9 / 9
最終話 東へ
しおりを挟む
次の朝、ついに西部キャラバンは解散することになった。
キーリとユエンは、旅をともにした仲間たちに別れを告げた。商人たちは、楽しかった旅のお礼にと、ラバを一頭、二人にプレゼントしてくれた。フリッツは、名残惜しそうだったが、急いで次の仕事を探さなくてはならないらしく、すぐにいなくなってしまった。
旅の足となるラバが一頭しかいない都合上、キーリとユエンは、しばらくいっしょに行動することになりそうだった。東への冒険の前に、ユエンと旅をしてみたいと思っていたキーリは、もう一度〈しっぽ人〉の集落へもどりたいというユエンの考えに賛成した。
ユエンは、キャラバンの一員として集落を訪れた際、父である長老と、ろくに話すこともできなかったという。しっぽをうしなったユエンを長老がこばんだためでもあったが、ユエンが意地を張ってしまったためでもあるらしい。しっぽを完全にうしなった今、彼は、あらためて父親と話がしたくなったのだった。
それと、もうひとつ。ユエンは、しっぽがあったころに、〈名付け〉に失敗して呪い返しを受けたまま、いまだに本当の名前を思い出せずにいた。気持ちに整理をつけるために、父親なら知っているはずの、本当の名前を知りたかったのだ。
そんなユエンとともに博物館のある町をたつ日、キーリは、彼にある贈り物をした。それは、アーリャの実の汁で汚れてしまった服を細く裂き、三つ編みにして作った、お手製のしっぽだった。しゃれたマゼンタに染まったしっぽは、ユエンのはでな服装にもよく似合っていた。ユエンは、そのしっぽを気に入り、いつも身につけるようになった。
キーリは、ユエンのしっぽのはく製が手元に残らなかったのは自分のせいだと、何度も口にした。けれどもユエンは、キーリがそう言うたびに、しっぽがキーリを守ってくれたのだと諭した。ユエンはキーリを責めることなく、うばわれて見世物にされていたしっぽでも、最後にはキーリを救えたことが誇らしいと言ってくれた。
『西のはてから あこがれは夜空を流れ
しっぽを抱き眠れば 夢に東を思う
はてしなき冒険をもとめて
〈ティルキィーリリ〉、東へ行く
名もない荒野にて ため息は朝に溶ける
かぎしっぽをかかげれば 足は東に向く
朝焼けのはじまりをさがしに
〈ティルキィーリリ〉、東へ行く』
ただ広くて退屈なばかりの、西の荒野。キーリの前に座るユエンは、ゆったりと馬を進めながら歌う。『ナヴァドゥルール物語』の三巻のタイトルをもじったようなフレーズに、キーリはくすくすと笑った。
二人きりの旅がはじまってから、ユエンは、よくキーリの歌を作るようになっていた。ささいなことでも、ユエンが歌うと、冒険物語の一部のように聞こえる。
キーリは、それをおもしろがって、こんなことを言った。
「ねえ、ユエン。そんなにいくつもぼくの歌を作っていたら、そのうち、『キーリ物語』なんて話ができちゃうんじゃない? タイトルは『〈しっぽ人〉キーリの冒険』の方がいいかな」
「ふむ。それじゃあ、『テイル・オブ・テール』、旅するしっぽ物語というのはどうだろう? 響きも悪くないと思うけれど」
「それがいい! じゃあ、ユエンはぼくが〈世界のはじまり〉にたどりつくところまで、ちゃんと見なくちゃいけないね」
あっという間に、いっしょに〈世界のはじまり〉に行くという約束を取りつけられてしまったユエンは、〈おっと〉と声を上げた。
「さすが、〈ティルキィーリリ〉。ひとところにとどまっていられない性分なのは、この名前のせいかな」
ユエンの言葉に、キーリは首をかしげる。
〈しっぽ人〉本当の名は、古い言葉で名付けられる。そのため、自分の名前の意味を知らない者がほとんどなのだ。キーリもまた、そのうちのひとりだった。
「名前のせいって、どういうこと?」
「〈ティルキィーリリ〉の発音は、ティルク、イーリ、リリ。これは、〈しっぽ人〉の古い言葉で、『しっぽを持つ者』という意味なんだ」
「それって……」
「そう、〈しっぽ人〉そのものだ。けれど、〈しっぽ人〉の中にいる〈しっぽ人〉を、わざわざ『しっぽを持つ者』だなんて呼ぶだろうか? つまり……キーリ、君は、〈しっぽ人〉でない者の中の〈しっぽ人〉になるべく、この名前を与えられたんだ。旅をするのが君の道であり、魂にさだめられた生き方なのかもしれないね」
これを聞いたキーリは、心臓が高鳴るのを感じた。
しっぽを持つ者。旅をする運命。これではまるで、冒険物語の主人公のようだ。
「冒険物語の主人公みたいだと思っているかもしれないけれど、それは違うよ。君はもう主人公なんだ。いっしょに東へ行こう、〈ティルキィーリリ〉。私は君のそばで、歌をつむぎたい。かしこくて、やさしくて、好奇心旺盛な君の歌を」
キーリは、言葉も出なくなった。
ずっと、ナヴァドゥルールのようになりたいと、広い世界を知りたいと思ってきた。一度は故郷をはなれたキーリだが、まだまだ知らないことだらけだ。
この世界には、おもしろいものもあれば、おそろしいものもあることを、キーリは身をもって知っている。それでも、ユエンとなら、東のはて――〈世界のはじまり〉まで、いける気がした。
「うん。……行こう、東に」
キーリはそう言って、ユエンのしっぽをにぎりしめた。
キーリとユエンは、旅をともにした仲間たちに別れを告げた。商人たちは、楽しかった旅のお礼にと、ラバを一頭、二人にプレゼントしてくれた。フリッツは、名残惜しそうだったが、急いで次の仕事を探さなくてはならないらしく、すぐにいなくなってしまった。
旅の足となるラバが一頭しかいない都合上、キーリとユエンは、しばらくいっしょに行動することになりそうだった。東への冒険の前に、ユエンと旅をしてみたいと思っていたキーリは、もう一度〈しっぽ人〉の集落へもどりたいというユエンの考えに賛成した。
ユエンは、キャラバンの一員として集落を訪れた際、父である長老と、ろくに話すこともできなかったという。しっぽをうしなったユエンを長老がこばんだためでもあったが、ユエンが意地を張ってしまったためでもあるらしい。しっぽを完全にうしなった今、彼は、あらためて父親と話がしたくなったのだった。
それと、もうひとつ。ユエンは、しっぽがあったころに、〈名付け〉に失敗して呪い返しを受けたまま、いまだに本当の名前を思い出せずにいた。気持ちに整理をつけるために、父親なら知っているはずの、本当の名前を知りたかったのだ。
そんなユエンとともに博物館のある町をたつ日、キーリは、彼にある贈り物をした。それは、アーリャの実の汁で汚れてしまった服を細く裂き、三つ編みにして作った、お手製のしっぽだった。しゃれたマゼンタに染まったしっぽは、ユエンのはでな服装にもよく似合っていた。ユエンは、そのしっぽを気に入り、いつも身につけるようになった。
キーリは、ユエンのしっぽのはく製が手元に残らなかったのは自分のせいだと、何度も口にした。けれどもユエンは、キーリがそう言うたびに、しっぽがキーリを守ってくれたのだと諭した。ユエンはキーリを責めることなく、うばわれて見世物にされていたしっぽでも、最後にはキーリを救えたことが誇らしいと言ってくれた。
『西のはてから あこがれは夜空を流れ
しっぽを抱き眠れば 夢に東を思う
はてしなき冒険をもとめて
〈ティルキィーリリ〉、東へ行く
名もない荒野にて ため息は朝に溶ける
かぎしっぽをかかげれば 足は東に向く
朝焼けのはじまりをさがしに
〈ティルキィーリリ〉、東へ行く』
ただ広くて退屈なばかりの、西の荒野。キーリの前に座るユエンは、ゆったりと馬を進めながら歌う。『ナヴァドゥルール物語』の三巻のタイトルをもじったようなフレーズに、キーリはくすくすと笑った。
二人きりの旅がはじまってから、ユエンは、よくキーリの歌を作るようになっていた。ささいなことでも、ユエンが歌うと、冒険物語の一部のように聞こえる。
キーリは、それをおもしろがって、こんなことを言った。
「ねえ、ユエン。そんなにいくつもぼくの歌を作っていたら、そのうち、『キーリ物語』なんて話ができちゃうんじゃない? タイトルは『〈しっぽ人〉キーリの冒険』の方がいいかな」
「ふむ。それじゃあ、『テイル・オブ・テール』、旅するしっぽ物語というのはどうだろう? 響きも悪くないと思うけれど」
「それがいい! じゃあ、ユエンはぼくが〈世界のはじまり〉にたどりつくところまで、ちゃんと見なくちゃいけないね」
あっという間に、いっしょに〈世界のはじまり〉に行くという約束を取りつけられてしまったユエンは、〈おっと〉と声を上げた。
「さすが、〈ティルキィーリリ〉。ひとところにとどまっていられない性分なのは、この名前のせいかな」
ユエンの言葉に、キーリは首をかしげる。
〈しっぽ人〉本当の名は、古い言葉で名付けられる。そのため、自分の名前の意味を知らない者がほとんどなのだ。キーリもまた、そのうちのひとりだった。
「名前のせいって、どういうこと?」
「〈ティルキィーリリ〉の発音は、ティルク、イーリ、リリ。これは、〈しっぽ人〉の古い言葉で、『しっぽを持つ者』という意味なんだ」
「それって……」
「そう、〈しっぽ人〉そのものだ。けれど、〈しっぽ人〉の中にいる〈しっぽ人〉を、わざわざ『しっぽを持つ者』だなんて呼ぶだろうか? つまり……キーリ、君は、〈しっぽ人〉でない者の中の〈しっぽ人〉になるべく、この名前を与えられたんだ。旅をするのが君の道であり、魂にさだめられた生き方なのかもしれないね」
これを聞いたキーリは、心臓が高鳴るのを感じた。
しっぽを持つ者。旅をする運命。これではまるで、冒険物語の主人公のようだ。
「冒険物語の主人公みたいだと思っているかもしれないけれど、それは違うよ。君はもう主人公なんだ。いっしょに東へ行こう、〈ティルキィーリリ〉。私は君のそばで、歌をつむぎたい。かしこくて、やさしくて、好奇心旺盛な君の歌を」
キーリは、言葉も出なくなった。
ずっと、ナヴァドゥルールのようになりたいと、広い世界を知りたいと思ってきた。一度は故郷をはなれたキーリだが、まだまだ知らないことだらけだ。
この世界には、おもしろいものもあれば、おそろしいものもあることを、キーリは身をもって知っている。それでも、ユエンとなら、東のはて――〈世界のはじまり〉まで、いける気がした。
「うん。……行こう、東に」
キーリはそう言って、ユエンのしっぽをにぎりしめた。
0
この作品は感想を受け付けておりません。
あなたにおすすめの小説
妻からの手紙~18年の後悔を添えて~
Mio
ファンタジー
妻から手紙が来た。
妻が死んで18年目の今日。
息子の誕生日。
「お誕生日おめでとう、ルカ!愛してるわ。エミリア・シェラード」
息子は…17年前に死んだ。
手紙はもう一通あった。
俺はその手紙を読んで、一生分の後悔をした。
------------------------------
私はもう必要ないらしいので、国を護る秘術を解くことにした〜気づいた頃には、もう遅いですよ?〜
AK
ファンタジー
ランドロール公爵家は、数百年前に王国を大地震の脅威から護った『要の巫女』の子孫として王国に名を残している。
そして15歳になったリシア・ランドロールも一族の慣しに従って『要の巫女』の座を受け継ぐこととなる。
さらに王太子がリシアを婚約者に選んだことで二人は婚約を結ぶことが決定した。
しかし本物の巫女としての力を持っていたのは初代のみで、それ以降はただ形式上の祈りを捧げる名ばかりの巫女ばかりであった。
それ故に時代とともにランドロール公爵家を敬う者は減っていき、遂に王太子アストラはリシアとの婚約破棄を宣言すると共にランドロール家の爵位を剥奪する事を決定してしまう。
だが彼らは知らなかった。リシアこそが初代『要の巫女』の生まれ変わりであり、これから王国で発生する大地震を予兆し鎮めていたと言う事実を。
そして「もう私は必要ないんですよね?」と、そっと術を解き、リシアは国を後にする決意をするのだった。
※小説家になろう・カクヨムにも同タイトルで投稿しています。
裏切られ続けた負け犬。25年前に戻ったので人生をやり直す。当然、裏切られた礼はするけどね
竹井ゴールド
ファンタジー
冒険者ギルドの雑用として働く隻腕義足の中年、カーターは裏切られ続ける人生を送っていた。
元々は食堂の息子という人並みの平民だったが、
王族の継承争いに巻き込まれてアドの街の毒茸流布騒動でコックの父親が毒茸の味見で死に。
代わって雇った料理人が裏切って金を持ち逃げ。
父親の親友が融資を持ち掛けるも平然と裏切って借金の返済の為に母親と妹を娼館へと売り。
カーターが冒険者として金を稼ぐも、後輩がカーターの幼馴染に横恋慕してスタンピードの最中に裏切ってカーターは片腕と片足を損失。カーターを持ち上げていたギルマスも裏切り、幼馴染も去って後輩とくっつく。
その後は負け犬人生で冒険者ギルドの雑用として細々と暮らしていたのだが。
ある日、人ならざる存在が話しかけてきた。
「この世界は滅びに進んでいる。是正しなければならない。手を貸すように」
そして気付けは25年前の15歳にカーターは戻っており、二回目の人生をやり直すのだった。
もちろん、裏切ってくれた連中への返礼と共に。
お飾りの妻として嫁いだけど、不要な妻は出ていきます
菻莅❝りんり❞
ファンタジー
貴族らしい貴族の両親に、売られるように愛人を本邸に住まわせている其なりの爵位のある貴族に嫁いだ。
嫁ぎ先で私は、お飾りの妻として別棟に押し込まれ、使用人も付けてもらえず、初夜もなし。
「居なくていいなら、出ていこう」
この先結婚はできなくなるけど、このまま一生涯過ごすよりまし
【完結】捨て去られた王妃は王宮で働く
ここ
ファンタジー
たしかに私は王妃になった。
5歳の頃に婚約が決まり、逃げようがなかった。完全なる政略結婚。
夫である国王陛下は、ハーレムで浮かれている。政務は王妃が行っていいらしい。私は仕事は得意だ。家臣たちが追いつけないほど、理解が早く、正確らしい。家臣たちは、王妃がいないと困るようになった。何とかしなければ…
悪役令嬢になるのも面倒なので、冒険にでかけます
綾月百花
ファンタジー
リリーには幼い頃に決められた王子の婚約者がいたが、その婚約者の誕生日パーティーで婚約者はミーネと入場し挨拶して歩きファーストダンスまで踊る始末。国王と王妃に謝られ、贈り物も準備されていると宥められるが、その贈り物のドレスまでミーネが着ていた。リリーは怒ってワインボトルを持ち、美しいドレスをワイン色に染め上げるが、ミーネもリリーのドレスの裾を踏みつけ、ワインボトルからボトボトと頭から濡らされた。相手は子爵令嬢、リリーは伯爵令嬢、位の違いに国王も黙ってはいられない。婚約者はそれでも、リリーの肩を持たず、リリーは国王に婚約破棄をして欲しいと直訴する。それ受け入れられ、リリーは清々した。婚約破棄が完全に決まった後、リリーは深夜に家を飛び出し笛を吹く。会いたかったビエントに会えた。過ごすうちもっと好きになる。必死で練習した飛行魔法とささやかな攻撃魔法を身につけ、リリーは今度は自分からビエントに会いに行こうと家出をして旅を始めた。旅の途中の魔物の森で魔物に襲われ、リリーは自分の未熟さに気付き、国営の騎士団に入り、魔物狩りを始めた。最終目的はダンジョンの攻略。悪役令嬢と魔物退治、ダンジョン攻略等を混ぜてみました。メインはリリーが王妃になるまでのシンデレラストーリーです。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる