令嬢が眠る時

五蕾 明日花

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 もう疲れた。
 コーネリアは、中庭で仲睦まじく寄り添う2人を見ながらそう溜息を吐いた。
 公爵家令嬢コーネリアという婚約者がいるにも関わらず、この国の王子殿下であるイントリーグは元平民のエーデルワイスのことが随分とお気に入りなようで。
 この光景を見るのは、もう何度目になるだろうか。
 (今回わたしくは、どうやって彼らに殺されてしまうのかしら)
 感情のない目で、コーネリアは2人を見つめていた。

 一度目の人生。
 コーネリアはイントリーグを愛していたのだ。男爵家に養子として拾われた元平民のエーデルワイスが現れて彼と仲を深めていったものだから、嫉妬に狂ってその仲を引き裂こうとした。
 冷たく当たり、罵倒し、嫌がらせをして。それがエスカレートした結果、エーデルワイスを殺しかけて処刑された。
 悔しい、悔しい、悔しい。恨み辛みを抱えたまま首を落とされたコーネリアに、悪魔が囁いた。

───悔しいかい?

 せせら笑う悪魔に、コーネリアは悔しいと答えた。

───欲しいかい、あの男が。
───手に入れたいかい、あの男を。

 嘲笑う悪魔に、コーネリアは欲しいと答えた。手に入れたいと答えた。

───なら契約だ。
───せいぜい永く遠い時の中をあがけばいいさ。

 そうしてコーネリアは、生と死を繰り返しながらイントリーグを追い求めることとなったのだ。

 二度目、三度目、四度目……と、コーネリアはどこまでもイントリーグを追い求めて。そしてどれも、一度目の人生と同じ結末を迎えた。
 何度も何度も繰り返して、しかしコーネリアも馬鹿ではない。何度も人生を繰り返す中で精神的な成長を見せ、そして学習したのだ。
 単に怨みや欲望に駆られて行動したところで、イントリーグは手に入らない。だんだんと、それに気付き始めた。
 どうしたら彼を手に入れられるだろうと、考えて、考えて……そうして、彼に相応しい人間になればいいと思い始めた。次期国王となるイントリーグの隣にいるのに相応しい人間となれば、学のない平民は手出出来ないだろうと。

 だからまずは、わがまま放題だった性格を改めた。あれは嫌だこれは嫌だと言っていたのを止めて、使用人やメイドを困らせないようにして、両親に強請るのをやめて。そうすれば、今までの人生よりは屋敷内での扱いはマシになった。それでも、イントリーグはエーデルワイスを選んでしまったけれど。 

 その次の人生では、周りの人間に対する接し方を変えてみた。威圧的になるのではなく、気遣いを見せ、それでも威厳は無くさないように。そうすればまた、周りの人間からの扱いもマシになってきた。それでも、イントリーグはエーデルワイスを選んだけれど。

 その次の人生では、エーデルワイスに対する接し方も変えてみた。嫉妬心を剥き出しにするのではなく、彼女の落ち度を正すように指摘した。王族に馴れ馴れしく接することのないように、目上の貴族相手には敬意を払うように、元平民とは言え貴族になったのだから礼儀やマナーは守るように。それでもイントリーグはエーデルワイスを選んだけれど、コーネリアは悪くないと擁護する声も増えていた。
でも、それだけだ。

 結局、わがまま放題だったコーネリアが〝完璧な令嬢〟と周りに評価される程の淑女となっても、イントリーグはエーデルワイスを選んでしまう。
 どうしたところで、〝エーデルワイスを殺害しようとした〟という罪で首を切られてしまうのだ。後半は、覚えのない冤罪ばかりだったけれど。
 (どうすれば、イントリーグ様はわたくしを選んでくださるのでしょうか……)
 いくら完璧な令嬢になろうとも、彼は元平民で世間知らずで純粋なエーデルワイスを選んだ。どうすれば、彼は自分を見てくれるのだろう。
 考えて、考えて……
 そうして、今回の人生ではイントリーグに対しての態度を変えてみた。
 毎日のようにしつこく付きまとっていたのを控えめにしてみたり、アクセサリーやドレスを強請るのをやめてみたり。永く続けた人生の中で、鬱陶しくわがままな人間は害にしかならないと学んだからだ。

 「お招きいただきありがとうございます」
 「いや……」
 イントリーグと婚約してから数年後。彼が12歳で、コーネリアが10歳の頃だ。その日今までの人生で初めて、彼の家でもある王宮へと招待された。
 無愛想だからその感情がわかりづらい彼ではあるけれど、こうして一緒に過ごしてもいいと招待されるということは、嫌われてはいないのだろう。
 会話はあまりないけれど、こうして過ごせるだけでも幸せだと気付いたのはいつだっただろうか。
 「……今度、舞踏会がある」
 ティーカップの紅茶が底を尽きかけ、お茶会も終わりに近付いた時だ。イントリーグが、ぼそりとそう言った。
 少しわかりづらいけれど、パートナーになれ、ということだろう。そう切り出されるのも初めてのことだった。
 「では、ドレスを選ばなければなりませんわね。殿下にエスコートされる身として、相応しいものを」
 「…………こちらで用意しよう」
 「まあ……」
 思わぬ申し出に、コーネリアは思わず口元を抑え目を丸くする。イントリーグからドレスを贈られるなんて、やっぱり初めてのことだ。
 何もかもが初めてのことで戸惑ってしまうけれど。
 「嬉しいですわ。有難う御座います、殿下」
 「……ああ」
 素っ気ない返事でさえ、嬉しくなってしまう。

 もちろん、コーネリアとて貰ってばかりではなかった。
 それは、舞踏会の十数日前のこと。
 「殿下、こちらをお受け取りください」
 そう言ってコーネリアがイントリーグに差し出したのは、アメジストがあしらわれたネクタイピンだ。
 「アーティファクトにもなっているのです。とは言っても、僅かな悪しき魔力を跳ね除けるだけなのですが……」
 街に出かけた時、彼の瞳と同じ色の宝石があしらわれたそれを見付けて。似合うだろうなと想いながら、御守りにもなればと購入したものだった。
 「ああ……ありがとう」
 なんて素っ気ない返事だったから不安になっていたけれど、数日後開かれた舞踏会で彼がそれを付けてくれているのを見て胸を撫で下ろした。
 「行くぞ」
 そう言ってコーネリアの手を取りエスコート時も。
 「来い」
 そう言って、ダンスをする時も。前の人生ではされていた嫌な顔も、今はされない。少なくとも悪い印象は抱かれていないようだ。
 (今回は……もしかしたら……)
 エーデルワイスではなく、自分を選んでくれるかもしれない。
 ……そんな希望を持って居たのだけれど。

 イントリーグが20歳に、コーネリアが18歳になった時にやっぱりエーデルワイスは現れた。一人娘を病気で亡くした男爵家に、養子として迎えられたのだ。
 イントリーグに王宮へ招待され、応接室で待っていた時ふと窓の外を見て。それで目撃したのが、冒頭の風景だった。
 (結局貴方は、エーデルワイスを選んでしまうのね)
 完璧な令嬢になったところで。接し方を変えてみたところで。どうしたところで、イントリーグは自分を選んでくれはしない。
 (……もう、疲れてしまったわ)
 ぽきりと、心が折れる音がした。
 今回もエーデルワイスに手出しをするつもりはないけれど、きっと言われのない罪を押し付けられて処刑されてしまうのだろう。今まで何度も処刑は経験してきたけれど、慣れないものだ。
 「浮かない顔してんねぇ」
 2人の姿を見たくなくて、まだ会ってもいないけれど、イントリーグには何も告げずに屋敷に帰ってしまおうかと思っていた時。そんな軽薄な声が部屋の入口から聞こえた。
 「貴方は……」
 そこに立つ王宮の使用人らしき男のその姿に、コーネリアは見覚えはない。しかしそれでも、それが誰かはわかった。
 「今回はその姿なのね」
 契約した悪魔は、色々な姿になってコーネリアの前に現れる。黒猫の姿だったり、貴族令嬢の姿だったり、野鳥の姿だったり。今回は、王宮の使用人らしい。
 「相変わらずおアツいねぇ、あの2人は」
 窓の外を見ながら、悪魔はケラケラと笑う。
 「で、今回はどうすんのさ?」
 「……どうもしないわ、もう」
 「ほーん?」
 意外そうに目を丸くした悪魔は、ソファに座るコーネリアの隣に馴れ馴れしく腰掛けた。
 「いいのかい? 何十年も追い続けてきた男を、そんな簡単に諦めちまって」
 「だからこそ、よ」
 何十年も追い求めて、何をしたところで振り向いてすらくれないのだ。さすがにもう、諦めざるを得ないのだろう。
 「変わったねぇ、アンタも。昔のアンタならどうやってでも手に入れようと足掻いたのにさ」
 「そうかもね。でももう、うんざり」
 こうなってしまった以上、今世は生きることに重点を置いた方がいい。来世のことは……まだ、わからないけれど。
 「どうせここにいても、濡れ衣を着せられて殺されるだけだわ。その前にどうにかしないと」
 「逃げるのかい? いいねぇ。どういうふうに逃げる?」
 「……まだわからないわ。でも、婚約は破棄出来るようにしてあげないと」
 ただ逃げるだけでは、色々と手続きが面倒になってしまう。それだとあの2人が一緒になるのにまた新たな障害を作ってしまうことになるから。
 「でもよ。婚約破棄ったって、そんな簡単には出来ねぇだろ? 特にアンタは、王子殿下の婚約者なんだからさ」
 「だから悩んでいるんでしょ?」
 そうでなくても貴族同士の間で結ばれた婚約を破棄することは、簡単なことではないのに。〝婚約を破棄したい!〟なんてわがままな一言で破棄できる程、王子殿下相手との婚約は弱いものではない。例えそれが、神様によって神聖な魔法を授けられた聖女と恋に落ちたというのが理由だったのだとしても。
 「…………んじゃ、さ。俺にいい案があんだけど」
 悪魔は、またあのせせら笑いを浮かべた。その笑いは何かを企んでいるものだと、何回目かの人生で気付いている。
 「ろくでもなさそうだけどね」
 「ひっでぇなぁ」
 ケラケラと笑う悪魔を、コーネリアはじとりと見つめた。
 「話くらいなら聞いてあげるわ。どんな案なの?」
 どうせ突拍子もないものか、くだらないものだろうとは思うけれど。でも、聞くだけ聞いたら参考程度にはなるかもしれないなんて。
 「教えてあげたいのは山々なんだけどね。今は無理だなぁ」
 「えぇ?」
 ここまで来て何を言うのだろう、この悪魔は。眉をひそめるコーネリアにニヤリとした笑みを向けた悪魔は、唐突にソファから立ち上がり離れる。
 どうしたというのだろうと不信感を向けるけれど、その直後に応接室の扉がノックされた。
 「私だ」
 扉の向こう側から、イントリーグの声がする。どうやら、エーデルワイスとの逢瀬は終わったらしい。
 もう少し続けていても別によかったのに、なんて思いながらもコーネリアは立ち上がる。その時に丁度、扉が開いた。
 「……お前はもう行っていい」
 入ってきたイントリーグは、部屋の端で佇んでいた悪魔扮する使用人に声をかける。そうすれば、悪魔は恭しく頭を下げて言いつけ通りに応接室を出ていった。
 コーネリアはソファから立ち上がり、ドレスを摘み上げながら膝を折り頭を下げる。
 「御機嫌よう、殿下」
 いつもなら、ああ、なんて短い返事が聞こえてくるところだ。しかし今日は、少しだけ違った。
 「あの使用人と何を話していた?」
 頭上から降ってきたのは、どこか咎めるような声が乗った文章で。
 (聞かれてしまったかしら……)
 そこまで大きい声でもなかったし、そこまで薄い扉ではなかったからはっきりとは聞こえていないだろうけれど。
 「他愛のない世間話をしていただけですわ。殿下がお気になさることでもありません」
 「…………随分と親しげに話していたようだが」
 どこまで聞こえていたのだろう。聞いてくるということは、彼も本当に鮮明には聞いていないのだろうけれど。探り探り、言葉を選びながら慎重に答えていく。
 「前に街におりた時、偶然知り合っただけですわ。その時身分を隠して接していましたので……まさか、王宮の使用人になっているとは思っていませんでしたが」
 半分以上は嘘だが、〝前に知り合った〟の部分は嘘ではない。まあそれも何十年も前からの知り合いだ。嘘に少しの真実を混ぜるだけで人は騙しやすい、とどこかで聞いたことがあるけれどどうだろうか。
 「…………そうか」
 声だけでは、その感情は読めない。
 「あまり下の者に馴れ馴れしく接するな。付け上がるようなことがあっては困る」
 それは殿下もでは? なんて、先程のエーデルワイスと親しく話していた姿に思っていたことを、喉の奥へぐっと押し込めて更に深く頭を下げた。
 「心得ました、以後気を付けますわ」
 「……ああ。頭を上げろ、座れ」
 イントリーグ王子殿下の御許しが出て、そこでようやくコーネリアは頭を上げる。彼のその表情はどこか不機嫌で、いつもよりも輪をかけてぶっきらぼうな顔をしていた。
 (まあ、そりゃ会いたくないのはわかるけど……そこまで顔に出さなくていいじゃない)
 申し訳ないとは思っているのだ、これでも。
 不機嫌そうにイントリーグが座ったのを確認し、その対面のソファへと腰掛け直す。
 「……お前も知っていると思うが、1ヶ月後に建国祭がある」
 「ああ、そうでしたわね」
 そういえば、もうそんな時期か。
 今までの人生、建国祭中行われる舞踏会でイントリーグのパートナーとなったものの、彼はコーネリアの元を離れてエーデルワイスと何曲も踊り続けた。死に戻りのループを始めた頃は嘲笑の的に、淑女になるよう努めた頃は哀れみの的となった、そんな地獄のような建国祭の舞踏会。
 「………………私のパートナーを務めるのが、婚約者としてのお前の義務だ」
 イントリーグは、そう吐き捨てるように言う。心底、不本意そうな顔で。
 「ええ、わかっておりますわ」
 どうせ今世の舞踏会だって、1曲踊り終えてしまえばそれで終わってしまうだろう。そうすれば、お互いあとは自由だ。エーデルワイスと、気が済むまで何曲も踊り通せばいい。
 (だからそんな顔で見ないでよ)
 もう少しの我慢なのだ、お互いに。
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