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3. 一羽と一人
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地球上の白い生き物が、みんな寒さに強いと思っているなら、それは大きな間違いだ。
オレは白いけれど、寒さに強いわけじゃない。元々はインドやスリランカなどの暖かい地域に住む種族だ。
冬の間、オレの城はビニールで覆われ、暖房もあるからポカポカで快適だ。
とはいえ、毎日の日課は守らなくてはならない。お姫様が待っているからな。王子として、行かないわけにはいかないんだ。
白い羽はモフモフしていても、足は剥き出し。アスファルトの道は芯から冷える。
「王子、おはよう!」
事務所の扉が開き、サクラが出てきた。
暖かそうなニット帽を深くかぶり、背中に植物園のロゴが入ったウィンドブレーカーを羽織っている。
白い息を吐きながら、オレの元へとやってくる。
「今朝も寒いね」
サクラは手袋を外すと、いつものようにクチバシの上をカリカリと撫でる。
うぅん、気持ちいい!
でも、冷たい外気に、サクラの細い指先が赤くなっていくのがわかる。
もういいぞ、早く手袋をはめるんだ。
そう伝えたくて、オレはサクラの目をじっと見つめた。
「ん? なぁに、もっと撫でてほしいの?」
ああ、なんで伝わらない。なんでオレは、言葉を持たないクジャクに生まれてきたのか。
「椿がキレイだね」
サクラに連れて園内を見る。
椿ってやつは油断ならない。きれいに咲いていたかと思うと、ある日突然、ぼとっと落ちるんだ。花びらじゃなく、まるごと頭からな。
潔いけれど、寂しい。そして、なにより縁起が悪い。
「さぁ、今日もがんばろう」
その笑顔は、いつもと変わらないはずだった。なのに、どこか違って見えた。
その理由は、すぐにわかった。
「ねえサクラちゃん、新宿の本社行き、決まったんだって?」
売店の鈴木さんの声が、椿の落ちる音よりも静かに、けれど重く響いた。
「はい。来月から、企画部に行くことになりました」
……え?
オレの中で、すべての時間が止まった。
「寂しくなるわねぇ」
「すみません」
「前々から希望していたものね。本社でもがんばってね」
「はい!」
そう言いながら、サクラは笑った。
風が吹き、椿の花がぼとっと落ちた。赤くて丸い花が、地面にひとつ。音もなく転がった。
オレは静かにその場を離れた。今は、サクラの笑顔を見るのが辛かった。
サクラがいなくなる。どこへ? 新宿? そんな場所、オレには関係ない。いや、行けるはずがない。
オレには、自由に飛んでいける羽なんて無いから。
池の前で、どれくらい呆然としていただろうか。
ふと、背後に気配を感じ振り返ると、アイドルのコウキがいた。
ああ、今日は火曜日だ。
「なんだか元気ないな」
鳥の気持ちがお前にわかるのか? そんなわけない、オレを理解してくれるのはサクラだけだ。
オレは一歩も動かず、じっと男を見つめ返した。
こいつも、元気無さそうだな。
「日向は暖かいな」
そう言って、男は隣に腰を下ろした。オレの特等席だが、今日だけは許してやろう。
「あの人、サクラちゃん」
その名前が出た瞬間、オレの羽が無意識にぴくりと揺れた。
「好きなんだと思う」
淡々とした声だった。表情は見えない。けれど、確かに届いた。
「俺のこと、気づいてないなら、知らないままの方がいいのかな」
それって逃げか? それとも優しさか?
「毎週来て、写真撮って。話せるのは“こんにちは”だけ。それだけで、いいはずないよな」
コウキが空を仰いだ。冬の低い空はどんよりと曇っている。
「おまえ、サクラちゃんに可愛がられて、毎日一緒でいいなぁ。オレも、クジャクになれたらよかったのに」
バカを言うな。それなら代わってくれ。人間になって、サクラに正面から求婚してやる。
でもさ、サクラはもうすぐいなくなる。
その時、また椿がひとつ、ぼとっと落ちた。
オレは、羽を少しだけ広げた。応援でも同情でもない。その理由は――。
「あ!」
スッキリした。
「くそ、このスニーカー、新品なんだぞ……」
何を言う。湿気た顔をしているから、少しばかり運を付けてやったんだ。感謝しろ。
クジャク流の挨拶だ。
「……まあ、いっか。じゃあな。また来週も来るよ」
去り際に聞こえた声は、少しだけ明るかった。
サクラが咲いていた日々が、音もなく、終わりに近づいていた。
オレは白いけれど、寒さに強いわけじゃない。元々はインドやスリランカなどの暖かい地域に住む種族だ。
冬の間、オレの城はビニールで覆われ、暖房もあるからポカポカで快適だ。
とはいえ、毎日の日課は守らなくてはならない。お姫様が待っているからな。王子として、行かないわけにはいかないんだ。
白い羽はモフモフしていても、足は剥き出し。アスファルトの道は芯から冷える。
「王子、おはよう!」
事務所の扉が開き、サクラが出てきた。
暖かそうなニット帽を深くかぶり、背中に植物園のロゴが入ったウィンドブレーカーを羽織っている。
白い息を吐きながら、オレの元へとやってくる。
「今朝も寒いね」
サクラは手袋を外すと、いつものようにクチバシの上をカリカリと撫でる。
うぅん、気持ちいい!
でも、冷たい外気に、サクラの細い指先が赤くなっていくのがわかる。
もういいぞ、早く手袋をはめるんだ。
そう伝えたくて、オレはサクラの目をじっと見つめた。
「ん? なぁに、もっと撫でてほしいの?」
ああ、なんで伝わらない。なんでオレは、言葉を持たないクジャクに生まれてきたのか。
「椿がキレイだね」
サクラに連れて園内を見る。
椿ってやつは油断ならない。きれいに咲いていたかと思うと、ある日突然、ぼとっと落ちるんだ。花びらじゃなく、まるごと頭からな。
潔いけれど、寂しい。そして、なにより縁起が悪い。
「さぁ、今日もがんばろう」
その笑顔は、いつもと変わらないはずだった。なのに、どこか違って見えた。
その理由は、すぐにわかった。
「ねえサクラちゃん、新宿の本社行き、決まったんだって?」
売店の鈴木さんの声が、椿の落ちる音よりも静かに、けれど重く響いた。
「はい。来月から、企画部に行くことになりました」
……え?
オレの中で、すべての時間が止まった。
「寂しくなるわねぇ」
「すみません」
「前々から希望していたものね。本社でもがんばってね」
「はい!」
そう言いながら、サクラは笑った。
風が吹き、椿の花がぼとっと落ちた。赤くて丸い花が、地面にひとつ。音もなく転がった。
オレは静かにその場を離れた。今は、サクラの笑顔を見るのが辛かった。
サクラがいなくなる。どこへ? 新宿? そんな場所、オレには関係ない。いや、行けるはずがない。
オレには、自由に飛んでいける羽なんて無いから。
池の前で、どれくらい呆然としていただろうか。
ふと、背後に気配を感じ振り返ると、アイドルのコウキがいた。
ああ、今日は火曜日だ。
「なんだか元気ないな」
鳥の気持ちがお前にわかるのか? そんなわけない、オレを理解してくれるのはサクラだけだ。
オレは一歩も動かず、じっと男を見つめ返した。
こいつも、元気無さそうだな。
「日向は暖かいな」
そう言って、男は隣に腰を下ろした。オレの特等席だが、今日だけは許してやろう。
「あの人、サクラちゃん」
その名前が出た瞬間、オレの羽が無意識にぴくりと揺れた。
「好きなんだと思う」
淡々とした声だった。表情は見えない。けれど、確かに届いた。
「俺のこと、気づいてないなら、知らないままの方がいいのかな」
それって逃げか? それとも優しさか?
「毎週来て、写真撮って。話せるのは“こんにちは”だけ。それだけで、いいはずないよな」
コウキが空を仰いだ。冬の低い空はどんよりと曇っている。
「おまえ、サクラちゃんに可愛がられて、毎日一緒でいいなぁ。オレも、クジャクになれたらよかったのに」
バカを言うな。それなら代わってくれ。人間になって、サクラに正面から求婚してやる。
でもさ、サクラはもうすぐいなくなる。
その時、また椿がひとつ、ぼとっと落ちた。
オレは、羽を少しだけ広げた。応援でも同情でもない。その理由は――。
「あ!」
スッキリした。
「くそ、このスニーカー、新品なんだぞ……」
何を言う。湿気た顔をしているから、少しばかり運を付けてやったんだ。感謝しろ。
クジャク流の挨拶だ。
「……まあ、いっか。じゃあな。また来週も来るよ」
去り際に聞こえた声は、少しだけ明るかった。
サクラが咲いていた日々が、音もなく、終わりに近づいていた。
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