詩「夕立」

有原野分

文字の大きさ
上 下
1 / 1

夕立

しおりを挟む
突然の夕立は汗のように
昼間の熱い町を青い嘘に変えた

木立のさえずりを前に
ぼくたちはようやく本当の夏を知る
そのときにはもうヒグラシは
生まれ故郷の田舎に帰っている

懐かしい実家の匂い
隣りの家は今日もカレーだ
夕暮れは昼を裏切る
星が夜をいつも裏切るように

少しだけ濡れた洗濯物
間に合わなかったセミの音
夕立の弱まっていく重力に
入り組んだ追憶が手を伸ばす
指先に揺れる氷のような
夕日をたっぷりと含んだ冷たい涙に
大人は少し先の死を予感する

振り返ると昼は消え
詩人はどこにもいなかった
夜は未知の言語を携えて
そこには虹も星も空もなく
ただの町が海のように凪いでいた

遠くからカラスの鳴き声が聞こえる
ぼくは窓を閉める決心をする
今日の日記に夕立のことを書き忘れな
 いように
ぼんやりとした眼差しを夏に向けて
しおりを挟む

この作品の感想を投稿する


処理中です...