猫組としての心得

ハタセ

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#2 東地と三谷

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#2 東地と三谷

クソッ、何か釈然としないぞ。
と言うか、虚しい?

「本当に?本当に居なくならない?」

また詰め寄って来た相手に対して俺は両手を上げて降参の体制を取り一回大きく頷いてみせた。
これで納得してください。と願いながら。

「そーだよね~?だって楽ちゃんが俺を置いてどっか行くわけないもんね~?で、もー、もし俺に内緒でェ、転校なんてしたらァ、俺きっと楽ちゃんの事一生許さなーい」

「……」

でた…でやがった。

「あれぇ?無視ィ?…楽ちゃん最近冷たくなーい?俺ちょー可哀相じゃん?」

可愛い男子達を押し退けて
壁にへばり付いていた俺の元まで辿り着いたソイツは俺をさらに壁へと縫い付けてきた。

「手を重ねるな!体重を乗せてくるな!離れなさい!大体俺がお前に冷たいのは最初っからの事だろうが!」

「え~?…じゃあ、そろそろ次の段階に進んじゃう?俺と楽ちゃんのカンケーってもう進展してもいい頃じゃない?」

「やかましいわ‼」

ぐぎぎぎと手に足に力を入れようにも相手は俺より図体がデカイのです。
見た目ひょろ松のくせに!
ですからそう易々と逃げ出させてはくれません。
そんな間に俺を囲んでいた奴らも何故か自分の席に戻っていきました。
そう、いつもこんな感じで俺とコイツがじゃれて?(いや、不可抗力だ)いるのだから誰も俺達を止めてはくれないのです。
慣れってのは恐ろしいな。

このバカと知り合ったのは去年の冬くらいでしたでしょうか。
もうあまり思い出したくも振り返りたくもない過去の話なので記憶が曖昧です。
出来る事なら知り合いになりたくなかった。

彼、東地 保(トウチ タモツ)は学校でも有名な遊び人でした。
あ、訂正訂正、今も現在進行形で遊び人です。
来る者拒まず去る者追わず主義ですが、自分の下半身には忠実な男。

学校のところかまわず盛る者ランキングで多分1位2位を争うほどではないでしょうか。
俺も何度かコイツの情事に出くわした苦い思い出があったりします。
知り合いのそんな場面は見たくないのですがTPOを弁えないこのバカが悪いのです。
前に一度渡り廊下で擦れ違った事もありました。
あれは悲惨でしたよホント。
うちのクラスが移動教室で、どうしても渡り廊下を通らなければ辿り着けない場所に実習室があるのですが
こともあろうにその渡り廊下でいたしておりやがりましたよこの男。
一瞬引き返そうかとも思いましたが渡り廊下の半分まで来ていたし、今更引き換えしてもう一階上の渡り廊下を使おうにも時間的にそんな余裕はなく、
渋々目の前を通ったら

「楽ちゃんも入るー?」

と気軽に声を掛けてきやがりました。
まるで小学生が鬼ごっこやかくれんぼに誘うかのような軽さでした。
勿論俺は無視して素通りしていきましたが。

とにかくこんな相手に構ってる自分がたまに嫌になります。

「予鈴鳴った!お前は早く教室帰れよ!」

「本鈴まであと5分もあるんだね~。それだけあればベロチュー出来るね?」

「ざっけんなっ!」

密着した身体をそのままに、顔を近付けてきたソイツに渾身の力で抵抗するが
押し止めるだけで精一杯で退かす事なんて叶いそうにもありません。
あと5分も俺の体力が持つとも思えないし。
これはヤバイと思った瞬間に奴の身体がいきなり左へと傾いたのです。

「ちょっと!最悪!また彰くんにちょっかい出して‼彰くん大丈夫!?何もされてない⁉」

突如として乱入してきたのはこれまた可愛い男子でした。

「あ、おお。毎回毎回ありがとな三谷」

奴の魔の手から俺を救い出してくれたのは2年F組の三谷良樹(ミタニ ヨシキ)。
彼とは1年の時に同じクラスで仲良くなりました。
まぁ三谷もそっち系の人だったが今も仲良くさせて貰ってます。

「いいよそんな、お礼なんて。大体アイツが悪いんだから」

便所虫を見るような目付きで横をみる三谷に思わず視線が釣られてしまった。

「ま~た隊長さんが俺と楽ちゃんの邪魔しにきたの~?いい加減ウザイんですけどー」

三谷に突き飛ばされた東地はよろめいた身体を難無く立て直すと三谷に突っ掛かっていった。

「やめてよ!お前なんかにそう呼ばれたくない!」

「え~?だって隊長は隊長でしょー?あ、それともぉ、フルで呼んでほしかったのー?梶屋昇(カジヤ ノボル)の親衛隊隊長様?」

「お前…!」

その名前を言われた三谷は眉間に皺を寄せると俯いてしまった。

「愛しい愛しい梶屋先輩はぁ、此処には居ないよぉー?早く自分の教室戻ったら?先輩来てるんでしょ?心配するんじゃなーい?」

「……ッ」

俯いた三谷を覗き込んでわざと挑発するような言い方をする。

流石にこれはやり過ぎ。

「おい、東地、やめろって。」

「え~?なんで止めんのー?だって三谷くんは~、楽ちゃんじゃない他の人の親衛隊隊長なのにー、毎日楽ちゃんにベッタリ引っ付いてさー何様~?本命居るのに堂々と浮気出来るなんて最低じゃなーい?」

(コイツ…わざとかよ)

「だから、何回言えば分かるんだよお前は!それはもう先輩、三谷、俺の3人で話し合って解決してんだから引っ掻き回すな!お前だって事情は分かってんだろうが」

「解決?ふーん?あれが解決って言うんだー?…妥協の間違いでしょ?俺ねー今でもあの時の事思い出すと虫ずが走るんだよねー梶屋センパイもー、三谷くんもー、マジ自分勝手~ねぇ、違う?三谷くん」

その言葉に三谷がビクッと肩を揺らした。

「楽ちゃんにとったらぁ、損ばっかりの契約だよねー。俺はそんなの認めなーい。てかありえなーい。今すぐ撤回してほしいくらいに腹立ってるしねー」

「お前が認めなくても俺らはそれで同意したんだからほっとけって」

うだうだ言ってくる東地を三谷から引き離す。
あーあ、やっぱりすっげー落ち込んでんじゃん…。

「だってムカつくし~?つーか、楽ちゃんにとって三谷くんの言ってる事って百害あって一利無しじゃん?」

「お、お前にそれは言われたくない!大体彰くんの事本気で好きでもないくせに!僕と彰くんの事をお前なんかにとやかく言われる筋合いはないよ!」

「俺ねー楽ちゃんは~、本気だよ?ホ・ン・キ~。」

「嘘!毎回違う相手を抱いててよく言うよ!この間だって僕の親衛隊の1人に手出して泣かしたでしょ!」

おいおい、朝からなんつーハードな話題を…。
正直、関わり合いたくない。

「え~?アレは向こうからヤリ目的で俺のとこ来たんだよー?俺は悪くないもーん。大体本命居るのに他のに目移りするほーが人として悪くなーい?てか隊長が下の者管理出来てない時点でダメじゃない?まぁ隊長自身が本命以外に現を抜かしてる時点で終わってるけどねー。ねぇ、楽ちゃん?」

「俺に振るな。」

ちょっと蚊帳の外で寛いでいた俺はまた蚊帳の中へと引っ張り込まれました。

「違う!僕は…僕は、本命だけだ。後にも先にも僕にはその人しか居ない…その人だけだ!」

真剣な眼差しで俺を見詰める三谷に返す言葉が見つからない。
三谷自身それは分かってるだろうけど。

「ゴメン彰くん…今、凄い困らせた」

「ん、いや、いいって」

何とも気まずい空気が流れたがまぁ毎度のことだから慣れましたけどね俺も。

「つーかぁー、三谷くん早く教室帰ればー?もう本鈴鳴るよ~?理系は遠いっしょー?バイバーイ」

空気を読まないこのバカには関係ないみたいですが。

「なっ!元はと言えばお前が彰くんは理系行くって言ったから僕は!僕は…!」

「ちょっと泣かないでくれるー?すっげーめんどくさーい」

ん?ちょっと待て、なんだこの会話は?

「東地、お前三谷に何か…「バイバーイ」

俺の首に手を回してガッシリとホールドすると
再度三谷に、にこやかな顔で手を振る東地に俺は溜息をついた。
もういいや、聞いてもどうせ禄な答は返って来ないだろうしな。

「まぁ、そうだな。三谷、マジで本鈴鳴るから教室戻れ。間に合わなくなるぞ?それに、これ以上このバカに付き合う必要はないって」

「楽ちゃん酷ーい」

「……うん。また来るね」

「おー」

東地を無視して手を振る俺と無言でそれを見詰める東地。
ションボリとしながら俺のクラスから去っていく三谷。
小さい背中が余計小さく見えましたよ三谷さん。

「てか、お前も教室戻れよ!」

「えー?だって隊長さんに邪魔されてあんま楽ちゃんと話せなかったしぃ?もうちょっといいじゃーん。どうせ隣のクラスなんだしさー」

「か・え・れ!!」

先程チョロっと触れたと思うがこの2年生からは理系クラスと文系クラスに分かれます。
よって校舎も離れていたりします。
理系は移動教室が多いので南校舎
文系は図書室が近い北校舎となっています。
よって渡り廊下を越えて来なければお互いの教室まで辿り着けない構造になっているわけなんですよ。

それを毎日のようにやって来る三谷は根性があると思う。
そんなとこは割と好きなんだけどな。

「あー、楽ちゃん今誰の事考えたのー?俺と居る時はぁ、俺の事考えてくんなきゃダメー」

「なんで帰ってねんだよお前」

「んーとね、今日はぁ、楽ちゃんにとっておきの情報がありまーす!」

「情報?…東地、いつから情報屋になったんだ?」

「えー前からだしー?」

コイツは嘘ばっかりだ。
先週は仲介屋じゃなかったかお前?

「まぁいいや、で?何?手短に話せ」

「聞きたい~?ならチューして楽ちゃん」

「悪いな、俺さっき納豆食ってそのまま登校してきたから口臭いけどそれでもいいか?」

「楽ちゃんサイテー、俺の嫌いな食べ物誰に聞いたのー?」

「さぁな。少なくともお前に教える義理はない」

俺がこのクラスになって唯一得した事と言えばコレです。
人間関係の拗れのせいで色々と調べなきゃいけなかったりする時が少なからずあります。
そんな時に助けてくれるのが情報屋と呼ばれている人達の存在。
このクラスにも居るし、他のクラス、または先輩、後輩にも居ます。
俺がこの学校内で知ってるのは4人の情報屋。
調べればもう少し居そうですが
情報屋自体あまり表立って出ては来ないし、情報屋同士の情報の交換及びやり取りはその手の人達にはタブーとされているらしいので俺も知らないのです。
それぞれの情報屋の人達も俺がどの情報屋を利用してるかまではお互いに知りませんしね。
や、知ってても言わないのが情報屋同士のルールまたは暗黙の了解なのかもしれない。
まぁ詮索されないのは俺としては安心ですが。

で、それが何故得に繋がるかと言うとですね、
その情報屋自身がそちら側の人達だったと言えば分かりやすいでしょうか?
つまり、タチネコどっちともの相談に乗る&他の情報と交換する代わりに俺が聞きたい情報を無償で提供してくれるという事になったんです。
あと、自分の相手に自分が情報屋であるとバレないように手伝う事も俺との交渉の条件だったりね。
流石に実は情報屋ですなんて自分からカムアウする人なんて滅多にいないですからね。
恋人を守る為に始めたって奴も居ますし。
大切な人を守りたい、影ながらでもいいから支えたいと言う思いは誰にでもあると思う。
そういう人には見返り無しでも俺はお手伝いしたいとは思うしね。
純粋にカッコイイとも思う。
まぁとにかく、俺にとって情報屋とはかなり心強い味方なんですよ。

だがしかし、極たまーにだがフリーの奴からは何らかの見返りを要求されたりはしますが、そん時はワンコインで見逃してもらってます。
あと昼飯奢るとかね。

で、俺がとある情報屋の1人に1番最初に聞いた質問は…

「なんでもいいから東地と縁を切る方法を教えてくれ」

これです。

当初の目的である情報よりもまずそれが1番俺にとっては大事な用件だったからね。
何よりも先に優先させるほど俺は東地と離れたかったわけです。
で、まぁ返ってきた答が

「無理だ」

この一言でした。
後にも先にも俺があれほど落胆したのはその時以外に覚えがありません。

その後はもうどれでもいいから東地の情報寄越せと半ば脅迫紛いに迫ったら出て来た情報が

「納豆嫌い」

たったこれだけでした。

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