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第8章 ◇波乱の 3rd WEEK
◆5 皇さんとユキ
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「セレスタイトからコーヒーゼリーの宅配を自分でやってまして。今から着替える所です」
と、笑顔だけは満点な俺がニコニコと微笑みながら経緯を説明すると、ああと納得したような返事があった。
とりあえず、上から下まで眺められてひと通りファッションチェックが入ったのは間違いない。クスリと小さく笑われて――今の俺は一体何点に見えているのだろうかと、変に気になってしまった。
「出勤前に、自転車でひと汗かいたのか?やたらと健康的だな。車を使うって発想にならないのがお前らしい」
「シャワーも仮眠室も完備してますからねー、ウチは。車を出す程の距離じゃないし、こっちで身支度を整えた方が自分としてもラクかなと」
皇さん相手なので、つい本音が漏れた。一応売れっ子ホストになった今でも、俺は日々の移動では車をあまり使わないタイプだ。俺が住んでいるマンションは店から近過ぎて車通勤の申請をしていないし、この程度のことでわざわざ駐車場を使わせてもらうのも悪い気がした。
オーナーの好意で、誰でも自由に使える部屋とユニットバスまでオブリビオンにはある訳で、それを遊ばせておく手はない。
「まあ……合理的で俺は好きだが。店のシャワーを本当に使うヤツは、案外いないんだよな」
「むしろ、もっと活用すべきじゃないですか?」
「勿論。あるものは使うべきだと俺も思うぞ」
「ですよね?なので俺が今のうちに前例を作っておこうかと」
「………そうか」
俺が勢いよく言うと、皇さんがまた笑った。
実のところ、やはり売上がモノを言う世界だから、あまり下っ端が気楽にシャワーを使ったり出来ないのが現状だ。
そういう気兼ねのせいでせっかくの設備が活かされないのは、店も皇さんも喜ばない。俺が今のうちにどんどん使って、少しでも使いやすい空気にしておこうという思いが、少しはあったりする。
「お前が率先してやると何となく許される……みたいな空気になるのは確かだな。相変わらず若手みたいな雰囲気を出しているし」
「褒め言葉と受け止めておきます」
「……そういう図太さを、下の奴にも見習って欲しい所だ」
皇さんは、下の人間に絡まれるのは嫌いじゃない。でも圧が強すぎて、皆気楽には話しかけられないのが現実だ。
俺はそういう上と下の間で、ちょうどクッションみたいな役割をしてたんだけど――そういうのを引き継いでくれそうな人間がすぐに思い浮かばないのが、少し残念ではある。
皇さんの笑顔にも、どことなく寂しそうな気配が見えるのは気のせいか。
「――ところで、皇さん。ユキのことなんですが」
声を潜めた俺の言葉に何を感じたか、意味ありげな流し目を送ってくる。
俺はユキの素性を聞いてから、ずっとこの人に確認したかったのだ。
「ユキの実家のこと、今頃気付いたか?」
「!!」
あっさりとそう言われてしまい、俺は思わず唖然とする。
「やっぱり知ってたんですね……!」
「俺の客筋には華道関係者も多いしな」
そうなのだ。皇さんには、いつも美しい振袖で現れる常連客がいて。彼女はありとあらゆる習い事で師範の免許を持っている、ホテル王のご令嬢と噂されていた。茶道や日舞を嗜み、勿論、華道も――
そういうお客様に囲まれている皇さんが……ユキの顔を知らない筈はなかったのだ。
知っていて、それでも。
ホストとして働く「司滌薫夏」を冷静に眺めていたという事だ。
「知っていたなら……!この企画をユキが言い出した時に、止めようとは思わなかったんですか?」
俺が確認したかったのはその事だ。
ユキの素性を教えられて。
特別な家に生まれたユキを、こんな風に世間に晒して良かったのかと俺は悔やむことになった。
だけど、そう問いかける俺に向けられる皇さんの瞳は、相変わらず冷ややかだった。
「本人が望んでいることを、どうして止める必要がある?この店のプレイヤーとして認められた人間は、誰にも止められずに自由に働く権利を持っているんだからな」
至極当然とばかりに両手を広げ、何の問題が?と逆に俺に問いかけてくる。
と、笑顔だけは満点な俺がニコニコと微笑みながら経緯を説明すると、ああと納得したような返事があった。
とりあえず、上から下まで眺められてひと通りファッションチェックが入ったのは間違いない。クスリと小さく笑われて――今の俺は一体何点に見えているのだろうかと、変に気になってしまった。
「出勤前に、自転車でひと汗かいたのか?やたらと健康的だな。車を使うって発想にならないのがお前らしい」
「シャワーも仮眠室も完備してますからねー、ウチは。車を出す程の距離じゃないし、こっちで身支度を整えた方が自分としてもラクかなと」
皇さん相手なので、つい本音が漏れた。一応売れっ子ホストになった今でも、俺は日々の移動では車をあまり使わないタイプだ。俺が住んでいるマンションは店から近過ぎて車通勤の申請をしていないし、この程度のことでわざわざ駐車場を使わせてもらうのも悪い気がした。
オーナーの好意で、誰でも自由に使える部屋とユニットバスまでオブリビオンにはある訳で、それを遊ばせておく手はない。
「まあ……合理的で俺は好きだが。店のシャワーを本当に使うヤツは、案外いないんだよな」
「むしろ、もっと活用すべきじゃないですか?」
「勿論。あるものは使うべきだと俺も思うぞ」
「ですよね?なので俺が今のうちに前例を作っておこうかと」
「………そうか」
俺が勢いよく言うと、皇さんがまた笑った。
実のところ、やはり売上がモノを言う世界だから、あまり下っ端が気楽にシャワーを使ったり出来ないのが現状だ。
そういう気兼ねのせいでせっかくの設備が活かされないのは、店も皇さんも喜ばない。俺が今のうちにどんどん使って、少しでも使いやすい空気にしておこうという思いが、少しはあったりする。
「お前が率先してやると何となく許される……みたいな空気になるのは確かだな。相変わらず若手みたいな雰囲気を出しているし」
「褒め言葉と受け止めておきます」
「……そういう図太さを、下の奴にも見習って欲しい所だ」
皇さんは、下の人間に絡まれるのは嫌いじゃない。でも圧が強すぎて、皆気楽には話しかけられないのが現実だ。
俺はそういう上と下の間で、ちょうどクッションみたいな役割をしてたんだけど――そういうのを引き継いでくれそうな人間がすぐに思い浮かばないのが、少し残念ではある。
皇さんの笑顔にも、どことなく寂しそうな気配が見えるのは気のせいか。
「――ところで、皇さん。ユキのことなんですが」
声を潜めた俺の言葉に何を感じたか、意味ありげな流し目を送ってくる。
俺はユキの素性を聞いてから、ずっとこの人に確認したかったのだ。
「ユキの実家のこと、今頃気付いたか?」
「!!」
あっさりとそう言われてしまい、俺は思わず唖然とする。
「やっぱり知ってたんですね……!」
「俺の客筋には華道関係者も多いしな」
そうなのだ。皇さんには、いつも美しい振袖で現れる常連客がいて。彼女はありとあらゆる習い事で師範の免許を持っている、ホテル王のご令嬢と噂されていた。茶道や日舞を嗜み、勿論、華道も――
そういうお客様に囲まれている皇さんが……ユキの顔を知らない筈はなかったのだ。
知っていて、それでも。
ホストとして働く「司滌薫夏」を冷静に眺めていたという事だ。
「知っていたなら……!この企画をユキが言い出した時に、止めようとは思わなかったんですか?」
俺が確認したかったのはその事だ。
ユキの素性を教えられて。
特別な家に生まれたユキを、こんな風に世間に晒して良かったのかと俺は悔やむことになった。
だけど、そう問いかける俺に向けられる皇さんの瞳は、相変わらず冷ややかだった。
「本人が望んでいることを、どうして止める必要がある?この店のプレイヤーとして認められた人間は、誰にも止められずに自由に働く権利を持っているんだからな」
至極当然とばかりに両手を広げ、何の問題が?と逆に俺に問いかけてくる。
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