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第十四節「新たな道 時を越え 心を越えて」
~人を許すという事~
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勇の家と白代高校はそれほど遠くは無い……ロードワークのついでに寄れる程の距離である。
……と言っても直線距離で2km程はある為、相応量の距離を走っている事になる。
彼等にも自転車通学は許されてはいたが、ロードワークを兼ねた通学をしたかった事もあり……彼はいつも歩きで向かう。
それに巻き込まれた形の茶奈はそんな事など露知らず、一緒に歩いて登校している訳ではあるが。
進路面談の後、勇は一人ショッピングモールのある大通りを歩きながら帰宅していた。
以前茶奈にも「一人にならないで」と諭されてはいたが……それでも勇は色々考えたい事もあるとこうやって一人で帰るという事が増えた。
父親も勇の悩みを感じ取っていたからこそ、敢えて詮索せずに彼を置いて一人車で帰宅したのだ。
土曜日という事もあり大通りは人で溢れ、道路を挟んで向かいにあるショッピングモールの駐車場は多くの車で埋め尽くされていた。
人混みが起こす喧騒が勇の存在感を殺し、彼は景色に溶け込む。
別に何かがしたくてそこにいる訳ではない……ただ一人になりたかったからそこに居るに過ぎない。
しかし世間はそんな彼を一人にしようとはしなかった。
「も、もしかして藤咲か!?」
聞き慣れない声に呼び止められ、勇は振り向く。
そこに居たのは……見た事も無い、やつれた様な顔付でフードを被る男の姿だった。
いや、厳密に言えば「見た事も無い」のは嘘であろう。
やつれた顔とは裏腹に力強い体付きの男は、そっとフードを脱いでその顔を日に晒す。
「アンタは……」
その男は……池上光一であった。
彼は一年前……命力を身に付けた勇に絡み、返り討ちにされた。
その後、池上は学校を中退し、勇達と一切関わる事は無かった。
しかしここにきて突然の不意な再会……警戒する様に勇が身構える。
だが……それを目の当たりにした池上は慌てる様に両手の平を勇の前に晒した。
「ま、待て、待ってくれ!! 別にもうお前をどうしようとかそういうつもりはねぇよ……」
「え? そうなのか……?」
その手にはバンテージが多重に巻かれており、相変わらずボクシングをやっているという事を物語っていた。
「むしろ、もう一度藤咲に会いたくて探してたんだよ……」
「なんで……?」
池上はそのままバンテージに巻かれた手を持ち上げ……指で頭を掻きながら「へへ」と笑う。
いやらしさの無い白い歯を見せた笑顔を浮かべ……頭を掻いていた指をそっと二人が佇む場所のすぐ隣にあるファミレスへと向けた。
「ま、まぁ立ち話もアレだからよ、そこのファミレスに入らねぇか? 何でもおごるよ」
不思議に思いながらも……勇は池上に連れられる様に最寄りにあったファミレスへと足を運ぶ。
店員に案内されて席に座ると……お互いの顔が自然と近づいた所為か、池上の顔のがっしりとした輪郭がハッキリ見える。
茶こけて固まった肌が、以前と比べて数段力強さを増させた事を浮き彫りにする様であった。
「何でも頼んでくれよ、遠慮するなよ?」
「まぁ遠慮も何も……俺もそんなお腹空いてないし、ドリンクバーでいいよ」
「そ、そうか……」
池上は一杯だけ水を貰うと、それ以上を頼む事は無かった。
恐らく減量中なのだろう……水一杯ですらその口に含む量は少ない。
勇はドリンクバーのお茶を啜りながら池上と席を挟んで対峙し、会話無くその場の静寂が彼等を包む。
勇がそのお茶の入ったグラスから口を離し、机へコトンと音を立てて降ろすと……それを待っていたかの様に池上が口を開いた。
「その、なんだ……藤咲には感謝してるんだ……あの時お前にボコられてなかったらきっと俺は……今みたいに成れなかったよ」
思いがけない言葉に驚きながらも勇は静かに表情を崩さずにその話に聞き耳を立て続けた。
「あの後さ、あ、お前にやられた後な……俺、学校辞めてボクシングに専念する事にしたんだ」
「あの後か……」
「そうなんだよ、オーナーに説得されて……一年力と心を鍛えろって……藤咲みたいな強い奴になれってさ」
池上を返り討ちにした際、勇を制止した男……それが池上の師事するオーナーという者。
オーナーという男が池上にそうさせたのは、きっと勇が彼に伝えた「もう関わらない様にして欲しい」という願いを守る為に行った事なのだろう。
「おかげで今の俺は以前よりも強くなったよ……でもまだあの時の藤咲みたいな強さには到底敵わないけどな……へへ」
「池上先輩……」
「おおっと、先輩なんて止せよ、池上でいいよ。 堅っ苦しいの嫌いなんだよなぁ……それに俺はこう言うが藤咲にとっちゃ嫌な奴だろうしな」
再び歯を見せて「ヒヒ」と笑う池上。
その笑顔は何の嫌味も無い純粋な笑顔だった。
そんな一点の曇りも無い笑顔を見せつけられると、勇も自然と微笑みを誘われていた。
「ありがとうな藤咲。 あ、俺な、プロボクサーになって新人王戦に今年出て無事勝ち進んでるんだよ。 良かったら試合見に来てくれよな」
「あぁ、俺も忙しいから行けるとは限らないけど……暇が有ったら行ってみるよ」
「おう! じゃあ俺ロードワークの途中だからもう行くわ。 金は払っとくから適当に堪能してってくれよ」
池上が立ち上がり、伝票を手に取る。
そのまま勇に背を向けようとした時、突然勇が彼を呼び止めた。
「あ、池上……ちょっと聞いていいか?」
「お? なんだ?」
池上がそれに気付き、振り向くと……見下ろす様に勇の顔へ視線を向ける。
勇の瞳はどこか真剣な眼差しを浮かべ、それに気付いた池上もにやけた顔をそっと真顔へと戻した。
「人を許すって……どういう気持ちなんだ?」
唐突な掴み所の無い質問に、池上は思わず腕を組んで頭を傾げる。
「うーん……俺ァ馬鹿だからよくわかんねぇが……その時は多分それ以上にその相手に対して嬉しい事があったからなんじゃねぇかな……」
勇を許した池上らしい答えである。
直球過ぎる答えではあるが、ただ気持ちだけで割り切る事が出来ない人間にとっては益の有無以上の理由は無いという事なのだろう。
「そっか……わかった、ありがとうな」
「おう、じゃあまたな!」
そう返すと……池上はそのまま支払いを済ませ、店を後にした。
勇はそれを見届けながらグラスに残ったお茶を飲み干してそっと机へ降ろす。
途端、溶けた氷がグラス内を滑る様にくるりと回り……拍子に重なった氷が内壁へと落ち込み、「カララン」と甲高い鳴音を小さく響かせたのだった。
……と言っても直線距離で2km程はある為、相応量の距離を走っている事になる。
彼等にも自転車通学は許されてはいたが、ロードワークを兼ねた通学をしたかった事もあり……彼はいつも歩きで向かう。
それに巻き込まれた形の茶奈はそんな事など露知らず、一緒に歩いて登校している訳ではあるが。
進路面談の後、勇は一人ショッピングモールのある大通りを歩きながら帰宅していた。
以前茶奈にも「一人にならないで」と諭されてはいたが……それでも勇は色々考えたい事もあるとこうやって一人で帰るという事が増えた。
父親も勇の悩みを感じ取っていたからこそ、敢えて詮索せずに彼を置いて一人車で帰宅したのだ。
土曜日という事もあり大通りは人で溢れ、道路を挟んで向かいにあるショッピングモールの駐車場は多くの車で埋め尽くされていた。
人混みが起こす喧騒が勇の存在感を殺し、彼は景色に溶け込む。
別に何かがしたくてそこにいる訳ではない……ただ一人になりたかったからそこに居るに過ぎない。
しかし世間はそんな彼を一人にしようとはしなかった。
「も、もしかして藤咲か!?」
聞き慣れない声に呼び止められ、勇は振り向く。
そこに居たのは……見た事も無い、やつれた様な顔付でフードを被る男の姿だった。
いや、厳密に言えば「見た事も無い」のは嘘であろう。
やつれた顔とは裏腹に力強い体付きの男は、そっとフードを脱いでその顔を日に晒す。
「アンタは……」
その男は……池上光一であった。
彼は一年前……命力を身に付けた勇に絡み、返り討ちにされた。
その後、池上は学校を中退し、勇達と一切関わる事は無かった。
しかしここにきて突然の不意な再会……警戒する様に勇が身構える。
だが……それを目の当たりにした池上は慌てる様に両手の平を勇の前に晒した。
「ま、待て、待ってくれ!! 別にもうお前をどうしようとかそういうつもりはねぇよ……」
「え? そうなのか……?」
その手にはバンテージが多重に巻かれており、相変わらずボクシングをやっているという事を物語っていた。
「むしろ、もう一度藤咲に会いたくて探してたんだよ……」
「なんで……?」
池上はそのままバンテージに巻かれた手を持ち上げ……指で頭を掻きながら「へへ」と笑う。
いやらしさの無い白い歯を見せた笑顔を浮かべ……頭を掻いていた指をそっと二人が佇む場所のすぐ隣にあるファミレスへと向けた。
「ま、まぁ立ち話もアレだからよ、そこのファミレスに入らねぇか? 何でもおごるよ」
不思議に思いながらも……勇は池上に連れられる様に最寄りにあったファミレスへと足を運ぶ。
店員に案内されて席に座ると……お互いの顔が自然と近づいた所為か、池上の顔のがっしりとした輪郭がハッキリ見える。
茶こけて固まった肌が、以前と比べて数段力強さを増させた事を浮き彫りにする様であった。
「何でも頼んでくれよ、遠慮するなよ?」
「まぁ遠慮も何も……俺もそんなお腹空いてないし、ドリンクバーでいいよ」
「そ、そうか……」
池上は一杯だけ水を貰うと、それ以上を頼む事は無かった。
恐らく減量中なのだろう……水一杯ですらその口に含む量は少ない。
勇はドリンクバーのお茶を啜りながら池上と席を挟んで対峙し、会話無くその場の静寂が彼等を包む。
勇がそのお茶の入ったグラスから口を離し、机へコトンと音を立てて降ろすと……それを待っていたかの様に池上が口を開いた。
「その、なんだ……藤咲には感謝してるんだ……あの時お前にボコられてなかったらきっと俺は……今みたいに成れなかったよ」
思いがけない言葉に驚きながらも勇は静かに表情を崩さずにその話に聞き耳を立て続けた。
「あの後さ、あ、お前にやられた後な……俺、学校辞めてボクシングに専念する事にしたんだ」
「あの後か……」
「そうなんだよ、オーナーに説得されて……一年力と心を鍛えろって……藤咲みたいな強い奴になれってさ」
池上を返り討ちにした際、勇を制止した男……それが池上の師事するオーナーという者。
オーナーという男が池上にそうさせたのは、きっと勇が彼に伝えた「もう関わらない様にして欲しい」という願いを守る為に行った事なのだろう。
「おかげで今の俺は以前よりも強くなったよ……でもまだあの時の藤咲みたいな強さには到底敵わないけどな……へへ」
「池上先輩……」
「おおっと、先輩なんて止せよ、池上でいいよ。 堅っ苦しいの嫌いなんだよなぁ……それに俺はこう言うが藤咲にとっちゃ嫌な奴だろうしな」
再び歯を見せて「ヒヒ」と笑う池上。
その笑顔は何の嫌味も無い純粋な笑顔だった。
そんな一点の曇りも無い笑顔を見せつけられると、勇も自然と微笑みを誘われていた。
「ありがとうな藤咲。 あ、俺な、プロボクサーになって新人王戦に今年出て無事勝ち進んでるんだよ。 良かったら試合見に来てくれよな」
「あぁ、俺も忙しいから行けるとは限らないけど……暇が有ったら行ってみるよ」
「おう! じゃあ俺ロードワークの途中だからもう行くわ。 金は払っとくから適当に堪能してってくれよ」
池上が立ち上がり、伝票を手に取る。
そのまま勇に背を向けようとした時、突然勇が彼を呼び止めた。
「あ、池上……ちょっと聞いていいか?」
「お? なんだ?」
池上がそれに気付き、振り向くと……見下ろす様に勇の顔へ視線を向ける。
勇の瞳はどこか真剣な眼差しを浮かべ、それに気付いた池上もにやけた顔をそっと真顔へと戻した。
「人を許すって……どういう気持ちなんだ?」
唐突な掴み所の無い質問に、池上は思わず腕を組んで頭を傾げる。
「うーん……俺ァ馬鹿だからよくわかんねぇが……その時は多分それ以上にその相手に対して嬉しい事があったからなんじゃねぇかな……」
勇を許した池上らしい答えである。
直球過ぎる答えではあるが、ただ気持ちだけで割り切る事が出来ない人間にとっては益の有無以上の理由は無いという事なのだろう。
「そっか……わかった、ありがとうな」
「おう、じゃあまたな!」
そう返すと……池上はそのまま支払いを済ませ、店を後にした。
勇はそれを見届けながらグラスに残ったお茶を飲み干してそっと机へ降ろす。
途端、溶けた氷がグラス内を滑る様にくるりと回り……拍子に重なった氷が内壁へと落ち込み、「カララン」と甲高い鳴音を小さく響かせたのだった。
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