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第五節「交錯する想い 友よ知れ 命はそこにある」
~調査 過去 明かされし秘密~
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「―――さて、契約に関しては以上です」
勇とちゃなが交わした契約はとんでもないとも言える内容だった。
国賓クラスの待遇と計り知れない程の報酬金額、それが命のやり取りの対価。
多いのか少ないのかもわからない報酬に、ただただ驚くばかり。
だが、福留の話はそれだけに留まらない。
「お次はちょっと重い話になります」
そんな振りがたちまち勇達に戸惑いをもたらしていて。
揃って「えっ?」と首を傾げる有様だ。
どうやら彼等、要請の件だけが今回の目的だと思っていた様子。
これには四人ともただただ呆然とするばかりだ。
更なる話題など、もはや彼等には予想も付きはしない。
先程の話が尾を引いて思考も追い付けていないが。
「こうして契約もなされましたので打ち明けますが、実は皆さんの身辺調査をさせて頂きまして」
しかしこの一言が藤咲夫婦に現実を取り戻させる事となる。
ついでに強い動揺も加えて。
「し、身辺調査ですか……」
「ええ。 例え息子さん達がどれだけ特別でも、疚しい事がある家庭であれば是正する事も必要になると思いますし。 何より政府としては不遜な輩は雇いたくないですからなぁ」
おまけに付け加えられた釘を刺す様な一言が、その動揺をこれでもかという程に煽り上げる。
気付けば二人して唇が尖る程に窄めさせていて。
並んで変顔を向ける様はまさに似た者夫婦。
動揺する姿は息子の勇ですらも疑心暗儀にさせる程あからさまである。
「その調査結果、藤咲さん……」
「は、はい……」
……しかも福留の間も妙に長い。
まるでリズムを刻むドラムの音が「ダラララ」と聴こえてくるかの様だ。
これには二人とも緊張で張り裂けんばかりに直立で胸を張らせていて。
「―――藤咲さんのお家は至って普通の家庭の様ですね、いやぁ実にバランスの取れたいい家庭だと思いますよ」
「ふおおおおお!!」
そして満を辞して放たれた答えがこれ程かというまでの安堵をもたらした。
途端に吐き出された溜息はもはや叫びにも等しい。
勇はと言えば、そんな二人に据わった目を向けていたが。
「別に後ろめたい事をしていないのだから緊張しなくてもいいだろうに」などと思ってやまない。
とはいえ、その調査のお陰で何も疚しい事が無いと証明された訳で。
夫婦揃って万々歳、「良かったぁ~!」と浮かれて止まらない。
緊張の雰囲気を前に、知らず知らず犯罪を犯していたのではないかという不安もあったのだろう。
福留もそんな彼等の様子にまんざらでもない様子。
「ウンウン」と頷きながら見守る様に微笑みを向けている。
こんな大した事でもない話に緩急を付ける辺りは福留の話術ならではといった所か。
しかしその笑顔も間も無く消える事となる。
夫婦が僅かな落ち着きを見せると、空かさず福留の咳き込みが「オホン」と響き。
たちまち空気に再びの緊張をもたらした。
それに気付かない二人でもなかったのだろう。
互いに手を合わせながらも動きをピタリと止めていて。
「なんだろう」と福留の顔を伺い直す。
その中で福留の見せた表情は先程よりもずっと浮かない。
振りだとはとても思えない程に。
そんな表情を真っ先に向けられたのは―――ちゃなであった。
「次に田中ちゃなさんですが……これは私の方から話してもいいですかな?」
ただならぬ雰囲気を見せる福留。
でもちゃなはと言えば―――不思議と静かに彼を見上げていて。
福留が自身の全てを知った事に気付いたのだ。
その表情が彼女にとっては全てを物語っていたのだから。
ずっと勇達に隠してきた秘密を。
その時、ちゃなはゆっくりと頷きで返す。
福留の配慮とも言える進言に感謝の意も込めて。
自分から語る事は難しいとわかっていたから。
ちゃなの許可が得られた事で、福留が遂にその秘密を語る。
その体、その心に刻まれた―――忌むべき過去を。
「田中ちゃなさんの家庭ですが、こちらは色々と問題が多く。 彼女は現在、ネグレクト対象とされております」
その悲惨な現実は、勇達にこれと無い唖然を呼ぶ事となる。
「「「えっ……」」」
ネグレクト。
それは親元に居ながらも、まともな育児又は育成を受けられなかったという事。
つまり、並みの生活はおろか、人としてももままならない環境下での生活を強いられたという事だ。
ドメスティックバイオレンスにも並ぶ、あるいはそれ以上の、現代社会の闇と言える行いの一つである。
「在学していた学校の教師や近隣の住人からの通報を受けて再三の改善要求をしたのですが、いずれも改善の兆候無しという報告があった様でして。 つまりこの歳に至るまで、ずっとちゃなさんは行政に保護される事無く親元で虐待を受け続けていたという事になります」
それが彼女の持つ闇。
もっとも話したくなくて、忘れたくて、思い出したくもなかった現実。
だから彼女は藤咲家に来た折も両親の事はもちろん、自分の事すら話そうともしなかったのだ。
自身の置かれてきた環境そのものが耐えがたい苦痛だったから。
「しかし、今となっては両親ともに行方不明です。 ちゃなさん、勇君達の家族には良くして頂いてますか?」
「え? は、はい……凄く安心させてもらって、ご飯もおいしく食べさせて貰ってます……」
「そうですかそうですか、それは良かったですねぇ」
その事情の詳細を知るからこそ、福留もその返事がとても嬉しかったのだろう。
「ウンウン」と嬉しそうに深い頷きを見せていて。
でもきっと彼は何も心配はしていなかったのかもしれない。
それだけ勇達が彼女に寄り添っていたから。
普通の一人の人間として、まるで家族の様に。
そう接してくれた事でちゃなは勇達を知った。
彼等の強さと、勇気と、暖かさを知った。
だから彼女は踏み出す事が出来たのだ。
勇達が教えてくれた勇気を貰った気がしていたから。
そしてその勇気が彼女の背中をまた押して、決意の瞳を福留に向けさせる。
人心を読み取る事の出来る福留がその意図を汲むなど造作も無い。
そんな彼女を前に小さく一頷きを見せると、その足をそっと半歩引かせた。
「……ちゃなさんから直接話がしたい様なので、代わりましょう」
勇達もまた、ちゃなの思い詰めた雰囲気を感じ取ったのだろう。
立ち上がる彼女の前で、静かに耳を貸す。
その想いを全て聞き届ける為に。
「……父は私が生まれる前に居なくなったそうです。 でも結婚していなくて、遊びで出来た子供が私だって。 それでお母さんは私を育てるよりも、仕事とか遊ぶ事に夢中で。 いつも私は家で一人でした。 『面倒事は嫌だ』って家から出る事も許されなくて、ご飯も用意されずにずっと家に閉じ込められてました……」
開幕から重い話がその小さな口から語られる。
その声のトーンは常に低く、時折脅えの様なそんな感情すら乗っていて。
勇が初めて出会った時に気付いた彼女の異変。
彼女の腕が細かった事。
体が異様なまでに軽かった事。
それも今まで満足のいく食事を取ってこれなかった事の代償なのである。
「学校に行く歳になって、学校に行く事は許されたんですが……逆にお母さんが夜、家を出る時まで家に入れて貰えませんでした。 玄関の前で座っていた所をお隣の人に助けて貰ったりもしたんですが、お母さんは取り合うどころか騒いだりして、お友達と協力して追い出したりもしていたんです」
「ひでぇ……」
「小学校の担任の先生は優しくて、私の事を凄く心配してくれて。 給食費とかは出してなかったんですが、代わりに出してもらったりで助けてもらって……小学生の終わり頃まで面倒を見てくれたんです。 でもその人もお母さんの友達に脅されて私の前から居なくなりました。 抗議した事で恨みを買ったんだと思います」
「補足しておきますが、ちゃなさんの母親は反社会団体と繋がりがある様でして。 職業はなんでもAV女優だとか。 その道に進む事で繋がりを持ったんでしょうね。 だからそういった行為も出来て、行政も手出しし難かったのだと思います」
ちゃなが福留の補足に続いて語ったのは中学時代の事。
恩人だった小学生の担任が居なくなった事で更に生活は困窮したのだそう。
毎夜、母親が残した食べ物や賞味期限切れで食べなくなった物を漁って食い繋ぐ生活を続けてきたのだと。
助けてくれる人もおらず、変な噂から近寄る人も少ないままで。
それでも中学の教師の一部には手を差し伸べる人が居てくれた様で。
生活に関しては手を出せなかったが、進路などには積極的に協力してくれたそうな。
まだ周囲の人間がまともだっただけ救いがあると言えるか。
「奨学金制度を先生にお勧めされて、高校に行く事は、出来て……でもお母さんは、家にいる時、いつも不機嫌で……」
感情が昂っているのだろう。
声が少しづつ詰まり、鼻を啜る音が混じる様になっていて。
そんな彼女を前に勇は居てもたってもいられず、小さな肩を「ポンポン」と優しく叩く。
そのさりげない優しさはどれだけ彼女の救いとなったのだろうか。
途端にその小さな唇を「キュッ」と引き締めさせ。
勇に感謝する様にそっと頷きで返す。
彼女はまた勇気をもらった様だ。
「叩かれたり、蹴られたり、酷い事を言われたりなどいつもの事でした。 お風呂に入るどころか、お水をたくさん使う事も許されませんでした。 着る物も最後は制服と体育着だけでした。 寝床もありませんし床はゴミだらけで。 それで掃除しても文句を言われて何も出来ません。 何をしても許されなかったんです」
「酷い……」
その惨状はもはや想像を絶する程に劣悪で。
それを聞いていた母親が堪らず口を手で押さえる程に。
温和な勇の父親が怒りで拳を震わせる程に。
隣で聞く勇が感情を抑えきれず、命力を昂らせてしまう程に。
「―――それであの日、私はお母さんに、『お前が今生きている事が私の人生の汚点だ』って、言われて……私は家出、しました。 誰か私を、どうにでもしてって、思って……渋谷に行って……」
そしてそこでちゃなの運命が変わった。
勇と出会ったのだ。
そこまで到達した途端、ちゃなの唇の震えが止まらなくなり。
語りの代わりに悲しみの嗚咽が漏れる。
語っていく内に感極まってしまったのだろう。
たちまちその目に涙が溢れ。
幾多の雫となって真っ赤に染まった頬を流れ落ちて行く。
その白く整っていた顔をクシャクシャに歪ませながら。
少女は泣いた。
己の心を余す事無く解き放って。
例えそれが禍根となろうとも。
例えそれが足枷となろうとも。
信じる者達に全てを曝け出す事を決めたから。
もはや秘める事は何も無い。
そしてもう、迷う必要も無い。
信じる彼等はその悲しみすらこうして受け入れてくれたのだから。
勇も両親も、ちゃなの告白を前にただただ胸を打たれる想いを隠せない。
両親は感情の昂りを抑えられず、悲しみを露わにしていて。
勇もまた、ちゃなの肩に充てた掌で励ます様に再び優しく叩く。
それが出来るのが彼等の在り方なのだ。
ちゃなもその事をこの一週間だけで十分に知る事が出来たから。
藤咲家の優しさに触れる事が出来たから。
涙を流しながらも嬉しそうに、勇が添えた手をそっと掴む事が出来た。
「以上の様ですね。 ちゃなさん、この話が聞けて良かったです。 悲しみは共有する事で軽くなりますから、これからも何かあったら相談してくださいね」
「……はい」
彼女の持つ悲しみは、今の勇達では大き過ぎてきっと背負いきれるものでは無いだろう。
だが、こうやって打ち明ける事で人の悲しみは分け合う事が出来る。
その悲しみを共有し、お互いがその悲しみを理解し合う事で。
例えまやかしだと言われようと、それで人が救われる事に変わりはない。
藤咲家に居候を始めてからたったの数日。
たったそれだけでも間違いなく、彼女の心を包んでいた悲しみを取り除く事が出来たのだから。
「さて、ちょっと重すぎましたか。 ですが重い話はこれで終わりです。 次はこの重さを皆さんで分かち合いましょうか」
「分かち合う……?」
「ええ、ちょっとちゃなさんの事情を知った上で話をしたい事がありまして」
すると福留が再び鞄に手を伸ばし、何かを取り出す。
そうして勇達に差し出して見せたのは――― 一枚の紙。
それは「変容区域居住者への救済処置について」という見出しが描かれたパンフレットであった。
勇とちゃなが交わした契約はとんでもないとも言える内容だった。
国賓クラスの待遇と計り知れない程の報酬金額、それが命のやり取りの対価。
多いのか少ないのかもわからない報酬に、ただただ驚くばかり。
だが、福留の話はそれだけに留まらない。
「お次はちょっと重い話になります」
そんな振りがたちまち勇達に戸惑いをもたらしていて。
揃って「えっ?」と首を傾げる有様だ。
どうやら彼等、要請の件だけが今回の目的だと思っていた様子。
これには四人ともただただ呆然とするばかりだ。
更なる話題など、もはや彼等には予想も付きはしない。
先程の話が尾を引いて思考も追い付けていないが。
「こうして契約もなされましたので打ち明けますが、実は皆さんの身辺調査をさせて頂きまして」
しかしこの一言が藤咲夫婦に現実を取り戻させる事となる。
ついでに強い動揺も加えて。
「し、身辺調査ですか……」
「ええ。 例え息子さん達がどれだけ特別でも、疚しい事がある家庭であれば是正する事も必要になると思いますし。 何より政府としては不遜な輩は雇いたくないですからなぁ」
おまけに付け加えられた釘を刺す様な一言が、その動揺をこれでもかという程に煽り上げる。
気付けば二人して唇が尖る程に窄めさせていて。
並んで変顔を向ける様はまさに似た者夫婦。
動揺する姿は息子の勇ですらも疑心暗儀にさせる程あからさまである。
「その調査結果、藤咲さん……」
「は、はい……」
……しかも福留の間も妙に長い。
まるでリズムを刻むドラムの音が「ダラララ」と聴こえてくるかの様だ。
これには二人とも緊張で張り裂けんばかりに直立で胸を張らせていて。
「―――藤咲さんのお家は至って普通の家庭の様ですね、いやぁ実にバランスの取れたいい家庭だと思いますよ」
「ふおおおおお!!」
そして満を辞して放たれた答えがこれ程かというまでの安堵をもたらした。
途端に吐き出された溜息はもはや叫びにも等しい。
勇はと言えば、そんな二人に据わった目を向けていたが。
「別に後ろめたい事をしていないのだから緊張しなくてもいいだろうに」などと思ってやまない。
とはいえ、その調査のお陰で何も疚しい事が無いと証明された訳で。
夫婦揃って万々歳、「良かったぁ~!」と浮かれて止まらない。
緊張の雰囲気を前に、知らず知らず犯罪を犯していたのではないかという不安もあったのだろう。
福留もそんな彼等の様子にまんざらでもない様子。
「ウンウン」と頷きながら見守る様に微笑みを向けている。
こんな大した事でもない話に緩急を付ける辺りは福留の話術ならではといった所か。
しかしその笑顔も間も無く消える事となる。
夫婦が僅かな落ち着きを見せると、空かさず福留の咳き込みが「オホン」と響き。
たちまち空気に再びの緊張をもたらした。
それに気付かない二人でもなかったのだろう。
互いに手を合わせながらも動きをピタリと止めていて。
「なんだろう」と福留の顔を伺い直す。
その中で福留の見せた表情は先程よりもずっと浮かない。
振りだとはとても思えない程に。
そんな表情を真っ先に向けられたのは―――ちゃなであった。
「次に田中ちゃなさんですが……これは私の方から話してもいいですかな?」
ただならぬ雰囲気を見せる福留。
でもちゃなはと言えば―――不思議と静かに彼を見上げていて。
福留が自身の全てを知った事に気付いたのだ。
その表情が彼女にとっては全てを物語っていたのだから。
ずっと勇達に隠してきた秘密を。
その時、ちゃなはゆっくりと頷きで返す。
福留の配慮とも言える進言に感謝の意も込めて。
自分から語る事は難しいとわかっていたから。
ちゃなの許可が得られた事で、福留が遂にその秘密を語る。
その体、その心に刻まれた―――忌むべき過去を。
「田中ちゃなさんの家庭ですが、こちらは色々と問題が多く。 彼女は現在、ネグレクト対象とされております」
その悲惨な現実は、勇達にこれと無い唖然を呼ぶ事となる。
「「「えっ……」」」
ネグレクト。
それは親元に居ながらも、まともな育児又は育成を受けられなかったという事。
つまり、並みの生活はおろか、人としてももままならない環境下での生活を強いられたという事だ。
ドメスティックバイオレンスにも並ぶ、あるいはそれ以上の、現代社会の闇と言える行いの一つである。
「在学していた学校の教師や近隣の住人からの通報を受けて再三の改善要求をしたのですが、いずれも改善の兆候無しという報告があった様でして。 つまりこの歳に至るまで、ずっとちゃなさんは行政に保護される事無く親元で虐待を受け続けていたという事になります」
それが彼女の持つ闇。
もっとも話したくなくて、忘れたくて、思い出したくもなかった現実。
だから彼女は藤咲家に来た折も両親の事はもちろん、自分の事すら話そうともしなかったのだ。
自身の置かれてきた環境そのものが耐えがたい苦痛だったから。
「しかし、今となっては両親ともに行方不明です。 ちゃなさん、勇君達の家族には良くして頂いてますか?」
「え? は、はい……凄く安心させてもらって、ご飯もおいしく食べさせて貰ってます……」
「そうですかそうですか、それは良かったですねぇ」
その事情の詳細を知るからこそ、福留もその返事がとても嬉しかったのだろう。
「ウンウン」と嬉しそうに深い頷きを見せていて。
でもきっと彼は何も心配はしていなかったのかもしれない。
それだけ勇達が彼女に寄り添っていたから。
普通の一人の人間として、まるで家族の様に。
そう接してくれた事でちゃなは勇達を知った。
彼等の強さと、勇気と、暖かさを知った。
だから彼女は踏み出す事が出来たのだ。
勇達が教えてくれた勇気を貰った気がしていたから。
そしてその勇気が彼女の背中をまた押して、決意の瞳を福留に向けさせる。
人心を読み取る事の出来る福留がその意図を汲むなど造作も無い。
そんな彼女を前に小さく一頷きを見せると、その足をそっと半歩引かせた。
「……ちゃなさんから直接話がしたい様なので、代わりましょう」
勇達もまた、ちゃなの思い詰めた雰囲気を感じ取ったのだろう。
立ち上がる彼女の前で、静かに耳を貸す。
その想いを全て聞き届ける為に。
「……父は私が生まれる前に居なくなったそうです。 でも結婚していなくて、遊びで出来た子供が私だって。 それでお母さんは私を育てるよりも、仕事とか遊ぶ事に夢中で。 いつも私は家で一人でした。 『面倒事は嫌だ』って家から出る事も許されなくて、ご飯も用意されずにずっと家に閉じ込められてました……」
開幕から重い話がその小さな口から語られる。
その声のトーンは常に低く、時折脅えの様なそんな感情すら乗っていて。
勇が初めて出会った時に気付いた彼女の異変。
彼女の腕が細かった事。
体が異様なまでに軽かった事。
それも今まで満足のいく食事を取ってこれなかった事の代償なのである。
「学校に行く歳になって、学校に行く事は許されたんですが……逆にお母さんが夜、家を出る時まで家に入れて貰えませんでした。 玄関の前で座っていた所をお隣の人に助けて貰ったりもしたんですが、お母さんは取り合うどころか騒いだりして、お友達と協力して追い出したりもしていたんです」
「ひでぇ……」
「小学校の担任の先生は優しくて、私の事を凄く心配してくれて。 給食費とかは出してなかったんですが、代わりに出してもらったりで助けてもらって……小学生の終わり頃まで面倒を見てくれたんです。 でもその人もお母さんの友達に脅されて私の前から居なくなりました。 抗議した事で恨みを買ったんだと思います」
「補足しておきますが、ちゃなさんの母親は反社会団体と繋がりがある様でして。 職業はなんでもAV女優だとか。 その道に進む事で繋がりを持ったんでしょうね。 だからそういった行為も出来て、行政も手出しし難かったのだと思います」
ちゃなが福留の補足に続いて語ったのは中学時代の事。
恩人だった小学生の担任が居なくなった事で更に生活は困窮したのだそう。
毎夜、母親が残した食べ物や賞味期限切れで食べなくなった物を漁って食い繋ぐ生活を続けてきたのだと。
助けてくれる人もおらず、変な噂から近寄る人も少ないままで。
それでも中学の教師の一部には手を差し伸べる人が居てくれた様で。
生活に関しては手を出せなかったが、進路などには積極的に協力してくれたそうな。
まだ周囲の人間がまともだっただけ救いがあると言えるか。
「奨学金制度を先生にお勧めされて、高校に行く事は、出来て……でもお母さんは、家にいる時、いつも不機嫌で……」
感情が昂っているのだろう。
声が少しづつ詰まり、鼻を啜る音が混じる様になっていて。
そんな彼女を前に勇は居てもたってもいられず、小さな肩を「ポンポン」と優しく叩く。
そのさりげない優しさはどれだけ彼女の救いとなったのだろうか。
途端にその小さな唇を「キュッ」と引き締めさせ。
勇に感謝する様にそっと頷きで返す。
彼女はまた勇気をもらった様だ。
「叩かれたり、蹴られたり、酷い事を言われたりなどいつもの事でした。 お風呂に入るどころか、お水をたくさん使う事も許されませんでした。 着る物も最後は制服と体育着だけでした。 寝床もありませんし床はゴミだらけで。 それで掃除しても文句を言われて何も出来ません。 何をしても許されなかったんです」
「酷い……」
その惨状はもはや想像を絶する程に劣悪で。
それを聞いていた母親が堪らず口を手で押さえる程に。
温和な勇の父親が怒りで拳を震わせる程に。
隣で聞く勇が感情を抑えきれず、命力を昂らせてしまう程に。
「―――それであの日、私はお母さんに、『お前が今生きている事が私の人生の汚点だ』って、言われて……私は家出、しました。 誰か私を、どうにでもしてって、思って……渋谷に行って……」
そしてそこでちゃなの運命が変わった。
勇と出会ったのだ。
そこまで到達した途端、ちゃなの唇の震えが止まらなくなり。
語りの代わりに悲しみの嗚咽が漏れる。
語っていく内に感極まってしまったのだろう。
たちまちその目に涙が溢れ。
幾多の雫となって真っ赤に染まった頬を流れ落ちて行く。
その白く整っていた顔をクシャクシャに歪ませながら。
少女は泣いた。
己の心を余す事無く解き放って。
例えそれが禍根となろうとも。
例えそれが足枷となろうとも。
信じる者達に全てを曝け出す事を決めたから。
もはや秘める事は何も無い。
そしてもう、迷う必要も無い。
信じる彼等はその悲しみすらこうして受け入れてくれたのだから。
勇も両親も、ちゃなの告白を前にただただ胸を打たれる想いを隠せない。
両親は感情の昂りを抑えられず、悲しみを露わにしていて。
勇もまた、ちゃなの肩に充てた掌で励ます様に再び優しく叩く。
それが出来るのが彼等の在り方なのだ。
ちゃなもその事をこの一週間だけで十分に知る事が出来たから。
藤咲家の優しさに触れる事が出来たから。
涙を流しながらも嬉しそうに、勇が添えた手をそっと掴む事が出来た。
「以上の様ですね。 ちゃなさん、この話が聞けて良かったです。 悲しみは共有する事で軽くなりますから、これからも何かあったら相談してくださいね」
「……はい」
彼女の持つ悲しみは、今の勇達では大き過ぎてきっと背負いきれるものでは無いだろう。
だが、こうやって打ち明ける事で人の悲しみは分け合う事が出来る。
その悲しみを共有し、お互いがその悲しみを理解し合う事で。
例えまやかしだと言われようと、それで人が救われる事に変わりはない。
藤咲家に居候を始めてからたったの数日。
たったそれだけでも間違いなく、彼女の心を包んでいた悲しみを取り除く事が出来たのだから。
「さて、ちょっと重すぎましたか。 ですが重い話はこれで終わりです。 次はこの重さを皆さんで分かち合いましょうか」
「分かち合う……?」
「ええ、ちょっとちゃなさんの事情を知った上で話をしたい事がありまして」
すると福留が再び鞄に手を伸ばし、何かを取り出す。
そうして勇達に差し出して見せたのは――― 一枚の紙。
それは「変容区域居住者への救済処置について」という見出しが描かれたパンフレットであった。
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二人の父である皇帝は、軍略会議を軽んじた兄のフェアを断罪する。
帝国は武力を求めていたのだ。
フェアに一方的に告げられた罪状は、敵前逃亡。皇帝の第一継承権を持つ皇子の座から一転して、罪人になってしまう。
帝都の片隅にある独房に幽閉されるフェア。
「ここから逃げて、田舎に籠るか」
給仕しか来ないような牢獄で、フェアは脱出を考えていた。
帝都においてフェアを超える魔法使いはいない。そのことを知っているのはごく限られた人物だけだった。
鍵をあけて牢を出ると、給仕に化けた義妹のマトビアが現れる。
「私も連れて行ってください、お兄様」
「いやだ」
止めるフェアに、強引なマトビア。
なんだかんだでベギラス帝国の元皇子と皇女の、ゆるすぎる逃亡劇が始まった──。
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