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第九節「人が結ぶ世界 白下の誓い 闇に消えぬ」
~騒ぎ前のめり 揚~
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誤解が積み重なって生まれた軋轢が、勇と愛希の関係に亀裂をもたらした。
例え冗談の様な話が元でも、こうなればもはや笑い話にすらなりはしないだろう。
しかも、愛希に芽生えた怒りがとうとう噴出する事に。
「そんな……じゃあ間違い? アタシ間違いでほいほいここまで来たの!?」
そんな怒りが愛希の声に乗り、声色に高々に跳ね上げる。
彼女のいつもらしい姿をも取り戻させると共に。
そうして見せたのはグイグイと強気に迫り寄る姿で。
瀬玲ともあずーとも違う雰囲気を前に、勇も気圧される一方だ。
「え、あ、俺はそんなつもりじゃ。 ただ田中さんに用があったから電話を掛けただけで……」
「えぇ……それ、ちょっと酷くないです? だってアタシだってすぐわかるじゃないですか。 電話の声とか。 ここに来るまでに何度も話したじゃないですか! そもそも何で間違えるんですかぁ!?」
今の勇にもはや言い返す事など出来はしない。
愛希の言う事がもっともだからこそ。
確かに愛希の声はいつもと違っていただろう。
雑音も多かったし、邪魔はあったのだろう。
けれどそれは結局、全部言い訳に過ぎない。
勇が疑問のままに一言問えば、それだけで全て解決していたのだから。
愛希も当然、障害の事など知らないで攻めている。
でも愛希自身は何も間違っていないのだから、要因は関係無い。
「ごめん、わからなかった……」
「じゃあずっと電話先のアタシの事、ちゃなだと思ってたの!?」
「うん。 ごめん……」
それに、勇には事実を屁理屈で覆す様な度量は無い。
だからこそ、出来るのは正直に謝罪を返す事だけで。
しかし誠実な謝罪が全てを解決するとは限らないだろう。
少なくとも、愛希を取り巻く感情を宥めるまでには―――到底届かない。
「サイッアク……」
それだけ、愛希の心には様々な感情が渦巻いていたのだ。
期待を裏切られた事への怒りと。
間違いに付き合わされた呆れと。
そして、別の子と間違えられた事への悲しみが。
故にこうして呟かれた一言は少し嗚咽を帯びていて。
下唇が堪らず震え、歪みを帯びる。
本当は泣きたいくらいに悲しいのだろう。
でも気丈だから泣き出せなくて、我慢するしかなくて。
だから自然と声が震えて、止まらない。
それでもとめどなく溢れて、止まらない。
「そんなに……ちゃなの事、好きなんだ?」
「い、いや、そういう訳じゃなくて―――」
「は? じゃあなんでこんな所呼び出したの?」
「それは、仕事の話で……」
「はぁ? 仕事!? 仕事なんかでアタシ呼び出されたの!? 何の仕事なのさ!?」
「う、それはその……言えない」
それが遂にはヒステリック気味な口調にまで発展する事に。
しかも周囲の視線を集めてしまう程に強く高く。
そんな周囲の反応のお陰で、愛希は間も無く冷静さを取り戻したのだが。
飛び出しかけた感情まではどうにも収まらなかったらしい。
その感情―――不信感が。
勇は仕事の事を話せない。
例えこの様に攻め立てられようとも。
けれど、そうして頑なに口を閉ざされれば信じられる訳も無い。
自分は信用されていない存在だ、と言われている様な気がしてならなくて。
「はぁ、何も言えないんだ。 ちゃなとの秘密のお仕事ってワケ……いいわ、もういい」
「え、それどういう……」
「もういいって言ったの。 ごめんなさい藤咲先輩、アタシの勘違いでご迷惑おかけしましたー」
「え、それは違うだろ。 俺の所為だろ!?」
「いいえーもういいですーアタシ帰るんで」
その不信感が昂りを抑え、これ以上無い呆れへと変えて。
そうして気付けば血の気も引き、不貞腐れた言葉が溢れ出る。
面倒になったのだろう。
もうこれ以上話しても、自分には何の得も無いのだと理解して。
それに、弱々しい人を見続けたくは無かったから。
初めて会った時とは全く違う、委縮しきった勇の姿なんて。
だから今、愛希は踵を返していた。
もうその情けない姿を視界に納めない様にと。
未練を、断ち切る為に。
だが―――
「違うって言ってるだろッ!!」
この時、今度は勇が愛希の手を掴み取っていた。
それも去ろうとしていたからこそ、強引に引き寄せる様にして。
しかし思わず力が籠ってしまったのだろう。
軽く引っ張ったつもりが、半ば腕を捻る様になってしまって。
視界にたちまち、苦悶を浮かべて振り返る愛希の姿が映り込む。
「ちょっと痛、痛いですッ!!」
「うわあっ!? ご、ごめんっ!!」
本当に咄嗟の事で気付けなかったのだろう。
己の手に命力さえもが籠っていたなど。
それだけ、勇も内々で感情的になっていたから。
でも愛希の悲鳴にも足る声がその事に気付かせ、すぐさま手を離させる。
そうして気付けば、また二人が向かい合う様に立っていて。
とはいえ、互いに気まずい事に変わりはない。
すぐに語り合う事も無く、共に視線を逸らす姿が。
勇も愛希も、自身の言動に少なからず罪悪感を憶えていたからこそ。
「あの、さ。 君は悪くないんだ、何も。 それだけは言わせてくれよ」
そんな中で勇が改めて想いを伝える。
自分が何もかも悪いのだと認めて。
「全部俺が悪いんだ。 気付けなかったのも本当だし、君が田中さんの携帯を使って話してたなんて思わなかった。 本当にごめん」
「……へ?」
勇にはもうそれしかなかったのだ。
誠実に、正直に事を伝えるしか。
例えそれが言い訳だと罵られようとも。
その正直な言い訳の中に、誤解の真実が隠れていた事に気付かなくとも。
唖然とする愛希を前に、勇の感情がエスカレートしていく。
ただただ、許して欲しくて。
それも決して自分の為では無く。
愛希と、その煽りを貰う事となったちゃなの為に。
「だから清水さんはそんな事言っちゃダメだ。 君は自分を責める様な事は言うべきじゃない。 俺の事は嫌いになっても構わないから! 」
「あの」
「田中さんが明るくなったのは君のおかげだって本当に思ってる。 彼女には君が必要なんだ! だからお願いだよ。 俺の事は嫌いでも、彼女の事も嫌いにならないで欲しいんだ……ッ!!」
「先輩?」
「うん、本当にごめん……」
「いや、そうじゃなくて」
「え?」
ただ、その熱意がどうやら勇の心の視野を狭めていたらしい。
愛希に言われて初めて気付く。
彼女の両肩を掴み、顔がくっつかんばかりに身を寄せていた事に。
熱弁に夢中でついついこんな状態になってしまったのだろう。
「あああああごごめぇん!!」
もちろん勇に他意など無い。
だからか次の時にはもう手を離し、更には身をも勢いよく離して頭を下げさせる。
見せた勢いはなんだかバックステップ土下座まで繰り出しそうな雰囲気である。
とはいえ、そんなテンションさえも所詮は勇一人の空回りに過ぎないが。
「ごめぇん……」
「も、もういいですって。 それより、ケータイ見せてもらえます?」
「え? あ、ハイ」
そう言われてふと頭を上げると、いつもらしい愛希の素顔が視界に。
ほんのちょっと瞼を降ろして呆れ気味だけれども。
でもさっきみたいに怒っている様にも見えなくて。
だからこそ潔く愛希へとスマートフォンを手渡す。
さすがに畏れ多いのか、今までに無い素早さを以って。
もはや罪悪感で一杯で、半ば思考停止状態だ。
そんな勇を横目に、愛希が受け取ったスマートフォンを操作する。
やはり使い慣れてるとあって、持ち主以上に操作が速い。
あっという間にアドレス帳を見つけては、素早くスクロールさせていて。
すると間も無く、あの名前が目に付く事に。
「ブフッ、『ちゃなちゃん』ってぇ。 マジウケる!」
「う……」
絶対に見られてはいけない思春期の残滓がとうとう公に。
これには勇も堪らず赤面し、視線を逸らさせる姿が。
ただ、愛希としても別に馬鹿にしたくて見ていた訳ではない。
その先に隠れた誤解の秘密に気付き、事実を調べようと思っただけだ。
そしてようやく、今回の騒動の原因を把握する事となる。
「やっぱりなー。 先輩これ、アタシの番号」
そんな原因をドでかく映した画面が、溜息交じりに勇へと向けられる。
ならば当然、勇の目に映ったのは『ちゃなちゃん』の頁な訳で。
その衝撃の事実を前にして、唖然とする他無い。
ただただ目を丸くし、凝視する事しか。
「え……マジで?」
「うんうん、マジマジ」
そんな勇に、愛希が小刻みの頷きを見せつける。
いつもの明るい感じで、微笑みまで浮かべて。
愛希はその原因に早くも気付いたから、もう気が収まっていたのだろう。
自身の憤りも、勇の勘違いも、この原因に全てが詰まっていたとわかったから。
ならもう勇に怒ったり呆れたりする理由も無いのだと。
「そういえば、なんかそういう節があった気が……あー」
でも間違いを生んだ本人はそうもいかない。
勇はと言えば頭を抱える一方で。
思い返せば意外と簡単に浮かんでくるものだ。
どの思い出も割と最近の事だから。
ちゃなが最初から携帯を持っていたかどうかという事。
彼女が携帯を買った時、「買い替えた」とは言わなかった事。
携帯の事を話し始めた際に、勇と電話番号を交換しようとしていた事。
そして今まで恥ずかしくて電話しなかった事。
もちろん、それ以外にも色々と。
考えてみれば、思い当たる節は沢山あった。
でもまさかそれを全部スルーしていたなどとは思ってもみなくて。
そう気付いた今、自身への落胆は計り知れない。
たちまちあんぐりと顎を落とし、その身を固まらせる姿がここに。
一度突けば粉々に崩れ落ちてしまいそうだ。
「俺、ずっと勘違いしてたのかぁ~……」
「藤咲先輩って結構ドジなんだ? フフッ」
「面目ない」
何はともあれ、誤解はこれで解けた訳で。
愛希も打って変わり、どうやら完全に気が済んだらしい。
後は勇自身の問題、と言った所だろう。
とはいえ、勇自身はこれだけでは納得いかない様だが。
誤解は晴れても、愛希をここまで呼んだ責任は残っている。
それもちゃな達と遊んでる所を邪魔したというオマケ付きで。
それでお咎め無しなど、自分が納得出来る訳も無い。
「清水さん……俺、どうしたらいい? どうしたら償える?」
思考停止は継続中、今は考える事も難しい。
だからこそ請う。
愛希が望む償い方を当人に。
そしてその答えを出す事に、どうやら愛希自身もまんざらではない様だ。
「じゃあとりあえず、アタシの事はこれから愛希って呼ぶ事」
「ハイ」
ずっと苗字呼びというのも気に食わなかったのだろう。
なのでこれを機にささっと是正を要求する。
今までそう言える機会がなかなか無かったので、丁度いいと言わんばかりに。
もちろん、これだけでは済まさない。
それが強気な愛希であればこそ。
「あと、アタシをこれから引き続きデートに付き合わせる事」
「ハイ」
折角上野に来たのだから遊ばなければ意味が無い。
どうせだしと、二人で遊ぶ気満々だ。
本人はもう呼ばれた事自体は気にしていないけれども。
「じゃあ、ル・シャルルのバッグ買ってー!」
「ハイ」
勇達の財布が羽振り良い事は愛希も知っている。
だからちょっと贅沢なお願いも利いてくれるかな~と思って言ってみたのだが。
どうやらしれっと成功した模様。
これにはあの愛希も、頬を膨らませたニヤけ面を浮かばせて収まらない。
またもや可愛い顔が台無しである。
しかもこう金銭面で即答出来るならばと、その要求がエスカレートする。
ロマンチストなら誰もが憧れる願いが、遂にその口から飛び出す事に。
「そして最後は高級ビルのてっぺんで豪華ディナーをっ!!」
「それはダメ!」
「ハイ」
―――とまぁ、さすがにコレばかりは叶わなかったが。
ともあれ、こうして二人は仲直りに成功した、という訳だ。
互いに譲歩し合える条件を出した今、もう蟠りは無いと言えるだろう。
でも愛希はこれを機に、勇を諦める事を決めていた。
これは別に勇の事を嫌いになったという訳ではない。
むしろ良い所を見せられて、もっと好きになったくらいだ。
けれど、勇にはちゃなが居る。
まるで家族の様に大事にしている女性が。
だからもう、親友から大事な人を取る様な真似はしたくないのだと。
確かに、ちゃなと愛希は親友だ。
これからも大事にしたいと思っている関係だ。
それでも、昔犯した罪は変わらない。
ちゃなを虐めていたという事実は、愛希の心の奥底に残り続けている。
そこから生まれた罪の意識が遠慮を生んだのだろう。
故にもう、愛希は勇を求めない。
親友をもう不幸にしてはいけない、悲しませてはいけないと。
仮に、ちゃなが勇を諦めたとハッキリ宣言しない限りは。
これからは二人の関係を応援しよう、と決めたのだ。
だけど今だけは。
今日この時だけは、存分に甘えてもいい。
不幸な偶然が引き寄せた縁だけど、そのお陰で覚悟も決められたから。
真の意味で未練を断ち切る為に。
これからも、仲のいい友人として勇達と付き合う為に。
だから今だけ、存分に楽しもう。
この日は本当に良かったと思える程に。
いつまでも、いつまでもこの思い出を忘れない様に、と……。
例え冗談の様な話が元でも、こうなればもはや笑い話にすらなりはしないだろう。
しかも、愛希に芽生えた怒りがとうとう噴出する事に。
「そんな……じゃあ間違い? アタシ間違いでほいほいここまで来たの!?」
そんな怒りが愛希の声に乗り、声色に高々に跳ね上げる。
彼女のいつもらしい姿をも取り戻させると共に。
そうして見せたのはグイグイと強気に迫り寄る姿で。
瀬玲ともあずーとも違う雰囲気を前に、勇も気圧される一方だ。
「え、あ、俺はそんなつもりじゃ。 ただ田中さんに用があったから電話を掛けただけで……」
「えぇ……それ、ちょっと酷くないです? だってアタシだってすぐわかるじゃないですか。 電話の声とか。 ここに来るまでに何度も話したじゃないですか! そもそも何で間違えるんですかぁ!?」
今の勇にもはや言い返す事など出来はしない。
愛希の言う事がもっともだからこそ。
確かに愛希の声はいつもと違っていただろう。
雑音も多かったし、邪魔はあったのだろう。
けれどそれは結局、全部言い訳に過ぎない。
勇が疑問のままに一言問えば、それだけで全て解決していたのだから。
愛希も当然、障害の事など知らないで攻めている。
でも愛希自身は何も間違っていないのだから、要因は関係無い。
「ごめん、わからなかった……」
「じゃあずっと電話先のアタシの事、ちゃなだと思ってたの!?」
「うん。 ごめん……」
それに、勇には事実を屁理屈で覆す様な度量は無い。
だからこそ、出来るのは正直に謝罪を返す事だけで。
しかし誠実な謝罪が全てを解決するとは限らないだろう。
少なくとも、愛希を取り巻く感情を宥めるまでには―――到底届かない。
「サイッアク……」
それだけ、愛希の心には様々な感情が渦巻いていたのだ。
期待を裏切られた事への怒りと。
間違いに付き合わされた呆れと。
そして、別の子と間違えられた事への悲しみが。
故にこうして呟かれた一言は少し嗚咽を帯びていて。
下唇が堪らず震え、歪みを帯びる。
本当は泣きたいくらいに悲しいのだろう。
でも気丈だから泣き出せなくて、我慢するしかなくて。
だから自然と声が震えて、止まらない。
それでもとめどなく溢れて、止まらない。
「そんなに……ちゃなの事、好きなんだ?」
「い、いや、そういう訳じゃなくて―――」
「は? じゃあなんでこんな所呼び出したの?」
「それは、仕事の話で……」
「はぁ? 仕事!? 仕事なんかでアタシ呼び出されたの!? 何の仕事なのさ!?」
「う、それはその……言えない」
それが遂にはヒステリック気味な口調にまで発展する事に。
しかも周囲の視線を集めてしまう程に強く高く。
そんな周囲の反応のお陰で、愛希は間も無く冷静さを取り戻したのだが。
飛び出しかけた感情まではどうにも収まらなかったらしい。
その感情―――不信感が。
勇は仕事の事を話せない。
例えこの様に攻め立てられようとも。
けれど、そうして頑なに口を閉ざされれば信じられる訳も無い。
自分は信用されていない存在だ、と言われている様な気がしてならなくて。
「はぁ、何も言えないんだ。 ちゃなとの秘密のお仕事ってワケ……いいわ、もういい」
「え、それどういう……」
「もういいって言ったの。 ごめんなさい藤咲先輩、アタシの勘違いでご迷惑おかけしましたー」
「え、それは違うだろ。 俺の所為だろ!?」
「いいえーもういいですーアタシ帰るんで」
その不信感が昂りを抑え、これ以上無い呆れへと変えて。
そうして気付けば血の気も引き、不貞腐れた言葉が溢れ出る。
面倒になったのだろう。
もうこれ以上話しても、自分には何の得も無いのだと理解して。
それに、弱々しい人を見続けたくは無かったから。
初めて会った時とは全く違う、委縮しきった勇の姿なんて。
だから今、愛希は踵を返していた。
もうその情けない姿を視界に納めない様にと。
未練を、断ち切る為に。
だが―――
「違うって言ってるだろッ!!」
この時、今度は勇が愛希の手を掴み取っていた。
それも去ろうとしていたからこそ、強引に引き寄せる様にして。
しかし思わず力が籠ってしまったのだろう。
軽く引っ張ったつもりが、半ば腕を捻る様になってしまって。
視界にたちまち、苦悶を浮かべて振り返る愛希の姿が映り込む。
「ちょっと痛、痛いですッ!!」
「うわあっ!? ご、ごめんっ!!」
本当に咄嗟の事で気付けなかったのだろう。
己の手に命力さえもが籠っていたなど。
それだけ、勇も内々で感情的になっていたから。
でも愛希の悲鳴にも足る声がその事に気付かせ、すぐさま手を離させる。
そうして気付けば、また二人が向かい合う様に立っていて。
とはいえ、互いに気まずい事に変わりはない。
すぐに語り合う事も無く、共に視線を逸らす姿が。
勇も愛希も、自身の言動に少なからず罪悪感を憶えていたからこそ。
「あの、さ。 君は悪くないんだ、何も。 それだけは言わせてくれよ」
そんな中で勇が改めて想いを伝える。
自分が何もかも悪いのだと認めて。
「全部俺が悪いんだ。 気付けなかったのも本当だし、君が田中さんの携帯を使って話してたなんて思わなかった。 本当にごめん」
「……へ?」
勇にはもうそれしかなかったのだ。
誠実に、正直に事を伝えるしか。
例えそれが言い訳だと罵られようとも。
その正直な言い訳の中に、誤解の真実が隠れていた事に気付かなくとも。
唖然とする愛希を前に、勇の感情がエスカレートしていく。
ただただ、許して欲しくて。
それも決して自分の為では無く。
愛希と、その煽りを貰う事となったちゃなの為に。
「だから清水さんはそんな事言っちゃダメだ。 君は自分を責める様な事は言うべきじゃない。 俺の事は嫌いになっても構わないから! 」
「あの」
「田中さんが明るくなったのは君のおかげだって本当に思ってる。 彼女には君が必要なんだ! だからお願いだよ。 俺の事は嫌いでも、彼女の事も嫌いにならないで欲しいんだ……ッ!!」
「先輩?」
「うん、本当にごめん……」
「いや、そうじゃなくて」
「え?」
ただ、その熱意がどうやら勇の心の視野を狭めていたらしい。
愛希に言われて初めて気付く。
彼女の両肩を掴み、顔がくっつかんばかりに身を寄せていた事に。
熱弁に夢中でついついこんな状態になってしまったのだろう。
「あああああごごめぇん!!」
もちろん勇に他意など無い。
だからか次の時にはもう手を離し、更には身をも勢いよく離して頭を下げさせる。
見せた勢いはなんだかバックステップ土下座まで繰り出しそうな雰囲気である。
とはいえ、そんなテンションさえも所詮は勇一人の空回りに過ぎないが。
「ごめぇん……」
「も、もういいですって。 それより、ケータイ見せてもらえます?」
「え? あ、ハイ」
そう言われてふと頭を上げると、いつもらしい愛希の素顔が視界に。
ほんのちょっと瞼を降ろして呆れ気味だけれども。
でもさっきみたいに怒っている様にも見えなくて。
だからこそ潔く愛希へとスマートフォンを手渡す。
さすがに畏れ多いのか、今までに無い素早さを以って。
もはや罪悪感で一杯で、半ば思考停止状態だ。
そんな勇を横目に、愛希が受け取ったスマートフォンを操作する。
やはり使い慣れてるとあって、持ち主以上に操作が速い。
あっという間にアドレス帳を見つけては、素早くスクロールさせていて。
すると間も無く、あの名前が目に付く事に。
「ブフッ、『ちゃなちゃん』ってぇ。 マジウケる!」
「う……」
絶対に見られてはいけない思春期の残滓がとうとう公に。
これには勇も堪らず赤面し、視線を逸らさせる姿が。
ただ、愛希としても別に馬鹿にしたくて見ていた訳ではない。
その先に隠れた誤解の秘密に気付き、事実を調べようと思っただけだ。
そしてようやく、今回の騒動の原因を把握する事となる。
「やっぱりなー。 先輩これ、アタシの番号」
そんな原因をドでかく映した画面が、溜息交じりに勇へと向けられる。
ならば当然、勇の目に映ったのは『ちゃなちゃん』の頁な訳で。
その衝撃の事実を前にして、唖然とする他無い。
ただただ目を丸くし、凝視する事しか。
「え……マジで?」
「うんうん、マジマジ」
そんな勇に、愛希が小刻みの頷きを見せつける。
いつもの明るい感じで、微笑みまで浮かべて。
愛希はその原因に早くも気付いたから、もう気が収まっていたのだろう。
自身の憤りも、勇の勘違いも、この原因に全てが詰まっていたとわかったから。
ならもう勇に怒ったり呆れたりする理由も無いのだと。
「そういえば、なんかそういう節があった気が……あー」
でも間違いを生んだ本人はそうもいかない。
勇はと言えば頭を抱える一方で。
思い返せば意外と簡単に浮かんでくるものだ。
どの思い出も割と最近の事だから。
ちゃなが最初から携帯を持っていたかどうかという事。
彼女が携帯を買った時、「買い替えた」とは言わなかった事。
携帯の事を話し始めた際に、勇と電話番号を交換しようとしていた事。
そして今まで恥ずかしくて電話しなかった事。
もちろん、それ以外にも色々と。
考えてみれば、思い当たる節は沢山あった。
でもまさかそれを全部スルーしていたなどとは思ってもみなくて。
そう気付いた今、自身への落胆は計り知れない。
たちまちあんぐりと顎を落とし、その身を固まらせる姿がここに。
一度突けば粉々に崩れ落ちてしまいそうだ。
「俺、ずっと勘違いしてたのかぁ~……」
「藤咲先輩って結構ドジなんだ? フフッ」
「面目ない」
何はともあれ、誤解はこれで解けた訳で。
愛希も打って変わり、どうやら完全に気が済んだらしい。
後は勇自身の問題、と言った所だろう。
とはいえ、勇自身はこれだけでは納得いかない様だが。
誤解は晴れても、愛希をここまで呼んだ責任は残っている。
それもちゃな達と遊んでる所を邪魔したというオマケ付きで。
それでお咎め無しなど、自分が納得出来る訳も無い。
「清水さん……俺、どうしたらいい? どうしたら償える?」
思考停止は継続中、今は考える事も難しい。
だからこそ請う。
愛希が望む償い方を当人に。
そしてその答えを出す事に、どうやら愛希自身もまんざらではない様だ。
「じゃあとりあえず、アタシの事はこれから愛希って呼ぶ事」
「ハイ」
ずっと苗字呼びというのも気に食わなかったのだろう。
なのでこれを機にささっと是正を要求する。
今までそう言える機会がなかなか無かったので、丁度いいと言わんばかりに。
もちろん、これだけでは済まさない。
それが強気な愛希であればこそ。
「あと、アタシをこれから引き続きデートに付き合わせる事」
「ハイ」
折角上野に来たのだから遊ばなければ意味が無い。
どうせだしと、二人で遊ぶ気満々だ。
本人はもう呼ばれた事自体は気にしていないけれども。
「じゃあ、ル・シャルルのバッグ買ってー!」
「ハイ」
勇達の財布が羽振り良い事は愛希も知っている。
だからちょっと贅沢なお願いも利いてくれるかな~と思って言ってみたのだが。
どうやらしれっと成功した模様。
これにはあの愛希も、頬を膨らませたニヤけ面を浮かばせて収まらない。
またもや可愛い顔が台無しである。
しかもこう金銭面で即答出来るならばと、その要求がエスカレートする。
ロマンチストなら誰もが憧れる願いが、遂にその口から飛び出す事に。
「そして最後は高級ビルのてっぺんで豪華ディナーをっ!!」
「それはダメ!」
「ハイ」
―――とまぁ、さすがにコレばかりは叶わなかったが。
ともあれ、こうして二人は仲直りに成功した、という訳だ。
互いに譲歩し合える条件を出した今、もう蟠りは無いと言えるだろう。
でも愛希はこれを機に、勇を諦める事を決めていた。
これは別に勇の事を嫌いになったという訳ではない。
むしろ良い所を見せられて、もっと好きになったくらいだ。
けれど、勇にはちゃなが居る。
まるで家族の様に大事にしている女性が。
だからもう、親友から大事な人を取る様な真似はしたくないのだと。
確かに、ちゃなと愛希は親友だ。
これからも大事にしたいと思っている関係だ。
それでも、昔犯した罪は変わらない。
ちゃなを虐めていたという事実は、愛希の心の奥底に残り続けている。
そこから生まれた罪の意識が遠慮を生んだのだろう。
故にもう、愛希は勇を求めない。
親友をもう不幸にしてはいけない、悲しませてはいけないと。
仮に、ちゃなが勇を諦めたとハッキリ宣言しない限りは。
これからは二人の関係を応援しよう、と決めたのだ。
だけど今だけは。
今日この時だけは、存分に甘えてもいい。
不幸な偶然が引き寄せた縁だけど、そのお陰で覚悟も決められたから。
真の意味で未練を断ち切る為に。
これからも、仲のいい友人として勇達と付き合う為に。
だから今だけ、存分に楽しもう。
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いつまでも、いつまでもこの思い出を忘れない様に、と……。
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食っていくのがギリギリの冒険者ユリナは同じ境遇の友達3人と、先輩冒険者ジュリアから率のいい仕事に誘われる。それが罠と気づいたときには、絶対絶命のピンチに陥っていた。
もうあとがない。そのとき起死回生のスキルオーブを手に入れたはずなのにオーブは無反応。『』の中には何が入るのだ。
ギリギリの状況でユリアは瀕死の仲間のために叫ぶ。
ユリナはスキルを手に入れ、ささやかな幸せを手に入れられるのだろうか。
貧民街の元娼婦に育てられた孤児は前世の記憶が蘇り底辺から成り上がり世界の救世主になる。
黒ハット
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【完結しました】捨て子だった主人公は、元貴族の側室で騙せれて娼婦だった女性に拾われて最下層階級の貧民街で育てられるが、13歳の時に崖から川に突き落とされて意識が無くなり。気が付くと前世の日本で物理学の研究生だった記憶が蘇り、周りの人たちの善意で底辺から抜け出し成り上がって世界の救世主と呼ばれる様になる。
この作品は小説書き始めた初期の作品で内容と書き方をリメイクして再投稿を始めました。感想、応援よろしくお願いいたします。
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