恋は止まらない

空条かの

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6話

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夏休みまであと二週間。
バイトをしてみたいとは思ったが、これがなかなか決まらない。条件のいいバイトはほとんど埋まってしまい、残っているバイトは、家から遠かったり、夜遅くまでだったりで、誠にもらった雑誌もだいぶボロボロになっていた。そんな訳で、今日は一人放課後の教室で雑誌を眺めていた。いつもは俺の愚痴を聞く誠がいるのだが、今日は用事があると急いで帰って行った。放課後二人で残っていくことが多いせいか、つい一人でも残ってしまいがちなのだ。

「悠太、まだ残っていたのか?」

突然かけられた声に心臓が止まるほど驚いてしまった。雑誌に集中していて人の気配にまったく気づかなかったのだ。しかも、時計を見ればあれから一時間以上も過ぎてるし。

「すみません、今帰ります」

大慌てで帰りの支度をすると、

「南ちゃんみーつけた。せっかく校門のところで待ってたのに、ぜんぜん出てこないんだもん。帰ちゃったかと思ったよ」

この声には聞き覚えがある。あまり聞きたくない可愛い声。

「……相原! ……っれ、四条?」

相原の後ろに白衣が見えた。ゆっくり視線を上げると紛れもなく四条が立っていた。ってことは、今声をかけたのは四条?

「ビックリさせんなよ四条。てっきり教頭かと思っただろ」
「本日教頭は外出している。よって今日は私が見回りをしている」

ここ聖都では放課後教頭が見回りをするんだけど、またこの教頭が厳しい親父で、俺と誠も何度か怒られたことありだ。

「……夏季アルバイト?」

いつの間にか俺の机まで来ていた相原が、机の上のアルバイト誌を手に取っていた。

「南ちゃんバイトするの?」
「せっかくの長期休みだしな」
「だったら僕んちの島に行こうよ! 今年はお父さんもお母さんも仕事の都合で行かれないんだ。僕一人で行ってもつまんないし……、ねぇ南ちゃん」

可愛く、ねぇ南ちゃんと言われても。そういえば相原家はすごいお金持ちだった。島って言うくらいだから丸々1つってことだよな――羨ましい。

「私は別荘に行くつもりなのだが、よかったら悠太も来ないか?」

相原を追って入ってきた四条も何気に会話に入ってきたかと思うと、さりげな~く相原同様俺を誘ってきた。

「先に声をかけたのは僕だよ、あさくんは後!」
「選ぶのは悠太だろ詩音」
「南ちゃん、どっちにするの?」

って、俺に選択権は二つか~~~! 夏休み中この二人と過ごすなんて考えただけでも恐ろしい。せっかくの休みくらいのんびりと過ごしたいものだ。
結果

「夏休みはバイト。バイトするの! 悪いけどどっちもパス」

と、なる。

「見たところまだ決まっていないようだが」

四条が痛いところをつく。アルバイト誌見てるくらいなんだから、まだ決まってはいないが。俺は相原の手から雑誌を取り返すと、鞄を手に帰ることに決めた。

「これから決めるの! 今年は絶対バイトする」

言い切って帰ろうとした俺に、四条が笑みを浮かべた。

「では、まだチャンスはあるということか」
「……はぁ?」
「バイトが決まるまでは、お誘いしてもよいということだろう?」

“今何か言いました”って思わず聞き返しそうになる。なにをどう聞いたらそうなるんだ。こいつの頭を一度覗いてみたい。で、案の定相原も便乗してきて……

「じゃぁ僕もあきらめない。絶対南ちゃんと行くんだから」

この有様だ。

「あ~もう勝手にしろ! それと相原ついてくんなよ」

最後に投げやりな言葉を吐いて、俺は教室を後にした。
玄関まで足早で向かっていたのだが、途中廊下で最も会いたくないうちの一人を見つけてしまった。奴はスキップでも始めるんじゃないかってほどに、喜色満面で歩いていた。

「なんかいいことでもあったのか雨宮?」

あまりにもうれしそうに歩いてるから、ついつい声をかけていた。

「なんでもないよ、なんでも……。気をつけて帰りなさいね」
「……あま、……みや?」

珍しく先生らしく振舞った雨宮は、それだけ言うと軽い足取りで俺の横を普通に通り過ぎて行く。そうふつ~うに。普段の雨宮ならこんなこと絶対にありえない。いつもなら嫌だって言っても強引に抱きついてくるは、キスしてくるはで散々なところなのに。

――――――――怪しい。
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