テイル・オブ・テール

ハシバ柾

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最終話 東へ

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 次の朝、ついに西部キャラバンは解散することになった。

 キーリとユエンは、旅をともにした仲間たちに別れを告げた。商人たちは、楽しかった旅のお礼にと、ラバを一頭、二人にプレゼントしてくれた。フリッツは、名残惜しそうだったが、急いで次の仕事を探さなくてはならないらしく、すぐにいなくなってしまった。
 旅の足となるラバが一頭しかいない都合上、キーリとユエンは、しばらくいっしょに行動することになりそうだった。東への冒険の前に、ユエンと旅をしてみたいと思っていたキーリは、もう一度〈しっぽ人〉の集落へもどりたいというユエンの考えに賛成した。

 ユエンは、キャラバンの一員として集落を訪れた際、父である長老と、ろくに話すこともできなかったという。しっぽをうしなったユエンを長老がこばんだためでもあったが、ユエンが意地を張ってしまったためでもあるらしい。しっぽを完全にうしなった今、彼は、あらためて父親と話がしたくなったのだった。

 それと、もうひとつ。ユエンは、しっぽがあったころに、〈名付け〉に失敗して呪い返しを受けたまま、いまだに本当の名前を思い出せずにいた。気持ちに整理をつけるために、父親なら知っているはずの、本当の名前を知りたかったのだ。

 そんなユエンとともに博物館のある町をたつ日、キーリは、彼にある贈り物をした。それは、アーリャの実の汁で汚れてしまった服を細く裂き、三つ編みにして作った、お手製のしっぽだった。しゃれたマゼンタに染まったしっぽは、ユエンのはでな服装にもよく似合っていた。ユエンは、そのしっぽを気に入り、いつも身につけるようになった。

 キーリは、ユエンのしっぽのはく製が手元に残らなかったのは自分のせいだと、何度も口にした。けれどもユエンは、キーリがそう言うたびに、しっぽがキーリを守ってくれたのだと諭した。ユエンはキーリを責めることなく、うばわれて見世物にされていたしっぽでも、最後にはキーリを救えたことが誇らしいと言ってくれた。

『西のはてから あこがれは夜空を流れ
しっぽを抱き眠れば 夢に東を思う
はてしなき冒険をもとめて
〈ティルキィーリリ〉、東へ行く

名もない荒野にて ため息は朝に溶ける
かぎしっぽをかかげれば 足は東に向く
朝焼けのはじまりをさがしに
〈ティルキィーリリ〉、東へ行く』

 ただ広くて退屈なばかりの、西の荒野。キーリの前に座るユエンは、ゆったりと馬を進めながら歌う。『ナヴァドゥルール物語』の三巻のタイトルをもじったようなフレーズに、キーリはくすくすと笑った。

 二人きりの旅がはじまってから、ユエンは、よくキーリの歌を作るようになっていた。ささいなことでも、ユエンが歌うと、冒険物語の一部のように聞こえる。
 キーリは、それをおもしろがって、こんなことを言った。

「ねえ、ユエン。そんなにいくつもぼくの歌を作っていたら、そのうち、『キーリ物語』なんて話ができちゃうんじゃない? タイトルは『〈しっぽ人〉キーリの冒険』の方がいいかな」

「ふむ。それじゃあ、『テイル・オブ・テール』、旅するしっぽ物語というのはどうだろう? 響きも悪くないと思うけれど」

「それがいい! じゃあ、ユエンはぼくが〈世界のはじまり〉にたどりつくところまで、ちゃんと見なくちゃいけないね」

 あっという間に、いっしょに〈世界のはじまり〉に行くという約束を取りつけられてしまったユエンは、〈おっと〉と声を上げた。

「さすが、〈ティルキィーリリ〉。ひとところにとどまっていられない性分なのは、この名前のせいかな」

 ユエンの言葉に、キーリは首をかしげる。
 〈しっぽ人〉本当の名は、古い言葉で名付けられる。そのため、自分の名前の意味を知らない者がほとんどなのだ。キーリもまた、そのうちのひとりだった。

「名前のせいって、どういうこと?」

「〈ティルキィーリリ〉の発音は、ティルク、イーリ、リリ。これは、〈しっぽ人〉の古い言葉で、『しっぽを持つ者』という意味なんだ」

「それって……」

「そう、〈しっぽ人〉そのものだ。けれど、〈しっぽ人〉の中にいる〈しっぽ人〉を、わざわざ『しっぽを持つ者』だなんて呼ぶだろうか? つまり……キーリ、君は、〈しっぽ人〉でない者の中の〈しっぽ人〉になるべく、この名前を与えられたんだ。旅をするのが君の道であり、魂にさだめられた生き方なのかもしれないね」

 これを聞いたキーリは、心臓が高鳴るのを感じた。
 しっぽを持つ者。旅をする運命。これではまるで、冒険物語の主人公のようだ。

「冒険物語の主人公みたいだと思っているかもしれないけれど、それは違うよ。君はもう主人公なんだ。いっしょに東へ行こう、〈ティルキィーリリ〉。私は君のそばで、歌をつむぎたい。かしこくて、やさしくて、好奇心旺盛な君の歌を」

 キーリは、言葉も出なくなった。
 ずっと、ナヴァドゥルールのようになりたいと、広い世界を知りたいと思ってきた。一度は故郷をはなれたキーリだが、まだまだ知らないことだらけだ。
 この世界には、おもしろいものもあれば、おそろしいものもあることを、キーリは身をもって知っている。それでも、ユエンとなら、東のはて――〈世界のはじまり〉まで、いける気がした。

「うん。……行こう、東に」

 キーリはそう言って、ユエンのしっぽをにぎりしめた。
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