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戦間期(1932〜1941)
開戦前夜二 宣戦布告
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昭和一六年一〇月一八日、第三次近衛内閣が総辞職し、東條英機を首相に据えた内閣が立ち上がった。この内閣は、戦後に言われているような戦争内閣ではなく、あくまで避戦内閣であった。少なくとも、当人たちはそのつもりである。
東條首相は、就任時に、 昭和天皇ご自身から、戦争回避に注力するようにとの言葉を頂いており、忠君の心の厚い東條首相にしてみれば、その通りになるように取り組むのは当たり前の事であった。
彼が首相に就任してからも、日米間の交渉は続けられていたが、それは芳しくなく、米国務長官を訪ねても、居留守を使われることすらあった。
そして一一月二六日。合衆国から日本へ、ハルノートが提出された。これは、これまでの交渉を完全に無視する物となっており、日本の仏印及び中国(満州含む)からの撤退や、蒋介石政権を認める事など、日本にとっては到底受け入れられない物が並べられていた。
「ハル長官、日本の様子はどうだったかね」
ルーズベルト大統領は、ハル長官にそう訪ねた。
日本にハルノートを渡した当日のことであり、それの日本への反応を聞いたのである。
「焦っていました。本国に問い合わせてみると」
「そうか、日本には戦線を開いてもらわないといけないからね。それを考えると、あの内容で本当に良かったのか悩んでいた所だよ」
大統領のぼやきを聞き、ハル長官は冷静に返す。
「日本人はプライドだけは高いですから。それに石油制裁が十分に効果を発揮してくれるでしょう」
その言葉に、ルーズベルトは力強く頷いた。
「ふむ、事ここに至ってはもう交渉の余地は無いのかもしれんな…」
東條首相から、こんな言葉が出るほど、情勢は悪かった。ハルノート以後、合衆国は真面に日本と取り合おうとせず、交渉の意図が無いのは明らかである。日本も、非戦を望む声は明らかに聞こえなくなり、軍民一体で戦争に走り出そうとしているようである。
「陛下になんと、お詫びすればいいのか…」
東條首相の独白が、暗い室内に響いていた。
どうやら、山本大将は辞任をせず、自ら漸減邀撃作戦を指示する覚悟を決めた様である。このニュースに、嶋田大将は胸を撫で下ろした。とはいえ、山本大将は異例とも言える程の長期にわたってGF長官の座に着いており、近いうちに変更は必要だろうが、それは開戦後に戦線が落ち着いてからで良い。正確には、米軍との艦隊決戦の後に。それが、勝利にせよ、敗北にせよ、交代は必要であると、嶋田大将は見ていた。
「前任の伏見宮王は、早期終戦を望んでおられた。俺もそれと同じであるが、それには英雄が必要だ」
艦隊決戦に勝利したGF長官は、その座に十分に収まるに違いなかった。
「米軍は、どう攻めてくるかな」
連合艦隊旗艦『長門』艦橋で、山本大将はそう言った。
「軍令部からの情報では、マーシャルを占領して、そこを前線基地にしてから、艦隊決戦を挑んでくるとの予測です」
主席参謀黒島亀人大佐が、そう答える。
「それ以前の、作戦を妨害しては来ないかな」
「それ以前、というとフィリピン?」
黒島大佐の言葉に、参謀長宇垣纒少将が答える。
「フィリピンには、有力な艦隊はいません。ハワイからも十分に距離が有り、それ以前にトラックが障壁となります」
「いや、フィリピンではない。ウェーク島だ」
「ウェーク島?あそこの兵力は少ないでしょうし、手こずるとは、思えませんが」
「しかし、参謀長。攻略途中に米艦隊が仕掛けてくる様な事は、ないかね」
「距離がありすぎます。やはり、無いでしょう」
その言葉に、山本大将は笑みを浮かべた。
「僕も、そうだと願っている」
その日の、会見は非常に短い物であった。
ハル国務長官の元を訪れた、野村、来栖三郎両大使は、一通の文書を渡した。
ハル長官が、それを確認し終わったのを確認すると、野村大使は一言だけ発言した。
「貴国とこの様な自体になり、残念です」
その顔は実に悲壮な物であった。ハル長官は意識して、相手と同じ顔に見せかけるようにしなければならなかった。
「私もです」
会見は、それで終了した。
ハル長官は、直ぐさまに大統領に連絡を取った。
「大統領閣下。嬉しいニュースです。本日一二月七日をもちまして、日本は合衆国に宣戦布告をしました。戦争です。全ては貴方の思い通りになりました」
大統領は答えた。
「ご苦労だった、ミスターハル」
それに先立つこと、六日。日本本土からは、幾つもの有力な艦隊が出撃していた。
「ニイタカヤマノボレ一二〇八、か。とうとう開戦を決意したか」
山本大将は、そう力なく呟いた。
「真珠湾攻撃が採用されていれば、一発で、太平洋艦隊に痛打を与えていたのに……残念でなりません」
黒島大佐の強気な発言に、山本大将は首を振る。
「まあ、そう悪いことではないさ。少なくとも、一・五航戦が出動しているフィリピン攻略は、大丈夫だ。二航戦も遊撃兵力として、手元に控えている。これで西太平洋は万全だ」
「それはそうでしょうが」
納得した様子を見せない黒島大佐に、山本大将は更に言葉を重ねる。
「それに、こちらには大和型が二隻いるんだ。艦隊決戦を仕掛けられても、負けるはずはない」
その目には、砲術家の炎が舞い上がっていた。
東條首相は、就任時に、 昭和天皇ご自身から、戦争回避に注力するようにとの言葉を頂いており、忠君の心の厚い東條首相にしてみれば、その通りになるように取り組むのは当たり前の事であった。
彼が首相に就任してからも、日米間の交渉は続けられていたが、それは芳しくなく、米国務長官を訪ねても、居留守を使われることすらあった。
そして一一月二六日。合衆国から日本へ、ハルノートが提出された。これは、これまでの交渉を完全に無視する物となっており、日本の仏印及び中国(満州含む)からの撤退や、蒋介石政権を認める事など、日本にとっては到底受け入れられない物が並べられていた。
「ハル長官、日本の様子はどうだったかね」
ルーズベルト大統領は、ハル長官にそう訪ねた。
日本にハルノートを渡した当日のことであり、それの日本への反応を聞いたのである。
「焦っていました。本国に問い合わせてみると」
「そうか、日本には戦線を開いてもらわないといけないからね。それを考えると、あの内容で本当に良かったのか悩んでいた所だよ」
大統領のぼやきを聞き、ハル長官は冷静に返す。
「日本人はプライドだけは高いですから。それに石油制裁が十分に効果を発揮してくれるでしょう」
その言葉に、ルーズベルトは力強く頷いた。
「ふむ、事ここに至ってはもう交渉の余地は無いのかもしれんな…」
東條首相から、こんな言葉が出るほど、情勢は悪かった。ハルノート以後、合衆国は真面に日本と取り合おうとせず、交渉の意図が無いのは明らかである。日本も、非戦を望む声は明らかに聞こえなくなり、軍民一体で戦争に走り出そうとしているようである。
「陛下になんと、お詫びすればいいのか…」
東條首相の独白が、暗い室内に響いていた。
どうやら、山本大将は辞任をせず、自ら漸減邀撃作戦を指示する覚悟を決めた様である。このニュースに、嶋田大将は胸を撫で下ろした。とはいえ、山本大将は異例とも言える程の長期にわたってGF長官の座に着いており、近いうちに変更は必要だろうが、それは開戦後に戦線が落ち着いてからで良い。正確には、米軍との艦隊決戦の後に。それが、勝利にせよ、敗北にせよ、交代は必要であると、嶋田大将は見ていた。
「前任の伏見宮王は、早期終戦を望んでおられた。俺もそれと同じであるが、それには英雄が必要だ」
艦隊決戦に勝利したGF長官は、その座に十分に収まるに違いなかった。
「米軍は、どう攻めてくるかな」
連合艦隊旗艦『長門』艦橋で、山本大将はそう言った。
「軍令部からの情報では、マーシャルを占領して、そこを前線基地にしてから、艦隊決戦を挑んでくるとの予測です」
主席参謀黒島亀人大佐が、そう答える。
「それ以前の、作戦を妨害しては来ないかな」
「それ以前、というとフィリピン?」
黒島大佐の言葉に、参謀長宇垣纒少将が答える。
「フィリピンには、有力な艦隊はいません。ハワイからも十分に距離が有り、それ以前にトラックが障壁となります」
「いや、フィリピンではない。ウェーク島だ」
「ウェーク島?あそこの兵力は少ないでしょうし、手こずるとは、思えませんが」
「しかし、参謀長。攻略途中に米艦隊が仕掛けてくる様な事は、ないかね」
「距離がありすぎます。やはり、無いでしょう」
その言葉に、山本大将は笑みを浮かべた。
「僕も、そうだと願っている」
その日の、会見は非常に短い物であった。
ハル国務長官の元を訪れた、野村、来栖三郎両大使は、一通の文書を渡した。
ハル長官が、それを確認し終わったのを確認すると、野村大使は一言だけ発言した。
「貴国とこの様な自体になり、残念です」
その顔は実に悲壮な物であった。ハル長官は意識して、相手と同じ顔に見せかけるようにしなければならなかった。
「私もです」
会見は、それで終了した。
ハル長官は、直ぐさまに大統領に連絡を取った。
「大統領閣下。嬉しいニュースです。本日一二月七日をもちまして、日本は合衆国に宣戦布告をしました。戦争です。全ては貴方の思い通りになりました」
大統領は答えた。
「ご苦労だった、ミスターハル」
それに先立つこと、六日。日本本土からは、幾つもの有力な艦隊が出撃していた。
「ニイタカヤマノボレ一二〇八、か。とうとう開戦を決意したか」
山本大将は、そう力なく呟いた。
「真珠湾攻撃が採用されていれば、一発で、太平洋艦隊に痛打を与えていたのに……残念でなりません」
黒島大佐の強気な発言に、山本大将は首を振る。
「まあ、そう悪いことではないさ。少なくとも、一・五航戦が出動しているフィリピン攻略は、大丈夫だ。二航戦も遊撃兵力として、手元に控えている。これで西太平洋は万全だ」
「それはそうでしょうが」
納得した様子を見せない黒島大佐に、山本大将は更に言葉を重ねる。
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