小説「モノクロームのバス停にて」

有原野分

文字の大きさ
1 / 1

モノクロームのバス停にて

しおりを挟む
 田舎の実家に帰省するために、私は長い間、高速バスに揺られていた。到着まであと一時間。バス停には両親が迎えにきてくれる約束だ。ちらりと腕時計と外の景色を交互に眺める。まだ時間はある。私は少しうたた寝をすることにした。そして、夢をみた。
 夢のなかで私は、あるアパートの一室にいた。時刻は真夜中。女の声が外から聞こえる。私はベランダに出て暗い道路を見渡す。と、道路を挟んで私側に二人の男女、反対側に一人の女。その三人は道路を挟んで、別れの言葉だろうか、大きな声で話している。ふいに、反対側にいる女が三階にいる私に気がついたのか手を振ってきた。そして、なぜか上着を脱ぎはじめたのだ。……下品な女だな。そう思いながらも、私は手を振り返していた。女に会いに外へ。作り笑顔で女を部屋に連れ込む。
 ワタシダッテ、オトコナンダ。――
 ――朝、目を覚まし、女を車で送ることにした。家をでると、そこは実家のある見慣れた景色。私たちはいつのまにか田舎にいたのだ。私はとりあえず、不安な気持ちで車に乗り込んだ。
 昨晩飲みすぎたせいか、頭がクラクラする。また、浮気をしてしまった焦りか、周囲がよく見えない。車内は沈黙。しばらくしたら、女がポツリポツリと口を開いた。
「……じつはワタシ、家がないの……」
 私はドキッとした。
「……施設に入っているの。……病気なの……。言わなくてゴメンナサイ」
 そう言いながらも女はちっとも悪びれる様子はない。
「……聞きたい?」
 私は全身を硬直させながらうなずいた。
「……薬に手を出したの。それからは……売春の繰り返し。とうとう、病気をもらっちゃって、施設送りに……。両親はいないから、気は楽だけどね」
 女はひょうひょうと言った。まるで自慢をするかのように。
「……でね、この病気……、感染するの」
 車を急停車する。反動で女が唾を飛ばした。全身から嫌な汗がにじみ出てくる。混乱、思考の麻痺、手足の震え、女への怒り、自分への後悔――。ふり絞って声をだす。
「……それは、いったい、なんの病気……」
 女の口角が少し上がった。私は殴りたい衝動に駆られたが、ぐっと唇をかみしめた。
「なんだったかしら。……なんとかHIVよ」
 ……嘘だろう――。
 女はSL-HIV(時空型遅行性免疫不全症)かもしれない。感染するとHIVはもちろん、時空を超えて過去三カ月以内に性交をもった相手にも感染する恐ろしい病気だ。さらに潜伏期間は長いのに、発病したら一週間前後で死にいたる。……マズイ。彼女(付き合っている女性)にうつしてしまっている。ああ、最悪だ。汗と震えが止まらない。浮気なんてするんじゃなかった。くそ……。
 とにかく、まずはこの女を施設に送らなければ……。ふらふらしてまともに運転なんてできないが、急がなくては。事故を起こさないように、歩道に乗り上げないように、慎重に……。施設についたら覚えとけよ。いや、まずは感染の有無だ。急ごう。
 私はそこでふと、夢じゃないかと思い、手の甲を抓ってみた。……痛くない……なんだ、夢か、アハハハハ……。
 カーブにさしかかる。目の前に海が広がった。果てしなく青い。私は目を奪われてしまった。その瞬間、ドカッという音とともにハンドルがきかなくなり、私たちを乗せた車はまっさかさまに海に落ちていった。なぜだか恐怖より、羞恥心が勝っていた。
 私はもがきながら車からはい出て崖をのぼった。すると目の前は大通りで、すぐ前が運よくバス亭だった。腕時計を見るとちょうど一時間経っている。なにげない顔でバスを待っているふりをしていたら、ちょうど両親が迎えに来てくれた。私はびしょ濡れの服のまま車に乗り込むと、そのまま家に帰り風呂につかってご飯を食べた。
 そして夜になった。布団に入る。私はこれが夢の中だなんてとても信じられなかった。気分が悪い。おそるおそるもう一度手の甲を抓ってみる。……ん、痛いぞ……。つまりいまは現実なのか? いったいどこから……。あの女は……それに、……病気の件は夢だったのだろうか。
 果たしていまはどっちなのだろう。このまま寝てしまってもいいのだろうか。
 けっきょく、私は眠りにつくまで夢か現実か分からなかった。どこかに、夢と現実との境界線があったのかもしれない……と思いながら、私はすべてが夢であることを切に願い、やむをえず眠りについた。
しおりを挟む
感想 0

この作品の感想を投稿する

あなたにおすすめの小説

上司、快楽に沈むまで

赤林檎
BL
完璧な男――それが、営業部課長・**榊(さかき)**の社内での評判だった。 冷静沈着、部下にも厳しい。私生活の噂すら立たないほどの隙のなさ。 だが、その“完璧”が崩れる日がくるとは、誰も想像していなかった。 入社三年目の篠原は、榊の直属の部下。 真面目だが強気で、どこか挑発的な笑みを浮かべる青年。 ある夜、取引先とのトラブル対応で二人だけが残ったオフィスで、 篠原は上司に向かって、いつもの穏やかな口調を崩した。「……そんな顔、部下には見せないんですね」 疲労で僅かに緩んだ榊の表情。 その弱さを見逃さず、篠原はデスク越しに距離を詰める。 「強がらなくていいですよ。俺の前では、もう」 指先が榊のネクタイを掴む。 引き寄せられた瞬間、榊の理性は音を立てて崩れた。 拒むことも、許すこともできないまま、 彼は“部下”の手によって、ひとつずつ乱されていく。 言葉で支配され、触れられるたびに、自分の知らなかった感情と快楽を知る。それは、上司としての誇りを壊すほどに甘く、逃れられないほどに深い。 だが、篠原の視線の奥に宿るのは、ただの欲望ではなかった。 そこには、ずっと榊だけを見つめ続けてきた、静かな執着がある。 「俺、前から思ってたんです。  あなたが誰かに“支配される”ところ、きっと綺麗だろうなって」 支配する側だったはずの男が、 支配されることで初めて“生きている”と感じてしまう――。 上司と部下、立場も理性も、すべてが絡み合うオフィスの夜。 秘密の扉を開けた榊は、もう戻れない。 快楽に溺れるその瞬間まで、彼を待つのは破滅か、それとも救いか。 ――これは、ひとりの上司が“愛”という名の支配に沈んでいく物語。

母の下着 タンスと洗濯籠の秘密

MisakiNonagase
青春
この物語は、思春期という複雑で繊細な時期を生きる少年の内面と、彼を取り巻く家族の静かなる絆を描いた作品です。 颯真(そうま)という一人の高校生の、ある「秘密」を通して、私たちは成長の過程で誰もが抱くかもしれない戸惑い、罪悪感、そしてそれらを包み込む家族の無言の理解に触れます。 物語は、現在の颯真と恋人・彩花との関係から、中学時代にさかのぼる形で展開されます。そこで明らかになるのは、彼がかつて母親の下着に対して抱いた抑えがたい好奇心と、それに伴う一連の行為です。それは彼自身が「歪んだ」と感じる過去の断片であり、深い恥ずかしさと自己嫌悪を伴う記憶です。 しかし、この物語の核心は、単なる過去の告白にはありません。むしろ、その行為に「気づいていたはず」の母親が、なぜ一言も問い詰めず、誰にも告げず、ただ静かに見守り続けたのか——という問いにこそあります。そこには、親子という関係を超えた、深い人間理解と、言葉にされない優しさが横たわっています。 センシティブな題材を、露骨な描写や扇情的な表現に頼ることなく、あくまで颯真の内省的な視点から丁寧に紡ぎ出しています。読者は、主人公の痛みと恥ずかしさを共有しながら、同時に、彼を破綻から救った「沈黙の救済」の重みと温かさを感じ取ることでしょう。 これは、一つの過ちと、その赦しについての物語です。また、成長とは時に恥ずかしい過去を背負いながら、他者の無償の寛容さによって初めて前を向けるようになる過程であること、そして家族の愛が最も深く現れるのは、時に何も言わない瞬間であることを、静かにしかし確かに伝える物語です。 どうか、登場人物たちの静かなる心の襞に寄り添いながら、ページをめくってください。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

同じアパートに住む年上未亡人美女は甘すぎる。

ピコサイクス
青春
大学生の翔太は、一人暮らしを始めたばかり。 真下の階に住むのは、落ち着いた色気と優しさを併せ持つ大人の女性・水無瀬紗夜。 引っ越しの挨拶で出会った瞬間、翔太は心を奪われてしまう。 偶然にもアルバイト先のスーパーで再会した彼女は、翔太をすぐに採用し、温かく仕事を教えてくれる存在だった。 ある日の仕事帰り、ふたりで過ごす時間が増えていき――そして気づけば紗夜の部屋でご飯をご馳走になるほど親密に。 優しくて穏やかで――その色気に触れるたび、翔太の心は揺れていく。 大人の女性と大学生、甘くちょっぴり刺激的な同居生活(?)がはじまる。

極上イケメン先生が秘密の溺愛教育に熱心です

朝陽七彩
恋愛
 私は。 「夕鶴、こっちにおいで」  現役の高校生だけど。 「ずっと夕鶴とこうしていたい」  担任の先生と。 「夕鶴を誰にも渡したくない」  付き合っています。  ♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡  神城夕鶴(かみしろ ゆづる)  軽音楽部の絶対的エース  飛鷹隼理(ひだか しゅんり)  アイドル的存在の超イケメン先生  ♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡  彼の名前は飛鷹隼理くん。  隼理くんは。 「夕鶴にこうしていいのは俺だけ」  そう言って……。 「そんなにも可愛い声を出されたら……俺、止められないよ」  そして隼理くんは……。  ……‼  しゅっ……隼理くん……っ。  そんなことをされたら……。  隼理くんと過ごす日々はドキドキとわくわくの連続。  ……だけど……。  え……。  誰……?  誰なの……?  その人はいったい誰なの、隼理くん。  ドキドキとわくわくの連続だった私に突如現れた隼理くんへの疑惑。  その疑惑は次第に大きくなり、私の心の中を不安でいっぱいにさせる。  でも。  でも訊けない。  隼理くんに直接訊くことなんて。  私にはできない。  私は。  私は、これから先、一体どうすればいいの……?

まなの秘密日記

到冠
大衆娯楽
胸の大きな〇学生の一日を描いた物語です。

わたしの下着 母の私をBBA~と呼ぶことのある息子がまさか...

MisakiNonagase
青春
39才の母・真知子は息子が私の下着を持ち出していることに気づいた。 ネットで同様の事象がないか調べると、案外多いようだ。 さて、真知子は息子を問い詰める? それとも気づかないふりを続けてあげるか? そのほかに外伝も綴りました。

処理中です...