石燕先生、モノノケでござる! ――第一話 春坊の縁談――

玉水ひひな

文字の大きさ
7 / 7

春坊に、死相

しおりを挟む
「そこなあなた!
 画妖……、いえ、鳥山石燕先生とお見受けしましたが、なぜ、その女人の画姿を描くのです」

 気がつけば、春坊は画妖先生をそう詰問していた。
 春坊の剣幕に、画妖先生は総髪の下でだるそうに眼を光らせた。


「んん……? 何だ、てめえは。この百魅ひゃくみしょうする逢魔刻おうまがときに、餓鬼が気安く出歩くもんじゃねえぞ。怖ァい目に遭っても知らねえぜ……」


「……」


 こんな奇人中の奇人にまで小童こわっぱ扱いされ、春坊はムッとした。
 だいたい、画妖先生だって、まだまだ若造と呼ばれるようなよわいの男じゃないか。

 眉をひそめて、春坊は、幼く見えないように肩を怒らせて言い返した。

「そ、それがしは小僧ではありませぬ。この町で同心を務める久慈新兵衛が末子、久慈春右衛門と申しまする。無礼は承知でお声かけさせていただきましたが、先生は何ゆえ、その女性を……日下部千代殿をお描きになるのです?」

 声を上ずらせている春坊をちょっと見て、画妖先生は画筆で描いたような柳眉を持ち上げた。

「千代……? ふぅん……。この女、千代というのか」
「は……?」
「なかなかどうして、それらしい名を持ったもんだな」
「……?」

 先生が、頬を持ち上げてニヤリと笑う。
 自ら描いたくせに、彼はその画をしげしげと眺め始めた。

 ……このモノノケ先生は、いったい何を言っているのだろうか?

 さっぱりわけがわからず、春坊はますます顔をしかめた。
 だって、普通、絵というものは画題を知覚して描くものじゃないか。
 何と知らず、こんな抽象性の一切ない千代そっくりの美人画を描けるものだろうか?

 謎めいた独り言に春坊が戸惑っていると、男がさっさと画具を仕舞い始める。
 目を瞬いて、春坊は画妖先生に訊いた。

「先生、どちらへ行かれるので?」
「決まってるじゃねえか。日が暮れたから、帰るンだ。画を描くにゃ、行燈がいる……」
「……」

 春坊が呆気に取られていると、夕日の残光を頼りに画妖先生が濁った目をまん丸にして、春坊の顔を覗き込んできた。
 どこか妖しげな光を閃かせた画師の瞳に、春坊の童顔が映る。


「――ふむ。どうやら、オヌシには死相しそうが出ておるようだな。せいぜい気をつけることだ」


「な……」

 脈絡もなくモノノケ先生の口からおどろおどろしい言葉が飛び出て、春坊はつい頬に手を置いた。

「し、死相でござるか?」
「ああ」

 そう頷くと、春坊を放って画師が歩き出す。

「お待ちくだされ! 先生!」

 死相とはどういうことか訊こうと慌てて引き止めたのだが、男が振り返ることはなかった。
 夕暮れに溶けるようにして――、彼の背中は消えていった。



 ♢ 〇 ♢



 奇妙な画師の背を見送って、春坊は眉をひそめた。

 俺の顔に、死相が?

(――あのモノノケ先生は、いったい何を言っておられるのだ……?)

 ……モノノケ先生が人相を視るという話は小耳にも挟んだことがないが、明日からはそんな風聞が噂好きの江戸っ子達の間を駆け巡るのかもしれない。
 
 忍び寄る夜闇とともに賑やかだった行商や大道芸の声もいつしか絶え、野犬の鳴き声が驚くほど側からふいに響く。

「!」

 犬公方と呼ばれた五代将軍が発布した生類憐みの令により、人を咬む凶暴な野良犬の多くがお犬小屋に召された。
 あれからずいぶん経つから、近頃また江戸に野犬が増えてきたのかもしれない。
 
 どこかの寺で、捨て鐘が鳴る。
 声はすれども姿は見えぬ野犬にぞっとし、春坊は足早に辻を立ち去った。

 その背を、いつまでも何かおぞましいものが追ってくるような黄昏であった。



 ♢ 〇 ♢



(……しかし、千代殿は、いつどこで、あの画妖先生と会ったのだろう?)



---

ここまで読んでくださってありがとうございます!
なるべく毎日更新する予定ですので、続きも読んでみていただけたら幸いです。

また、もしよろしければ、♥やお気に入り登録などなどをいただけたらとても嬉しいです。
今後の活動の励みになりますので、ぜひよろしくお願いいたします。
しおりを挟む
感想 0

この作品の感想を投稿する

あなたにおすすめの小説

意味が分かると怖い話(解説付き)

彦彦炎
ホラー
一見普通のよくある話ですが、矛盾に気づけばゾッとするはずです 読みながら話に潜む違和感を探してみてください 最後に解説も載せていますので、是非読んでみてください 実話も混ざっております

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

JKメイドはご主人様のオモチャ 命令ひとつで脱がされて、触られて、好きにされて――

のぞみ
恋愛
「今日から、お前は俺のメイドだ。ベッドの上でもな」 高校二年生の蒼井ひなたは、借金に追われた家族の代わりに、ある大富豪の家で住み込みメイドとして働くことに。 そこは、まるでおとぎ話に出てきそうな大きな洋館。 でも、そこで待っていたのは、同じ高校に通うちょっと有名な男の子――完璧だけど性格が超ドSな御曹司、天城 蓮だった。 昼間は生徒会長、夜は…ご主人様? しかも、彼の命令はちょっと普通じゃない。 「掃除だけじゃダメだろ? ご主人様の癒しも、メイドの大事な仕事だろ?」 手を握られるたび、耳元で囁かれるたび、心臓がバクバクする。 なのに、ひなたの体はどんどん反応してしまって…。 怒ったり照れたりしながらも、次第に蓮に惹かれていくひなた。 だけど、彼にはまだ知られていない秘密があって―― 「…ほんとは、ずっと前から、私…」 ただのメイドなんかじゃ終わりたくない。 恋と欲望が交差する、ちょっぴり危険な主従ラブストーリー。

敗戦国の姫は、敵国将軍に掠奪される

clayclay
恋愛
架空の国アルバ国は、ブリタニア国に侵略され、国は壊滅状態となる。 状況を打破するため、アルバ国王は娘のソフィアに、ブリタニア国使者への「接待」を命じたが……。

乳首当てゲーム

はこスミレ
恋愛
会社の同僚に、思わず口に出た「乳首当てゲームしたい」という独り言を聞かれた話。

百合ランジェリーカフェにようこそ!

楠富 つかさ
青春
 主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?  ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!! ※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。 表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

大嫌いな歯科医は変態ドS眼鏡!

霧内杳/眼鏡のさきっぽ
恋愛
……歯が痛い。 でも、歯医者は嫌いで痛み止めを飲んで我慢してた。 けれど虫歯は歯医者に行かなきゃ治らない。 同僚の勧めで痛みの少ない治療をすると評判の歯科医に行ったけれど……。 そこにいたのは変態ドS眼鏡の歯科医だった!?

吊るされた少年は惨めな絶頂を繰り返す

五月雨時雨
BL
ブログに掲載した短編です。

処理中です...