9 / 13
#7 克哉という檻
しおりを挟む
「さあ、帰ろう」
克哉のあとに続き私はスイートルームを後にしようと、ドアノブに手をかけた。
――その瞬間、背後から強い力で引き寄せられて、気付くとアラタの腕の中に閉じ込められた。
「……っ、アラタさん?」
アラタは克哉の視線など気にする様子もなく、私の首筋に深く顔を埋めた。昨夜、何度も唇を寄せた場所に、また熱い吐息が吹きかかる。
「あ……っ……」
震える私の顎を長い指先で強引に上向かせると、アラタは吸い付くように唇を重ねてきた。
「んっ…ふぁ……!」
逃げる隙も与えない、深く、重い口づけ。
熱い舌が強引に割り込み、私の口内を隅々まで侵略していく。昨夜の情事の熱を無理やり引き摺り出されるような、支配的なキス。
鼻先が触れ、混ざり合う吐息。
肺の空気をすべて奪い去るような長い接吻に、頭の芯がとろけ、思考が真っ白に塗りつぶされていく。
「……んっ」
唇が離れたとき、銀色の糸が切なく伸び、すぐにプツンと弾けた。
熱っぽく潤んだ私の瞳を、アラタは獲物を捕らえた獣のような、冷たく燃える瞳で見下ろした。
「またね、愛香ちゃん」
唇を解放され、足元がふらつく私を、克哉が当然のように背後から支えた。
「行こうか、愛香」
何事もなかったように、克哉の手が私の肩に回される。
アラタの熱が残る場所に、克哉の冷たい指先が重なった。
◆◆◆
隣でハンドルを握る克哉は、驚くほど穏やかな表情をしている。
昔から変わらない、優しくて頼りになる――イトコのお兄ちゃんの横顔。私の視線に気付いたのか、
「聞きたいことがあるんだろう?」
「どうして、迎えにきたの?」
「愛子おばさんが心配してたからさ。無断外泊はよくないよ。実家暮らしなら、せめて連絡くらいはしないと」
「すぐにバレる嘘はやめて。ママが克哉に迎えを頼むはずがないわ」
学生時代もそうだった。
彼氏ができるたび、なぜかデートの終わりに克哉が現れる。そして、ぞっとするほど整った笑顔で言う。
『さぁ、愛香。そろそろ帰る時間だよ』
その美貌と威圧感に、当時の彼氏たちは例外なく萎縮し、気付くと距離を置かれた。自然消滅。それが毎度のパターン。
「……家に帰るんじゃないの?」
車が都心へ向かっていることに気づき、思わず尋ねる。
「クリニックに寄るよ」
「なんでよ、今日は休診日なのに」
「疲れたし、寝不足だろう。肌の調子を整えないと」
克哉は前を見据えたまま、当然のように言った。
私の身体は、克哉のメンテナンスによって磨かれているから。
「愛香には、いつも綺麗でいてほしいからね」
でも、こうなったきっかけは私だった。
小学生の頃、私は鼻の下にあった大きなホクロのせいで、男子からいじめられてた。
当時中学生だった克哉は、私の涙を拭いながら言った。
『僕が医者になったら、愛香をもっと綺麗にしてあげる。誰にも文句を言わせない。世界で一番、美しくしてあげるよ』
その約束は果たされた。
アロマテラピー、美容注射。レーザー脱毛。背中の産毛の一本、服に隠れた小さな痣。本当なら、恥ずかしくて見せられない場所まで、すべて知られている。
「克哉とは恋愛関係じゃない。アラタも言ってたよ」
「そうだろうね」
「克哉の『彼氏』って、どんな人なの?」
「さっきのホテルの経営者の息子だよ」
「すごいお金持ちじゃん!」
「まぁ、世間的にはそうだろうね。でも普通の男だよ。高級フレンチより牛丼チェーン店に行きたがる」
なるほど、それはちょっと親近感がある。
「どれくらい付き合ってるの?」
「一年くらいかな」
「好きなんだよね? その人のこと」
「もちろん」
軽いハンドル捌き。余裕な受け答え。
「彼は年内に結婚する。もちろん女性だよ。どこぞのご令嬢だったかな。親が決めた相手で、本人も異論はないらしい」
「相手が結婚するから別れるの?」
「今のところはその予定はない」
「え、それって不倫だよね?」
信号が赤になり、車が止まる。克哉は私に向き直った。
「まっすぐ竹のように芯のある子に育ったね。僕と同じ血筋だとは思えないよ。僕のように壊れた人間には、その真っ直ぐさが眩しい」
私はさらに踏み込んで、核心に触れる。
「どうして、好きな人がいるのに、他の人を抱けるの?」
「お、核心に迫ってきたな。そこに、男とか女という縛りがないところが、愛香の素敵なところだね」
楽しそうに眉を上げた。
克哉は再び車を走らせながら、静かに、しかし鮮明な言葉を紡いだ。
「そうだなぁ」
ハンドルを握る指先が、トントンと軽く鳴る。
「誰かに抱かれることで救われる――そんなことも、あるんだよ」
納得はできない。それでも、克哉がアラタを助けようとしたのも、彼なりの善意だったのかもしれない。
「ところで、愛香。アラタは優しく抱いてくれたか?」
「な、なに……!」
「はは、隠すな。同じ男と寝た仲だろ? ……医師として聞いているんだ。お前のバイタルが、アラタという劇薬にどう反応したのか、興味があってね」
「笑えない……!」
「笑えるさ。こんなに愉快なことはない」
赤信号で車が止まり、ハイブリッド車のエンジンがすっと静まる。
束の間の沈黙。
克哉はちらりと私を見て、呪文のように囁いた。
「イトコ同士は、結婚できるって知ってた?」
「……は?」
「もし僕が、女性を愛せるとしたら――たぶん、愛香だけだよ」
信号が青に替わる。
「冗談だよ」
ゆっくりと車が動き出す。
「アラタにとって、もう僕の『秘密の診療』は不要だからね。アイドル専用のセラピストか。アラタの面倒は、愛香にバトンタッチするよ」
「何を勝手に言うのよ」
「患者の相手なら残業代は払う。でも、恋人としての行為は業務外だよ」
「な、……バカ!」
克哉は心の底から楽しそうに笑った。
克哉のあとに続き私はスイートルームを後にしようと、ドアノブに手をかけた。
――その瞬間、背後から強い力で引き寄せられて、気付くとアラタの腕の中に閉じ込められた。
「……っ、アラタさん?」
アラタは克哉の視線など気にする様子もなく、私の首筋に深く顔を埋めた。昨夜、何度も唇を寄せた場所に、また熱い吐息が吹きかかる。
「あ……っ……」
震える私の顎を長い指先で強引に上向かせると、アラタは吸い付くように唇を重ねてきた。
「んっ…ふぁ……!」
逃げる隙も与えない、深く、重い口づけ。
熱い舌が強引に割り込み、私の口内を隅々まで侵略していく。昨夜の情事の熱を無理やり引き摺り出されるような、支配的なキス。
鼻先が触れ、混ざり合う吐息。
肺の空気をすべて奪い去るような長い接吻に、頭の芯がとろけ、思考が真っ白に塗りつぶされていく。
「……んっ」
唇が離れたとき、銀色の糸が切なく伸び、すぐにプツンと弾けた。
熱っぽく潤んだ私の瞳を、アラタは獲物を捕らえた獣のような、冷たく燃える瞳で見下ろした。
「またね、愛香ちゃん」
唇を解放され、足元がふらつく私を、克哉が当然のように背後から支えた。
「行こうか、愛香」
何事もなかったように、克哉の手が私の肩に回される。
アラタの熱が残る場所に、克哉の冷たい指先が重なった。
◆◆◆
隣でハンドルを握る克哉は、驚くほど穏やかな表情をしている。
昔から変わらない、優しくて頼りになる――イトコのお兄ちゃんの横顔。私の視線に気付いたのか、
「聞きたいことがあるんだろう?」
「どうして、迎えにきたの?」
「愛子おばさんが心配してたからさ。無断外泊はよくないよ。実家暮らしなら、せめて連絡くらいはしないと」
「すぐにバレる嘘はやめて。ママが克哉に迎えを頼むはずがないわ」
学生時代もそうだった。
彼氏ができるたび、なぜかデートの終わりに克哉が現れる。そして、ぞっとするほど整った笑顔で言う。
『さぁ、愛香。そろそろ帰る時間だよ』
その美貌と威圧感に、当時の彼氏たちは例外なく萎縮し、気付くと距離を置かれた。自然消滅。それが毎度のパターン。
「……家に帰るんじゃないの?」
車が都心へ向かっていることに気づき、思わず尋ねる。
「クリニックに寄るよ」
「なんでよ、今日は休診日なのに」
「疲れたし、寝不足だろう。肌の調子を整えないと」
克哉は前を見据えたまま、当然のように言った。
私の身体は、克哉のメンテナンスによって磨かれているから。
「愛香には、いつも綺麗でいてほしいからね」
でも、こうなったきっかけは私だった。
小学生の頃、私は鼻の下にあった大きなホクロのせいで、男子からいじめられてた。
当時中学生だった克哉は、私の涙を拭いながら言った。
『僕が医者になったら、愛香をもっと綺麗にしてあげる。誰にも文句を言わせない。世界で一番、美しくしてあげるよ』
その約束は果たされた。
アロマテラピー、美容注射。レーザー脱毛。背中の産毛の一本、服に隠れた小さな痣。本当なら、恥ずかしくて見せられない場所まで、すべて知られている。
「克哉とは恋愛関係じゃない。アラタも言ってたよ」
「そうだろうね」
「克哉の『彼氏』って、どんな人なの?」
「さっきのホテルの経営者の息子だよ」
「すごいお金持ちじゃん!」
「まぁ、世間的にはそうだろうね。でも普通の男だよ。高級フレンチより牛丼チェーン店に行きたがる」
なるほど、それはちょっと親近感がある。
「どれくらい付き合ってるの?」
「一年くらいかな」
「好きなんだよね? その人のこと」
「もちろん」
軽いハンドル捌き。余裕な受け答え。
「彼は年内に結婚する。もちろん女性だよ。どこぞのご令嬢だったかな。親が決めた相手で、本人も異論はないらしい」
「相手が結婚するから別れるの?」
「今のところはその予定はない」
「え、それって不倫だよね?」
信号が赤になり、車が止まる。克哉は私に向き直った。
「まっすぐ竹のように芯のある子に育ったね。僕と同じ血筋だとは思えないよ。僕のように壊れた人間には、その真っ直ぐさが眩しい」
私はさらに踏み込んで、核心に触れる。
「どうして、好きな人がいるのに、他の人を抱けるの?」
「お、核心に迫ってきたな。そこに、男とか女という縛りがないところが、愛香の素敵なところだね」
楽しそうに眉を上げた。
克哉は再び車を走らせながら、静かに、しかし鮮明な言葉を紡いだ。
「そうだなぁ」
ハンドルを握る指先が、トントンと軽く鳴る。
「誰かに抱かれることで救われる――そんなことも、あるんだよ」
納得はできない。それでも、克哉がアラタを助けようとしたのも、彼なりの善意だったのかもしれない。
「ところで、愛香。アラタは優しく抱いてくれたか?」
「な、なに……!」
「はは、隠すな。同じ男と寝た仲だろ? ……医師として聞いているんだ。お前のバイタルが、アラタという劇薬にどう反応したのか、興味があってね」
「笑えない……!」
「笑えるさ。こんなに愉快なことはない」
赤信号で車が止まり、ハイブリッド車のエンジンがすっと静まる。
束の間の沈黙。
克哉はちらりと私を見て、呪文のように囁いた。
「イトコ同士は、結婚できるって知ってた?」
「……は?」
「もし僕が、女性を愛せるとしたら――たぶん、愛香だけだよ」
信号が青に替わる。
「冗談だよ」
ゆっくりと車が動き出す。
「アラタにとって、もう僕の『秘密の診療』は不要だからね。アイドル専用のセラピストか。アラタの面倒は、愛香にバトンタッチするよ」
「何を勝手に言うのよ」
「患者の相手なら残業代は払う。でも、恋人としての行為は業務外だよ」
「な、……バカ!」
克哉は心の底から楽しそうに笑った。
0
あなたにおすすめの小説
国宝級イケメンとのキスは、ドルチェみたいに私をとろけさせます♡ 〈Dulcisシリーズ〉
はなたろう
恋愛
人気アイドルとの秘密の恋愛♡コウキは俳優やモデルとしても活躍するアイドル。クールで優しいけど、ベッドでは少し意地悪でやきもちやき。彼女の美咲を溺愛し、他の男に取られないかと不安になることも。出会いから交際を経て、甘いキスで溶ける日々の物語。
★みなさまの心にいる、推しを思いながら読んでください
◆出会い編あらすじ
毎日同じ、変わらない。都会の片隅にある植物園で働く美咲。
そこに毎週やってくる、おしゃれで長身の男性。カメラが趣味らい。この日は初めて会話をしたけど、ちょっと変わった人だなーと思っていた。
まさか、その彼が人気アイドル、dulcis〈ドゥルキス〉のメンバーだとは気づきもしなかった。
毎日同じだと思っていた日常、ついに変わるときがきた。
◆登場人物
佐倉 美咲(25) 公園の管理運営企業に勤める。植物園のスタッフから本社の企画営業部へ異動
天見 光季(27) 人気アイドルグループ、dulcis(ドゥルキス)のメンバー。俳優業で活躍中、自然の写真を撮るのが趣味
お読みいただきありがとうございます!
★番外編はこちらに集約してます。
https://www.alphapolis.co.jp/novel/411579529/693947517
★最年少、甘えん坊ケイタとバツイチ×アラサーの恋愛はじめました。
https://www.alphapolis.co.jp/novel/411579529/408954279
不埒な一級建築士と一夜を過ごしたら、溺愛が待っていました
入海月子
恋愛
有本瑞希
仕事に燃える設計士 27歳
×
黒瀬諒
飄々として軽い一級建築士 35歳
女たらしと嫌厭していた黒瀬と一緒に働くことになった瑞希。
彼の言動は軽いけど、腕は確かで、真摯な仕事ぶりに惹かれていく。
ある日、同僚のミスが発覚して――。
俺様外科医の溺愛、俺の独占欲に火がついた、お前は俺が守る
ラヴ KAZU
恋愛
ある日、まゆは父親からお見合いを進められる。
義兄を慕ってきたまゆはお見合いを阻止すべく、車に引かれそうになったところを助けてくれた、祐志に恋人の振りを頼む。
そこではじめてを経験する。
まゆは三十六年間、男性経験がなかった。
実は祐志は父親から許嫁の存在を伝えられていた。
深海まゆ、一夜を共にした女性だった。
それからまゆの身が危険にさらされる。
「まゆ、お前は俺が守る」
偽りの恋人のはずが、まゆは祐志に惹かれていく。
祐志はまゆを守り切れるのか。
そして、まゆの目の前に現れた工藤飛鳥。
借金の取り立てをする工藤組若頭。
「俺の女になれ」
工藤の言葉に首を縦に振るも、過去のトラウマから身体を重ねることが出来ない。
そんなまゆに一目惚れをした工藤飛鳥。
そして、まゆも徐々に工藤の優しさに惹かれ始める。
果たして、この恋のトライアングルはどうなるのか。
腹黒外科医に唆された件~恋人(仮)のはずが迫られています~
有木珠乃@『ヒロ弟』コミカライズ配信中
恋愛
両親を亡くし、二人だけの姉妹になった一ノ瀬栞と琴美。
ある日、栞は轢き逃げ事故に遭い、姉の琴美が務める病院に入院することになる。
そこで初めて知る、琴美の婚約者の存在。
彼らの逢引きを確保するために利用される栞と外科医の岡。
「二人で自由にならないか?」を囁かれて……。
冷酷総長は、彼女を手中に収めて溺愛の檻から逃さない
彩空百々花
恋愛
誰もが恐れ、羨み、その瞳に映ることだけを渇望するほどに高貴で気高い、今世紀最強の見目麗しき完璧な神様。
酔いしれるほどに麗しく美しい女たちの愛に溺れ続けていた神様は、ある日突然。
「今日からこの女がおれの最愛のひと、ね」
そんなことを、言い出した。
出逢いがしらに恋をして 〜一目惚れした超イケメンが今日から上司になりました〜
泉南佳那
恋愛
高橋ひよりは25歳の会社員。
ある朝、遅刻寸前で乗った会社のエレベーターで見知らぬ男性とふたりになる。
モデルと見まごうほど超美形のその人は、その日、本社から移動してきた
ひよりの上司だった。
彼、宮沢ジュリアーノは29歳。日伊ハーフの気鋭のプロジェクト・マネージャー。
彼に一目惚れしたひよりだが、彼には本社重役の娘で会社で一番の美人、鈴木亜矢美の花婿候補との噂が……
俺に抱かれる覚悟をしろ〜俺様御曹司の溺愛
ラヴ KAZU
恋愛
みゆは付き合う度に騙されて男性不信になり
もう絶対に男性の言葉は信じないと決心した。
そんなある日会社の休憩室で一人の男性と出会う
これが桂木廉也との出会いである。
廉也はみゆに信じられない程の愛情を注ぐ。
みゆは一瞬にして廉也と恋に落ちたが同じ過ちを犯してはいけないと廉也と距離を取ろうとする。
以前愛した御曹司龍司との別れ、それは会社役員に結婚を反対された為だった。
二人の恋の行方は……
年上女は年下上司に愛される。
國樹田 樹
恋愛
「先輩! 年上の女性を落とすにはどうしたらいいですか!?」と切羽詰った様子で迫ってきたのは後輩、沢渡 啓志。
「あーやっぱ頼りがいのある男とかに弱いんじゃない?」と軽ーく返した私に、彼は元気に返事して。――いつの間にか、先を越されていた。
あれ……あいついつの間に私の上司になった? とかそんな話。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる