【完結】妾に子供が授かりました。冷徹と呼ばれる私の判断を、どうか笑ってくださらない?

はなたろう

文字の大きさ
1 / 9

第1話 侯爵令嬢の右腕、ママになる?

しおりを挟む
皆様、ごきげんよう。

私の名は松島香里奈と申します。士族の出身です。侯爵家の一人娘、藤堂瑠璃子様の教育係として、働いております。


瑠璃子様は、見目麗しい容姿に優雅な身のこなし、そして聡明な才をお持ちの方。

帝国大学をご卒業されるほどの勤勉さを備え、さらには長刀の腕前まで達者でいらっしゃる。

文武両道、非の打ちどころのない、まさに完璧な淑女にご成長なさいました。


私は時々、周囲から「瑠璃子様の右腕」などと、畏れ多い呼び名をいただくこともございます。

とんでもないことです。

私の力など微々たるものにすぎません。すべては、瑠璃子様ご自身の、揺るぎない努力の賜物なのです。


それにもかかわらず、女性であるという理由だけで、瑠璃子様は藤堂家の跡を継ぐことはできません。

藤堂家には、嫡男がおりません。そのため、瑠璃子様の結婚相手として、名家のご次男・聖人様が婿養子として迎えられたのです。


聖人様は、もし「お馬鹿さん選手権」が開催されたならば、間違いなく優勝候補に挙がるでしょう。そう、愛すべきお馬鹿さんなのです。


スラリとした長身、欧米人のように彫りの深い顔。白い歯を輝かせて笑うその姿は確かに爽やかですが、中身は残念としか、申し上げようがないのです。



さて、そんなある日の午後。

瑠璃子様が何より大切にされている、午後のティータイムのひとときのことです。


アール・デコ様式のティーセットを並べたサンルームには、窓から初夏の陽射しが差し込み、遠くのラジオからは流行歌が微かに聞こえていました。

その日の気分を読み取り、的確な茶葉を選んで差し上げる。それも私の役目です。

紅茶を注ぎ、芳醇な香りが漂う瞬間、私はこの仕事に携われる幸せを噛みしめます。


「やぁ、レディ達。僕も仲間に入れておくれよ」


突然、陽気な声と共に聖人様が現れました。

眩しい笑顔と共に椅子へ腰掛ける姿は、大型犬がじゃれつくようでもありました。


「わたくしの大事なティータイム、邪魔はなさらいでと何度も申し上げましたのに」


優しい顔から一転して、瑠璃子様の眉がぴくりと動きます。

ですが、聖人様は怯むことなく、まるで子供のように笑っておられる。


「聖人様もご一緒にいかがですか?日本橋で仕入れた焼き菓子もございます」


夫婦円満は藤堂家のため絶対不可欠。ここは私が取り繕いました。


「わぁい、ありがとう」


子供じみた口調もまた彼の常。

聖人様には「熱い」という感覚はないのでしょうか。豪快にお茶を飲み干します。

ぷはぁ、と一息つくと、そして次の瞬間、あまりに唐突な一言を放ちました。


「ところで、香里奈さんは、いつママになるの?」


まもなく、三十路になる私に向かって言いました。

悪気など一欠片もございません。けれど、言葉は時として刃にもなるのです。


「聖人様、どういう意味でございましょう?」

「そうよ、香里奈がどうして母親になるの?」


私と瑠璃子様、同時に問い返しました。しかし、聖人様は首を傾げて、のんきに続けます。


「この前、浅草の劇場で、松島さんに会ったんだよね」


瑠璃子様の眉が上がりました。松島とは、おそらく私の主人のことでしょう。


「劇場?それは、どなたとご一緒だったのか、ぜひ教えていただきたいわ」

「え?あーー、誰だったかなぁ。あはは」


ああ、聖人様のイケナイご病気が発症しているようです。


「それでね、松島さん、子供ができたって喜んでたよ。ようやくパパになれるってね」


瞬間、凍りついたのは、私ではなく瑠璃子様でした。

淑女にあるまじき、ティーカップをガチャンッと置く行為。そして、震える手を握りしめながら言います。


「暇を出すわ」


ポツリと呟かれました。


「お嬢様……なんとおっしゃいましたか?」

「香里奈、たまには松島家へ帰りなさい」


その声には、言い訳を許さぬ凛とした響きがありました。

もちろん理解しています。これは追放ではなく、優しさからくる言葉。

けれども、避けては通れぬ過去に向き合わせるための、厳しい愛情でもあるのです。


「ありがたく、お暇をいただきます」


こうして私は三年ぶりに松島家へ帰る決意をいたしました。



――次回、第2話へ続きます。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

国宝級イケメンとのキスは、最上級に甘いドルチェみたいに私をとろけさせます♡ 〈Dulcisシリーズ〉

はなたろう
恋愛
人気アイドルとの秘密の恋愛♡コウキは俳優やモデルとしても活躍するアイドル。クールで優しいけど、ベッドでは少し意地悪でやきもちやき。彼女の美咲を溺愛し、他の男に取られないかと不安になることも。出会いから交際を経て、甘いキスで溶ける日々の物語。 ★みなさまの心にいる、推しを思いながら読んでください ◆出会い編あらすじ 毎日同じ、変わらない。都会の片隅にある植物園で働く美咲。 そこに毎週やってくる、おしゃれで長身の男性。カメラが趣味らい。この日は初めて会話をしたけど、ちょっと変わった人だなーと思っていた。 まさか、その彼が人気アイドル、dulcis〈ドゥルキス〉のメンバーだとは気づきもしなかった。 毎日同じだと思っていた日常、ついに変わるときがきた。 ◆登場人物 佐倉 美咲(25) 公園の管理運営企業に勤める。植物園のスタッフから本社の企画営業部へ異動 天見 光季(27) 人気アイドルグループ、dulcis(ドゥルキス)のメンバー。俳優業で活躍中、自然の写真を撮るのが趣味 お読みいただきありがとうございます! ★番外編はこちらに集約してます。 https://www.alphapolis.co.jp/novel/411579529/693947517 ★最年少、甘えん坊ケイタとバツイチ×アラサーの恋愛はじめました。 https://www.alphapolis.co.jp/novel/411579529/408954279

妻の遺品を整理していたら

家紋武範
恋愛
妻の遺品整理。 片づけていくとそこには彼女の名前が記入済みの離婚届があった。

あなたの言うことが、すべて正しかったです

Mag_Mel
恋愛
「私に愛されるなどと勘違いしないでもらいたい。なにせ君は……そうだな。在庫処分間近の見切り品、というやつなのだから」  名ばかりの政略結婚の初夜、リディアは夫ナーシェン・トラヴィスにそう言い放たれた。しかも彼が愛しているのは、まだ十一歳の少女。彼女が成人する五年後には離縁するつもりだと、当然のように言い放たれる。  絶望と屈辱の中、病に倒れたことをきっかけにリディアは目を覚ます。放漫経営で傾いたトラヴィス商会の惨状を知り、持ち前の商才で立て直しに挑んだのだ。執事長ベネディクトの力を借りた彼女はやがて商会を支える柱となる。  そして、運命の五年後。  リディアに離縁を突きつけられたナーシェンは――かつて自らが吐いた「見切り品」という言葉に相応しい、哀れな姿となっていた。 *小説家になろうでも投稿中です

離婚した妻の旅先

tartan321
恋愛
タイトル通りです。

【R18】純粋無垢なプリンセスは、婚礼した冷徹と噂される美麗国王に三日三晩の初夜で蕩かされるほど溺愛される

奏音 美都
恋愛
数々の困難を乗り越えて、ようやく誓約の儀を交わしたグレートブルタン国のプリンセスであるルチアとシュタート王国、国王のクロード。 けれど、それぞれの執務に追われ、誓約の儀から二ヶ月経っても夫婦の時間を過ごせずにいた。 そんなある日、ルチアの元にクロードから別邸への招待状が届けられる。そこで三日三晩の甘い蕩かされるような初夜を過ごしながら、クロードの過去を知ることになる。 2人の出会いを描いた作品はこちら 「純粋無垢なプリンセスを野盗から助け出したのは、冷徹と噂される美麗国王でした」https://www.alphapolis.co.jp/novel/702276663/443443630 2人の誓約の儀を描いた作品はこちら 「純粋無垢なプリンセスは、冷徹と噂される美麗国王と誓約の儀を結ぶ」 https://www.alphapolis.co.jp/novel/702276663/183445041

私が王子との結婚式の日に、妹に毒を盛られ、公衆の面前で辱められた。でも今、私は時を戻し、運命を変えに来た。

MayonakaTsuki
恋愛
王子との結婚式の日、私は最も信頼していた人物――自分の妹――に裏切られた。毒を盛られ、公開の場で辱められ、未来の王に拒絶され、私の人生は血と侮辱の中でそこで終わったかのように思えた。しかし、死が私を迎えたとき、不可能なことが起きた――私は同じ回廊で、祭壇の前で目を覚まし、あらゆる涙、嘘、そして一撃の記憶をそのまま覚えていた。今、二度目のチャンスを得た私は、ただ一つの使命を持つ――真実を突き止め、奪われたものを取り戻し、私を破滅させた者たちにその代償を払わせる。もはや、何も以前のままではない。何も許されない。

サレ妻の娘なので、母の敵にざまぁします

二階堂まりい
大衆娯楽
大衆娯楽部門最高記録1位! ※この物語はフィクションです 流行のサレ妻ものを眺めていて、私ならどうする? と思ったので、短編でしたためてみました。 当方未婚なので、妻目線ではなく娘目線で失礼します。

裏切りの代償

中岡 始
キャラ文芸
かつて夫と共に立ち上げたベンチャー企業「ネクサスラボ」。奏は結婚を機に経営の第一線を退き、専業主婦として家庭を支えてきた。しかし、平穏だった生活は夫・尚紀の裏切りによって一変する。彼の部下であり不倫相手の優美が、会社を混乱に陥れつつあったのだ。 尚紀の冷たい態度と優美の挑発に苦しむ中、奏は再び経営者としての力を取り戻す決意をする。裏切りの証拠を集め、かつての仲間や信頼できる協力者たちと連携しながら、会社を立て直すための計画を進める奏。だが、それは尚紀と優美の野望を徹底的に打ち砕く覚悟でもあった。 取締役会での対決、揺れる社内外の信頼、そして壊れた夫婦の絆の果てに待つのは――。 自分の誇りと未来を取り戻すため、すべてを賭けて挑む奏の闘い。復讐の果てに見える新たな希望と、繊細な人間ドラマが交錯する物語がここに。

処理中です...