2 / 87
第一王道『異世界にトリップ、てきな?』
1.勇者にはなりませんから
しおりを挟むよくある話だ。
目が覚めたら異世界だった、とか。
ある日突然、何の前触れもなく、唐突に知らない世界に居る。
ファンタジー物語の、ある意味王道。
そしていきなり言われるのだ。
「僕、勇者にはなりませんからね?」
目の前の人に、先に言っておく。
お前は選ばれた人間で、この世界を救う勇者なのだと、とかなんとか言いそうな人に、牽制しておく。
「……は?」
「いや、だらか。二十八にもなって、世界を救うために今の生活かなぐり捨てたりできませんから。他の人を当たって下さい。っていうか、元の世界に戻して下さい」
草むらに座っている僕と。
馬の背に乗っている青年。
見つめ合いながら首を傾げあう。
「何の話だ?」
「お迎えじゃないんですか?」
白い馬に乗っている青年は、金髪に青い眼をした引き締まった体をしている人だった。王道ファンタジーに必ず一人はいる、イケメン剣士風の青年。
一方、僕は純日本人の真っ黒髪に黒い眼の、黒縁眼鏡を掛けた男。真面目が取り柄のサラリーマンだ。
昨日、会社帰りに飲んでいた。結構、飲んだ。
で、目が覚めたら湖近くの草原に居て。
あ、これ夢だ。
と冷静に自分の頬を抓ってみたけれど目が覚めない。腕や足も抓ってみたけれど痛いだけで目が覚めない。
胡座をかいて、腕も組んで、マーブル色の空を見上げながら困っていたら、彼が現れたというわけだ。そろそろ周りを探索に行こうかと思っていたのでラッキーだった。
「ここ、異世界ってやつですよね?」
「……お前、頭大丈夫か?」
馬上から心配そうな視線を向けられる。立ち上がった僕をまじまじと見下ろした彼は、首を指さしてきた。
「なんだ、その、苦しそうな紐は」
「おっと、王道質問来ましたね」
「王道?」
「異世界ではネクタイが珍しい、ってね」
飲み会帰りだったので、ネクタイをしたままになっていた。興味がわいたのか、青年が馬から降りてくる。少し緩めていたネクタイに触ってみた彼は、ぐいっと引っ張ってきた。
急に、彼との距離が近くなる。
ハッと気付いて両手で跳ね除けた。
「BL王道反対」
「……び……何だって?」
「嫌ですよ、そういう王道は断固お断りします!」
異世界で出会ったイケメンに、あれよあれよとそういった関係になる。僕が女性ならそれもまたファンタジー物語としてはありだが、生憎、僕は男。
「同じモノ、付いてますから」
「……さっきから何、訳のわからないことを」
形の良い眉をハの字型にした青年は、僕より少し高かった。歳はそう、変わらないように見える。ずれた眼鏡をくいっと指で戻した僕に、大きな大きな溜息をついた。
「まあ、とにかくここから離れるか。この辺は魔力が高いからな」
「魔力! 王道ですね」
「……置いていくか」
「ああ、待って下さい」
背を向けた青年の腕にすがった。目が覚めない以上、ここが現実世界かもしれない以上、一人置いていかれるのは得策では無い。
とにかく状況整理をするためにも、異世界で初めて出会った人についていくのは王道だ。ゲームの世界でも、たいてい最初に出会った人が重要人物になることが多い。
「勇者にはなれませんが、助けて下さい」
「……変な奴だな」
胡散臭そうな目をしながらも、僕を馬に乗せてくれた。目の前に飛び乗りながら、腕を腰に巻き付けるように促される。筋肉に覆われた彼の腰に、むぎゅっと抱きついた。
「ま、とりあえず俺の村に行くぞ」
短いかけ声をかけると、馬が心得たように走り出す。人生で初めて馬に揺られた僕は、お尻が何度も跳ね上がってしまう。
「おい、まさか馬に乗ったことがないのか?」
「の、の、の、乗る、き、かい、なんて……!?」
アスファルトのように整備されていない道を、馬のタイミングで走っていくので、時折、大きな石を飛び越えるように避けた時、僕の体も大きく浮き上がる。
青年のように馬の振動に合わせてやれないので、彼とは違うタイミングで跳ねる僕が気になるようだ。
馬を止めた青年が降りている。僕に前に詰めるように言うと、今度は背中に乗ってきた。グッと腰に彼の腕が巻き付いてくる。密着する背中と、肩越しに感じる彼の吐息。
「まったく。馬に乗れないなんて、どうやって生活してんだか」
先ほどより速度を緩めて走ってくれる。腰に巻き付いている腕のおかげで、彼と同じタイミングで馬の背に揺られることができた。
掴まるものが無いので心許ない。フサフサしている馬のたてがみにでも掴まっておこうと握って気がついた。
触れあう背中。
落ちないよう、逞しく支えてくれる腕。
近い距離にあるイケメンの顔。
「BL王道にハマったりしませんからね?」
「……もう、ツッコム気もおきねぇよ」
「つっこむ? ちょっ、駄目ですからね? 僕は健全なんです!」
背後から抱き締められているのが非常に危険だと気付いたけれど。暴れると馬から落ちてしまう。彼の手が変なことをしないよう、腰を支えてくれている腕に掴まった。
盛大な溜息をもらした青年は、少しだけ馬の速度を上げた。
青と白と緑が混ざったようなマーブル色をした空は、ユラリユラリと揺れていた。
0
あなたにおすすめの小説
やっと退場できるはずだったβの悪役令息。ワンナイトしたらΩになりました。
毒島醜女
BL
目が覚めると、妻であるヒロインを虐げた挙句に彼女の運命の番である皇帝に断罪される最低最低なモラハラDV常習犯の悪役夫、イライ・ロザリンドに転生した。
そんな最期は絶対に避けたいイライはヒーローとヒロインの仲を結ばせつつ、ヒロインと円満に別れる為に策を練った。
彼の努力は実り、主人公たちは結ばれ、イライはお役御免となった。
「これでやっと安心して退場できる」
これまでの自分の努力を労うように酒場で飲んでいたイライは、いい薫りを漂わせる男と意気投合し、彼と一夜を共にしてしまう。
目が覚めると罪悪感に襲われ、すぐさま宿を去っていく。
「これじゃあ原作のイライと変わらないじゃん!」
その後体調不良を訴え、医師に診てもらうととんでもない事を言われたのだった。
「あなた……Ωになっていますよ」
「へ?」
そしてワンナイトをした男がまさかの国の英雄で、まさかまさか求愛し公開プロポーズまでして来て――
オメガバースの世界で運命に導かれる、強引な俺様α×頑張り屋な元悪役令息の元βのΩのラブストーリー。
好きなあいつの嫉妬がすごい
カムカム
BL
新しいクラスで新しい友達ができることを楽しみにしていたが、特に気になる存在がいた。それは幼馴染のランだった。
ランはいつもクールで落ち着いていて、どこか遠くを見ているような眼差しが印象的だった。レンとは対照的に、内向的で多くの人と打ち解けることが少なかった。しかし、レンだけは違った。ランはレンに対してだけ心を開き、笑顔を見せることが多かった。
教室に入ると、運命的にレンとランは隣同士の席になった。レンは心の中でガッツポーズをしながら、ランに話しかけた。
「ラン、おはよう!今年も一緒のクラスだね。」
ランは少し驚いた表情を見せたが、すぐに微笑み返した。「おはよう、レン。そうだね、今年もよろしく。」
結婚初夜に相手が舌打ちして寝室出て行こうとした
紫
BL
十数年間続いた王国と帝国の戦争の終結と和平の形として、元敵国の皇帝と結婚することになったカイル。
実家にはもう帰ってくるなと言われるし、結婚相手は心底嫌そうに舌打ちしてくるし、マジ最悪ってところから始まる話。
オメガバースでオメガの立場が低い世界
こんなあらすじとタイトルですが、主人公が可哀そうって感じは全然ないです
強くたくましくメンタルがオリハルコンな主人公です
主人公は耐える我慢する許す許容するということがあんまり出来ない人間です
倫理観もちょっと薄いです
というか、他人の事を自分と同じ人間だと思ってない部分があります
※この主人公は受けです
流れる星、どうかお願い
ハル
BL
羽水 結弦(うすい ゆずる)
オメガで高校中退の彼は国内の財閥の一つ、羽水本家の次男、羽水要と番になって約8年
高層マンションに住み、気兼ねなくスーパーで買い物をして好きな料理を食べられる。同じ性の人からすれば恵まれた生活をしている彼
そんな彼が夜、空を眺めて流れ星に祈る願いはただ一つ
”要が幸せになりますように”
オメガバースの世界を舞台にしたアルファ×オメガ
王道な関係の二人が織りなすラブストーリーをお楽しみに!
一応、更新していきますが、修正が入ることは多いので
ちょっと読みづらくなったら申し訳ないですが
お付き合いください!
別れようと彼氏に言ったら泣いて懇願された挙げ句めっちゃ尽くされた
翡翠飾
BL
「い、いやだ、いや……。捨てないでっ、お願いぃ……。な、何でも!何でもするっ!金なら出すしっ、えっと、あ、ぱ、パシリになるから!」
そう言って涙を流しながら足元にすがり付くαである彼氏、霜月慧弥。ノリで告白されノリで了承したこの付き合いに、βである榊原伊織は頃合いかと別れを切り出したが、慧弥は何故か未練があるらしい。
チャライケメンα(尽くし体質)×物静かβ(尽くされ体質)の話。
隣国のΩに婚約破棄をされたので、お望み通り侵略して差し上げよう。
下井理佐
BL
救いなし。序盤で受けが死にます。
文章がおかしな所があったので修正しました。
大国の第一王子・αのジスランは、小国の王子・Ωのルシエルと幼い頃から許嫁の関係だった。
ただの政略結婚の相手であるとルシエルに興味を持たないジスランであったが、婚約発表の社交界前夜、ルシエルから婚約破棄をするから受け入れてほしいと言われる。
理由を聞くジスランであったが、ルシエルはただ、
「必ず僕の国を滅ぼして」
それだけ言い、去っていった。
社交界当日、ルシエルは約束通り婚約破棄を皆の前で宣言する。
起きたらオメガバースの世界になっていました
さくら優
BL
眞野新はテレビのニュースを見て驚愕する。当たり前のように報道される同性同士の芸能人の結婚。飛び交うα、Ωといった言葉。どうして、なんで急にオメガバースの世界になってしまったのか。
しかもその夜、誘われていた合コンに行くと、そこにいたのは女の子ではなくイケメンαのグループで――。
【完結済】あの日、王子の隣を去った俺は、いまもあなたを想っている
キノア9g
BL
かつて、誰よりも大切だった人と別れた――それが、すべての始まりだった。
今はただ、冒険者として任務をこなす日々。けれどある日、思いがけず「彼」と再び顔を合わせることになる。
魔法と剣が支配するリオセルト大陸。
平和を取り戻しつつあるこの世界で、心に火種を抱えたふたりが、交差する。
過去を捨てたはずの男と、捨てきれなかった男。
すれ違った時間の中に、まだ消えていない想いがある。
――これは、「終わったはずの恋」に、もう一度立ち向かう物語。
切なくも温かい、“再会”から始まるファンタジーBL。
全8話
お題『復縁/元恋人と3年後に再会/主人公は冒険者/身を引いた形』設定担当AI /c
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる