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第102話 遥が魔物に至ってしまった理由とは

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 三人が時間稼ぎをしている間、俺はずっと遥の様子をうかがっていた。
 た、たしかに三人の活躍にも目を奪われていたが、見るものはしっかり見ていたつもりだ。

 ただ、それでも未だヒントは見えない。
 遥らしい部分が縦ロールだけと、どうにも掴み所がないせいで。

 だからと魔物の声も探ってみたが、反応はやはりない。
 遥が魔物的要素をすべて取り込み、血肉と変えてしまったからだろう。

 ゆえに言葉も通じて記憶もある。
 俺やつくしへの想いも残っていて、かつ魔物的に歪められてしまった。
 悲しい話だがこれが受け止めなければならない現実で事実だ。

「回復、終わったよ」
「ありがとう」
「どう、ヒントは見えそう?」
「いや、まだだ。まだ何も掴めそうにない」
「そっか……」

 だがそれでも無理無茶を通して見つけ出さなければならない。
 悲しいままに終わるのだけは絶対に嫌なんだ。

「でも諦めちゃいないよ。俺はさ」
「うん、わかった。彼方の事、信じてるからね」
「ああ!」

 さて、ではそのために思考を続けよう。
 観察しながら、どうしてこうなってしまったのかを見定めるために。
 根源を暴き、そこから解決策を導き出すためにも。

 まず、人間が魔物に変わる――それはとても異常な事だ。

 しかしダンジョンにとってそれはきっと仕様の範疇で、遥に起きた事象は決して偶然ではなかった。
 何かしらのキッカケで充分生まれうる事なんだ。

 そのキッカケの一つは魔物の捕食。
 魔物の成分を体内に直接取り込む事で肉体を変化させてしまったという訳だ。

 ただ、それなら過去に似た症例が出ていないのはなぜか?
 魔物肉を口径摂取するだけでいいなら、血肉を受け続けた全プレイヤーだって対象になりえる事だ。

 そこで寄生体の影響が挙げられるが、断定するのはまだ早計だろう。
 寄生体自体は吸い続けるだけの存在で、その事自体に影響力はない。
 幼体は宿主が死ぬだけで息絶えるくらい弱く、状態変化にも敏感だからな、変化させてしまえば自滅にも繋がってしまう。

 ダンジョンコアを取り込んだ事に関しては明らかに事後だから関係無いだろう。
 あれも寄生体と同じく、魔物化した後に影響を与えたものだから。

 ではカエルが悪影響を与えた可能性はあるか?

 ――いや、あの時点でもう遥は魔物化していたも同然だった。
 厳密に言えばケートス戦? ……違うな、このダンジョンに入る前からだ。
 ドレッシングを持ち込めたという事は、すでにダンジョンに「遥は魔物」と認識されていた可能性が高い。
 制限を受けるのは「人間」だけ。そう考えれば納得もいく。

 軒下に関しては俺自体が証人だから関係は薄い。
 遥と比べて百倍以上も潜っているし、魔物の血を受けた事なんてしょっちゅうだ。
 それでも俺は魔物肉なんて受け付けないし、理性も保てている。

 だとすると考えられる最大の要因は――精神。
 俗にいう心理的状態の影響という事だ。遥自身のな。

 あくまで魔物成分の接種は前準備というだけに過ぎない。
 その成分を取り込んだのち、接種者がある一定の精神パターンへ変化すると肉体にも影響を及ぼすんだ。

 その精神的変化の要因の一つが、寄生体への敗北。
 しかしこれはあくまでスタートラインに立つ程度の要因でしかない。 

 なによりも遥を追い込んだ要因は他でもない、司条家からの勘当だ!

 遥はあまり表には出さなかったが、ずっと気にしているようだった。
 それであえて「司条」を名乗ろうとせず、かたくなに「ドブ川」を名乗ったんだ。
 彼女なりに実家に負い目があったからこそ。

 だから自らを追い込み、落とし、叩きあがろうとした。家柄を守るために。
 そこに加えて寄生体の特性が加わり、魔物に対する嫌悪感を削がれた。
 その末に「ドブ川遥」が完成し、それを土台にして魔物化を急激に促進させた。

 つまり、遥は自ら望んだから魔物になったんだ。
 間接的にではあるが、結果的にそう繋がってしまったんだ。

「ああ、クソッ、そういう事か……!」

 なまじダンジョンに入ってマナの影響を受けるから、それでより強く精神面の影響を受ける事になってしまって……っ!

 母さんはその事を危惧していたんだ。
 精神的にこれ以上追い込むな、と!

 でもそれ以上は言えるはずもない。原因がわからないから。

 ……どおりで、あの時に出されたお茶を飲んだら心が安らいだ訳だよ。
 あれは一種のハーブティーで、強い精神安定効果があったんだと思う。
 来るたびに都度飲んでいたから、軒下通いではむしろ回復していたのかもな。

「か、彼方?」
「なんとなく繋がったよ、遥の魔物化の理由が」
「ほ、ほんと!?」
「あいつはずっと悩んでいたんだ。家の事も、寄生体に追い込まれた事も。その上で乗り越えようとして無理をしてきた。それに魔物の成分が加わり、変化を起こしてしまった」
「ええっ!? 魔物肉は関係無かったの!?」
「無い訳じゃないが大きな要因じゃない。それだけあいつが深く重く精神的に病んでいたって事なんだよ。そうは見えなかったけどさ」

 しかも回復を無為にするくらいにな。
 そのせいで急激に魔物化が進み、今回ついに肉体的影響を及ぼした。
 カエルに肉体を破壊され、暴走する精神に歯止めが効かなくなった事で。

 おまけにダンジョンコアを取り込む事でより異質に、強固に変わってしまった。
 こうもなればもう付け入る隙なんて無いんじゃないか!?

「ああっ!? みんながっ!」
「えっ!?」

 でもこう話している間に戦況が大きく変わっていた。
 つくしの声で気付き振り向いたら、匠美さんと澪奈部長が同時に弾かれていて。

「キィィィィィ!!! もうッ! いい加減くたばレ邪魔虫ィィィ!!!」
「アカンで!? もう替えの盾があらへんッ!?」

 二人してちゃんと着地を果たしてはいたが、状況は最悪だ。
 それでも澪奈部長が自身用の盾を渡す事でまた防げてはいたが。

 しかし直後には遥が大きく横に跳ね、炎弾をかわしながら大振りの斬撃を見舞う。
 そうやって構えていたモモ先輩の杖の先端を斬り落としたのだ。
 本人はかろうじてかわして無事だったが、寸後には遥に蹴られて壁に叩きつけられてしまった!

 まずいぞ!? このままじゃもう!
 まだ答えを見つけていないっていうのに!

「アカン! それはアカンでえええ!!」
「モモっちぃーーー!」
「うるさいハエェェェ!!!」
「んっがぁぁぁ!!?」

 ダメだ、今受け取った盾も速攻で破壊されてしまった!
 澪奈部長も盾を失った事で職業が変わってもう役に立たない!

 絶体絶命か……!?

 ――だがその時、俺達の前を小さな影が駆け抜けた。
 それどころか迷わず一気に遥の下へと向かっていて。

 そして突如として、巨大な盾を顕現させたのである。

 なんなんだ、あれは!?
 あんなもの、一体誰が……!?
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