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第75話 意外な来客と、甘い置き土産

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 まさか遥が俺の家に到達できたなんて。
 ここまで来れたって事は、それだけ信頼してくれているって事なのだろうか?

 それにしたって宝春学園の制服を着て来るかよ……。
 編入したとはいえ、まだ正式に学生となった訳じゃないのに。
 元の服が無いのは仕方ないけども。

「君がどうしてここに!?」
「紅先生に住所を教えていただきましたから少し訪れてみる事にしましたの」
「教えられただけで来られる場所じゃないんだけどな……」
「まぁそうでしたわね。朝から来てみたものの色々と歩き回りましたし」
「う、それはなんかすまない」
「いいえ、わたくしが勝手に来ただけですからお構いなく」

 そ、そうだよな。
 何も知らせずに呼んだ子ども時代とは違うんだから。
 むしろ俺がいる時に着けて良かったよ。

 とはいえ別の疑問もあるけども。

「でもなんで俺の家に? 毎日学校で会ってるだろ?」
「ええ、おかげさまで。だからこそあなたに礼をしておきたくて」
「え、礼……?」
「そうですわ。あなたが色々と取り計らってくれたおかげでわたくしも宝春学園に編入させていただけましたし」
「それはほら、ダンジョン攻略報酬の使い道が無いとか言ってたし、毎度呼ぶのも面倒だなって思ったからで」

 まぁたしかに校長にそうしてくれるよう直談判したのは本当だけども。
 そりゃ最初に呼んだ日の後に「前の預金通帳もカードもフナ焼き用の燃料にした」とか言われたら慌てて対応もするだろう。

 だから口座を新設するにあたって紅先生と校長に力を借りた。
 でも使い道がないならと高校への編入まで認めてくれて、今では学生寮にも住まわせている。
 本人も乗り気だったし、学校的にも得するからこれが最良の形だろうって。
 正しい大人の力の使い方だよな。

 だからといって夏休み中に制服で歩き回るのはどうかと思うが。

「ええそう、とても些細な事――と昔は思っていたでしょう。けれど今は違います」
「どうして?」
「誰からも見捨てられたわたくしを拾ったのは紛れもなくあなた。だからこそ恩を感じるのは当然ですのよ?」

 ……そうか、遥はそこまで柔軟になれたんだな。
 ただの善意から始まった事でも感謝できる、普通の女の子に。
 まぁそれでもまだドブ川の魅力(?)からは離れられていないのが残念だけど。

「だからこそ――」
「えっ」

 なっ!? 急に近づいて!? 
 いきなり、遥の唇が俺の頬に触れた!?

「い、いきなり一体何を!?!?」
「これがお礼の印ですわ。ドブの香りにまみれていて気持ちの良いものとは言えないでしょうが、わたくしなりの誠意というものです」

 い、いや、そんな事は無い。
 今も別に匂いは気にならないし、むしろ女の子らしさに溢れている。
 ドブ川なんて名称が今では思い浮かばないほどに。

 けど……

「それと同時にわたくしの想いの現れでもあります。いかがかしら?」

 ああ、そうでないとできない行為だよな。
 充分に気持ちが伝わってくるような、とても魅力的な感触だった。

 ただ、すまない。
 俺は君の好意を受け取ったその瞬間からずっと、つくしの顔がちらついている。
 君の微笑みがつくしと重なって、彼女の事ばかりを思い浮かべてしまうんだ。

 だから、俺は――

「ごめん、俺は君の気持ちに応えられそうにない」
「……そう、ですか」
「ああ、俺にはもっと気になる人がいるから」
「つくし、ですね?」
「……うん」

 そう、俺はつくしが大好きだ。
 好きで好きで好き過ぎると本人に言い切れるくらいに。
 そしてつくしもまた俺に同じように言ってくれて、愛してもくれた。

 そんな彼女を手放したくは無いんだ。
 たとえそれが、同じくらいに魅力的な遥と比較したとしても。

「――なら仕方ありませんわぁ。では潔く諦める事にいたしましょう」
「ごめんな……」
「いいえ。それならあなたよりもっと素敵な男性を見つけるだけですから」
「ま、前向きだなぁ」
「ええそうですともっ! わたくしは無駄を好みませんから。無理だとわかれば次の相手を落とす手段を考えるだけですわぁ!」
「そうだな、その考えはまさに遥らしいよ」
「ふふっ、ですのでもう羨んでも遅いですのよ?」

 今度はさすがに前みたいな聞き分けの無い事は言わないみたいだな。
 また執着されたらどうしようかなんて不安もあったけど。

 すると途端、遥がスカートをふわりと舞わせながら振り返る。
 それと同時に跳ねた雫が一滴、庭の土面を黒く染めた。

「ああ~それにしても今日はひときわ暑いですわね。ずっと歩き続けてもう汗だくですわ。これから川でひと泳ぎしてこようかしら」
「ほどほどにしておけよ、制服で泳いでたら通報されちゃうぞ」
「ふふっ、では人のいない所で楽しむとしますわ」

 そしてそのまま顔も見せずに手を振り上げて別れを告げる。
 そんな彼女はなんだか今までよりもずっと誇らしく、それでいて悲しそうにも見えた。

 だから、その背が見えなくなるまで見送らずにはいられなかったんだ。
 そうさせてしまったのが俺なのだとはわかっていても。

 ここまで来れたという感謝の意味も込めて、遥に少しでも報いたかったから。
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