石燕先生、モノノケでござる!

玉水ひひな

文字の大きさ
36 / 39
第二話 亡霊、知らず生者の気を啜る

まるであの時見た絵のままの夜

しおりを挟む
 どこからか、水の流れる音が聞こえていた。
 
 三途の川――ではなくて、この浄閑寺の門前を流れる音無川のせせらぎだ。
 音が無き、という名の割に、老僧が言うように、せせらぎの音は春右衛門の耳をつかず離れず撫でていた。
 夜風が吹く度に持ってきた提灯の炎が揺れ、物の怪が踊るように春右衛門の影も揺れる。

(確か……、新しい塚が集まっているのはこの辺りだったか)

 提灯の弱々しい明かりで照らすと心許なかったが、目をやれば、仕舞い忘れられたらしい墓穴を掘るための鍬が夜風に晒されていた。

 腰を着いて土を撫でてみると、日中の熱気を残して生温く柔らかい。

「……」

 提灯を脇に置くと、春右衛門は置きっ放しになっていた鍬を手に取った。
 そして、おもむろに最も真新しい合葬の墓を掘り始める。

 ザクリと鍬を土に入れると、ますます腐臭が強くなった。
 ……死体が死の臭気を噴き出しているのだろうか?
 不吉な腐臭が、汗の浮いた身体に絡みつくようだった。

 妖しのモノがかたわらに立っているような不気味な感覚以上に、死者を冒涜するような行いに、春右衛門の肩が震える。
 
(……哀れな人を救うためなのです。どうかお許しくだされ)

 何度もそう頼みながら、どんどん墓の土を掘り返す。
 腐臭はますます強くなっていく。

 すると――、ついに、濡れたような土の中から、白い額が現れた。


 若い女だ。


 瞼が、半眼に開いている。
 その濁った目と視線が合って、春右衛門はぎょっとのけ反った。


 ……が、次の瞬間、春右衛門はさすがに腰を抜かしてしまった。


「――……ひっ‼」


 墓の盛り土から現れた女人の遺骸には――、顔しかなかったのだ。


(首から下は、どこだ)


 目を見開いて彼女のまわりを見ると、腐れかけた手が土の中からおいでおいでをするように覗いている。

 死体の脆い肌をいたずらに傷つけないようにそっとその辺りを掘ると、白い腕が出てきた。
 それから、膝を折った両脚も……。

 首が身体から離れているこの遺体には、……胴がなかった。


(な、何と……!)


 あまりのおぞましさに、春右衛門は全身がガクガクと震えるのを感じた。


(これは、やはり九郎先生が、この女人の胴を斬って盗んだということだろうか……)


 九郎先生は、そんな猟奇じみた残酷な所業ができる人だとはとても思えない。
 それとも……彼は、あの優しい柔和な笑顔のまま人の身体に刃を振り下ろせるような狂人だったのだろうか?


 すると、その時だった。


 急に背中に声がかかった。



 ♢ 〇 ♢



「――夜中に他人の墓暴きか。おまえさんも、存外趣味が悪いなァ」


「っ‼」


 突然すぐ背後から声をかけられ、春右衛門は飛び上がった。

 ガバッと振り返ると、そこには――石燕が立っていた。


「あっ……!」


 目玉が飛び出しそうなほどに目を見開いて、春右衛門は何度も石燕の姿を眺めた。

 ……どうやら、物の怪ではなく本物のようだ。

 ほーっと大きく息を吐いて、春右衛門はぶるぶる震えている自分の腕を掴んだ。
 今もなお、身体中が総毛立っている。
 石燕の声が響いた途端に墓場に渦巻いていた不気味な空気が一掃されたような気になって、力の入らない全身を叱咤し、春右衛門はよろよろと立ち上がった。

「せ、石燕先生……。どうしてこちらに?」
ひるにうちに来た時におまえの様子がおかしかったから、きっとこうなるだろうと思って来てみたのさ。どうせ夜は目が冴えて大して眠れんしな」
「で、では……」

 夜闇の墓地に立つ石燕に、はっと思い立つ。
 己の行いを恥じて、春右衛門は訊いた。

「……もしや、あの墓を掘る画の男は、それがしを描いたものでしたか」

 春右衛門の問いに、石燕はあっさり首を振った。

「いいや。ありゃ確かにあの医術先生だよ」
「えっ」
「おまえさんも鋭くなったねえ。モノノケと縁深くなったお陰かな」

 軽く笑って、石燕が顎に手を置く。
 驚いて、春右衛門は目を瞬いた。

「それはいったいどういう意味です?」

 ニヤリと笑って、石燕は戸惑う春右衛門を手招いた。

「悪趣味ついでだ。ついてこいよ」
「は、はぁ……」

 熱い大汗が冷えて、べったりと着物に貼りついている。
 急いで墓の盛り土を戻し、拝借した鍬を返して提灯を持って、春右衛門は石燕の後を追ったのだった。



 ♢ 〇 ♢



 石燕と春右衛門が向かったのは、彼が住んでいるあばら屋敷の方角だった。






---

ここまで読んでいただき、ありがとうございます!
最後まで読んでいただけたら嬉しいです。

しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

意味が分かると怖い話(解説付き)

彦彦炎
ホラー
一見普通のよくある話ですが、矛盾に気づけばゾッとするはずです 読みながら話に潜む違和感を探してみてください 最後に解説も載せていますので、是非読んでみてください 実話も混ざっております

怪蒐師

糸世朔
ホラー
第8回ホラー•ミステリー大賞で優秀賞を受賞しました。ありがとうございました! ●あらすじ 『階段をのぼるだけで一万円』 大学二年生の間宮は、同じ学部にも関わらず一度も話したことすらない三ツ橋に怪しげなアルバイトを紹介される。 三ツ橋に連れて行かれたテナントビルの事務所で出迎えたのは、イスルギと名乗る男だった。 男は言った。 ーー君の「階段をのぼるという体験」を買いたいんだ。 ーーもちろん、ただの階段じゃない。 イスルギは怪異の体験を売り買いする奇妙な男だった。 《目次》 第一話「十三階段」 第二話「忌み地」 第三話「凶宅」 第四話「呪詛箱」 第五話「肉人さん」 第六話「悪夢」 最終話「触穢」 ※他サイトでも公開しています。

鷹鷲高校執事科

三石成
青春
経済社会が崩壊した後に、貴族制度が生まれた近未来。 東京都内に広大な敷地を持つ全寮制の鷹鷲高校には、貴族の子息が所属する帝王科と、そんな貴族に仕える、優秀な執事を育成するための執事科が設立されている。 物語の中心となるのは、鷹鷲高校男子部の三年生。 各々に悩みや望みを抱えた彼らは、高校三年生という貴重な一年間で、学校の行事や事件を通して、生涯の主人と執事を見つけていく。 表紙イラスト:燈実 黙(@off_the_lamp)

上司、快楽に沈むまで

赤林檎
BL
完璧な男――それが、営業部課長・**榊(さかき)**の社内での評判だった。 冷静沈着、部下にも厳しい。私生活の噂すら立たないほどの隙のなさ。 だが、その“完璧”が崩れる日がくるとは、誰も想像していなかった。 入社三年目の篠原は、榊の直属の部下。 真面目だが強気で、どこか挑発的な笑みを浮かべる青年。 ある夜、取引先とのトラブル対応で二人だけが残ったオフィスで、 篠原は上司に向かって、いつもの穏やかな口調を崩した。「……そんな顔、部下には見せないんですね」 疲労で僅かに緩んだ榊の表情。 その弱さを見逃さず、篠原はデスク越しに距離を詰める。 「強がらなくていいですよ。俺の前では、もう」 指先が榊のネクタイを掴む。 引き寄せられた瞬間、榊の理性は音を立てて崩れた。 拒むことも、許すこともできないまま、 彼は“部下”の手によって、ひとつずつ乱されていく。 言葉で支配され、触れられるたびに、自分の知らなかった感情と快楽を知る。それは、上司としての誇りを壊すほどに甘く、逃れられないほどに深い。 だが、篠原の視線の奥に宿るのは、ただの欲望ではなかった。 そこには、ずっと榊だけを見つめ続けてきた、静かな執着がある。 「俺、前から思ってたんです。  あなたが誰かに“支配される”ところ、きっと綺麗だろうなって」 支配する側だったはずの男が、 支配されることで初めて“生きている”と感じてしまう――。 上司と部下、立場も理性も、すべてが絡み合うオフィスの夜。 秘密の扉を開けた榊は、もう戻れない。 快楽に溺れるその瞬間まで、彼を待つのは破滅か、それとも救いか。 ――これは、ひとりの上司が“愛”という名の支配に沈んでいく物語。

与兵衛長屋つれあい帖 お江戸ふたり暮らし

かずえ
歴史・時代
旧題:ふたり暮らし 長屋シリーズ一作目。 第八回歴史・時代小説大賞で優秀短編賞を頂きました。応援してくださった皆様、ありがとうございます。 十歳のみつは、十日前に一人親の母を亡くしたばかり。幸い、母の蓄えがあり、自分の裁縫の腕の良さもあって、何とか今まで通り長屋で暮らしていけそうだ。 頼まれた繕い物を届けた帰り、くすんだ着物で座り込んでいる男の子を拾う。 一人で寂しかったみつは、拾った男の子と二人で暮らし始めた。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

【⁉】意味がわかると怖い話【解説あり】

絢郷水沙
ホラー
普通に読めばそうでもないけど、よく考えてみたらゾクッとする、そんな怖い話です。基本1ページ完結。 下にスクロールするとヒントと解説があります。何が怖いのか、ぜひ推理しながら読み進めてみてください。 ※全話オリジナル作品です。

皆さんは呪われました

禰津エソラ
ホラー
あなたは呪いたい相手はいますか? お勧めの呪いがありますよ。 効果は絶大です。 ぜひ、試してみてください…… その呪いの因果は果てしなく絡みつく。呪いは誰のものになるのか。 最後に残るのは誰だ……

処理中です...