構、飲んだ。

 で、目が覚めたら湖近くの草原に居て。

 あ、これ夢だ。

 と冷静に自分の頬を抓ってみたけれど目が覚めない。腕や足も抓ってみたけれど痛いだけで目が覚めない。

 胡座をかいて、腕も組んで、マーブル色の空を見上げながら困っていたら、彼が現れたというわけだ。そろそろ周りを探索に行こうかと思っていたのでラッキーだった。

「ここ、異世界ってやつですよね?」

「……お前、頭大丈夫か?」

 馬上から心配そうな視線を向けられる。立ち上がった僕をまじまじと見下ろした彼は、首を指さしてきた。

「なんだ、その、苦しそうな紐は」

「おっと、王道質問来ましたね」

「王道?」

「異世界ではネクタイが珍しい、ってね」

 飲み会帰りだったので、ネクタイをしたままになっていた。興味がわいたのか、青年が馬から降りてくる。少し緩めていたネクタイに触ってみた彼は、ぐいっと引っ張ってきた。

 急に、彼との距離が近くなる。

 ハッと気付いて両手で跳ね除けた。

「BL王道反対」

「……び……何だって?」

「嫌ですよ、そういう王道は断固お断りします!」

 異世界で出会ったイケメンに、あれよあれよとそういった関係になる。僕が女性ならそれもまたファンタジー物語としてはありだが、生憎、僕は男。

「同じモノ、付いてますから」

「……さっきから何、訳のわからないことを」

 形の良い眉をハの字型にした青年は、僕より少し高かった。歳はそう、変わらないように見える。ずれた眼鏡をくいっと指で戻した僕に、大きな大きな溜息をついた。

「まあ、とにかくここから離れるか。この辺は魔力が高いからな」

「魔力! 王道ですね」

「……置いていくか」

「ああ、待って下さい」

 背を向けた青年の腕にすがった。目が覚めない以上、ここが現実世界かもしれない以上、一人置いていかれるのは得策では無い。

 とにかく状況整理をするためにも、異世界で初めて出会った人についていくのは王道だ。ゲームの世界でも、たいてい最初に出会った人が重要人物になることが多い。

「勇者にはなれませんが、助けて下さい」

「……変な奴だな」

 胡散臭そうな目をしながらも、僕を馬に乗せてくれた。目の前に飛び乗りながら、腕を腰に巻き付けるように促される。筋肉に覆われた彼の腰に、むぎゅっと抱きついた。

「ま、とりあえず俺の村に行くぞ」

 短いかけ声をかけると、馬が心得たように走り出す。人生で初めて馬に揺られた僕は、お尻が何度も跳ね上がってしまう。

「おい、まさか馬に乗ったことがないのか?」

「の、の、の、乗る、き、かい、なんて……!?」

 アスファルトのように整備されていない道を、馬のタイミングで走っていくので、時折、大きな石を飛び越えるように避けた時、僕の体も大きく浮き上がる。

 青年のように馬の振動に合わせてやれないので、彼とは違うタイミングで跳ねる僕が気になるようだ。

 馬を止めた青年が降りている。僕に前に詰めるように言うと、今度は背中に乗ってきた。グッと腰に彼の腕が巻き付いてくる。密着する背中と、肩越しに感じる彼の吐息。

「まったく。馬に乗れないなんて、どうやって生活してんだか」

 先ほどより速度を緩めて走ってくれる。腰に巻き付いている腕のおかげで、彼と同じタイミングで馬の背に揺られることができた。

 掴まるものが無いので心許ない。フサフサしている馬のたてがみにでも掴まっておこうと握って気がついた。

 触れあう背中。

 落ちないよう、逞しく支えてくれる腕。

 近い距離にあるイケメンの顔。

「BL王道にハマったりしませんからね?」

「……もう、ツッコム気もおきねぇよ」

「つっこむ? ちょっ、駄目ですからね? 僕は健全なんです!」

 背後から抱き締められているのが非常に危険だと気付いたけれど。暴れると馬から落ちてしまう。彼の手が変なことをしないよう、腰を支えてくれている腕に掴まった。

 盛大な溜息をもらした青年は、少しだけ馬の速度を上げた。

 青と白と緑が混ざったようなマーブル色をした空は、ユラリユラリと揺れていた。
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