【第二部完結】恋するホストと溺れる人魚と、多分、愛の話

凍星

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第1章 恋するホストは苦悩する

◆3 天使が見守る場所で

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「連夜、お手」
「わん、……って、何やらせてんですかっ」

高城さんが悪ノリして手のひらを出して来たので、つい右手を乗せてしまった。哀しい条件反射である。

「イイ子だな」

クスリと笑ってから、乗っかっている俺の手を解放した。相変わらず俺を揶揄うのが愉しいらしい……困った人だ。

「――そうやって、いつまでも俺が思い通りになると思ったら大間違いですよ?」
「ほう?」
「今日こそ、ちゃんと話をしましょう」
「……俺は、お前とはいつでもきちんと話しをしているつもりだが」

高城さんが不敵に微笑む。
前髪を掻き上げる仕種もセクシーで……俺はついドキッとして視線を逸らした。いつもながら心臓に悪い。
1年半以上一緒に働いているのに、どうして免疫がつかないんだろうと我ながら不思議になってしまう。

俺たち2人は、開店前の空き時間、店の最奥にある個室スペースで話しをしていた。
ここはプレイヤーの中のTOP of TOP、No.1ホストと特別な客しか使用できない聖域である。

――扉はない。
部屋とフロアの境を仕切っているのは、凝った刺繍のレースのカーテン。
それが幾重にも折り重なるようにふわりと吊り下げられている。
まるで天蓋で囲われているような空間……外から中が透けて見えることで秘密めいた雰囲気を創りだしていた。

一際大きなシャンデリアが天井に設えられているのが、とても目立つ。オーナーが、フランスの貴族にルーツを持つ知人から譲ってもらったとか。
後ろの壁には優雅に両翼を広げた天使が女性に口付けている油絵《プシュケとアモル》が掛けられ、本物のアンティークの燭台も幾つか置かれている――特別仕様の贅沢な場所だ。
絵画の中の「天使アモル」にちなんで《ルシファー》、《ガブリエル》、《エアリアル》、《セラフィム》……等々、飾られている薔薇も天使の名を冠したものだけを選んでいる。この中は別世界だということをこれでもかと演出しているのだ。

個室と言いながらあえてオープンなスペースにしてあるのは、他の客にも様子が見えるようにしたかったからだという。いつかあの場所で、私も、自分の担当ホストに接客されてみたいわ……と、溜息と共に夢見る女性を増やすために。

そんな甘やかな薔薇の香りの漂う場所で、今、俺は高城さんと二人、隣同士で座っている。コホンと咳払いをして姿勢を改めてから、俺は気合を入れ直し高城さんに向き直った。

「……えっとですね。俺が辞めることに反対してる理由なんですけど」
「人聞きが悪いな。誰も反対はしていないぞ?ただ――No.1を取ってから辞めた方が良くないかと言っているだけだ」

心外だな、とばかりに高城さんは肩を竦めた。

「前にも言いましたが……俺、店に入ってから今日まで、結構、頑張ってきましたよね?――知ってると思いますけど、過去にトップを取ったことも一度や二度じゃありません。だから、何も今更No.1に拘らなくても、と」
「――辞めると言った日から今日まで、一度でもNo.1を取っていたかな……俺の勘違いか?」

良く響く甘いテノールが、俺の言葉を遮る。

「……いえ、最近はないですが」
「最後に、お前の華々しい姿が見たいっていう、俺のささやかな望みくらい叶えてくれると思ったんだが――それも俺の思い違いなのか?」
「……………いえ、そんな事は」
「そうだろうな。仮にも俺に恩義を感じている連夜なら、そう言う筈だと思ったよ」


OH MY GOD……

――これだ。
毎回この繰り返しなのだ。
この言葉が通じない感じ――

絶望感に打ちひしがれて、俺は引きつった笑顔を浮かべたまま天を仰いだ。
俺の神は、知らない言語を操る異国の神なのだろうか?
……時に神は――無慈悲で理不尽なものだが。
そして迷える仔羊に、自ら試練を与える……神話の時代から変わらないお決まりの約束事は、この現代でも生きているらしい。


(……俺の華々しい姿が見たい、か)

――それが高城さんの本心なのか?
どこまで本気なんだろうか……


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