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13. 幼かった自分の淡い恋
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その夜、オレは愛車のハンドルを握り、伊勢のマンションに向かった。
「わりぃ、待たせたな」
伊勢が助手席のドアを開けて乗り込んできた。
約束の時間より5分早く着くオレ、5分遅れる伊勢。昔から変わらない。
「忘れ物はない?」
「ああ、大丈夫」
「じゃあ、行くよ」
オレはぶっきらぼうに返し、エンジンをかけた。車は静かに都心の夜を抜けていく。
「相変わらず、運転が上手いな」
「そう?」
「片倉の助手席は、安心して乗れる」
まるで脱退の話が無かったことのように、変わらぬ様子で話しかけてくる。
時間が戻ったみたいだ。
「湊さんの運転は、時々ヒヤッとするもんな」
「そうそう、寝てられないよ。本人は真剣で可愛いんだけどな」
こっちの気持ちも知らず、のろけて見せる。
「ラブラブだね」
「んーー?なんのことかわかんねぇな」
当然だけど、表向きはアイドルとマネージャー。例え旧友であるオレでも、そのスタンスは変わらない。
「今夜の劇場、懐かしいよな」
伊勢は笑うと、後部座席に置かれた舞台のパンフレットを手に取った。
「あの時の演目、覚えてる?」
「ミュージカルだろ?」
伊勢と2人、初めて舞台を観に行った場所だ。まだ高校だったオレたちには、高すぎるチケット代だった。
華やかな衣装とまぶしい照明、とても印象的なミュージカルだった。
舞台の上で光を浴びる役者たちの姿は、まるで別世界の住人みたいで、あの瞬間、二人とも息をするのを忘れた。
――ステージって、こんなに眩しいんだ。
「劇場を出たとき、伊勢が言ったよな。『いつか俺も、あっち側に立つ』ってさ」
「そうそう。そしたら片倉が、じゃあ、オレも!って簡単に言ったんよな」
あの日、あの場所で見た光。夢はいつの間にか、日常になった。輝きは眩しさじゃなく、責任の重さに変わっていった。
それでも、原点はいつも、あのステージの光の中にある。
オレは横目で伊勢を見た。
夕焼けに染まる横顔は、あの時と同じで、やっぱり、少し眩しかった。
「オレはまだ、子供だったんだな」
「6年前か、早いな」
オレの苦しい片思いと同じ時間。
「あの頃は、ダンスも歌も全然ダメで、よく怒られたよな」
伊勢が懐かしそうに言う。
「冬のレッスン後に雪で電車が停まって、でも、金がなくて、自販機のホットレモンを分け合って飲んだこと、覚えてる?」
「ああ、あれな! 片倉がレモンの酸っぱさで変な顔になってさ。アイドル目指すヤツの顔じゃないって、すげー笑ったな」
思わず、笑いがこぼれた。ホットレモンみたいに、甘酸っぱい青春の思い出。
あの頃と同じ、『好き』という気持ちなのに。なぜだろう。あの頃の思い出は、全然苦しくない。
「楽しかったな、あのときも」
「え?」
「俺は、今だって楽しい」
伊勢は変わらない、あの頃と同じ。変わってしまったのは、オレだけなのだろうか。
ずっと、あの頃のままだったらよかった。
想いに気づかなければ、壊さずにすんだのに。
けれど、それでも。
オレは、あの日、伊勢を好きになったことを、
後悔だけはしたくなかった。
車窓に映る街の灯が、ぼんやりと滲む。
秋の夜は静かで、どこか初恋みたいに切なくて――。
「伊勢、オレ……っ!」
「お、見えてきたな」
フロントの先に、懐かしい劇場の外観が浮かび上がった。
古びた煉瓦造りの壁に、スポットライトが柔らかく照り返している。
「……懐かしいな」
伊勢が小さくつぶやく。
車のヘッドライトが壁をかすめる。
チケットブースに、高校生だったオレたちの姿が見える今はステージに立つ側になった大人のオレたち。
拍手が鳴り止まない客席の中で、二人は未来の自分たちを思い描いた。
――いつか、あの光の中に立てたら。
初恋の残り香みたいに、切なくて、
それでも確かに、温かい光。
――夢も恋も、あの劇場の照明の下で始まったんだ。
「変わらないな」
「え?」
「片倉は、あの頃まま、キレイな目のままだ」
車を駐車場に停めると、伊勢はすぐにドアを開けた。
「行こうぜ、相棒」
夕陽を背に、眩しい笑顔を見せた。
「わりぃ、待たせたな」
伊勢が助手席のドアを開けて乗り込んできた。
約束の時間より5分早く着くオレ、5分遅れる伊勢。昔から変わらない。
「忘れ物はない?」
「ああ、大丈夫」
「じゃあ、行くよ」
オレはぶっきらぼうに返し、エンジンをかけた。車は静かに都心の夜を抜けていく。
「相変わらず、運転が上手いな」
「そう?」
「片倉の助手席は、安心して乗れる」
まるで脱退の話が無かったことのように、変わらぬ様子で話しかけてくる。
時間が戻ったみたいだ。
「湊さんの運転は、時々ヒヤッとするもんな」
「そうそう、寝てられないよ。本人は真剣で可愛いんだけどな」
こっちの気持ちも知らず、のろけて見せる。
「ラブラブだね」
「んーー?なんのことかわかんねぇな」
当然だけど、表向きはアイドルとマネージャー。例え旧友であるオレでも、そのスタンスは変わらない。
「今夜の劇場、懐かしいよな」
伊勢は笑うと、後部座席に置かれた舞台のパンフレットを手に取った。
「あの時の演目、覚えてる?」
「ミュージカルだろ?」
伊勢と2人、初めて舞台を観に行った場所だ。まだ高校だったオレたちには、高すぎるチケット代だった。
華やかな衣装とまぶしい照明、とても印象的なミュージカルだった。
舞台の上で光を浴びる役者たちの姿は、まるで別世界の住人みたいで、あの瞬間、二人とも息をするのを忘れた。
――ステージって、こんなに眩しいんだ。
「劇場を出たとき、伊勢が言ったよな。『いつか俺も、あっち側に立つ』ってさ」
「そうそう。そしたら片倉が、じゃあ、オレも!って簡単に言ったんよな」
あの日、あの場所で見た光。夢はいつの間にか、日常になった。輝きは眩しさじゃなく、責任の重さに変わっていった。
それでも、原点はいつも、あのステージの光の中にある。
オレは横目で伊勢を見た。
夕焼けに染まる横顔は、あの時と同じで、やっぱり、少し眩しかった。
「オレはまだ、子供だったんだな」
「6年前か、早いな」
オレの苦しい片思いと同じ時間。
「あの頃は、ダンスも歌も全然ダメで、よく怒られたよな」
伊勢が懐かしそうに言う。
「冬のレッスン後に雪で電車が停まって、でも、金がなくて、自販機のホットレモンを分け合って飲んだこと、覚えてる?」
「ああ、あれな! 片倉がレモンの酸っぱさで変な顔になってさ。アイドル目指すヤツの顔じゃないって、すげー笑ったな」
思わず、笑いがこぼれた。ホットレモンみたいに、甘酸っぱい青春の思い出。
あの頃と同じ、『好き』という気持ちなのに。なぜだろう。あの頃の思い出は、全然苦しくない。
「楽しかったな、あのときも」
「え?」
「俺は、今だって楽しい」
伊勢は変わらない、あの頃と同じ。変わってしまったのは、オレだけなのだろうか。
ずっと、あの頃のままだったらよかった。
想いに気づかなければ、壊さずにすんだのに。
けれど、それでも。
オレは、あの日、伊勢を好きになったことを、
後悔だけはしたくなかった。
車窓に映る街の灯が、ぼんやりと滲む。
秋の夜は静かで、どこか初恋みたいに切なくて――。
「伊勢、オレ……っ!」
「お、見えてきたな」
フロントの先に、懐かしい劇場の外観が浮かび上がった。
古びた煉瓦造りの壁に、スポットライトが柔らかく照り返している。
「……懐かしいな」
伊勢が小さくつぶやく。
車のヘッドライトが壁をかすめる。
チケットブースに、高校生だったオレたちの姿が見える今はステージに立つ側になった大人のオレたち。
拍手が鳴り止まない客席の中で、二人は未来の自分たちを思い描いた。
――いつか、あの光の中に立てたら。
初恋の残り香みたいに、切なくて、
それでも確かに、温かい光。
――夢も恋も、あの劇場の照明の下で始まったんだ。
「変わらないな」
「え?」
「片倉は、あの頃まま、キレイな目のままだ」
車を駐車場に停めると、伊勢はすぐにドアを開けた。
「行こうぜ、相棒」
夕陽を背に、眩しい笑顔を見せた。
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