箱入り育ちの新人女教師ですが、毎日イケメン御曹司高校生に囲まれて困ってます!

玉水ひひな

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第二章 二階堂響也が住む世界

バスローブ姿のまま

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「やっ……。こ、困るわ。下ろして、二階堂君」

「部屋が濡れるのが気になるんでしょう? だったら、バスルームまで俺が運びますから」

「でも」

「いいから」
 

 強く言われて――、雛菜は観念した。

 二階堂の腕の中でおずおずと目をやると、玄関から入ってすぐの広間は、来客を招くためであろうシャンデリアの下がったホールだった。
 中には――彼が得意だという美しい漆黒のグランドピアノが、舞台の上に重々しく置かれている。

 リビングや寝室にいたっては……、果たしていったい何部屋あるかもわからない。

 あらゆる場所が美しく完璧に整って、二階堂の部屋は、一流ホテルのスイートルームと言っても通るくらいに思えた。


 ♢ 〇 ♢


「――部屋にあるのものは何でも使って。出たら、とりあえずそこのバスローブを着てください。俺はリビングで待ってますから」

「う、うん……」

 彼がいなくなると、ずぶ濡れになった服をおずおずと脱いで、雛菜は真っ白なバスルームに立った。

 大慌てでシャワーを浴びて、軽く髪を熱い湯で流すと、雨粒で震えていた冷えた身体がじんわりと温まっていく。

(急がなくちゃ……)

 ……二階堂も、ずいぶん濡れていた。
 彼もシャワーを浴びて温まりたいだろう。


 濡れた下着をまたつけてバスローブを羽織ると、雛菜はそっとリビングを覗き込んだ。
 ソファーに、ラフな服装に着替えた二階堂の背中が見える。

「あの……。二階堂君、シャワーありがとう」

「じゃあ、こっち来て。濡れた服、ある? 外にクリーニングサービスを待たせてるから、渡せば乾かしてくれる。乾いたら、家まで送るよ」

「う、うん……」

 雛菜の住んでいるアパートは、御影学院の徒歩(とほ)圏内(けんない)にある。

 そこは御影学院が借り上げている住み込み用のアパートで、校長によれば、休みの日に何かあってもすぐに対応できるように――とのことだったが、当然のように、特進クラスの生徒達全員に雛菜の住所は知られていた。


 ランドリーバッグにスーツやシャツを入れて渡すと、二階堂が玄関に消える。
 戻ってきた二階堂がシャワーを浴びている間に、促されるままに雛菜は濡れた髪を乾かした。
 バスルームへ続く曇りガラスのドア越しに、二階堂の引き締まった体躯が見えて――。


「……っ」


 動揺して、雛菜は慌てて目を逸らした。


 ♢ 〇 ♢


 ソファーで彼を待っていると、リビングに現れたバスローブ姿の二階堂は、湯気の立ったカップを二つ持っていた。

「あ、ありがとう……」

 ホットココアが入った方を受け取り、カップを両手で包む。

 ……彼がキッチンに入る素振りなんかなかったから、ルームサービス――ということだろうか。

 考えるまでもなく、二階堂はこの行き届いたシステムの中で生まれ育ったのだ。

 皿一枚洗ったこともなければ、下着一枚洗濯したこともないだろう。

 それが幸せなことなのかどうか、……雛菜にはわからなかった。

「……身体、もう寒くない?」
「う、うん。大丈夫よ……」

 雛菜のすぐ隣に二階堂が腰を下ろすと、ソファーがぎしっと軋(きし)む。
 ほんの数センチ先に二階堂の身体の熱を感じて、勝手に身体が緊張した。

 ……互いにバスローブの中は下着だけという無防備な姿なのも、緊張の一因かもしれない。

 不自然にならないように座り直して、二階堂と距離を取る。
 焦げ茶色のカカオの粉で飾られたホットココアをこくりこくりと飲むと、とろりと濃厚な甘みが舌を包んだ。
 カップを見つめたまま、雛菜は小さな声で呟いた。

「いろいろごめんね……。二階堂君」
「いえ……」

 雛菜の側で、二階堂が首を振る。
 またココアに唇をつけて、雛菜はおずおずと彼にお願いした。

「あの……。今日のこと、誰にも言わないでくれるかな。えっと、……クラブでのことも」
「わかってます」

 頷いてから、彼が小首を傾げる。

「……それって、もしかして志摩のためですか」

 二階堂に問い返されて、雛菜はこくんと頷いた。
 無理にも微笑んで、彼に答える。


「志摩君も、本気じゃなかったと思うの。きっと、いつもの遊び場に先生が急に来たから驚いちゃったんだわ。そういうのって、高校生の男の子ならきっと恥ずかしいよね。……先生、考えが足らなかった。
 志摩君を見つけたら、もっとこっそり話しかけなきゃいけなかったんだわ」


 雛菜が懸命に言うと、彼は肩をすくめた。


「……まあ、先生がそう思うんなら、俺は別にいいですけど」


「……」

 ココアを飲むと身体が温まって、思わず涙がこみ上げてくる。
 何度も目を瞬いて涙を乾かして、雛菜は教え子を見上げた。

「二階堂君。君に、一つ訊いてもいい……?」
「どうぞ」
「志摩君に、今日は何も言わない方がいいよね? 男の子だし、きっとプライドとか、あると思うし……」

 雛菜の言葉に、二階堂が顔をしかめる。

「……『今日は』ってことは、今日じゃない日には何か言うつもりなんですか」

「うん……。だって、志摩君は謝ってくれたんだもの。ちゃんと『もう気にしてないよ』って言わないと……。
 失敗は誰にでもあるわ。いくら頭がいいと言っても、まだ彼は高校生だもの。あのくらいの失言はあるものよ」

 雛菜が努めて明るく言うと、少し考えてから、二階堂が静かに答えた。

「言わなくていいですね……、それ」

「え……?」

「あんな奴のこと、気にしなくていいですよ。先生はうちのクラスの生徒のこと、気にし過ぎです。学校来ない奴らなんか、放っておけばいいでしょう。自己責任です。
 ――学校来る奴のことだけ、考えてればいいじゃないですか」


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