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9. 嫉妬と挑発
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ドラマの撮影は順調に進んでいた。
クールにサラッとした伊勢くんと、それを包み込むような、桐生さんの演技は、現場のスタッフをも魅了していた。
今日のシーンは、物語の中盤。二人の関係が大きく進展する重要な場面だ。
残業中のオフィスで、伊勢くん演じる後輩が、桐生さん演じる先輩に思いがけず抱きしめられる、というもの。
台本には、キスシーンがあると書かれていた。戸惑いと複雑な感情表現が求められる。
「ねぇ、なんで湊さんが緊張してるの?」
「い、伊勢くん!」
「そんなに緊張するなら、俺の代わりに、歯磨きでもしたら?」
いつものようにふっと笑った。
「落ち着いてますね」
「まぁね。たかがキスでしょ」
そうか。こんなにかっこいい人だから。いままでキスなんて何度もして、特別なことじゃないのか。カメラの前であることも、演技で感情が不要であっても。
むしろ、この先の展開を楽しんでいるようにも見えた。
「はい、本番!」
監督の声が響き、スタジオに静寂が訪れる。
マネージャーとして、タレントの演技を見守るのは当然の仕事だ。だけど、僕の心は妙にざわついた。
『もう帰りましょう。終電、なくなりますよ』
伊勢くんの落ち着いた声がオフィスセットに響く。残業で疲れた様子を演じながらも、彼の瞳は桐生さん演じる先輩をまっすぐに見つめている。
『いや。もう少し、そう。終電がなくなるまでーー』
桐生さんが優しく微笑み、伊勢くんのデスクに寄りかかる。二人の距離が、ぐっと縮まった。モニター越しでも、その緊迫感が伝わってくる。
『あ、先輩……』
桐生さんの手が、伊勢くんの肩に触れる。
そして、ゆっくりと伊勢くんの頬を包み込んだ。伊勢くんは、その手を振り払うことなく、ただじっと桐生さんを見上げている。
『君を見ていると、どうしても、触れたくなる』
桐生さんの甘い声が、僕の耳にも届いた。そして、桐生さんの顔が、ゆっくりと伊勢くんに近づいていく。
『俺は、狙った獲物は逃がさないよ。絶対にね』
あれ?そんなセリフ、台本にあっただろうか。
「っ……!」
伊勢くんの表情に、少しだけ戸惑いが滲む。それは演技なのか、それとも、彼の本心なのか。僕には判別がつかなかった。
そしてーーー、
2人の唇が、触れあっていた。
僕の胸は、ズキンと激しい痛みに襲われた。心臓が握り潰されるような感覚だった。
だけど、目が離せない。
伊勢くんのシャープな顎先も、軽く開いた唇も、その全てが僕の視界を埋め尽くした。
「…カット!」
監督の声が響き、二人の距離が離れる。伊勢くんは、何事もなかったかのように表情を取り繕い、桐生さんも爽やかな笑顔に戻っていた。
僕は、その場から動けなかった。伊勢くんと桐生さんの間に流れていた、あの濃密な空気。そして、桐生さんのアドリブ。
マネージャーとして、僕は伊勢くんの演技に、感動するべきだ。
あの夜、僕への接し方が、例え役作りのためだったとしても、このドラマが大成功するなら、マネージャーとして喜ぶべきだろうか。
「本当に恋人みたいね」
「お似合いだし、桐生さんて……」
後方で女性スタッフが声が聞こえた。
僕は、自分が伊勢くんに対して抱いている感情が、マネージャー範疇を超えていることを、嫌というほど思い知らされた。
このままでは、仕事にも支障をきたしてしまう。
「湊さん」
呼ばれてハッと振り向くと、伊勢くんが立っていた。
「撮影終わったら、俺はでかけるから。今夜はスタジオ解散ってことで」
「え?あ、うん。分かりました」
「じゃあ、また明日ね」
それ以上何も言わず、背中を見送った。
よかった。こんな複雑な気持ちでは。帰りの車内が気まずい。だけど、安堵する一方で、言葉にできないほどの、深い寂しさがあった。
伊勢くんは、今夜、誰と会うのだろう。
尋ねる権利なんて僕にはない。
当たり前だ。僕は彼のマネージャーで、彼は僕のタレント。仕事上の関係にすぎない。そう、自分に言い聞かせる。
クールにサラッとした伊勢くんと、それを包み込むような、桐生さんの演技は、現場のスタッフをも魅了していた。
今日のシーンは、物語の中盤。二人の関係が大きく進展する重要な場面だ。
残業中のオフィスで、伊勢くん演じる後輩が、桐生さん演じる先輩に思いがけず抱きしめられる、というもの。
台本には、キスシーンがあると書かれていた。戸惑いと複雑な感情表現が求められる。
「ねぇ、なんで湊さんが緊張してるの?」
「い、伊勢くん!」
「そんなに緊張するなら、俺の代わりに、歯磨きでもしたら?」
いつものようにふっと笑った。
「落ち着いてますね」
「まぁね。たかがキスでしょ」
そうか。こんなにかっこいい人だから。いままでキスなんて何度もして、特別なことじゃないのか。カメラの前であることも、演技で感情が不要であっても。
むしろ、この先の展開を楽しんでいるようにも見えた。
「はい、本番!」
監督の声が響き、スタジオに静寂が訪れる。
マネージャーとして、タレントの演技を見守るのは当然の仕事だ。だけど、僕の心は妙にざわついた。
『もう帰りましょう。終電、なくなりますよ』
伊勢くんの落ち着いた声がオフィスセットに響く。残業で疲れた様子を演じながらも、彼の瞳は桐生さん演じる先輩をまっすぐに見つめている。
『いや。もう少し、そう。終電がなくなるまでーー』
桐生さんが優しく微笑み、伊勢くんのデスクに寄りかかる。二人の距離が、ぐっと縮まった。モニター越しでも、その緊迫感が伝わってくる。
『あ、先輩……』
桐生さんの手が、伊勢くんの肩に触れる。
そして、ゆっくりと伊勢くんの頬を包み込んだ。伊勢くんは、その手を振り払うことなく、ただじっと桐生さんを見上げている。
『君を見ていると、どうしても、触れたくなる』
桐生さんの甘い声が、僕の耳にも届いた。そして、桐生さんの顔が、ゆっくりと伊勢くんに近づいていく。
『俺は、狙った獲物は逃がさないよ。絶対にね』
あれ?そんなセリフ、台本にあっただろうか。
「っ……!」
伊勢くんの表情に、少しだけ戸惑いが滲む。それは演技なのか、それとも、彼の本心なのか。僕には判別がつかなかった。
そしてーーー、
2人の唇が、触れあっていた。
僕の胸は、ズキンと激しい痛みに襲われた。心臓が握り潰されるような感覚だった。
だけど、目が離せない。
伊勢くんのシャープな顎先も、軽く開いた唇も、その全てが僕の視界を埋め尽くした。
「…カット!」
監督の声が響き、二人の距離が離れる。伊勢くんは、何事もなかったかのように表情を取り繕い、桐生さんも爽やかな笑顔に戻っていた。
僕は、その場から動けなかった。伊勢くんと桐生さんの間に流れていた、あの濃密な空気。そして、桐生さんのアドリブ。
マネージャーとして、僕は伊勢くんの演技に、感動するべきだ。
あの夜、僕への接し方が、例え役作りのためだったとしても、このドラマが大成功するなら、マネージャーとして喜ぶべきだろうか。
「本当に恋人みたいね」
「お似合いだし、桐生さんて……」
後方で女性スタッフが声が聞こえた。
僕は、自分が伊勢くんに対して抱いている感情が、マネージャー範疇を超えていることを、嫌というほど思い知らされた。
このままでは、仕事にも支障をきたしてしまう。
「湊さん」
呼ばれてハッと振り向くと、伊勢くんが立っていた。
「撮影終わったら、俺はでかけるから。今夜はスタジオ解散ってことで」
「え?あ、うん。分かりました」
「じゃあ、また明日ね」
それ以上何も言わず、背中を見送った。
よかった。こんな複雑な気持ちでは。帰りの車内が気まずい。だけど、安堵する一方で、言葉にできないほどの、深い寂しさがあった。
伊勢くんは、今夜、誰と会うのだろう。
尋ねる権利なんて僕にはない。
当たり前だ。僕は彼のマネージャーで、彼は僕のタレント。仕事上の関係にすぎない。そう、自分に言い聞かせる。
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