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第60話 夏休み中だろうとダンジョンは生える

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 夏休みに突入すると、学校が途端に静かになった。
 教師や守衛さん、部活動で訪れる生徒はいるけれど、それでも校舎の中となると本当にひと気が無い。
 これくらい静かな方が俺としては落ち着くからいいのだけど。

「んっ……あ、そこっ……!」
「そうだ、いいぞ。その調子で……おおっ」
「あっあっ……! こういう事かぁぁぁーーー!」
「やっとわかったかぁ……こんな数式解くのに一〇分もかけるなよぉ」

 こんな日だからこそ、つくしの追試前の復習も捗るというものだ。
 もっとも、理系科目に弱過ぎて残り時間が湯水のように溶けてしまったが。
 こんな調子で今日は本当に大丈夫なのだろうか。

「もう時間も残り少ないし、あとは精神統一でもした方がいいよ? つくしはすぐに集中力を乱すから」
「あははーこらえ性無くて申し訳ないー!」
「……まぁいいや、テスト頑張ってな。俺、部室で待ってるからさ」
「へーい!」

 それにしても今日はとびきり暑い。
 教室にはエアコンも無いから汗がにじんで気持ち悪くて仕方がないな。
 
 とはいえ、今日はつくしのご褒美な姿が見れたからいいとしよう。
 汗で湿っぽくなる日もこれなら悪くはない。

 そんな日でも部室に着けば天国の心地が待っている。
 校内で数少ないエアコン設置部屋だからこそ。

「お、モモ先輩こんちゃーっす」
「来たわね魔王彼方。うふふ、我が冷風魔法はすでに発動済みよ」
「さすがですな暗黒の大魔導師殿……!」

 こうも身近にエアコンがあると思うと幸せに感じてならない。
 家にも無いから、涼みたい時は遠方のお店とかに行かないといけなかったし。
 あとは軒下魔宮に入って氷魔法を使って涼むとか。

 そんな話をしたらモモ先輩が閃いたらしくて、こうやって率先してエアコンをつけてくれるようになった。とても気が利いて優しい先輩だと思う。

 しかしそれにしても、もう一人の優しい先輩がいないな。

「澪奈部長は?」
「まだ来てないわね」

 珍しいな、澪奈部長がまだ来ていないなんて。
 モモ先輩が冷風魔法にハマる前は一番に来る人なのに。

「あ、そう、今朝に長野でダンジョンが出たらしいわ。今も動画が配信中みたいだけど、見る?」
「見たいですね。見せてもらっていいすか」
「ええ」

 でも動画くらいは見ていても構わないだろう。
 澪奈部長の事だし、あの人はあの人で見ていそうだから。

 それでさっそくモモ先輩のスマホで動画を見る事に。
 生放送らしく途中からだが、まだ攻略中なようだ。

「あれ、映る人がなんか少人数ばかりですね。どういう事だこれ」
『もう攻略開始から三時間が経ったみたいですが、それでもまだ部屋が一つも見つからない様子。そろそろこっちも機械が熱にやられそうです』
『:無限ループダンジョンこえええええ』
『:ここまでで雑魚討伐数たったの四匹www』
『:視聴者がすでに耐久戦に突入中です!』
「どういう事かしら? なんだか少人数に分けて動いているように見えるけれど」

 見てもずっとプレイヤーが走っていたり歩いているシーンしか流れない。
 時々分かれ道に遭遇するけど、進んでも似たような道に出るばかりだ。

 しかもたまに、分かれた道の先で別のルートを進むチームと鉢合わせる。
 まるであみだくじの迷路みたいだな。

「コメントを見る限りだと、たぶん今までに無い構造のダンジョンみたい」
「未だそんな新しいのが出て来るものなんですね」
「ええ、たまに。それまでは既存の構造を模したようなのばかりなのだけど」

 だから攻略に手間取っているのか。
 構造的にもどう攻略したらいいかわからないタイプだから。
 それにしたって三時間は長すぎだよな。

『おっと、一部チームが諦めて戻って来たぞ。ただ、戻ってくるのはすごく早い。奥まで行ったはずなのに。奇妙な現象ですね』
『:リアル迷いの森だなこれ』
『:でも全パターン試したっぽくね?』
『:何か法則でもあるのかもな』
「これはもしかしたらトップス案件になるかも」
「ええ……これって頭を使う攻略じゃ? 実力とか関係なくないです?」
「そういう所も含めてのトップスなの。本来は実力だけじゃなく賢さや適応力も必要とされるの」
「それ、ただの面倒の押しつけにしか思えないんすけど……」
「それはそうね」

 こうして話している間に一つ、また一つとチームが戻っていく。
 そして遂には戻った人から順々にダンジョンを脱出してしまった。
 被害者はゼロだけど、なんだか煮え切らない雰囲気だ。

「これは明日の遠征の準備をしておいた方がいいかも」
「長野ですか。片道何時間くらいでしょうかね」
「割と近めだからおそらく電車移動でしょうね。で、大体四・五時間くらいかしら。ヘリ出してもらえればいいのだけど」
「電車かぁ……俺は車の方がいいんだけどな」
「私を過労死させる気か。長野はさすがに遠いぞ」
「あ、紅先生。こんちゃーっす」

 ダンジョン攻略中止を見計らったかのごとく紅先生が来た。
 となると、もう委員会からあらかじめ連絡を貰ったんだろうな。

 これは行くの確定かなー。

「ま、もう察してはいると思うが……委員会から長野への出向依頼が来た」
「やっぱりね」
「という訳で明日も行きたいと思ってはいるのだが――」
「すいませーん! 遅れましたーっ!」
「ベストタイミングだなーつくし。明日、長野に行くっぽいぞ」
「長野! 長野と言えばウィンタースポーツ!」
「残念だが今は夏のど真ん中だ。諦めろ」
「がーん! あ、涼しー!」

 つくしもなんとか間に合った。
 これで説明する手間が省けそうだ。
 追試が無事通過できたかどうかは怪しそうだけどな!

「ただ、その事なんだが……明日の参加は無理だと思う」
「「「えっ!?」」」
 
 あれ、どういう事だ?
 それほど遠いという訳ではないだろうし。
 参加資格に問題は無いと思うのだけど。

「実はだな、さっき手始めに澪奈に電話したのだが……その、間宮がいる前で言い難いが」
「ああーもしかして女の子の日!」
「なるほど、澪奈ちゃんは結構重い方だからたしかにキツいかも」
「そういう事だ。なのでチームが三人となり、参加資格が無くなってしまう訳なんだ」

 そうか、体調不良だから今日は来れなかったんだな。
 そういう事なら不参加も仕方ないか。

「うーん、残念。トップス案件の報酬は美味しいのになー!」
「そうね、澪奈ちゃんもきっと悔しがってるわ」
「ああ、あいつなら無理矢理にでも来かねないから養生しろとだけ伝えておいたよ」
「それでも察しのいい部長の事だから気付いてはいそうだけどね」

 ただ、みんなはとても残念がっているな。
 つくしもモモ先輩もお金稼ぎが主なだけに、絶好の機会を逃したショックは隠せないらしい。
 なんとかして参加できれば文句はないのだけど。

 ……ん、待てよ?

「先生、もしかして参加資格って本当に人数だけです?」
「ああ。澪奈がいない以上はどうしようもないがな」
「それってトップス権限で三人参加とかも無理?」
「そこは公平を期すために委員会が絶対曲げないだろう。そのために本来はチームの人数を五人以上で構成するのが基本なんだ」

 そうか。だから他のチームも人数がやたら多いんだな。
 俺達はその点が弱いよな、急造チームみたいなもんだし。

 だけど、アテが無い訳じゃない。

「なら四人目を用意すればいいって事ですよね?」
「何……? もしかして彼方、何かいいツテでもあるのか?」
「聞いてみないとわかりませんが、一応は」
「初心者なんて以ての外だぞ?」
「いや、相応に実力のある人物ですよ」
「ま、まさかぁ……彼方それって、あの人の事じゃ……?」

 なんだつくし、勘がいいな。
 そうさ、あいつくらいしかいないだろ。この状況に相応しい仲間なんて。
 俺はむしろ最適とさえ思うよ。

「うん、別に悪くはないだろ?」
「ヒエ……」
「なんだ、つくしの知り合いでもあるのか。なら話は早いな」
「ええ。じゃあこの後聞きに行ってみます」
「なら私は澪奈ちゃんをお見舞いに行ってくるわ」
「じゃ、じゃああたしもパイセンのとこに――」
「つくしは俺と来てくれ。準備もしないといけないから」
「それ必然的にあたしの家に来させるパターンだよね!?」

 ははは、俺の家に連れて行ける訳もないし、当然じゃないか。
 まぁ色々と大変な準備にはなりそうだけど。

 けどこれで人数も戦力も申し分ない。
 おかげで儲けられるんだから、少しの不都合くらいは目を瞑ってもらおう。
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