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第七節「絆と絆 その信念 引けぬ想い」
~Bond <絆>~
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ようやくジヨヨ村長らアルライ族の面々が勇の事を認めてくれた。
でもこれはまだ踏み出しの一歩に過ぎない。
これからの彼等との関係を深める為に。
勇が、日本政府が成さねばならぬ事はまだまだ控えているから。
そして、勇がやりたい事もまだ一つ残されているのだから。
「それでその、なんていうか……是非とも皆さんにこの日誌を受け取ってもらいたいな、なんて思ってまして……」
喜びが感極まったおかげだろうか、勇はいつもの落ち着きを取り戻していて。
話し方にも既にいつもらしい緩さが。
とはいえ、もう先程の様に思いをぶつける必要は無いから。
ジヨヨ達もそんな勇を前に同じ様な緩い微笑みを向ける。
「まぁ受け取るなぁかまへんが、ワシらみたいな年寄りが受け取ってもおぬより先に逝くかもしれへんで」
「え? あー……まぁ、そういう歳とかはしょうがないんじゃないですかね……」
そんな微笑んだ口から漏れたのは割と冗談にならない現実。
さすがに渡す相手の歳など考えてもいないし聞いてもいない。
「ただ渡せればいい」、そう思っていただけなので。
そこの所はやはり勇らしく、どこか抜けているという事か。
「まぁええわ。 ちょい見せてもらうで。 受け取るかどうか決めるのはその後や」
「あ、はい!」
ただ、この日誌がどういう本なのかはジヨヨ達にはわからない。
もちろん勇も同様に。
だからこそ先ずは目を通す。
その上でこの日誌が受け継ぐべき物かどうかを見極める必要があるのだ。
エウバ族を知る彼等が知らないこの本の正体を。
本を受け取ったジヨヨが表紙を早速開き。
その背後からバノが覗き込み。
いつの間にか傍へと寄っていたカプロも、チラリと横から眺めていて。
勇もそんなジヨヨ達を前に邪魔せぬようにとだんまりだ。
たちまち家内をしんとした静寂が包み込み。
頁を開く音だけがこの場で主張し続ける。
最初は頁を開く音だけが目立っていた。
それだけ早くめくられ続けていたから。
もしかしたら彼等にも読めない文字が書かれていたのかもしれない。
しかし本が半ばに差し掛かった時から徐々にその速度は緩み始めていて。
ジヨヨやバノが眉をピクリと動かしたり、小さな声で話し合ったり。
指で差しては何かを言い合う姿が目立ち始める。
「ほぉ……」
しまいには何かしら感心する様な声まで漏らしていて。
「こいつぁ……」
遂には何かしら驚く様子すら見せるまでに。
「何書いてるのかわからねッスね」
毛玉に関しては言わずもがな。
ここまでの反応を見せれば、勇の好奇心が惹かれない訳も無く。
でも今更内容を訊くのはどうにも憚れてならない様で。
ソワソワとしながら彼等の読書風景を眺める事しか出来はしない。
それからまた少し読み続けて数分。
恐らく誰でも読める文字群に辿り着いたのだろう。
カプロの尻尾が嬉しそうにピョコピョコと動きを見せ始める。
そんな折―――
「―――おぬは、この中身を見た事はあるのかいの?」
ちらりとジヨヨの視線が勇に向けられる。
でも先程の優しい眼では無く、ほんの少し鋭さを伴った真面目な眼だ。
その事に気付いた勇も、ふと顎を手に取って思考を巡らせていて。
「見たのは一回だけですね。 初めて日誌を見せてもらった時、読んでもいいよって言われて中身を少しだけ」
「内容は教えてもらったんかいの?」
「いえ、全然わからないやって言って返しちゃいました」
「そうけ」
その問いはそれで終わり。
結局どういう意味かすらも教えてはもらえないままで。
ただ、ジヨヨとバノ……二人のひそひそ話は頁を進めてもなお続いている。
時折ジヨヨが驚く様子を見せたりで、勇が飽きる事は無かったが。
「あっ」
するとそんな時、突然カプロの尻尾がピーンと伸びる。
どうやら何かを見つけた様だ。
だがそれと同時にバノの巨大な手がそのカプロの頭を「むんず」と掴み取っていて。
「そうけ、そういう事け……」
その隣では、大きな溜息を付くジヨヨの姿が。
「え? 何かわかったんですか?」
途端の雰囲気変化に気付き、勇が思わずその身を乗り出す。
それだけジヨヨ達が重い気を纏っていたからこそ。
「あぁわかったとも。 グゥという人物がどういう想いでこの日誌とやらを持っていたのかも。 そんでどんな事を考えておぬに託したのかものー」
「えっ……」
きっとグゥは日誌を手にした時から色々と綴って来たのだろう。
日誌なだけに、きっと日常的な事も書かれているに違いない。
だからこそジヨヨ達も読み取れたのだ。
日誌に書かれた〝エウバ族の生きた証〟を。
そしてグゥという存在の生きた証を。
「おぬの名は確か、フジサキユウと言うとったな」
「はい、そうです」
「ならばこれだけは伝えよう、フジサキユウ殿よ。 グゥとやらが紡いだ記憶とおぬの繋いだ絆は、きっとワシらが思う以上に強固な物だったのかもしれん」
その改まった二言と共にジヨヨがその背を持ち上げて。
その全身を使う様にして、日誌をくるりと回して見せる。
そうして勇の目前に本の中身が露わとなった時―――
勇はただただ……その目を大きく見開かせていた。
片方の頁にしかそれは描かれてはいなかった。
でも、その頁に描かれていた事は、勇が文字を読まなくともわかる内容だったから。
きっとボールペンで描いたのだろう、しっかりとした黒い線で描かれていて。
彼等の文字が並ぶその下に、誰でもわかる絵がしっかりと刻まれている。
魔者と人間―――それらしき人物が並び、皆が手を取り合うという絵が。
「『歴史上において稀にも見ぬ新たな可能性の絆をここに繋ぐ。 魔者と人間、この奇跡にも足る絆がいつか時を経てもなお継がれ紡いでいく事を切に願う。 エウバ族の魔者グゥ、そしてニホンの人間フジサキユウが出会い、手を取り合った軌跡をここに刻まん』……そう書かれておるのじゃよ」
そう、勇は刻まれていたのだ。
例え名を刻む事を望まなくても。
例え受け継ぐ事だけが目的でも。
勇はもう既に日誌を継ぐ一人として、グゥにその名を刻み込まれていたのである。
勇が『あちら側』の文字を読めない事も書けない事も知っていたから。
日誌に現代文字を連ねる様な無粋者ではないと知っていたから。
そしてこの日誌を繋ぐ為に、仲良くなりたい魔者を探す事もわかっていたから。
きっとこんな時の為にグゥが描き興したのだろう。
自分が居なくなってもなお、この日誌が勇の力になってくれる事を信じて。
「グゥさん……」
その頁に刻まれた事は紛れも無い真実だったのだ。
勇が知るグゥという存在がそのまましっかりと書かれていたのだ。
つまりグゥという存在は、勇が知る通りの存在だという事。
そこに嘘偽りは無い。
空色の心が無くてもわかる、紛れも無い真実だったのである。
「強いのぉ、グゥとやらも、おぬも。 心が強い。 羨ましい程にの」
「そんな、俺は―――」
「ええ、それ以上は言わんでええ。 謙遜は要らん。 要るのは誠意と熱意と女子の尻だけじゃ」
「ジヨヨォ……」
それだけでも彼等にはきっと充分なのだろう。
一つだけ余計な物があるが。
その二つの意思を持つからこそ、勇もグゥも強いのだ。
そんな二人がわかり合えたからこそ、こうしてアルライ族にも繋ぐ事が出来た。
この結論に至らせた要因を、ジヨヨ達は今間違い無く理解したのである。
「この二人が居たから、こうなる事は必然だったのだ」と。
結局、ジヨヨ達はグゥの日誌を受け取らなかった。
理由は二つ。
自分達が先短い老人であるという事。
そして勇やグゥの様な強い意思を持っていないから。
おまけに、「渡すならば、せめてプラマイ十歳程度の人物に渡すべき」という具体的な一言まで添えて。
それで勇とアルライ族との話し合いは一旦終わりを告げる事となる。
勇の目的の一つが果たされないままで。
でもそれでいいのだ。
日誌を託す機会はこれからもあるかもしれない。
何せ勇の〝魔者とわかり合う為の戦い〟はまだ始まったばかり。
まだ焦る必要なんてどこにも無いのだから。
でもこれはまだ踏み出しの一歩に過ぎない。
これからの彼等との関係を深める為に。
勇が、日本政府が成さねばならぬ事はまだまだ控えているから。
そして、勇がやりたい事もまだ一つ残されているのだから。
「それでその、なんていうか……是非とも皆さんにこの日誌を受け取ってもらいたいな、なんて思ってまして……」
喜びが感極まったおかげだろうか、勇はいつもの落ち着きを取り戻していて。
話し方にも既にいつもらしい緩さが。
とはいえ、もう先程の様に思いをぶつける必要は無いから。
ジヨヨ達もそんな勇を前に同じ様な緩い微笑みを向ける。
「まぁ受け取るなぁかまへんが、ワシらみたいな年寄りが受け取ってもおぬより先に逝くかもしれへんで」
「え? あー……まぁ、そういう歳とかはしょうがないんじゃないですかね……」
そんな微笑んだ口から漏れたのは割と冗談にならない現実。
さすがに渡す相手の歳など考えてもいないし聞いてもいない。
「ただ渡せればいい」、そう思っていただけなので。
そこの所はやはり勇らしく、どこか抜けているという事か。
「まぁええわ。 ちょい見せてもらうで。 受け取るかどうか決めるのはその後や」
「あ、はい!」
ただ、この日誌がどういう本なのかはジヨヨ達にはわからない。
もちろん勇も同様に。
だからこそ先ずは目を通す。
その上でこの日誌が受け継ぐべき物かどうかを見極める必要があるのだ。
エウバ族を知る彼等が知らないこの本の正体を。
本を受け取ったジヨヨが表紙を早速開き。
その背後からバノが覗き込み。
いつの間にか傍へと寄っていたカプロも、チラリと横から眺めていて。
勇もそんなジヨヨ達を前に邪魔せぬようにとだんまりだ。
たちまち家内をしんとした静寂が包み込み。
頁を開く音だけがこの場で主張し続ける。
最初は頁を開く音だけが目立っていた。
それだけ早くめくられ続けていたから。
もしかしたら彼等にも読めない文字が書かれていたのかもしれない。
しかし本が半ばに差し掛かった時から徐々にその速度は緩み始めていて。
ジヨヨやバノが眉をピクリと動かしたり、小さな声で話し合ったり。
指で差しては何かを言い合う姿が目立ち始める。
「ほぉ……」
しまいには何かしら感心する様な声まで漏らしていて。
「こいつぁ……」
遂には何かしら驚く様子すら見せるまでに。
「何書いてるのかわからねッスね」
毛玉に関しては言わずもがな。
ここまでの反応を見せれば、勇の好奇心が惹かれない訳も無く。
でも今更内容を訊くのはどうにも憚れてならない様で。
ソワソワとしながら彼等の読書風景を眺める事しか出来はしない。
それからまた少し読み続けて数分。
恐らく誰でも読める文字群に辿り着いたのだろう。
カプロの尻尾が嬉しそうにピョコピョコと動きを見せ始める。
そんな折―――
「―――おぬは、この中身を見た事はあるのかいの?」
ちらりとジヨヨの視線が勇に向けられる。
でも先程の優しい眼では無く、ほんの少し鋭さを伴った真面目な眼だ。
その事に気付いた勇も、ふと顎を手に取って思考を巡らせていて。
「見たのは一回だけですね。 初めて日誌を見せてもらった時、読んでもいいよって言われて中身を少しだけ」
「内容は教えてもらったんかいの?」
「いえ、全然わからないやって言って返しちゃいました」
「そうけ」
その問いはそれで終わり。
結局どういう意味かすらも教えてはもらえないままで。
ただ、ジヨヨとバノ……二人のひそひそ話は頁を進めてもなお続いている。
時折ジヨヨが驚く様子を見せたりで、勇が飽きる事は無かったが。
「あっ」
するとそんな時、突然カプロの尻尾がピーンと伸びる。
どうやら何かを見つけた様だ。
だがそれと同時にバノの巨大な手がそのカプロの頭を「むんず」と掴み取っていて。
「そうけ、そういう事け……」
その隣では、大きな溜息を付くジヨヨの姿が。
「え? 何かわかったんですか?」
途端の雰囲気変化に気付き、勇が思わずその身を乗り出す。
それだけジヨヨ達が重い気を纏っていたからこそ。
「あぁわかったとも。 グゥという人物がどういう想いでこの日誌とやらを持っていたのかも。 そんでどんな事を考えておぬに託したのかものー」
「えっ……」
きっとグゥは日誌を手にした時から色々と綴って来たのだろう。
日誌なだけに、きっと日常的な事も書かれているに違いない。
だからこそジヨヨ達も読み取れたのだ。
日誌に書かれた〝エウバ族の生きた証〟を。
そしてグゥという存在の生きた証を。
「おぬの名は確か、フジサキユウと言うとったな」
「はい、そうです」
「ならばこれだけは伝えよう、フジサキユウ殿よ。 グゥとやらが紡いだ記憶とおぬの繋いだ絆は、きっとワシらが思う以上に強固な物だったのかもしれん」
その改まった二言と共にジヨヨがその背を持ち上げて。
その全身を使う様にして、日誌をくるりと回して見せる。
そうして勇の目前に本の中身が露わとなった時―――
勇はただただ……その目を大きく見開かせていた。
片方の頁にしかそれは描かれてはいなかった。
でも、その頁に描かれていた事は、勇が文字を読まなくともわかる内容だったから。
きっとボールペンで描いたのだろう、しっかりとした黒い線で描かれていて。
彼等の文字が並ぶその下に、誰でもわかる絵がしっかりと刻まれている。
魔者と人間―――それらしき人物が並び、皆が手を取り合うという絵が。
「『歴史上において稀にも見ぬ新たな可能性の絆をここに繋ぐ。 魔者と人間、この奇跡にも足る絆がいつか時を経てもなお継がれ紡いでいく事を切に願う。 エウバ族の魔者グゥ、そしてニホンの人間フジサキユウが出会い、手を取り合った軌跡をここに刻まん』……そう書かれておるのじゃよ」
そう、勇は刻まれていたのだ。
例え名を刻む事を望まなくても。
例え受け継ぐ事だけが目的でも。
勇はもう既に日誌を継ぐ一人として、グゥにその名を刻み込まれていたのである。
勇が『あちら側』の文字を読めない事も書けない事も知っていたから。
日誌に現代文字を連ねる様な無粋者ではないと知っていたから。
そしてこの日誌を繋ぐ為に、仲良くなりたい魔者を探す事もわかっていたから。
きっとこんな時の為にグゥが描き興したのだろう。
自分が居なくなってもなお、この日誌が勇の力になってくれる事を信じて。
「グゥさん……」
その頁に刻まれた事は紛れも無い真実だったのだ。
勇が知るグゥという存在がそのまましっかりと書かれていたのだ。
つまりグゥという存在は、勇が知る通りの存在だという事。
そこに嘘偽りは無い。
空色の心が無くてもわかる、紛れも無い真実だったのである。
「強いのぉ、グゥとやらも、おぬも。 心が強い。 羨ましい程にの」
「そんな、俺は―――」
「ええ、それ以上は言わんでええ。 謙遜は要らん。 要るのは誠意と熱意と女子の尻だけじゃ」
「ジヨヨォ……」
それだけでも彼等にはきっと充分なのだろう。
一つだけ余計な物があるが。
その二つの意思を持つからこそ、勇もグゥも強いのだ。
そんな二人がわかり合えたからこそ、こうしてアルライ族にも繋ぐ事が出来た。
この結論に至らせた要因を、ジヨヨ達は今間違い無く理解したのである。
「この二人が居たから、こうなる事は必然だったのだ」と。
結局、ジヨヨ達はグゥの日誌を受け取らなかった。
理由は二つ。
自分達が先短い老人であるという事。
そして勇やグゥの様な強い意思を持っていないから。
おまけに、「渡すならば、せめてプラマイ十歳程度の人物に渡すべき」という具体的な一言まで添えて。
それで勇とアルライ族との話し合いは一旦終わりを告げる事となる。
勇の目的の一つが果たされないままで。
でもそれでいいのだ。
日誌を託す機会はこれからもあるかもしれない。
何せ勇の〝魔者とわかり合う為の戦い〟はまだ始まったばかり。
まだ焦る必要なんてどこにも無いのだから。
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