くじゃくのはね

彩城あやと

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Malachite

Malachite ②

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次の日のロケでは、撮影を見に来た見学者達が、スタッフ達に誘導されて、カメラ片手にきゃっきゃと騒いでた。
ふと目についたのは、シーン撮りの合間に、木陰からチラチラと見える人影。
その人影は、大きな望遠レンズ片手に遠くから撮影風景を眺めて、撮影の邪魔にならないように移動して写真を撮っているが、何故かスッタフ達はたしなめようとしない。。
関係者なんだろうか?不思議に思って近くにいたADに声をかけてみた。
「あの人は一体誰なんです。」
俺が顎をしゃくると、ADは人影を見て眉をひそめた。
「ああ。週刊誌の記者ですよ。
フリーカメラマンか何か知りませんが、ああやってなり振り構わずまとわりつくんで、結構ウザイんです。
今回のターゲットは武藤大夢と滝沢あかねですかね。ワイドショーで噂になってるでしょう?」
ああ。あのケツの軽そうな、グラビア上がりの女優か。
「変ですね。普通、隠れて写真撮ったりしませんか?」
「そうですね。でもネタを掴むと、ああやって姿を見せたりする事もあるみたいですよ。
売名行為で週刊誌に出たがる芸能人もいますし、どの情報までなら売れるかとかの兼ね合いもあるんですかね。
俺らにも謝礼チラつかせて情報収集持ちかけたりして、裏で情報売って小遣い稼ぎしてるADもいるみたいですしね。
眞鍋さんも一応、あいつには気をつけた方がいいですよ。」
「そうか。ありがとう。」
パパラッチか。ここからでは、顔がよく見えない。
ああ。でもこれでは完全に家に帰るまで蓮とは仕事仲間だけの関係だな。やれやれ。
あれ?
昨日の炭焼き番での逢引はもしかしてマズくなかったか?
いや、まぁ。マークされてそうにないから見られていないと思うが、これからは用心に越した事はないな。
俺は蓮との関係がバレても平気だが、蓮はそうじゃないだろうし。
視線を蓮の方に向けると、滝沢あかねと台本を広げながら打ち合わせをしているようだった。
二人は一冊の台本を身を寄せ合い、何かを相談している。
ん?なんだ?さっきからあの女。さりげなく蓮の腕に、胸こすりつけてねぇか?
蓮が演技の事に関してだけは、何にでも興味をひくって事を見抜いて近寄ったんじゃないだろな。
ちっ。蓮も気づけよ。
俺は平常心を装って、さりげなく二人に近づいた。
「おつかれさま。」
「ああ。眞鍋さんお疲れ様です。」
滝沢あかねは、あどけない表情で笑った。豊満な体にベビーフェイス。それがこの子のウリだ。
俺は女が嫌いな訳じゃない。ただ女が恋愛対象として見られないだけで、大沢あかねの笑顔は純粋に可愛いとは思う。
蓮は役づくりに没頭していたようで、虚ろな目を上げた。
「なんだ?なんか用か?」
「冷たいですね。用がなければ近寄っちゃいけないんですか?
そこの木陰にいるパパラッチ、用心したほうがいいってADの人に教えてもらったんで、伝えに来たんですよ。二人仲良さそうにしてたんで。」
あかねが周囲をぐるりと見回した。
「あー!私あの人知ってます!結構粘着質で、気持ち悪いんですー!」
そういえば、この子狙われてるって言ってたな。
「ふーん。」
その時、ADが大声で「蓮さん、準備お願いします!」と叫ばれて、蓮は前だけを見て、撮影現場の方に入って行く。
蓮の後ろ姿は隙がなく、鍛えられた完璧なその後ろ姿に、俺は思わず見とれてしまう。
大沢あかねが隣でくすり。と笑った。
「ねえ。眞鍋さん。眞鍋さんって蓮くんと仲いいですよね?」
「え?ああ。今回で三度目共演になりますからね。」
「でも、プライベートでも仲がいいんでしょ?あのね。あかね、蓮くんタイプなんだぁ。どうすれば仲良くなれるかなぁ。」
「…武藤大夢と噂になってませんでしたか?」
「大夢?あー彼はね・・・。私とは恋愛出来ないわ。けっこう好きだったケド・・・。」
「どうして?」
「ん?んー・・・。色々あるのよ。それより蓮くんよ!蓮くんの事、教えて。」
嫌だ。
と正直には言えないか。
「あー・・・。そうですねー・・・。どう言えばいんでしょうね。」
このまま言葉を濁して終わらせてしまうか。
俺はにこりと笑って大沢あかねを見た。
「あ!眞鍋さん!なんか誤魔化してない?蓮くん独り占めする気でしょう!?」
この女、意外と鋭いな。
「いや、何を誤魔化すってんですか?蓮はただの友達のうちの一人ですよ?」
俺は眉根を寄せて、困った顔をしてやった。演技だとは思うまい。
「えー。これは、あかねの女の感よ。違ったらごめんね。眞鍋さん蓮くんのコト好きでしょう!?」
「まぁ。友達ですからね。」
「そういう意味じゃないわ。えっとね。私のお兄ちゃんゲイなの。眞鍋さんも同じ感じがするわ。私の胸見ても無反応だし。」
「あかねさん・・・。人にはそれぞれ好みがあるんですよ。俺は貧乳が好みなんです。」
それはもう、ペッタンコがいい。
「もー。そうじゃないわ!私の言い方が悪かったわ!眞鍋さん、蓮くんを見る目が恋してるって言ったらいいのかな?
あ。そんな事誰にも言わないから安心してね。私のお兄ちゃんも同性愛者だし、偏見持つヒトってナンセンスだと思うしね・・・。
あれ?でも、もしかして眞鍋さんと蓮くんって、もう既に付き合ってたりする?」
「イヤダナ。そんなワケないでしょう。」
「眞鍋さん。ボー読みになってるわよ。演技派なだけに、結構分かり易いヒトね。
いい?あかねはホントに好きならノーマルでも同性愛者でもそれは同じ愛だと思うの。ただね・・・。ただ・・・。」
「ただ?」
「ううん。いい。ごめん。
あ。そうだ。眞鍋さん意外と分かり易いトコあるから、あの記者にはホント気をつけてね。アイツ、男でも女でも気に入れば体目当てにユスってくるわよ。」
「俺も男に抱かれるのは趣味じゃないんで、気を付けますよ。」
抱くのが俺の専門だからな。
「うーん。真鍋さんが男に抱かれるのって確かにイメージじゃないよねぇ。どっちかって言うと、危険なのは蓮くんの方じゃないの?よく分かんないけど・・・」
女にしとくのが勿体ないくらいのゲイ目線だな。・・・・確かに蓮はゲイ好みだ。
「蓮か。伝えておきますよ。」
「うん。お願いね。真鍋さんが相手なら私も蓮くん諦めるわ。ごめんね。変な事ばっかり言って。
あ、マネージャー呼んでるから、またね!」
あかねはにこりと手を振って行ってしまった。
女優ってのは男気質って聞くけど、大沢あかねはいい女だな。
さて、パパラッチか。木陰を見るとまだ人影がゆらゆらとしている。
蓮があの記者のターゲットにされるのは確かにシャレにならないな。
仕方がない・・・。蓮とは少し距離をおくか。
ざあぁぁ。と風が木々たちから伸びた枝を遠慮げに揺らし、木の葉がひらりひらりと舞った。
かさり。背後から落ち葉を踏みしめる音がした。
俺は風に舞う髪を抑えて振り返る。
そこにはいつの間にか武藤大夢が、木の葉の舞う風の中に立っていた。
「ねぇ。直樹さん。」
武藤がぱりりっとっと落ち葉を踏みしめて俺の背後に近寄り。背中をつつぅと指先で撫ぜた。
「なんだ?」
驚きと嫌悪を剥き出しにして、その手を払うと武藤は少し驚いたように軽く目を見開いて

耳朶を人差し指と中指で捏ねた。

それは『俺はゲイで一緒に楽しまないかという合図』
「・・・悪いな。遊べない。」
「なんで?誰かに操立ててるんですか?」
「そんなところだ。」
俺はふぃっと顔を背けて歩き出した。
同族か。
耳朶の合図なんてくだらない。
パパラッチも張ってるこんなとこで阿呆らしい事をするなんて結構、底の浅い人間だな。
「直樹さん待って!」
「大沢あかね。普通にあいつとレンアイしてろ。じゃあな。」
俺の歩みに合わせて着いてくる武藤を振り切るように、歩幅を広げる。
「待って!俺はどんなにいい子でも女とは恋愛できない。直樹さんもそうでしょう?」
「・・・。ああ。でも、もう遊びは卒業したんだ。悪いな。他を当たってくれ。」
「蓮さんでしょう?直樹さんのパートナー。僕、昨日の夜に炭焼小屋で二人を見かけましたよ。」
「・・・知らないな。人違いだろう?」
見られていたのか。まぁ。いい。どうせ同族だ。
武藤の歩みが止まり、代わりに声だけが追いかけてきた。
「俺の趣味、写真ですよ。」
写真!?
それは写真を撮ったって事か!?
いや、落ち着け。あの時フラッシュの気配はなかった。カマをかけてるだけだろう。
俺は無視を決め込んで、足を止めなかった。
「直樹さん。いんですか?この写真、あそこにいる記者が見たらどうなると思います?」
ピタリと俺は足を止めた。
「・・・・・・一体、何がしたいんだ?」
「直樹さんとイイ事ですよ。僕らの世界って狭いでしょう?しかも口の軽い奴もケツの軽いやつも、僕は御免です。
これでも相手を厳選して選んでましたが、昨日の直樹さんと蓮さんが抱き合ってるのを見て僕、すごいゾクゾクしました。
その後どうなるのか想像してもう、ビンビンに勃ってしまいましたよ。残念ながら、あのあと何もなかったので、中途半端に興奮しただけですけどね。
ねぇ、直樹さん。僕、あんなに興奮したのは初めてなんです。直樹さんに抱かれるのが僕ならって想像すると昨日は眠れなかったくらい。
パートナーになって欲しいなんて言いません。
ただ一晩だけ。僕の夢叶えてもらえませんか?」
「言ってる事はロマンチックだな。でもやろうとしている事は汚いな。」
「オス同士。ロマンより悦楽。そうじゃないですか?」
自分勝手なヤツだ。
脅されて、俺が喜んで肌を重ねると思っているのか。
「俺が蓮と抱き合ってたって証拠はあるのか?」
「ほら。ここにありますよ。俺のカメラ赤外線機能付いてるんで、綺麗に写ってる。データは俺のパソコンに転送済です。」
武藤は携帯を取り出して、俺に画面を見せた。
携帯の画面は遠くから見えない。
焦る気持ちを抑えて、俺はゆっくりと武藤に近づいて、その携帯を手に取って見た。
そこには蓮と抱き合ってる写真が写っている。
でも、俺の顔はしっかりと写っていたが、蓮の顔は俺の腕の中に埋もれてほとんど写っていなかった。
「・・・写真はこれ一枚だけか?」
「残念ながら。メモリがなくなってしまって。蓮さんの顔分かりづらいケド、でも男同士で抱き合ってる姿がバッチリ写ってるでしょう?」
「そうだな。確かにどう見ても俺が男と抱き合ってる写真だ。でもな。」
俺は武藤に携帯をつっ返す。
「俺は好きでもないヤツは抱かない。」
蓮じゃないと寒気がする。お前じゃ勃つか。
「な・・・!?い、いいの!?週刊誌にバラまいても・・・!?」
蓮が写ってないなら俺は別に構わない。
「好きにしろ。週刊誌にただ抱き合った写真が写真が載ったとしても、セクシャリティなんて、モロ人権問題をネタなんか、すぐ差し止めだ。
騒ぎは一瞬の疑惑で済む。」
でも、疑惑は人の心に残る。
俺はカムアウトしたって構わないが、蓮を巻き込む訳にはいかない。
好奇心と嫌悪という感情を大勢の人間から一気に向けられて、蓮が傷付くのを見たくない。
一番いい方法は芽が出る前に種を摘み取ってしまう事。
この写真が脅しの意味が無いという事を武藤に思わせてしまえばいい。
ただし、この方法が吉と出るか凶と出るか。だな。
「・・・・分かりました。この写真に意味はなかったってコトですね。残念です。」
諦めたか。
「でも、ねぇ。直樹さん?ノーマルは所詮ノーマルだとは思いませんか?」
風が落ち葉を巻き上げて、ふわりと俺の胸の隙間に吹き込んだ。
「・・・どう言う意味だ?」
「まんまですよ。ノーマルは女が好きなんですよ。柔らかい体を抱くのが好きなんです。男に抱かれるより、ね。
蓮さんノーマルでしょう?「奉仕」はすでに伝説ですよ。ノーマルが男と本気で恋するなんて直樹さんも思ってないですよね?・・・。俺、直樹さんの事待っててもいいですか?」
こいつズケズケと・・・!
いちいち、人の気にしてる事、語りやがって。
人の恋路を邪魔するなら、馬の一頭や二頭ここに連れて来てやる。
くっ。でも、ここでキレたらこいつが何をしでかすか分かったもんじゃない。
俺はぐっと感情を飲み込んで。
悲しげに微笑んでやった。
今日ほど俳優をやってて良かったと思う日はない。
「直樹さん・・・。」
武藤が一歩進んだので、俺は一歩下がる。
「・・・パパラッチがいるだろう?」
「え。あ・・・。はい。あの・・・。ごめんなさい。脅したりして・・・。その・・・。携帯番号とメアド教えて貰ってもいいですか?」
どのツラ下げてそんな事が言えるんだか。
こいつの線は一本切れてるな。
「携帯番号だけでいいか?悪いな。恋人が、ヤキモチ焼きなんだ。」
俺は髪をかき上げながら目を伏せる。
悪いが即、着信拒否にしてやる。
武藤は俺の仕草をどう受け取ったのか目を輝かせて、頷いた。
すったもんだの末、ロケでの撮影は残すところ数日となった。
武藤は写真の事も特には持ち出さず、何事もなかったかのように振舞ってる。
所詮はただの遊びだったのか。
そしてパパラッチの手前、俺は苦肉の策として蓮と距離を置くことにした。
蓮が狙われるなんて事は避けないと。
そう思ったけど、結構さみしくてやってられない。
蓮も俺に近寄って来ることはなくて、より一層焦燥感は募る。
目が蓮を追うことはやめられない。
そして目に入ってくる悲しい事実は、蓮は男だけではなく、女も引き寄せていた事。
端正なその姿に華やかさを身に纏いつつある蓮は、女も男も蜜蜂が蜜を求めるかのようにまとわりつく。
ロッジの片隅で人を避けるように座っている蓮に、名前も知らない女優が、ずかずかと遠慮もなく近寄り、笑いながら小さな紙袋を手渡した。
黒いリボンのついた小さな赤い紙袋。
・・・プレゼントなんか受け取らないで欲しい。
女に隙なんか見せて欲しくなかったのに、蓮がその女優に、何か話しかけて滅多に見せない満面の笑みを浮かべ、プレゼントを受け取った。
名前も知らない女優は、蓮の笑顔に頬を赤らめて笑ってる。
男ならまだいい。
蓮が俺を選んでくれる自信がある。蓮にちょかいをかけようものなら、その首根っこへし折ってやってもいい。
でも女はダメだ。
柔肌で蓮を癒し、普通に結婚出来る子供の作れる女はダメなんだ。
ここ数日蓮とよく話し込んでたエキストラみたいな女優は、まだ若く才気溢れて、蓮と二人で並んでいても見劣りしていなかった。
蓮からもその女優に話しかけていたし、二人で何度もコソコソと話し込んでいるのを見かけた。
女なら。
女というだけで。
真っ当な恋愛になる。
ああ。
蓮があの子の事を好きだと言ったなら。
俺は笑って蓮と別れなければならないのか。
蓮の幸せがそこにあるのなら、仕方の無い事なんだろう。きっと。
でも、理屈で理解出来ても感情が伴わない。
俺を捨てないで欲しい。
口が裂けても言ってはいけない言葉なのか。
「ノーマルは所詮ノーマルでしょう。」武藤のセリフが耳から離れない。
女々しい思いがグルグルととぐろを巻いて、昇華出来ずに心が軋んで壊れていく様だった。
ふぅ。と吐く息が苦い。
もう何日も蓮に触れてない。
それが余計に俺を追い詰めて、蝕んでいく。
それでも何度か蓮との逢瀬を考えたが、肝心の蓮にその気はなさそうで、声をかける事が出来なかった。
俺は蓮にとって一体なんなんだろう。
俺は水をもらえない花のように枯れてしまいそうで。
胸が痛くて、いっそ枯れてしまえばいいとさえ思う。
「・・・直樹さん?直樹さん?」
「あ。悪い。ぼうっとしてた。」
周りにいた俳優の一人が心配そうに俺見ていた。
「直樹さん顔色、良くないですよ。」
「ああ。少し疲れが溜まってるのかも。」
「直樹さんの今日の撮りは終わったんですよね?あー。じゃあ。先に旅館に帰っておきます?俺らスタッフに伝えておきますよ。」
「・・・悪いな。」
俺は暗くジメジメとした思いを抱えたままロッジをあとにした。
蓮を見ているのが辛くなる日が来るなんて思ってもみなかった。





旅館に着いて畳の上にゴロリと転がる。
俺は一人部屋を与えてもらってたので誰の気兼ねもいらない。
天井を見上げて心を空っぽにする。
もう何も考えたくなかった。



ビイイィィィン。
携帯のマナー音で目が覚めた。
部屋は闇に包まれ、一体どの位寝てしまっていたのか。
グラグラと揺れる頭で携帯に手を伸ばしかけたが。
やめた。
何も考えたくない。
俺はもう一度目を閉じて、深い闇へと滑り込んでいく。
遠くで、携帯が何度も震えてる。
静かにしてくれ。




「・・・・なお・・・おき・・・・・直樹!」
ガクガクと肩を揺さぶられて目が覚めた。
「あ・・・蓮・・・・?」
「良かった・・・!おまえ死んでんのかと思って、心臓が止まるかと思ったじゃねえか。」
「・・・・・・どうしてここに?」
暗闇の中、蓮が俺を覗き込んでいた。
暗くて表情がよく分からない。
これはまだ、夢の続きかもしれない。
トンっと肩に蓮の額が落ちると、ふわりと蓮の香りがした。
ああ。夢じゃない。
俺は蓮の髪をそっと撫ぜると、蓮がぴくりと揺れた。
「撮影所で気が付いたら、おまえが居なくなってて、具合が悪そうで帰ったって聞いたから、何回も電話したのに、なんで出ねえんだよ。心配で撮影放って来ちまったじゃねえか。体の具合の方は大丈夫なのか?」
「え・・・?」
「ああ・・・!もう!生きてるならもういい・・・。」
蓮が顔を乗せてるシャツがじわりと濡れた。
「蓮・・・?泣いてるのか?」
「まさか。」
少し鼻にかかったような声で返事が返ってきた。
俺は蓮が落ち着くようにそうっと髪を撫ぜ続ける。
「仕事、放ってまで心配で俺のとこまで来たんですか?」
「ここ最近、おまえ元気なかっただろ?
なんか調子悪いのにずっと無理してたみたいだったから、もしかして倒れたんじゃないかと思って・・・。そしたらホントに倒れてやがるし。でも、おまえただ、寝てただけだろ。」
「すみません。でも蓮、撮影中も俺の事、ずっと見ててくれてたんですか?」
「おまえが勝手に目の中に入って来るんだよ!見てた訳じゃない・・・。」
すん。と鼻をすすり上げて答える蓮が可愛くて仕方がない。
「素直じゃないですね。」
膝を畳に付いて俺の肩に顔を埋めている蓮を、ゴロリと転がして、横向きにしてすっぽりと抱きしめてやった。
頭のてっぺんにキスを落とす。
一体、俺は何を感違いしてたんだろう。
何であんなにも不安になってたんだろう。
腕の中の蓮はぎゅっと俺にしがみついて離れない。
「・・・直樹の甘い匂いがする。すごい落ち着く。」
「ええ。本当に。俺もあんたといると、すごく安心します。」
俺は安らぎの中で、蓮の髪を弄んでひと房に口付ける。
そして腕の中から痺れるような告白が聞こえた。
「俺、ずっとこうしたかった。寂しくて死ぬかと思っちまった。」
「蓮・・・。」
胸がじんっと痛んで目尻から涙が一筋こぼれた。
「直樹?泣いてるのか?」
もそりと顔を上げようとする蓮の頭を手で胸にまで引き寄せた。
男の泣き顔なんて見せられたもんじゃない。
「なあ。顔見せてくれよ。」
「嫌です。」
「大丈夫、暗くてよく見えねえから。」
「じゃあ、見なくていいでしょう?俺が具合が悪くなったのはね。あんたのせいですよ。だからそっとしといて下さいよ。」
「?なんで俺のせいなんだ?」
「さみしかったんですよ。あんたの傍にいられなかったから。」
「なんだよ。それ。」
蓮は俺の腕の中で肩を揺らして笑ったあと、するりと俺の腕の中を抜けて、俺の顔を覗き込み、涙をそっと指で拭ってくれた。
「なんだ、やっぱり暗くてよく見えねえ。」
「あんたの顔もね。」
俺も蓮の頬を濡らした雫を手の甲で拭った。
「直樹。俺がこうすれば良くなるか?」
蓮の顔がそうっと降りてきて、俺の唇にキスをした。
甘くて優しいキス。
「蓮。もっと。まだ足りません。」
蓮は優しく笑って俺にもう一度唇を重ねた。
体に暖かいものがじんわり染み渡る。
「ああ。蓮。俺が馬鹿でした。」
「寂しすぎて、具合が悪くなったとかホントに馬鹿としか言い様がないな。」
「うるさいですね。放っといて下さい。」
「放っておけるわけねえだろ。ああ。そうだ。ほら。」
蓮は体を起こして、俺に黒いリボンをつけた小さい赤い紙袋を差し出した。
・・・!これはあの女優にもらってた紙袋!
「何固まってんだ。開けてみろ。」
がさりと開けるとそこには、緑色を地に縞模様の入った石が数珠繋がりになっているブレスレッドだった。
「・・・・・綺麗な石・・・。」
「ああ。それ孔雀石って言うんだ。
マラカイトって呼び名のほうが一般的らしけどな。
この山でも採掘される石で、土産物屋で体力回復効果があるって聞いて、具合の悪そうなおまえに買ってやろうとしたら、ななみちゃんが、上質のもの探すなら石は海外ものだって言うから、頼んでショップから取り寄せてもらった。」
「ななみちゃん?」
「ん。なんかパワーストーンとか趣味の子。」
名前も知らないあの女優の事だな。
・・・。なんだ。結局あの女とは何もなくて、蓮は具合の悪い俺の為に色々考えてくれてたのか。
俺は何を考えていたんだ。
もっと蓮を信じればよかった。
「ありがとう。大切にしますよ。ブレスレットも蓮も。」
すっと蓮の腕をとってふんわり抱きしめた。
蓮が俺の胸に頬をすり寄せてこくりと頷いた。
「ん。その孔雀石、邪気を追い払って感情を静めてくれる効果もあるって。俺も、おまえにとってそんな存在になりたい。」
「こうして抱き合ってるだけで、俺はすごい安らげてますよ。
あんた自身がこの孔雀石みたいです。綺麗で神秘的で、惹かれます。」
俺はそっと蓮を押し倒して、抱き枕のように抱いて髪に耳にキスした。
蓮もくすぐったそうにして俺の腕や首筋にキスをした。
お互い昂ぶり合ってたのは知っていたけど、体をつなぎ合わせずに髪を弄んだり、手のひらや頬にキスして、ポツリポツリとロケ中のたわいのない話をした。
空が白むまで短い時間、ただ抱き合って、微笑んで、たまにどちらともなく口づけて。
長く距離を置いていた分をゆっくりと取り戻すかのように、寄り添って夜を過ごした。
やがてまどろみが訪れて、蓮がウトウトとし始めた。
蓮は撮影で疲れているはずなのに、ウトウトとする度に俺のシャツをギュッと握って眠らない。
「俺はずっとそばにいますよ。ロケももう終わります。だからもう寝て下さい。」
そうっと髪を撫でて、蓮の眠りを誘う。
蓮は安心したかのように、目を閉じてすぅ。と眠りに落ちていった。
明るくなった部屋で二人身を寄せ合ったまま。このままこの時間が永遠に続けばいい。
ふと赤い紙袋からのぞく紙片が見えたので、するりと取り出した。
紙片は『マラカイトの効果・手入れ方法』などが書かれた説明書のようなものだ。
つらつらと目を通して。
胸に蓮を抱き、腕を掲げてブレスレッドを見た。

俺も蓮にとって孔雀石のようになりたい。

蓮が目を覚ませば、またロケへの撮影に戻る。
慌ただしい緊張にさらされて、俳優へと戻っていかなければならない。
蓮には武藤の写真の話をしなかった。パパラッチも今日も彷徨いているだろう。
静かな寝息を聞きながら、深い緑の石を眺めて、蓮をそっと抱きしめた。

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