11 / 17
戦間期(1932〜1941)
『大和』建造六 竣工
しおりを挟む
結局の所、艦本部員との喧々囂々とした議論の結果、『大和』竣工は三ヶ月早められる事となった。しかし、翌年(昭和一六年)の三月になると、再び繰り上げの要請が来た。今度は海軍省からの物で、命令に等しかった。そこで、更に工事を繰り上げ、結局の所予定していたよりも五ヶ月早い昭和一六年七月末に竣工が決定された。
さしもの西島大佐といえども、これには閉口し、必要とあれば徹夜工事も辞さじ、と褌を新しく締め直した。
この時点で、『大和』の司令部の改装をも行おうとしていたらしいが、軍令部内でも『大和』の扱いに結論が出ていない状態であったので、それは見送られている。というのも、旧来であれば『大和』は連合艦隊の旗艦とするのが定石であるのだが、『大和』の三〇ノットを超える高速力がそれを難しくさせていた。
具体的に言うと、『大和』を機動部隊の直掩隊に加えるだとか、遊撃部隊として金剛型と任務を同じくさせるという話が、軍令部内でも上がっていたのである。その為、司令部の改装は三番艦以降の物とするという事に決定していた。その為、『長門』が以降も連合艦隊旗艦として使えるように、横須賀にて司令部の改装を行っていた。
昭和一六年六月某日。山本大将は、赤煉瓦の一室である人物を待っていた。その顔は険しく、少なくとも世間話をしに来たわけではなさそうである。
「待たせたな」
山本大将は扉が開かれるなり、そんな声をかけられた。
「いえ、そちらも何かと忙しいでしょうに。面会に応じてくれただけでも感謝しております。軍令部総長殿」
その慇懃無礼な言葉を、皮肉とでもとったのか、入ってきた人物は無言で答え、着席を勧めた。
「それで、用件というのは何だ」
軍令部総長、嶋田繁太郎大将は開口一番にそう切り出した。その目は、山本大将に負けず鋭い。
「実は、連合艦隊はある作戦を考えていましてね。それを聞いていただきたいのです」
「聞くだけなら、良いだろう。話してみろ」
「真珠湾には、米軍の主力艦隊が集結していることは、ご存じですか?」
「ああ。それがどうした」
「それが、一挙に排除出来る作戦があるのです」
山本大将はそう切り出した。彼の暖めてきた真珠湾攻撃の利点を余すことなく伝える。
日米開戦と同時に、敵の本拠地である真珠湾を奇襲。そこに居並ぶ艦艇の悉くを、撃沈破しようというものである。
「一航戦参謀の源田実中佐や、大西瀧治郎少将も交えた討論の結果、作戦の遂行は可能であるとの結論に至っています」
嶋田大将は山本大将の言葉を全て聞いた後に尋ねた。
「それで、想定される被害の程は?」
「……空母一隻の沈没。それに航空機の約一割程度」
「それは、奇襲に成功した場合の物だろう。強襲になった場合や、気取られた場合はどうなる?」
嶋田大将の言葉に、山本大将はグッと言葉に詰まる。そして、しばらくの沈黙の後、とうとう観念したと見えて、答えた。
「気取られた場合には引き返します。前日に存在が察知され、強襲になった場合には、航空機の被害は三割程度に高まると思われます」
「当然、航空基地から空母への反撃もあるだろう。その場合はどうなる?」
「……恐らく、空母の半分は沈むかもしれません」
嶋田大将は、したりと笑みを浮かべる。
「その様な投機的作戦に、主力空母を全て投入するのか?」
「しかし、それをやらねば勝算は無きに等しい」
山本大将は余裕を欠いているのか、言葉遣いが乱雑になっている。
「どうしても、無理ですか」
ああ、と嶋田大将は答える。
「かくなる上は、こんな案を出すGF長官は辞めるしかないのでしょうかな」
「何が言いたい」
「この作戦が認められないようなら、私は辞任する」
「冗談は、よせ」
「冗談ではありません」
山本大将をなだめようとする、嶋田大将だが、それは叶わないようであった。山本大将の目は本気の者のそれであった。
「しかし、後任はどうする。アテは有るのか?」
嶋田大将の質問に山本大将は物怖じせずに答える。
「米内さんが適任でしょう」
この男、本気だな。嶋田大将はそう確信した。
両者はしばし、にらみ合う。先に折れたのは、嶋田大将であった。
「分かった。この段階で辞められては人事に関わる。軍令部の会議で上げてみよう」
しかし、山本大将は引き下がらない。
「いえ、是非ともここで認めて欲しいのです」
「それは、無理だ。いかなる作戦であろうと、それを取り仕切るのは軍令部だ。連合艦隊ではない」
ここらが潮時か。これ以上食い下がっても、嶋田大将は頷いてくれないであろう。会議で上げると約束させただけでも、十分か。山本大将は軍政畑を歩んできた男で有り、この辺りの引き際は心得ているつもりであった。
山本、嶋田両大将がやりあった一月後の七月一五日、この日遂に戦艦『大和』が竣工した。
五月から公試運転が始まり、その最中に瀬戸内海の周防灘で、主砲の射撃試験が行われた。その威力や凄まじく、轟音が周囲に響き渡ったが、主砲はびくともせず、周囲の装置や船殻も歪みや狂いは見られなかった。
さしもの西島大佐といえども、これには閉口し、必要とあれば徹夜工事も辞さじ、と褌を新しく締め直した。
この時点で、『大和』の司令部の改装をも行おうとしていたらしいが、軍令部内でも『大和』の扱いに結論が出ていない状態であったので、それは見送られている。というのも、旧来であれば『大和』は連合艦隊の旗艦とするのが定石であるのだが、『大和』の三〇ノットを超える高速力がそれを難しくさせていた。
具体的に言うと、『大和』を機動部隊の直掩隊に加えるだとか、遊撃部隊として金剛型と任務を同じくさせるという話が、軍令部内でも上がっていたのである。その為、司令部の改装は三番艦以降の物とするという事に決定していた。その為、『長門』が以降も連合艦隊旗艦として使えるように、横須賀にて司令部の改装を行っていた。
昭和一六年六月某日。山本大将は、赤煉瓦の一室である人物を待っていた。その顔は険しく、少なくとも世間話をしに来たわけではなさそうである。
「待たせたな」
山本大将は扉が開かれるなり、そんな声をかけられた。
「いえ、そちらも何かと忙しいでしょうに。面会に応じてくれただけでも感謝しております。軍令部総長殿」
その慇懃無礼な言葉を、皮肉とでもとったのか、入ってきた人物は無言で答え、着席を勧めた。
「それで、用件というのは何だ」
軍令部総長、嶋田繁太郎大将は開口一番にそう切り出した。その目は、山本大将に負けず鋭い。
「実は、連合艦隊はある作戦を考えていましてね。それを聞いていただきたいのです」
「聞くだけなら、良いだろう。話してみろ」
「真珠湾には、米軍の主力艦隊が集結していることは、ご存じですか?」
「ああ。それがどうした」
「それが、一挙に排除出来る作戦があるのです」
山本大将はそう切り出した。彼の暖めてきた真珠湾攻撃の利点を余すことなく伝える。
日米開戦と同時に、敵の本拠地である真珠湾を奇襲。そこに居並ぶ艦艇の悉くを、撃沈破しようというものである。
「一航戦参謀の源田実中佐や、大西瀧治郎少将も交えた討論の結果、作戦の遂行は可能であるとの結論に至っています」
嶋田大将は山本大将の言葉を全て聞いた後に尋ねた。
「それで、想定される被害の程は?」
「……空母一隻の沈没。それに航空機の約一割程度」
「それは、奇襲に成功した場合の物だろう。強襲になった場合や、気取られた場合はどうなる?」
嶋田大将の言葉に、山本大将はグッと言葉に詰まる。そして、しばらくの沈黙の後、とうとう観念したと見えて、答えた。
「気取られた場合には引き返します。前日に存在が察知され、強襲になった場合には、航空機の被害は三割程度に高まると思われます」
「当然、航空基地から空母への反撃もあるだろう。その場合はどうなる?」
「……恐らく、空母の半分は沈むかもしれません」
嶋田大将は、したりと笑みを浮かべる。
「その様な投機的作戦に、主力空母を全て投入するのか?」
「しかし、それをやらねば勝算は無きに等しい」
山本大将は余裕を欠いているのか、言葉遣いが乱雑になっている。
「どうしても、無理ですか」
ああ、と嶋田大将は答える。
「かくなる上は、こんな案を出すGF長官は辞めるしかないのでしょうかな」
「何が言いたい」
「この作戦が認められないようなら、私は辞任する」
「冗談は、よせ」
「冗談ではありません」
山本大将をなだめようとする、嶋田大将だが、それは叶わないようであった。山本大将の目は本気の者のそれであった。
「しかし、後任はどうする。アテは有るのか?」
嶋田大将の質問に山本大将は物怖じせずに答える。
「米内さんが適任でしょう」
この男、本気だな。嶋田大将はそう確信した。
両者はしばし、にらみ合う。先に折れたのは、嶋田大将であった。
「分かった。この段階で辞められては人事に関わる。軍令部の会議で上げてみよう」
しかし、山本大将は引き下がらない。
「いえ、是非ともここで認めて欲しいのです」
「それは、無理だ。いかなる作戦であろうと、それを取り仕切るのは軍令部だ。連合艦隊ではない」
ここらが潮時か。これ以上食い下がっても、嶋田大将は頷いてくれないであろう。会議で上げると約束させただけでも、十分か。山本大将は軍政畑を歩んできた男で有り、この辺りの引き際は心得ているつもりであった。
山本、嶋田両大将がやりあった一月後の七月一五日、この日遂に戦艦『大和』が竣工した。
五月から公試運転が始まり、その最中に瀬戸内海の周防灘で、主砲の射撃試験が行われた。その威力や凄まじく、轟音が周囲に響き渡ったが、主砲はびくともせず、周囲の装置や船殻も歪みや狂いは見られなかった。
21
あなたにおすすめの小説
熟女愛好家ユウスケの青春(熟女漁り)
MisakiNonagase
恋愛
高校まで勉強一筋で大学デビューをしたユウスケは家庭教師の教え子の母親と不倫交際するが、彼にとって彼女とが初の男女交際。そこでユウスケは自分が熟女好きだと自覚する。それからユウスケは戦略と実戦を重ねて、清潔感と聞き上手を武器にたくさんの熟女と付き合うことになるストーリーです。
【架空戦記】狂気の空母「浅間丸」逆境戦記
糸冬
歴史・時代
開戦劈頭の真珠湾攻撃にて、日本海軍は第三次攻撃によって港湾施設と燃料タンクを破壊し、さらには米空母「エンタープライズ」を撃沈する上々の滑り出しを見せた。
それから半年が経った昭和十七年(一九四二年)六月。三菱長崎造船所第三ドックに、一隻のフネが傷ついた船体を横たえていた。
かつて、「太平洋の女王」と称された、海軍輸送船「浅間丸」である。
ドーリットル空襲によってディーゼル機関を損傷した「浅間丸」は、史実においては船体が旧式化したため凍結された計画を復活させ、特設航空母艦として蘇ろうとしていたのだった。
※過去作「炎立つ真珠湾」と世界観を共有した内容となります。
小日本帝国
ypaaaaaaa
歴史・時代
日露戦争で判定勝ちを得た日本は韓国などを併合することなく独立させ経済的な植民地とした。これは直接的な併合を主張した大日本主義の対局であるから小日本主義と呼称された。
大日本帝国ならぬ小日本帝国はこうして経済を盤石としてさらなる高みを目指していく…
戦線拡大が甚だしいですが、何卒!
四代目 豊臣秀勝
克全
歴史・時代
アルファポリス第5回歴史時代小説大賞参加作です。
読者賞を狙っていますので、アルファポリスで投票とお気に入り登録してくださると助かります。
史実で三木城合戦前後で夭折した木下与一郎が生き延びた。
秀吉の最年長の甥であり、秀長の嫡男・与一郎が生き延びた豊臣家が辿る歴史はどう言うモノになるのか。
小牧長久手で秀吉は勝てるのか?
朝日姫は徳川家康の嫁ぐのか?
朝鮮征伐は行われるのか?
秀頼は生まれるのか。
秀次が後継者に指名され切腹させられるのか?
もし石田三成が島津義弘の意見に耳を傾けていたら
俣彦
歴史・時代
慶長5年9月14日。
赤坂に到着した徳川家康を狙うべく夜襲を提案する宇喜多秀家と島津義弘。
史実では、これを退けた石田三成でありましたが……。
もしここで彼らの意見に耳を傾けていたら……。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる