王道ですが、何か?

樹々

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第一王道『異世界にトリップ、てきな?』

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***


 緩やかな振動に揺られて湖に辿り着いた。それほど広くはないけれど、何だか不思議な力を感じる湖だ。

 魔力が強いと言っていた。もしかして、湖が僕の世界と繋がっているのかもしれない。

 馬から降ろしてもらうと、湖の縁まで歩いて行く。馬を繋いだハリスが遅れてついてきた。

「アキラがこっちに来た原因が湖の魔力かもしれないっていうなら、何か手がかりがあるかもしれないな」

「ええ。僕もそう思います」

「試しに水に触れてみて……って、お、おい!?」

 とりあえず入ってみようと、ずぶずぶ歩いて行く。それほど深くはないのか、湖の中央に向かって歩いても、膝丈くらいしかない。

 湖に入ったからといって、体が痺れたり、透明になったり、異世界に通じるような空洞ができたりはしなかった。

 マーブル色をした空を映している湖の中央までもう少し、というところで急に深くなる。一気に胸元辺りまで沈んでしまったので、これ以上は泳いでいかないと無理そうだ。

「アキラ! 早く出ろって!」

「もう少し調べてみます」

「いや、マジで出てこい! お前、サキュバスになるぞ!?」

 何だって、ハリスの言葉に急いで湖からあがった。もう少しで中央まで行けそうだったけれど、サキュバスになると聞いては長居はできない。

 水を滴らせながら上がった僕の体をハリスが確かめている。濡れているズボンの上からお尻をわし掴まれた。

「ちょっと、触らないで下さい」

「尻尾、生えてないな? 息は苦しくないか? 俺を見てドキドキしないか?」

「自意識過剰ですか? 男を見てドキドキなんてしませんよ。呼吸も正常です」

 何を馬鹿なことを。濡れている髪を掻き上げながら睨んでおいた。

 どうしてか、ハリスの顔が赤らんでいく。ポタポタと滴を落としている僕の体を凝視している。

「……アキラ、やばいぞ」

「何がです?」

「お前……色気増量してる!」

「は? お肉増量みたいに言わないで下さいよ」

 バカバカしい。濡れたくらいで色気など出たりしない。

 ワイシャツを脱いで水気を絞ろうとした僕の手を、ハリスが握る。

「脱ぐな。やばい」

「風邪をひけとでも? 手を離して下さい」

「俺がお前を襲っても良いのか? 本気で襲うぞ!」

「どこの世界に襲うのを宣言する悪人がいるんです。冗談言ってないでちょっと向こうへ行ってて下さい」

 ただ濡れているだけだ。ハリスのように半獣化などはしていない。ある程度、服の水気を取らないと風が当たって寒く感じる。

 ハリスの手を弾き、少し距離を取りながらワイシャツのボタンを外していく。一度脱いで絞ろうとしたその背中を抱き締められていた。

「……だから襲うって言っただろう?」

 素肌にハリスの手が触れてくる。首筋に当たる柔らかい物。

「ちょっと、止めて下さいよ」

 両腕ごと抱き締められていたので、力尽くで弾いた。彼の両腕が離れた隙に距離を取る。

「アキラ……」

「何であなたがドキドキしてるんです?」

「お前がサキュバス化してるせいだろう! どうするんだよ、襲うぞ!」

「何言って……ちょっと、やですってば」

 伸びてきた手をパンッと弾く。懲りずにまた手を伸ばしてきたので、掴むと背負い投げた。腕を掴んだまま押さえ込みに入る。ポタポタと僕の髪から滴が落ちると、ハリスがくっと喉を鳴らしている。

「どうするんだよ」

「僕に聞かれましても」

「人の話も聞かないで湖に入るから!」

「その点は申し訳ありませんでした。だからといって、じゃあどうぞ、という訳にはいきませんよ」

 彼の右腕を拘束したまま体を押さえ込んでいるけれど、左手が自由になっている。僕の背中を震える手が撫でてくる。

 ゾクリと、少し鳥肌がたってしまう。濡れた黒髪にも触れられた。

「効果がどれくらい続くかは分からないぞ」

「困りましたね」

「……悪い、アキラ」

 ユラユラ揺れている青い瞳。何を謝っているのかと、首を傾げた時、彼の体から放出された風に体を吹き飛ばされていた。

 人間から風が出てくるなんて思いもしなかったせいで、受け身も取れずに仰向けに倒れてしまう。

 そうだ、ここは異世界。

 魔法が存在する世界。

 起き上がろうとした僕の体は、マーブル色の空を陰らせたハリスの体に押さえ込まれていた。

 僕の右手は、ハリスの左手に。

 僕の左手は、ハリスの右手に。

 痛いくらいに握り締められている。

「俺も男だ。ここまで煽られたら止まれない」

「煽った覚えはありませんが?」

「お前の体から甘い香りが漂ってるんだよ。濡れて張り付くシャツも扇情的だ」

「男ですよ? 胸も膨らんでいませんよ? 筋肉質ですよ?」

 掴まった両腕が万歳をするように頭上の方へと押しやられていく。そうすると力が入りにくくなる。足で、と思った心を読まれたかのように、揃えた両太もも辺りを押さえ込むように体重をかけられている。

 逃げられない。

 眉間に皺を寄せた僕に、ハリスの顔が近づいた。

「綺麗だから大丈夫」

「僕は大丈夫じゃありません」

「勝手に入ったお前が悪い」

 確かに、頷きそうになって、いやいや、と首を横へ振る。サキュバス化してるから抱かれろ、というのは納得がいかない。近づく唇をサッと顔を背けて避けた。

「往生際が悪いな」

「あなたこそ、相手の承諾も得ずにこういったことをする人なんですね」

「脱ぐな、と言ったはずだぞ?」

「……それは」

「俺はお前がサキュバス化してることも教えたし、だから脱ぐなとも止めた」

 右手と左手をまとめられた。彼の右手一本に押さえ込まれてしまう。

 自由になった左手が、僕の顎をグッと掴んでくる。

「それでもお前は俺の前で脱いだし、体を密着させてきたんだ」

「あれは一本背負いという柔道の技です」

「知るか。お前の髪から流れた湖の滴が、俺の口に入ってきたんだ。体が猛烈に熱いんだよ……」

 囁いたハリスの唇が迫ってくる。顔を背けようにも、掴まれた顎が邪魔して動けない。

「俺……結構、お前のこと……」

 グッと奥歯を噛み締め、触れるであろう唇への衝撃に備えて身構えた。
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