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第8章 ◇波乱の 3rd WEEK
◆24 ユキSide:恋する人魚の握る剣④
しおりを挟む――先輩の答えは、僕が望んでいたもの。
だけど、信じられなかった。
先輩がそんな事を、泉水さんを裏切るような事を言う筈がないと、逆に……信じていたから。
「ユキにとって、どうしても、それが必要なことだって言うなら。俺は――拒まない」
「………本気で、言ってます……?」
こくりと頷くその顔は、とても落ち着いていた。
静かな瞳に、心の奥まで覗き込まれている気がして。
振り上げた想いの切先が、戸惑い揺れる。
「泉水さんを、傷付けるんですか」
「……泉水さんには全部話すよ。許して貰えないかもしれないけど」
「何で――そこまで」
「……ユキが先に、全部投げ出したからだよ。俺のために、自分の秘密も、時間も全部」
僕が、そうしたから?僕のためだけに?
「お前が、他人に騒がれることも承知で何もかもを俺の為に捧げてくれても、弟みたいに感じているお前と、恋人には……決してなれない。お前に返せるものが何もない――だから今、この瞬間が、この先のお前にとって本当に必要なことなら」
俺はお前を拒まない――と。
僕に組み伏せられたまま。
先輩は微笑う。
「でもな……ユキ。今の俺にとって、パートナーになりたい人は泉水さん以外にいないんだ」
先輩がそっと、僕の頬を撫でた。
「もしも今、俺たちが身体の関係になったとしたら……俺とお前は、もう二度と、前のようには戻れないし、ただの先輩後輩ではなくなってしまう。だけど恋人にも決してなれなくて。多分、俺は二度とユキに会わない道を選ぶことになると思う」
「……!」
そう――それは、まるで死別と同じ。
お互いが、この世界に存在していても、決して交わらない場所へと踏み出すこと。
僕が前に考えていたことだ。
先輩が、泉水さんと幸せになる姿を見たくないと思った時の……
「――俺は、そんなの嫌だ」
先輩は唇を噛んだ。
「俺は、ずっとずっと、ユキに関わっていたい。お前がどんな風に成長するのか、この先もずっと見ていたい。それって、勝手で、無理な……願いか?お互いを想いあっていて、大切な存在で、この先も変わらずに気持ちで繋がっていたいと、そう思うことよりも……身体の問題って、そんなに大切なことか……?」
なぁ、ユキと。先輩の声が僕を包む。
「…………僕は」
そう、阿久津と話したあの時、確かに気付いてしまったのだ。いっそ二度と会えなくなればと、暗い願いに心を奪われかけながら、その奥の奥で。
絶対に。
絶対に絶対にそれは嫌だと、子供のように泣き叫ぶ自分がいることに。
「………僕も、ホントは……先輩に、二度と会えなくなるとか、そんなの……っ。本当は」
涙が溢れそうになるのを必死になってこらえる。
「――イヤ、なんです……」
そっか、と先輩が笑って「じゃあ俺たち同じ気持ちだな」と頷いた。
「僕たちの関係には、この先が……まだあるって――勝手に信じてもいいんですか……?」
「……うん。俺はまだまだ、ユキの髪をわしゃわしゃしたいし、俺のくだらない冗談に突っ込んで欲しいし、それに」
先輩の掌が、僕の頭の上にポンと無造作に置かれる。
「俺はまだ、ユキの歌を聴かせてもらってないしな」
僕の歌。
僕の想い。
先輩に伝えたいこと……
「ユキ……」
先輩が僕を抱き締める。
よしよしと宥めるように、優しく髪を撫でて。
遠い昔に、誰かにそうしてもらったような……そんな淡い記憶が掠める。
苦しかった筈の心が、だんだん軽くなっていく。
振りかざした見えない剣。僕の心の刃が――泡のように溶けていく……
ぎゅっと強く抱き締められて、先輩の胸に顔を埋めながら。
僕は柔らかな眠りに誘われていった。
あんなに心臓が高鳴っていたのに、身体は何も反応しなかった。
ああ。
今この瞬間。
先輩を独り占めしているんだなと、今さら気付く。
僕だけを見て、僕だけに笑いかけて、僕を抱き締めていて……
とっても温かい……
この光景を、いつまでも記憶の中に留めておけたらいいのにな。
カメラのシャッターを切るみたいに、この空間の全て、光も、静けさも、匂いも、熱も――ここに存在する先輩の傍にいた時間。
全て丸ごと。
何もかも。
自分の中から。
一生消えなければいいのにと、そんなことを思いながら。
――その夜。
僕と先輩は狭いベッドの上、傷付いた野生動物みたいに寄り添いあって眠った。
安らかで穏やかな眠りだった。
抱えた疵痕が、ときどき痛みを訴えても。
それすらも全て、消したくない記憶のひとつとして、混ざり合い溶け合っていく気がした――……
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