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第二十四節「密林包囲網 切望した過去 闇に紛れ蠢きて」
~檻~
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東京の外れ……そこに在る一つの刑務所。
その中に、彼は居た。
コンクリート張りの床を叩き、二人の足音が静かな廊下に木霊する。
その内の一人は厳格な歩き方だが、もう一人はどこか軽快にも感じさせる足取り。
遠くから看守が見守る中……その二人の内厳格な足取りだった一人が扉の前に立つと、開かれた扉の奥に軽快な足取りの者が誘われ入っていく。
その先に在るのは防護アクリル製で遮られた小さな窓枠を有する小さな部屋。
いわゆる面会室と呼ばれるその場所で、彼は誘われるがままに置かれた椅子に座らせられて拘束具を備え付けられる。
彼は一部始終抵抗する事無くその作業を受け入れ……拘束された後もじっとその時を待ち焦がれていた。
彼は獅堂雄英……かつて勇を苦しめ、日本を手中に収めようとした男。
だが今は自分の過ちを受け入れ、罪を償うべく刑務に服す毎日を過ごしている。
彼の中に渦巻くのは、勇と、その仲間達と、そして自身を信じてくれた親に対する罪悪感。
しかしそれを信じる者は親以外居はしない……それすらも受け入れ、彼は静かに今ここにいる。
「久しぶりだな、獅堂」
静かに椅子に座り佇む獅堂に声が掛かり、その顔を上げる。
その先に在ったのは、藤咲勇本人の姿。
「やぁ……久しぶりだね勇君」
誰が来るかなど、知らせてはもらえなかったのだろうが……驚く表情すら見せず、穏やかな笑顔で勇を迎える。
その顎はもう既に傷も癒え、僅かな傷跡が残る程度で以前の様な小綺麗な顔へと戻っていた。
刑務所といえど風呂はある……しっかり手入れも施している様で、彼の身なりは清潔そのものだ。
「誰かと思えば君とは……僕に一番会いたくない人だろうに」
「仕方ないさ、会えるのは俺か福留さんだけなんだ」
獅堂はいわゆる特級重犯罪人……会える人間は限られている。
魔剣使いであったという事から一般人の面会は禁止。
彼を良く知る福留か、彼を止める事が出来てかつ会う理由がある勇だけが面会を許されている訳である。
「でも、会えて嬉しいよ。 ここは会話なんて滅多に出来ないからさ」
「別にお前を悦ばせたくて来た訳じゃない」
勇の中にはまだ、彼に対する恨みが残っている。
エウリィの命に手を掛けた事は勇にとっては許されざる行いだったのだから。
だが、勇にはそれでも彼に会わねばならない理由があった。
「……お前に質問する事がある。 答え次第では処遇を考え直す事もありえる」
「へぇ……いいよ、誠実に答えるさ。 今の僕には君に応えねばならない理由がある」
獅堂もまた、自分の歪んだ欲望の為にエウリィを死に追いやった事に負い目を感じている。
それを償うべく、彼は今に至るまで服務や看守達の指示など全てを誠実にこなしてきたのだ。
彼の覚悟にも足る誠実な姿勢を前に……勇はそっと頷くと、その口を動かし始めた。
「俺が聞きたいのは……お前が手に入れた魔剣は、誰から貰ったのか……だ」
それは核心の質問。
質問を受けた獅堂の目が僅かに細まる。
空島でゴゴンから聴いた、「何者かの策略」。
それと獅堂の行動を結び付け、勇は確信に至っていた。
獅堂もまた、ゴゴン達を空島に配置した『何者』によって魔剣を授かったのではないかと。
その質問に対して、獅堂の答えは―――
「悪いけど、覚えてないんだ―――」
獅堂がそう言い放った時……思わず勇が立ち上がり、威嚇をする様に鋭い目付きを彼に向ける。
「キサマ……!」
しかし獅堂は慌てる様に口を動かし言葉を連ねた。
「―――ま、待ちたまえ、これは冗談や勿体ぶりなんかじゃあない。 本当に覚えてないんだ……まるで記憶がすっぽ抜けた様にね」
「何……?」
以前の勇であれば、その態度を見た時……「獅堂の戯言だ」と言ってはばかり、彼の言葉など聞く事は無かっただろう。
だがその言葉にもどこか核心に繋がる可能性を感じた勇は、彼の言葉を信じ聞き耳を立てた。
「そう、確かに僕は魔剣を貰った。 けど貰った相手の記憶は一切ない……まるで僕自身にラパヨチャの笛の効力が掛かっているかの様にね、ぼやけてしか見えないんだ……不思議なもんさ。 魔剣が壊れても今なおそうだって事は、僕に掛かった術はその人物が持つ魔剣の影響だとしか考えられない」
「確かに……」
「そしてその質問の記憶もいずれまたぼやけて消える……多分僕に答えられるのはここまでなのだろう。 だとしたら僕に魔剣を渡して役目を与えた人物は相当巧妙なのだろうね。 悔しいけど、僕が言える答えは期待しないで欲しい」
「……わかった。 俺からはそれだけだ」
勇は静かに溜息を付くと立ち上がり……座ったままの獅堂を見下ろす様に睨みつける。
だが当初の強張った感覚は既に薄れ、笑顔では無いものの普段と同じ顔へと戻っていた。
「少し、僕からいいかい?」
「なんだ?」
唐突な獅堂からの声に、勇がピクリと反応を見せる。
あまり話を続けたくは無かったのだろう。
とはいえ、面会時間等支障も無かったという事もあり……勇は獅堂の言葉に耳を傾けた。
「僕は今までずっと、そしてこれからも、君達にした事を悔いて生きていくつもりさ。 それでも憎むというなら憎んでくれても構わない……けど、僕は償う為なら君達に協力する事は惜しまないつもりでいる。 それだけは、わかって欲しい」
それは獅堂が己の胸で温めて来た、ずっと打ち明けたかった想い。
償う事の出来ない罪を背負いながら、彼は心から……そう想っていた。
それは自分の為では無く、自身が命を奪った者達への懺悔でも無く。
単に……世界の問題へ立ち向かう勇達の力になりたい、それだけの為に。
勇にその意図が正確に伝わったかどうかは定かでは無いだろう。
だが、勇の顔にはもはや恨みから生まれた歪みは残っておらず、澄んだ瞳を窓越しに向けていた。
「……わかった。 邪魔したな」
まるでそれを悟らせぬ様に……勇は空かさずそっと振り返る。
そのままその場から離れ、面会室を後にした。
コンクリートの壁に囲まれた、常人であれば脱出は困難とも言える刑務所。
暗く静かなその場所を……勇は一人離れていくのだった。
もし獅堂が全てを語り、全てを清算するつもりであれば……茶奈の代わりを彼に任せようか、勇はそうも考えていた。
彼に敵意が無いのは心の色から認識済み……それに加え、反省の色もある。
そして彼の行った事が謎の人物の企みから生まれた事なのであれば、元凶とは言い難いだろう。
フェノーダラの人々の命を奪ったのは彼自身の意思ではあるが……敵でないのであれば、協力を要請する事も吝かでは無かった。
しかし……例え不可抗力であったとしても、彼の今の立場をどうにか出来る様な情報が得られた訳ではない。
有益な情報を得る事が出来なかった勇は、彼の立場を現状維持と判断し……候補の一人から除外した。
そして帰り道……彼は小さく溜息を吐きだし、残る候補の最後の一人を思い浮かべる。
「……出来れば、選びたくは無かったんだよな」
それは、ただ彼女の今後があるから……。
複雑な思いを胸に、勇はただ一人走る。
夕暮れを呼ぶ赤みが僅かに空を侵食し始める中……彼は園部宅へと辿り着いていた。
その中に、彼は居た。
コンクリート張りの床を叩き、二人の足音が静かな廊下に木霊する。
その内の一人は厳格な歩き方だが、もう一人はどこか軽快にも感じさせる足取り。
遠くから看守が見守る中……その二人の内厳格な足取りだった一人が扉の前に立つと、開かれた扉の奥に軽快な足取りの者が誘われ入っていく。
その先に在るのは防護アクリル製で遮られた小さな窓枠を有する小さな部屋。
いわゆる面会室と呼ばれるその場所で、彼は誘われるがままに置かれた椅子に座らせられて拘束具を備え付けられる。
彼は一部始終抵抗する事無くその作業を受け入れ……拘束された後もじっとその時を待ち焦がれていた。
彼は獅堂雄英……かつて勇を苦しめ、日本を手中に収めようとした男。
だが今は自分の過ちを受け入れ、罪を償うべく刑務に服す毎日を過ごしている。
彼の中に渦巻くのは、勇と、その仲間達と、そして自身を信じてくれた親に対する罪悪感。
しかしそれを信じる者は親以外居はしない……それすらも受け入れ、彼は静かに今ここにいる。
「久しぶりだな、獅堂」
静かに椅子に座り佇む獅堂に声が掛かり、その顔を上げる。
その先に在ったのは、藤咲勇本人の姿。
「やぁ……久しぶりだね勇君」
誰が来るかなど、知らせてはもらえなかったのだろうが……驚く表情すら見せず、穏やかな笑顔で勇を迎える。
その顎はもう既に傷も癒え、僅かな傷跡が残る程度で以前の様な小綺麗な顔へと戻っていた。
刑務所といえど風呂はある……しっかり手入れも施している様で、彼の身なりは清潔そのものだ。
「誰かと思えば君とは……僕に一番会いたくない人だろうに」
「仕方ないさ、会えるのは俺か福留さんだけなんだ」
獅堂はいわゆる特級重犯罪人……会える人間は限られている。
魔剣使いであったという事から一般人の面会は禁止。
彼を良く知る福留か、彼を止める事が出来てかつ会う理由がある勇だけが面会を許されている訳である。
「でも、会えて嬉しいよ。 ここは会話なんて滅多に出来ないからさ」
「別にお前を悦ばせたくて来た訳じゃない」
勇の中にはまだ、彼に対する恨みが残っている。
エウリィの命に手を掛けた事は勇にとっては許されざる行いだったのだから。
だが、勇にはそれでも彼に会わねばならない理由があった。
「……お前に質問する事がある。 答え次第では処遇を考え直す事もありえる」
「へぇ……いいよ、誠実に答えるさ。 今の僕には君に応えねばならない理由がある」
獅堂もまた、自分の歪んだ欲望の為にエウリィを死に追いやった事に負い目を感じている。
それを償うべく、彼は今に至るまで服務や看守達の指示など全てを誠実にこなしてきたのだ。
彼の覚悟にも足る誠実な姿勢を前に……勇はそっと頷くと、その口を動かし始めた。
「俺が聞きたいのは……お前が手に入れた魔剣は、誰から貰ったのか……だ」
それは核心の質問。
質問を受けた獅堂の目が僅かに細まる。
空島でゴゴンから聴いた、「何者かの策略」。
それと獅堂の行動を結び付け、勇は確信に至っていた。
獅堂もまた、ゴゴン達を空島に配置した『何者』によって魔剣を授かったのではないかと。
その質問に対して、獅堂の答えは―――
「悪いけど、覚えてないんだ―――」
獅堂がそう言い放った時……思わず勇が立ち上がり、威嚇をする様に鋭い目付きを彼に向ける。
「キサマ……!」
しかし獅堂は慌てる様に口を動かし言葉を連ねた。
「―――ま、待ちたまえ、これは冗談や勿体ぶりなんかじゃあない。 本当に覚えてないんだ……まるで記憶がすっぽ抜けた様にね」
「何……?」
以前の勇であれば、その態度を見た時……「獅堂の戯言だ」と言ってはばかり、彼の言葉など聞く事は無かっただろう。
だがその言葉にもどこか核心に繋がる可能性を感じた勇は、彼の言葉を信じ聞き耳を立てた。
「そう、確かに僕は魔剣を貰った。 けど貰った相手の記憶は一切ない……まるで僕自身にラパヨチャの笛の効力が掛かっているかの様にね、ぼやけてしか見えないんだ……不思議なもんさ。 魔剣が壊れても今なおそうだって事は、僕に掛かった術はその人物が持つ魔剣の影響だとしか考えられない」
「確かに……」
「そしてその質問の記憶もいずれまたぼやけて消える……多分僕に答えられるのはここまでなのだろう。 だとしたら僕に魔剣を渡して役目を与えた人物は相当巧妙なのだろうね。 悔しいけど、僕が言える答えは期待しないで欲しい」
「……わかった。 俺からはそれだけだ」
勇は静かに溜息を付くと立ち上がり……座ったままの獅堂を見下ろす様に睨みつける。
だが当初の強張った感覚は既に薄れ、笑顔では無いものの普段と同じ顔へと戻っていた。
「少し、僕からいいかい?」
「なんだ?」
唐突な獅堂からの声に、勇がピクリと反応を見せる。
あまり話を続けたくは無かったのだろう。
とはいえ、面会時間等支障も無かったという事もあり……勇は獅堂の言葉に耳を傾けた。
「僕は今までずっと、そしてこれからも、君達にした事を悔いて生きていくつもりさ。 それでも憎むというなら憎んでくれても構わない……けど、僕は償う為なら君達に協力する事は惜しまないつもりでいる。 それだけは、わかって欲しい」
それは獅堂が己の胸で温めて来た、ずっと打ち明けたかった想い。
償う事の出来ない罪を背負いながら、彼は心から……そう想っていた。
それは自分の為では無く、自身が命を奪った者達への懺悔でも無く。
単に……世界の問題へ立ち向かう勇達の力になりたい、それだけの為に。
勇にその意図が正確に伝わったかどうかは定かでは無いだろう。
だが、勇の顔にはもはや恨みから生まれた歪みは残っておらず、澄んだ瞳を窓越しに向けていた。
「……わかった。 邪魔したな」
まるでそれを悟らせぬ様に……勇は空かさずそっと振り返る。
そのままその場から離れ、面会室を後にした。
コンクリートの壁に囲まれた、常人であれば脱出は困難とも言える刑務所。
暗く静かなその場所を……勇は一人離れていくのだった。
もし獅堂が全てを語り、全てを清算するつもりであれば……茶奈の代わりを彼に任せようか、勇はそうも考えていた。
彼に敵意が無いのは心の色から認識済み……それに加え、反省の色もある。
そして彼の行った事が謎の人物の企みから生まれた事なのであれば、元凶とは言い難いだろう。
フェノーダラの人々の命を奪ったのは彼自身の意思ではあるが……敵でないのであれば、協力を要請する事も吝かでは無かった。
しかし……例え不可抗力であったとしても、彼の今の立場をどうにか出来る様な情報が得られた訳ではない。
有益な情報を得る事が出来なかった勇は、彼の立場を現状維持と判断し……候補の一人から除外した。
そして帰り道……彼は小さく溜息を吐きだし、残る候補の最後の一人を思い浮かべる。
「……出来れば、選びたくは無かったんだよな」
それは、ただ彼女の今後があるから……。
複雑な思いを胸に、勇はただ一人走る。
夕暮れを呼ぶ赤みが僅かに空を侵食し始める中……彼は園部宅へと辿り着いていた。
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