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5. 猫のあくびと警戒心
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「圭人くん、ソラくん、またね」
「ありがとうございました」
常連客が笑顔で手を振り、ガラスのドアを押して出ていく。扉が閉まると、にぎやかだった店内に静けさが訪れた。
残ったのは、俺とソラだけ。
「あのお客さん、3時間はいたよね」
「そうだな」
ソラは店の特等席、ヴィンテージソファに寝そべり、俺はカウンターの中でグラスを磨いていた。
「まぁ、この店が居心地いいのはわかるけどね」
ソラが欠伸をしながら言う。
「そういえば、このカフェ、いつからケイがやってるの?聞いたことなかったよね」
「3年くらいかな。前のオーナーから俺が譲り受けたんだ。昔ながらの常連さんが多いから、あんまり雰囲気を変えられない」
カフェは木のテーブルや観葉植物に囲まれ、天然木をたくさん使った温かみのある空間。間接照明が壁のレンガを優しく照らす。
本棚には古い小説やレコードが並び、ほのかなコーヒーの香りが漂う。
誰にとっても居心地がよく、つい長居してしまう――そんな店だとよく言われる。
俺自身、この空間に何度も救われてきた。そして今は、ソラと過ごす場所になっている。
夜の7時を過ぎると、雨が降ってきた。予報では雨は深夜だといっていたはずだった。
「明日のランチの仕込みをするかな」
俺がエプロンを締め直すと、
「僕も手伝うよ」
ソファからソラが飛び起きた。
「なに作るの?」
「ビーフシチュー」
客が少なく時間があるときは、煮込み料理ものんびりできる。
最初は黙々と野菜を切り、炒めたりと手を動かしていたが……、やっぱりソラが長く集中できるわけもなく。
グツグツと鍋が音をたてはじめる頃には、すっかり飽きていた。
「ねぇ、これ味見していい?」
俺が混ぜていたソースに、ソラは勝手にスプーンを差し込んだ。
「おい、まだ完成してないって」
「いいじゃん、僕が最初に食べたい」
いたずらっぽい笑み。
まるで猫がじゃれるように、ソラは俺の集中を軽く奪っていく。
その仕草は子供のように無邪気で、それなのに時おり妙に艶っぽく、俺の理性をかき乱す。
「でも、味見するならケイのほうかな」
カプッと、耳たぶを噛まれた。
背中から伝わる生々しい体温に、全身の神経がソラとの接触面に吸い寄せられていく。
「こら、営業中だろ。いつ客が来るか――」
「誰も来ないよ、こんな寒い雨の日」
ソラは俺の首筋に顔を埋める。夜の店で培った、誘惑の技術だろうか。
「ねぇ、こんなに暇なら、今夜はもう店じまいにしてさ。2人で飲むのはどう?」
ソラは俺の肩にアゴを乗せたまま、ゴロゴロと甘えてくる。
「何が飲みたいんだ?」
「ワイン!クリームチーズとクルミにハチミツかけたの、作ってくれる?」
「……しかたないな」
この気まぐれな猫の誘惑には、抗えない。
俺はCLOSEの看板を出そうとドアへ向かった。
その時――。
「こんばんは」
カランとドアベルが鳴り、澄んだ声が響く。
「お邪魔していい?」
濃紺のタイトスカートにピンヒールを履いた、研ぎ澄まされた美しさを纏う女性。しなやかな肢体のラインを際立たせていた。
「梨夏、久しぶりだな」
「すごい降ってきたわ、タオル貸してくれる?」
黒く艶やかな黒髪の雫をはらう。
「ああ、待ってろ」
その瞬間、カウンターに座って寛いでいたソラから甘い雰囲気がすっと消えた。
まるで、猫が背を丸めて警戒するように見えた。
「ありがとうございました」
常連客が笑顔で手を振り、ガラスのドアを押して出ていく。扉が閉まると、にぎやかだった店内に静けさが訪れた。
残ったのは、俺とソラだけ。
「あのお客さん、3時間はいたよね」
「そうだな」
ソラは店の特等席、ヴィンテージソファに寝そべり、俺はカウンターの中でグラスを磨いていた。
「まぁ、この店が居心地いいのはわかるけどね」
ソラが欠伸をしながら言う。
「そういえば、このカフェ、いつからケイがやってるの?聞いたことなかったよね」
「3年くらいかな。前のオーナーから俺が譲り受けたんだ。昔ながらの常連さんが多いから、あんまり雰囲気を変えられない」
カフェは木のテーブルや観葉植物に囲まれ、天然木をたくさん使った温かみのある空間。間接照明が壁のレンガを優しく照らす。
本棚には古い小説やレコードが並び、ほのかなコーヒーの香りが漂う。
誰にとっても居心地がよく、つい長居してしまう――そんな店だとよく言われる。
俺自身、この空間に何度も救われてきた。そして今は、ソラと過ごす場所になっている。
夜の7時を過ぎると、雨が降ってきた。予報では雨は深夜だといっていたはずだった。
「明日のランチの仕込みをするかな」
俺がエプロンを締め直すと、
「僕も手伝うよ」
ソファからソラが飛び起きた。
「なに作るの?」
「ビーフシチュー」
客が少なく時間があるときは、煮込み料理ものんびりできる。
最初は黙々と野菜を切り、炒めたりと手を動かしていたが……、やっぱりソラが長く集中できるわけもなく。
グツグツと鍋が音をたてはじめる頃には、すっかり飽きていた。
「ねぇ、これ味見していい?」
俺が混ぜていたソースに、ソラは勝手にスプーンを差し込んだ。
「おい、まだ完成してないって」
「いいじゃん、僕が最初に食べたい」
いたずらっぽい笑み。
まるで猫がじゃれるように、ソラは俺の集中を軽く奪っていく。
その仕草は子供のように無邪気で、それなのに時おり妙に艶っぽく、俺の理性をかき乱す。
「でも、味見するならケイのほうかな」
カプッと、耳たぶを噛まれた。
背中から伝わる生々しい体温に、全身の神経がソラとの接触面に吸い寄せられていく。
「こら、営業中だろ。いつ客が来るか――」
「誰も来ないよ、こんな寒い雨の日」
ソラは俺の首筋に顔を埋める。夜の店で培った、誘惑の技術だろうか。
「ねぇ、こんなに暇なら、今夜はもう店じまいにしてさ。2人で飲むのはどう?」
ソラは俺の肩にアゴを乗せたまま、ゴロゴロと甘えてくる。
「何が飲みたいんだ?」
「ワイン!クリームチーズとクルミにハチミツかけたの、作ってくれる?」
「……しかたないな」
この気まぐれな猫の誘惑には、抗えない。
俺はCLOSEの看板を出そうとドアへ向かった。
その時――。
「こんばんは」
カランとドアベルが鳴り、澄んだ声が響く。
「お邪魔していい?」
濃紺のタイトスカートにピンヒールを履いた、研ぎ澄まされた美しさを纏う女性。しなやかな肢体のラインを際立たせていた。
「梨夏、久しぶりだな」
「すごい降ってきたわ、タオル貸してくれる?」
黒く艶やかな黒髪の雫をはらう。
「ああ、待ってろ」
その瞬間、カウンターに座って寛いでいたソラから甘い雰囲気がすっと消えた。
まるで、猫が背を丸めて警戒するように見えた。
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