ホラー小話

鏡の中の山姥

会社に行く前に、鏡を見ながら歯を磨いていて気が付いた。
鏡の中の俺の背後に、山姥が居る事に。
日本昔話に出て来るような、白髪の老婆でみすぼらしい着物、手足は細くて長い。
髪に隠れていて表情は見えないが、口からは牙らしき物が生えている。

驚いて振り返ったが、何も居なかった。
当然だ、ここはオートロック式マンションの五階なんだから。
誰かが忍び込もうとしても容易ではない。
窓は二重鍵式で、ドアは帰宅すると同時にロックとチェーンを掛けるのが
癖になっている。
つまり、誰かに侵入されるおそれは殆ど無い。
だから、山姥が居たとしても侵入される事は無い筈だ。


やっぱり気の所為か。
なんだよ、もう、ビックリしたな。
視線を再び鏡に戻したが、今度は変な物は映っていない。
やっぱり気の所為だったか。















ところが気の所為では無かった。
鏡を見る度に、鏡の中には老婆が映るようになった。
家、会社、デパート、どこの鏡にも老婆が映る。
但し映らない時もある。
映らない条件一、他の人も一緒に鏡に映っている場合。
映らない条件二、小さな鏡で俺の背後が表示されない場合。


条件を満たせば老婆は映らないが、やはり気持ち悪いものは気持ち悪い。
実害はなくとも、心情的にすっきりしない。





病院の精神科で相談した。
医者の話では、
「過度のストレスが生み出した妄想ですね。
　休日には好きな事を思いっきりして過ごしてください。
　後、ぐっすりと眠れるように睡眠薬を服用していれば、
　いずれ幻覚は見なくなるでしょう。
　次は二十八日後に又来てください」








つづく。