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結婚生活 2年8ヵ月 ~睡蓮の伝説~ 2026/3修正
後始末も私の仕事
翌日も晴天でした。
私はカリンを伴い、エレーヌの別荘へと向かいました。
「マートル様はどうされました?」
「泥の匂いが取れないのよ。誰かさんが、なかなか助けないものだから」
「それは、大変失礼いたしました」
カリンの表情には、まったく謝罪の念がありません。
「仕方ないので、昨夜は納屋で寝ていただきましたわ」
干したばかりのわらがたくさんありますから、さぞ気持ちよく寝ているんでしょうね。
「ご無事で何よりでした」
「身体は丈夫だもの」
白亜の外壁に過剰な装飾。門へと続く小道には、季節外れの花が無理に咲かされ、色の調和も考えられていません。
相変わらず、エレーヌの別荘はの悪さだけは一貫していますね。
「エレーヌ様は、使用人にかなり当たっているとか」
「でしょうねぇ、お気の毒だわ」
学生時代から気に入らないことがあると、ヒステリックになるのは変わらないようです。
「黙っていれば、それなりのお顔ですのにね」
「そうでしょうか? ルイディア様の足元にも及びません」
カリンが低い声で呟きました。
「相変わらず、センスのない庭ね」
門をくぐると、慌てた様子の使用人が出てきました。
「こ、これはルイディア様。奥様は、その、体調が優れず……」
「ですから、お見舞いに参りました。長居はしません」
その一言で、渋々と道を開けました。
屋敷に足を踏み入れると、カーテンは閉め切られ、不快なコロンの匂いだけが濃く漂っています。
私の訪問に気づくと、エレーヌはスカートの端を摘み、優雅に一礼しました。所作だけは完璧です。
ただ、背筋は伸びているものの、逆光に透ける指先が、わずかに震えています。
「ごきげんよう、ルイディア様」
「同級生という昔馴染みで参りました。楽になさって結構よ」
「何のご用ですか? 惨めな未亡人を笑いに来たの?」
責めるために来たわけではありませんからね。ええ、本当に。
「そういえば……」
私はふと思い出したように、視線を庭へ流しました。
「アカデミーの舞踏会で、私が踊った殿方と、あなた恋仲になっていたわね」
エレーヌの肩が、ぴくりと揺れます。
「……さあ、どなたのことかしら」
「名前までは申し上げませんわ。もう過去のことですもの」
くすり、と小さく笑う。
「私のおこぼれが好きなのね」
「マートル様が私を誘ったのは本当よ!この日に別荘に行くから、そこで出会おうってね、そう言ったのよ!」
「どちらから誘ったかなど、私は興味が無いのよ」
エレーヌが眉をひそめます。
「なぜなら――」
私は視線を上げ、淡々と続けました。
「旦那様は私の所有物であり、侯爵家で管理するべき人間なのです」
「脅しに来たの? 社交界から追い出そうとでも?」
「いいえ。忠告です」
声を荒げる必要はありません。現実を教えて差し上げます。
「立場の違いはこの先も埋まりません。王立アカデミーにいた頃から、あなたはそれを履き違えてばかり」
エレーヌの指先が、ぎゅっと握られました。
「変わらないのはお互い様よ。そうやって、感情の無い冷たい目で人を見るところもね」
「あら、私が旦那様の浮気に心を痛めていないとでも?」
その言葉に、カリンが少しずつ眉をしかめました。
ええ、そうです。悪女だなんて言わないでくださいな。私にだって、ちゃんと感情はあるのです。
「下等な女に触れた指先と唇が、今夜にも懲りずに私に襲いかかるのよ。こんな、おぞましいことはないわ――」
不快な情事の痕跡が、私の生活に持ち込まれるなんて……。
「わ、わたしなんて、結婚相手が親より年上のジジイで、それでも真摯に受け止めた矢先に、ポックリ死んじゃったのよ。それなら、好きにしたっていいじゃない」
突然、エレーヌがぽろぽろと涙を流し始めました。あら、化粧が落ちてますよ。
「ええ、どうぞ。今後もお好きになさって」
「好きにですって?」
「他人の物に手を出して、かりそめの時間を過ごしたらいいわ」
私の旦那様以外であれば、たとえそれが、王族であっても関係ございません。
誰とどんなお楽しみをしても、責任を取る覚悟があれば、何をしたって構いません。
「昔馴染みとして、あなたの幸せを祈っています」
ただし、それで彼女が満たされるとは思いません。永遠にです。
「さて、そろそろ失礼いたします」
立ち上がり、最後に告げます。
「今回のことは、旦那様の管理を怠った私の落ち度です。誰を責めることもできません」
冷酷なほど、平坦な声。
「ですが――、次はありません」
「わかってるわよ、もう会わないわ」
正確に言うならば、もう会ってもらえない――でしょうね。
みんな勘違いしているのです。旦那様の見た目に騙されて、その残酷さに気づけていない。
仔犬がなぜ愛らしい姿をしているのか、その本質をご存じないのと同じこと。
「それでは、ごきげんよう」
私は完璧な会釈を1つ。
背後では、カリンが「お忘れ物です」と、土で汚れたハンカチをエレーヌに渡していました。
湖のほとりでの秘め事に夢中で、落としたことにも気付かなかったのでしょう。
汚れたハンカチで涙を拭いたらいいのです。
私はカリンを伴い、エレーヌの別荘へと向かいました。
「マートル様はどうされました?」
「泥の匂いが取れないのよ。誰かさんが、なかなか助けないものだから」
「それは、大変失礼いたしました」
カリンの表情には、まったく謝罪の念がありません。
「仕方ないので、昨夜は納屋で寝ていただきましたわ」
干したばかりのわらがたくさんありますから、さぞ気持ちよく寝ているんでしょうね。
「ご無事で何よりでした」
「身体は丈夫だもの」
白亜の外壁に過剰な装飾。門へと続く小道には、季節外れの花が無理に咲かされ、色の調和も考えられていません。
相変わらず、エレーヌの別荘はの悪さだけは一貫していますね。
「エレーヌ様は、使用人にかなり当たっているとか」
「でしょうねぇ、お気の毒だわ」
学生時代から気に入らないことがあると、ヒステリックになるのは変わらないようです。
「黙っていれば、それなりのお顔ですのにね」
「そうでしょうか? ルイディア様の足元にも及びません」
カリンが低い声で呟きました。
「相変わらず、センスのない庭ね」
門をくぐると、慌てた様子の使用人が出てきました。
「こ、これはルイディア様。奥様は、その、体調が優れず……」
「ですから、お見舞いに参りました。長居はしません」
その一言で、渋々と道を開けました。
屋敷に足を踏み入れると、カーテンは閉め切られ、不快なコロンの匂いだけが濃く漂っています。
私の訪問に気づくと、エレーヌはスカートの端を摘み、優雅に一礼しました。所作だけは完璧です。
ただ、背筋は伸びているものの、逆光に透ける指先が、わずかに震えています。
「ごきげんよう、ルイディア様」
「同級生という昔馴染みで参りました。楽になさって結構よ」
「何のご用ですか? 惨めな未亡人を笑いに来たの?」
責めるために来たわけではありませんからね。ええ、本当に。
「そういえば……」
私はふと思い出したように、視線を庭へ流しました。
「アカデミーの舞踏会で、私が踊った殿方と、あなた恋仲になっていたわね」
エレーヌの肩が、ぴくりと揺れます。
「……さあ、どなたのことかしら」
「名前までは申し上げませんわ。もう過去のことですもの」
くすり、と小さく笑う。
「私のおこぼれが好きなのね」
「マートル様が私を誘ったのは本当よ!この日に別荘に行くから、そこで出会おうってね、そう言ったのよ!」
「どちらから誘ったかなど、私は興味が無いのよ」
エレーヌが眉をひそめます。
「なぜなら――」
私は視線を上げ、淡々と続けました。
「旦那様は私の所有物であり、侯爵家で管理するべき人間なのです」
「脅しに来たの? 社交界から追い出そうとでも?」
「いいえ。忠告です」
声を荒げる必要はありません。現実を教えて差し上げます。
「立場の違いはこの先も埋まりません。王立アカデミーにいた頃から、あなたはそれを履き違えてばかり」
エレーヌの指先が、ぎゅっと握られました。
「変わらないのはお互い様よ。そうやって、感情の無い冷たい目で人を見るところもね」
「あら、私が旦那様の浮気に心を痛めていないとでも?」
その言葉に、カリンが少しずつ眉をしかめました。
ええ、そうです。悪女だなんて言わないでくださいな。私にだって、ちゃんと感情はあるのです。
「下等な女に触れた指先と唇が、今夜にも懲りずに私に襲いかかるのよ。こんな、おぞましいことはないわ――」
不快な情事の痕跡が、私の生活に持ち込まれるなんて……。
「わ、わたしなんて、結婚相手が親より年上のジジイで、それでも真摯に受け止めた矢先に、ポックリ死んじゃったのよ。それなら、好きにしたっていいじゃない」
突然、エレーヌがぽろぽろと涙を流し始めました。あら、化粧が落ちてますよ。
「ええ、どうぞ。今後もお好きになさって」
「好きにですって?」
「他人の物に手を出して、かりそめの時間を過ごしたらいいわ」
私の旦那様以外であれば、たとえそれが、王族であっても関係ございません。
誰とどんなお楽しみをしても、責任を取る覚悟があれば、何をしたって構いません。
「昔馴染みとして、あなたの幸せを祈っています」
ただし、それで彼女が満たされるとは思いません。永遠にです。
「さて、そろそろ失礼いたします」
立ち上がり、最後に告げます。
「今回のことは、旦那様の管理を怠った私の落ち度です。誰を責めることもできません」
冷酷なほど、平坦な声。
「ですが――、次はありません」
「わかってるわよ、もう会わないわ」
正確に言うならば、もう会ってもらえない――でしょうね。
みんな勘違いしているのです。旦那様の見た目に騙されて、その残酷さに気づけていない。
仔犬がなぜ愛らしい姿をしているのか、その本質をご存じないのと同じこと。
「それでは、ごきげんよう」
私は完璧な会釈を1つ。
背後では、カリンが「お忘れ物です」と、土で汚れたハンカチをエレーヌに渡していました。
湖のほとりでの秘め事に夢中で、落としたことにも気付かなかったのでしょう。
汚れたハンカチで涙を拭いたらいいのです。
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