王道ですが、何か?

樹々

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第一王道『異世界にトリップ、てきな?』

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***


 湖で出会った青年は、ハリスと名乗った。湖から馬で四十分ほど走った場所にある村に住んでいる。

 都市にあるビルなどもちろんなく、木製の家が建ち並ぶ。舗装はされていたけれど、道は草の無い大地がむき出しになっているものだった。

 洋服は、ゲームの世界に出てくるような感じだ。ネクタイをしている男性はいないし、ベルトは紐だった。昔の洋風の服装に近い。ハリスもまた、切りっぱなしの白いシャツに、紐で止めたズボン、ショートブーツのような靴を履いている。

「で。クロバネアキラは何であんな場所に? 湖から漏れている魔力が強すぎて、普通は近づかない場所だぞ?」

「そういうハリスさんだって、どうしてあの場所に?」

 ハリスの家にお邪魔させてもらいながら、質問に質問で返す。この世界の情報を少しでも集めておきたい。

「湖の方角から強い光が上がったと、妹が怖がってな。調べに行ったらお前が上の空でぼんやりしていたって訳だ」

「なるほど。僕がこの世界に召還された時の光と思われます」

「召還って……誰がそんな高度な魔法を? 近くには誰も居なかったが」

「魔法。ますます王道に近づきますね」

 顎に手を当て唸る僕に、ハリスはマグカップに入れたコーヒーの様なものを淹れてくれた。黒い液体は、見た目に反して甘かった。

「クロバネアキラはどこの村の出身だ? 分かれば送ってやるが」

「無理だと思います。僕の世界に魔法とか召還とかいう言葉が出てくるのは、ゲームとか小説とか映画の中だけですので」

「だが、クロバネアキラは……」

「それと、こちらでは名前だけのようですが、黒羽、明、です。日本人は姓と名に分かれて名前をつけます」

「……分からない」

「そちらが名前なので、僕のことも明と呼んで下さい」

 フルネームで連呼されるのは、少し恥ずかしい。首を傾げながらも、言い直してくれた。

「で、アキラはこれからどうする?」

「正直、とても困っています。非常に、とてもとても」

 ここが異世界だとして、僕はどうやったら帰ることができるのか。勇者になれというお決まりの台詞もないし、別段、僕が来たからといって村人達の反応は薄かった。

 何の意味も無いのに、どこかの誰かが召還したのなら、迷惑甚だしい。

「困っているように見えないな」

「よく、言われます。能面だって」

「のうめん……?」

「表情がないってことです」

「ああ、確かに顔が変わらないな」

 自然に伸ばされた手が、僕の頬を包もうとしている。その手を捕まえた。

「だから、BL王道はお断りなんですってば」

「び……それは何だ?」

「男が男にあれやこれやする世界です」

「……?」

「とにかく。こういった女子が喜びそうなシチュエーションは固くお断りしますが、助けて下さい」

 人が良さそうハリスの手を、今は借りるしかない。元の世界に戻る方法を一緒に見つけてもらわなければ。

 分からない、とハの字眉を作ったハリスは、ドアを勢いよく開けて飛び込んできた少女を振り返っている。

「お兄ちゃん! イケメン拾ったって本当!?」

「リズ。ドアを乱暴に開けるなと何度も言っているだろう!」

「壊れたら直してくれれば良いから!」

「簡単に言うな! そもそも……」

「やっだ-! 珍しい髪! え、眼も黒いの? やだやだ~!」

 金髪を後ろで一本に結んでいる少女が、座っている僕の周りをウロウロしている。黒髪を摘ままれ、眼を覗き込まれ、ついでに立たされると背を比べられた。

「お兄ちゃんよりちょっと低いね!」

「お前な。初対面の男にベタベタ触るんじゃない」

「で、あなた何に変身するの? 黒いから黒鳥とか!?」

 興奮気味に叫んでいる、ハリスの妹リズの言葉に、僕は眉間に皺を寄せてしまう。

「変身?」

「変身!」

「え、するんですか?」

「え、しないの?」

「するだろ?」

 困惑する僕に、嘘だろ、という眼の二人。

 マーブル色の空、魔法や召還がある世界、そして変身する人間。

「ちなみにお二人は何に変身するんですか?」

「俺はオオカミ。リズは猫」

「……兄弟で違うんですか?」

「先祖返りで決まるからな。親兄弟でも種類や意識レベルは違うからな」

 当たり前のように説明され、数秒、考えたのち、頷いた。

「了解です」

「何が?」

「こちらの話です」

 何日、居ることになるか分からないけれど、この世界の常識を素直に受け入れようと思った。僕の世界の常識と比べても何の意味もない。

 顎に手を当て唸りつつ、異世界に来たのなら僕も変身できるのでは、と淡い期待をしたけれど、それはすぐに打ち消されることになる。魔力が無ければ無理だそうだ。

 王道なんだから、主人公を強くしてくれないだろうか。

 せめて手から炎が出ないかと思う僕だった。
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