夫が愛する妾との子供を認めない私は酷い悪女ですか?それならどうぞ、お好きになさって旦那様 〈ルイディアとマートルの日常〉

はなたろう

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結婚生活 1年2ヵ月 ~雨上がりの紫陽花~

うまい話には裏があるのでご注意を

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​「いい天気ねぇ」


青い空の下、侯爵家の庭園は紫陽花が見頃だった。

ブルー、ピンク、紫と、花壇により色が異なり、眺めていたら、あっという間に日が暮れてしまう。

そんな庭園を望むバルコニーで過ごす午後のひとときは、私の至福の時間です。


「ルイディア様、今度のお茶会にお出しするお菓子、どうされますか?」


お茶を注ぎながら、侍女のマルス子爵夫人が尋ねる。


「あの紫陽花をモチーフにしたお菓子ができたらいいのだけど」


バラや菊と違い、紫陽花には毒性があるため、食用にはできない。


「紫陽花に見立てたゼリーはどうかしら」

「素敵ですわ。では早速、料理長に相談して参ります」

マルス子爵夫人が立ち上がると同時に、


「おーーい、ルイディア!」


お茶の時間にそぐわない、慌ただしい足音。そして、品のない大声。私の旦那様です。

マルス子爵夫人が大きなため息をついた。あらあら、不快感を隠さないなんて、私の侍女として大変立派な心掛けだわ。


「ごきげんよう、マートル様」

「やぁ、マルス子爵夫人。今日もキレイだね」


旦那様にとって、女性を褒めることは息をするのと同じこと。相手が幼子でも、老婆でも。

彼の名誉のために申せば、顔立ちは良いのです。すらりとした長身、金色の髪に瞳。なにも語らず、動かずの状態で描かれた肖像画は、美しい芸術品です。


「旦那様、私、お茶の時間は静かに過ごしたいと、結婚してもう一年半、何度も申し上げたと思いますが?」

「ああ、そうだったね。でも、早く話したいことがあってね。悪いけれど、ちょっと下がってくれるかい?」


旦那様はマルス子爵夫人にそう言うと(言われなくても席を外すところでしたが)、私の前にドカンと腰かけました。


「ご用件を」

「とってもいい話だよ。わぁ、美味しそう!」


そう言って、遠慮なくクッキーに手を伸ばす。


「いたっ!」


旦那様の手の甲を叩く、とても良い音がしました。私、扇子の扱いには定評がございます。


「子どもではないのですから、礼儀正しくなさって」

「子ども……?そうだね、僕らの子どもが早く欲しいよね。へへ、今夜はルイディアの部屋に行ってもいいかな」


ああ、お祖父様。本当になぜ、このような方との結婚を決められたのか。


「ルイディアの赤ちゃんなら、きっとすごく可愛いね」


悪い方ではないのです。ただ、ただ、頭の中がお花畑なのです。


「旦那様、本題を」

「あ、ごめんね」


旦那様はニコニコと笑顔を向けて、


「街に宝石商の知り合いがいてね」

「もちろん存じていますよ。そこのご息女と親しいことも。昨夜はお帰りになるのも、随分遅かったようですね」

「えっ!」


それで先ほど、今夜は私の寝室に、などと言いましたの? 虫酸が走ります。

この侯爵家に婿養子としていらした日、屋敷の若い子にも手を出しました。それも、一人や二人ではないはず。可哀想に、職を失い、実家も頼れない哀れなお嬢様たちを何人見送ったことか。


「……まぁ、いいです。それで?」

「新しく鉱山が、隣国で見つかったんだって」


周りに誰もいないのに突然、声を小さくし、


「最初は設備投資で赤字だけど、数年後は百倍になるって。今なら破格で買えるって、僕だけに教えてくれたんだよ」


昨夜、ベッドの上で聞いたのでしょうか。


「それで?」

「買っちゃった」


ああ、旦那様のご両親にも問いたい。跡継ぎの義兄様はあんなに優秀でいらっしゃるのに、この次男の教育は、なぜ失敗したのか。


「旦那様、おいくら支払いに?」

「小切手の控えがあるよ」


私に紙片を渡すと、目をキラキラさせて語り出した。


小切手に書かれた0はいくつでしょうか――。


「ルイディアの好きなサファイアも採れるって。僕が婿養子に来てから一年半、やっとみんなの役に立てたなぁ。侯爵家がより豊かになれば、領地のみんなもハッピーになるよね」


はい、限界。そこまでですわ、旦那様。


「そんなわけあるかーーーーー!」


私は全身全霊をかけて、テーブルをひっくり返した。派手な音を立てて倒れ、お気に入りのティーセットが粉々になった。


何事かと部屋からメイドや執事がやってきて、変わり果てたバルコニーに呆然としている。厨房から戻ったマルス子爵夫人も棒立ちだ。


「今すぐ早馬で街へ向いなさい!宝石商の身柄確保、大至急です!」


執事に指示をする。使用人が一斉に動き出した。間に合うだろうか? 家の中が空でなければいいが。


「さて、旦那様」


何が起きたか分からないといった顔で、椅子にちょこんと座っている。


「今夜はぜひ、私の寝室にいらしてくださいな」



​◆◆◆



​「もう、紫陽花もおしまいね」


バラや桜のように散ることはなく、枯れて茶色に変化したものがいつまでも残っている。剪定しない限り、醜い姿をいつまでも晒す。


「あの宝石商、親子ではなく年の離れた夫婦だったそうですね」


マルス子爵夫人は、お茶を注ぎながら言った。


「そうね。金儲けのために、自分の妻をあてがうなんてね」


あのあと、街の家は案の定、もぬけの殻だった。

逃げるなら当家とは縁のあまりない近隣領地に逃げると予測し、目星を付けた関所に先回りし、見事に身柄を確保。

違法な投資、貴族を騙した罪に問われることと相成りました。


私には優秀な人材がたくさんいましてね。


「まぁ、私の持論ですが、騙すも騙されるも同罪だわ」

「あら、そういえば、マートル様を見かけませんね」


その問いには答えず、紫陽花の花壇を見渡した。

茶色の紫陽花の中、不自然に空いた小さな空間。


あの夜、自分の失態に対して反省もせず、私の寝室に現れた旦那様。精一杯のおもてなしをして差し上げました。

えぇ、美味しいお茶を振る舞ったのです。鮮やかな青い色が美しい、特製の紫陽花のお茶です。美味しそうに飲まれていました。


ベッドに入り、いざ大事なとき。どうしてかお腹を押さえ寝室を出たまま、今もご自分のお部屋にこもっておられます。


あ、もちろん生きてますよ。


馬鹿でも、可愛い私の旦那様ですから。

ああ、今日もなんて美しい秋晴れの空ですね。
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