石燕先生、モノノケでござる!

玉水ひひな

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第二話 亡霊、知らず生者の気を啜る

雨後の筍のごとく湧く、素人探偵達

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 両脚のないその姿は、まるで――死んだマムシのようだった。



 ♢ 〇 ♢



「マムシ! 女マムシの死体が出たよぅ!」


 背筋が凍るようなその不吉な一報は、噂好きな江戸っ子達の間に瞬くうちに広がった。


「――足がないっていやぁ、女幽霊の典型じゃねえかい。大方おおかた、臆病者の御用聞きか何かが見間違えたんじゃねえか?」
「いやいや、何と言ってもあの切れ者与力の八木の旦那がそうだってんだから本当さ。何とその仏さんの両脚、まだ見つからねえんだってよ」
「ええ⁉ 何とまあ、脚がねえ」
「ま、大方、犬にでもやられたんだろ。夫婦喧嘩は食わずとも、死体の肉だったら喜んで喰うだろうぜ。お犬様はよォ」
「じゃあ、女が左手の小指をやった心中相手の恋人はどこに行ったって言うんでえ? まさかそいつも骨も残さず丸ごと犬に喰われちまったって言うんじゃないだろうねえ」
「当たり前だろ。じきに、よく肥えた野犬がその辺りで見つかるよ」
「そんなに喰う犬がいるかよォ! 消えた情夫がやったに違えねえだろうがよ!」
「それじゃ、消えた女の両脚はどうなる。情夫がわざわざ持って帰ったのかい? 逃げるにしても邪魔っけだろうにさ。それともまさか、娼婦の浮気な股に見切りをつけて、脚が自分でとことこ歩いてどっかに行っちまったってわけでもあるまいに――」


 そんな風に、一夜にして江戸の町は素人探偵達で溢れ返ってしまったのだった。



 ♢ 〇 ♢



 一方その頃、正義感が強くて情に脆く、その上女に滅法優しいあの久慈春右衛門はといえば――。

 案の定、この事件に真剣に胸を痛めていた。

 春先のあの一件から、早数か月。
 少し背が伸びて大人びた春右衛門は、つるりとしてあばた一つも浮かばない白い頬に手を当て、眉をしかめた。


(心中場所は、本所の鎮守の森か。……石燕先生の家の近くだな)

 となると、春右衛門にも土地勘のある場所だ。何やらこの事件と自分に縁があるような気がして、ますます胸が痛む。

 さすがにどんぐりまなこに涙を溜めるほどには重症ではないが、死んだ哀れな女のために何かしてやりたくて、春右衛門は居ても立っても居られなくなっていた。

 そわそわと兄が帰るのを待っていると、その晩、ずっと詰めっ放しだった新介が久しぶりに家に帰ってきた。

「お勤めご苦労様でございました! 兄上」

 長屋に帰った兄の羽織を預かって手入れをしたり夕餉を運んだりと細々した世話を終えると、春右衛門は鯱張って彼の前に両手を着いた。

「それで――兄上。その後、亡くなった脚無し女人の恋人は見つかりましたか。
 こんな騒ぎになっては、死んだ女人が哀れでなりません。
 彼女のためにも、それがしも何かお手伝いしたいのですが」

 まっすぐに頭を下げると、春右衛門より十歳年上で男盛りの新介が顔を崩して苦笑した。

「まーた春坊は知らん人間のことで泣いてやがんのか。おまえさんは相変わらず情け深い男だねえ」

 新介は、町でも評判の腕っこきの同心だった。
 腕っぷしの強さや高い上背に加え、顔立ちもきりっとして凛々しい。
 その上性格はざっくばらんでこざっぱり。
 新介は、春右衛門の自慢の兄だった。

 長男の長助が他家の総領娘に婿入りしてしまったものだから、今は次男の新介が久慈家の跡取りだ。
 貧乏な久慈家の台所事情はさておいて、新介本人の器量一つで縁談の話も多く舞い込んでいるのだが、彼も末弟の春右衛門よろしく強情で、同心の仕事に慣れるまではと独り身を貫いている。

 この兄は上役の八木大治郎のお気に入りで、彼から譲り受けた黒紋付羽織を着ている姿は、弟の春右衛門の目から見ても粋で格好よかった。

 仲のいい兄の新介に額を小突かれて、しかし春右衛門は粘った。

「それがしは、もう子供ではありませんよ。きっと兄上の役に立ってみせます」

 だが、新介は首を振った。

「駄目だ。おまえさんの出る幕じゃねえ」


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