恋は止まらない

空条かの

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5話

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それは小学生の時の記憶だった。

「ソレって、何語?」

背後から覗き込むように声をかけられ、四条は跳ねるように驚いて、慌ててノートを閉じた。

「――っ」
「算数?」

覗き込んできた男の子は、頭上にクエスチョンマークを浮かべて、そう尋ねてきた。

「ち、違う」

ノートを隠すように抱きしめて、四条は顔を真っ赤にしてうつむく。
これは化学式。世の中の不思議は、どうやって起こるのか? どうしたらそうなるのか? 興味を持ったのは小学生二年生の時。
四条は、昔から内気で誰かと遊ぶこともなく、理科にとても興味を持ち、暇さえあれば図書館に来ていた。
もう何年も通っていたが、この日、突然知らない男の子から、声をかけられたのだ。
もちろん、初めて見る子だった。

「じゃあさぁ、外国語?」
「ち、違うから」
「え~! じゃあ、何語なの?」

男の子は、なぜか物凄く迫ってくる。
四条は、どうしようと怯えながら「化学式」と、小さく呟いた。
すると、男の子は目を丸くして、一歩前にでる。

「何ソレ?!」

何に興味を持ったのか、男の子はもっと見せてとせがんでくる。

「……だ、だめ」
「もしかして、秘密の暗号なのか?!」

頑なに見せないと態度に出せば、男の子は瞳をキラキラと輝かせて、スパイなのかと、もっと喰いついてきた。
とんでもない誤解をされ、四条は周りの目を気にしながら、「勉強だよ」と、少し大きな声を出してしまった。
すると、近くにいた子供たちが、男の子の側までやって来た。

「こいつ、ずっとワケわかんないものばっかり書いてて、気持ち悪いから、関わらない方がいいぜ」

男の子の肩を掴んで、同じクラスの男子が一人、軽蔑した視線を向ける。
友達なんかいない。図書館で科学の本を読んだり、書いたりすることが、すごく楽しかったんだ。
雨が降る仕組みや、電気がつく仕組みとか、とにかく疑問に思ったことは、なんでも調べていた。
四条は、人と関わるより、何かを調べている方が断然楽しかったんだ。だから、友達もいないし、変人扱いもされていた。
別にそれを否定するつもりも、変えるつもりもなく、四条は放っておいてほしかった。

「でもこいつ勉強してるって……」
「変な暗号ばっか書いてるから、お前も呪われるぞ」

関わらない方がいいと、四条のクラスメイトは男の子に忠告した。気色悪い菌が移ると、他の奴も言い出す。
図書館にいた人たちの視線が四条に集まり、好奇な目で見られていると、四条はノートをギュット抱きしめて、そこから逃げようとしたのだが、男の子がなぜか四条の服を掴んだ。

「別にいいだろう!」

どういうわけか、男の子が大きな声を上げた。

「なんだよ、お前も仲間か?」
「こいつが勉強って言ってるんだから、勉強だろう」
「ああそうか、頭が悪くて字が書けないんだよな」

クラスメイトは、四条を見ながら、周りの仲間と一緒に笑った。変人、変人と指まで指してきて、四条は唇を噛み締めて床をみる。

「好きなことを一生懸命してる奴を笑うな!」

男の子がはっきりと言えば、笑い声が止まった。

「な、なんだよお前……」
「やりたいことを最後まで頑張る奴は偉いって、父さんが言ってた」
「はっ?」
「そういう人を応援してやれる奴は、もっと偉いって言ってた」

さっきまで四条を変人扱いしてたクラスメイトは、男の子にそう言われて、興味をなくしたように、「勝手にしろよ」と、悪態をついて図書館を出ていく。
静かになった図書館で、男の子は四条の方へ顔を向けると、

「好きなことは続けろよな」

にかっと笑ってそう応援してくれた。



これが悠太との初めての出会いだった。
あの時、盛大に背中を押してくれた悠太の言葉があったから、四条は好きなことを諦めずに続け、大好きな科学の道へ進むことが出来た。
それからも、悠太とは時々図書館で会うことがあり、そのたびに応援してくれた。
だからきっと心惹かれた。ずっと一緒に居たいと願ってしまったんだ。
四条は今でこそ身長180もあるが、当時は小さくて小学六年生だったのにも関わらず、低学年ほどしかなくて、おそらく悠太も年下だと思ったのだろう。
で、四条はこのときから、悠太に好意を寄せていったのだが、当の本人は、すっかり忘れていたので、四条はそのままにしてある。
いつか、思い出してくれると信じて。
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