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雨と共に降る

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その日、セイヤは冷たい雨の中、傘もささずに歩いていた。
彼は魔族、といっても人に非る魔法を使う民族であるだけだ。今いる果ての国の民よりかは幾分か知的な民族の彼は、天空に浮かぶ国「帝国都市」の王子だった。

「せーちゃーん!今夜はモノポリーしましょー!」

仲が良すぎる両親と、堂々と男を連れ込む姉に嫌気がさして、窓から飛び降りたのだ。

鞄の中には、ナイフ、時計、金貨十数枚、小さな本、そして手帳と鉛筆だけ入れて他には何も入れていない。

漆黒の翼を広げ、冷たい雨雲に突っ込む。
冷たい雨に濡れ、白いシャツが肌と黒皮のズボンに貼り付く。

 *

「ふう……」

なんとか街に降りたセイヤは金貨1枚を換金し、雨に凍えながら喫茶店で暖かい紅茶を飲んでいた。

「これからどうしよう……」

長い黒髪がじっとりと重く濡れ、体の芯まで冷えていた彼に、誰かがタオルを差し出した。

「こら、リカ!」

タオルを差し出した女・リカと呼ばれた女も雨で全身濡れており、金髪からは水が滴っていた。

「すみません、うちの患者が……」

オレンジ色の癖毛を後ろで束ねた、丸メガネと白衣の男が平謝りをする。

「お医者様ですか……?」

セイヤは彼の目を真っ直ぐに見ながら、唐突に懇願した。

「私、家出してきたんです。どうか薬学を教えていただけませんか?」

白衣の男は頭を抱えながら、答える。

「とりあえず、うちでお風呂に入りなさい。冷えたでしょう?僕はロバート。一晩うちに泊まるといい」

白衣の男・ロバートは困ったように笑った。
果ての国は冥府と現世の境にあり、お国柄か馬鹿みたいに親切な人が多いのだ。

 *

アパートの一室で、風呂上がりのセイヤは新品の白いシャツとコットンの薄いズボンを履き、暖炉の前で毛布を羽織っている。
座りながら、これからどうするかぼんやり想像しようとした。が、寒くて空腹で頭が回らない。

「スープ、飲むかい?」

ロバートはミネストローネの入ったマグカップをセイヤに手渡し、手で指先を覆った。

「今日は冷えるね」

まっすぐにセイヤの目を見つめながらそう言うと、ロバートは額にキスをした。

「丁度、人手が足りなくてね。魔法薬学を教えるから、住み込みで働いてくれないかな?」

彼はそう言い、優しく微笑んだ。
こうして、2人の生活は始まった。
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