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10. マネージャーではいられない
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伊勢くんと桐生さんのキスシーンの翌日、TOMARIGIの活動に関する打ち合わせがあった。
資料と飲み物を用意して会議室に入る。中にいたのは伊勢くんだけだった。予定時間より15ふんだんも早いのに。
「湊さん、おはようございます」
「伊勢くん……、早いですね」
パタン、と背後でドアが閉まり、会議室は無音に包まれる。なんだか気まずい。
廊下からは賑やかな声が響いているのに、ここは、世界から僕たち二人だけが切り離されたみたいだった。
「き、昨日は遅かったんですか?」
自分でも驚くほど声が上ずった。
「いえ。軽く食事してすぐに帰ったから」
「そう、ですか」
思わず『だれと?』と、喉まで出かかった言葉を、必死に飲み込む。プライベートに口出すなんて、できない。
「ドラマの撮影、順調ですね」
「そうですね」
なんとか話題をして、当たり障りのない話を選ぶ。
「桐生さんとは、前々からお知り合いですか?」
「あぁ、3年前にちょい役で出たドラマで共演してから、時々連絡する仲かな。頼れる兄みたいな人だけど――、なんで?桐生さんが気になるわけ?」
伊勢くんの目が、真っ直ぐに僕を射抜く。
「もしかして、昨日は本気で口説かれたと思ってるの?」
「いえ、そんなまさか!ただ、伊勢くんと息が合う演技だったと、そう思っただけです」
必死に笑顔を作った。伊勢くんは、わずかに口元を緩める。
「キスシーンのこと?」
その一言で、再び心臓が跳ね上がった。全身の血が、一気に頬に集まっていくのがわかる。
「見ていて、ドキドキしました」
思わず小さく吐き出す。それは、マネージャーとしてではなく、ファンとしての本音だった。
「キス、したくなった?」
伊勢くんの瞳が、鋭く光る。
「え!いや、そんなことは」
からかうような口調なのに、どこか真剣さが混じっていて、心臓が暴れ出す。彼の本心がわからなくて、ただただ戸惑った。
「湊さん、最後にキスしたのはいつ?」
「ええ!な、ナイショですよ!」
「未経験ってことはないよね」
「まさか、そんなわけないです。多少の経験ならあります」
伊勢くんはが席を立ち、僕の隣の椅子へと座った。
「キスしたい」
「へ?」
「だめ?」
伊勢くんが指先で僕の手の甲に触れた。
「ぼ、僕は、ドラマの練習台ですか?」
思わず裏返った声。伊勢くんは冗談のつもりでも僕の胸の奥はドキドキが止まらない。
「練習台かぁ。確かに、来週は桐生さんとのベッドシーンもあるけど……」
伊勢くんの指先から伝わる熱が、僕の思考をさらに乱す。視線と距離感に、心臓が押し潰されそうだった。
「マネージャーとして、体をはって練習させてくれるなら、ありがたいよね。これまでずっと、ドジでミスばかりだけど、今こそ役に立ってもらおうかな」
「か、からからないでください」
「本気だったら?」
「いえ、ですから」
「俺と桐生さんと、どっちを取る?」
突然、眼差しに寂しさが浮かぶ。なんで、こんなに僕の心を揺さぶるのか。
「ぼ、僕は――」
そのときだった。
「おっはよーーございます」
片倉くんが元気にドアを開けた。一気に明るい空気が広がった。
「おはようございます!」
すぐ後ろからは、落ち着いたトーンの蒼真くん。さらに、チーフマネージャーの泊さんもやって来た。
自然と胸のざわつきが少し落ち着く。伊勢くんもチラリと僕を見ると、既にいつものポーカーフェイスに戻っていた。
僕と彼の間の張りつめた空気は、あっという間に霧散した。
メンバーと泊さん、そして僕で、TOMARIGIの今後について打ち合わせが始まる。
「ファーストアルバム発売と、アリーナツアーが正式決定したぞ!」
泊さんからの朗報に、メンバー総立ちだ。
「やったー!」
「ぶちかますぞ!」
「また忙しくなるな」
それは、伊勢くんも例外ではなく、キラキラとした笑顔で喜ぶ姿に、僕も自然と笑顔になる。この場所にいられることが、ただただ嬉しかった。
「銀テープは出したいよな、あと炎の演出!」
「ついに俺たちのライブでできるのかな」
会場と動員数、セットリスト、衣装。メンバーのおおまかな希望や思いを話し合う。それらを、すべてメモして議事録にまとめるのも、マネージャーである僕の大事な仕事だ。
そして打ち合わせの最後に、泊さんが僕に目を向けた。僕は軽くうなずいた。
「湊は、来週から広報部に戻ることになった」
そう、僕もつい数時間前に聞いたばかりの話だ。
「え、なんで急に?」
片倉くんが声をあげる。
「元々、人手不足の一時的な措置だったからな。TOMARIGIの人気には事務所が期待している。経験豊富な新しくマネージャーに任せた方がいいだろう?ちょうど、いい人がいてな」
横に座っていた蒼真くんが、慌てて口を開いた。
「俺はいやだな、せっかく湊さんに慣れたのに」
片倉くんも続く。
「そうそう。蒼真は人見知りなんだからね。伊勢だって、湊さんのほうがいいよな?」
伊勢くんは視線をスマホに落としたまま、
「まぁ、仕方ない」
え?それだけ?やっぱり、さっきのはからかわれただけ?
スケジュール管理は何度もミスした。余計な負担をかけてばかりだった。なにもかも、完璧にはこなせなかった。クビになるのも当然か。
僕が伊勢くんのマネージャーでいることは、彼にとっても会社にとっても、メリットなんて何一つなかったんだ。
「マネージャーでなくても、これからも、TOMARIGIのファンとして応援します」
泣きそうになるのを、必死でこらえた。この場所からいなくなるなんて、考えたくなかった。
僕は、伊勢くんに必要ないマネージャーだったのだ。そう思うしかなかった。
資料と飲み物を用意して会議室に入る。中にいたのは伊勢くんだけだった。予定時間より15ふんだんも早いのに。
「湊さん、おはようございます」
「伊勢くん……、早いですね」
パタン、と背後でドアが閉まり、会議室は無音に包まれる。なんだか気まずい。
廊下からは賑やかな声が響いているのに、ここは、世界から僕たち二人だけが切り離されたみたいだった。
「き、昨日は遅かったんですか?」
自分でも驚くほど声が上ずった。
「いえ。軽く食事してすぐに帰ったから」
「そう、ですか」
思わず『だれと?』と、喉まで出かかった言葉を、必死に飲み込む。プライベートに口出すなんて、できない。
「ドラマの撮影、順調ですね」
「そうですね」
なんとか話題をして、当たり障りのない話を選ぶ。
「桐生さんとは、前々からお知り合いですか?」
「あぁ、3年前にちょい役で出たドラマで共演してから、時々連絡する仲かな。頼れる兄みたいな人だけど――、なんで?桐生さんが気になるわけ?」
伊勢くんの目が、真っ直ぐに僕を射抜く。
「もしかして、昨日は本気で口説かれたと思ってるの?」
「いえ、そんなまさか!ただ、伊勢くんと息が合う演技だったと、そう思っただけです」
必死に笑顔を作った。伊勢くんは、わずかに口元を緩める。
「キスシーンのこと?」
その一言で、再び心臓が跳ね上がった。全身の血が、一気に頬に集まっていくのがわかる。
「見ていて、ドキドキしました」
思わず小さく吐き出す。それは、マネージャーとしてではなく、ファンとしての本音だった。
「キス、したくなった?」
伊勢くんの瞳が、鋭く光る。
「え!いや、そんなことは」
からかうような口調なのに、どこか真剣さが混じっていて、心臓が暴れ出す。彼の本心がわからなくて、ただただ戸惑った。
「湊さん、最後にキスしたのはいつ?」
「ええ!な、ナイショですよ!」
「未経験ってことはないよね」
「まさか、そんなわけないです。多少の経験ならあります」
伊勢くんはが席を立ち、僕の隣の椅子へと座った。
「キスしたい」
「へ?」
「だめ?」
伊勢くんが指先で僕の手の甲に触れた。
「ぼ、僕は、ドラマの練習台ですか?」
思わず裏返った声。伊勢くんは冗談のつもりでも僕の胸の奥はドキドキが止まらない。
「練習台かぁ。確かに、来週は桐生さんとのベッドシーンもあるけど……」
伊勢くんの指先から伝わる熱が、僕の思考をさらに乱す。視線と距離感に、心臓が押し潰されそうだった。
「マネージャーとして、体をはって練習させてくれるなら、ありがたいよね。これまでずっと、ドジでミスばかりだけど、今こそ役に立ってもらおうかな」
「か、からからないでください」
「本気だったら?」
「いえ、ですから」
「俺と桐生さんと、どっちを取る?」
突然、眼差しに寂しさが浮かぶ。なんで、こんなに僕の心を揺さぶるのか。
「ぼ、僕は――」
そのときだった。
「おっはよーーございます」
片倉くんが元気にドアを開けた。一気に明るい空気が広がった。
「おはようございます!」
すぐ後ろからは、落ち着いたトーンの蒼真くん。さらに、チーフマネージャーの泊さんもやって来た。
自然と胸のざわつきが少し落ち着く。伊勢くんもチラリと僕を見ると、既にいつものポーカーフェイスに戻っていた。
僕と彼の間の張りつめた空気は、あっという間に霧散した。
メンバーと泊さん、そして僕で、TOMARIGIの今後について打ち合わせが始まる。
「ファーストアルバム発売と、アリーナツアーが正式決定したぞ!」
泊さんからの朗報に、メンバー総立ちだ。
「やったー!」
「ぶちかますぞ!」
「また忙しくなるな」
それは、伊勢くんも例外ではなく、キラキラとした笑顔で喜ぶ姿に、僕も自然と笑顔になる。この場所にいられることが、ただただ嬉しかった。
「銀テープは出したいよな、あと炎の演出!」
「ついに俺たちのライブでできるのかな」
会場と動員数、セットリスト、衣装。メンバーのおおまかな希望や思いを話し合う。それらを、すべてメモして議事録にまとめるのも、マネージャーである僕の大事な仕事だ。
そして打ち合わせの最後に、泊さんが僕に目を向けた。僕は軽くうなずいた。
「湊は、来週から広報部に戻ることになった」
そう、僕もつい数時間前に聞いたばかりの話だ。
「え、なんで急に?」
片倉くんが声をあげる。
「元々、人手不足の一時的な措置だったからな。TOMARIGIの人気には事務所が期待している。経験豊富な新しくマネージャーに任せた方がいいだろう?ちょうど、いい人がいてな」
横に座っていた蒼真くんが、慌てて口を開いた。
「俺はいやだな、せっかく湊さんに慣れたのに」
片倉くんも続く。
「そうそう。蒼真は人見知りなんだからね。伊勢だって、湊さんのほうがいいよな?」
伊勢くんは視線をスマホに落としたまま、
「まぁ、仕方ない」
え?それだけ?やっぱり、さっきのはからかわれただけ?
スケジュール管理は何度もミスした。余計な負担をかけてばかりだった。なにもかも、完璧にはこなせなかった。クビになるのも当然か。
僕が伊勢くんのマネージャーでいることは、彼にとっても会社にとっても、メリットなんて何一つなかったんだ。
「マネージャーでなくても、これからも、TOMARIGIのファンとして応援します」
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