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第二十七節「空白の年月 無念重ねて なお想い途切れず」
~空を駆ける者~
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勇がジムから出てくると……途端、甲高い声がその場に響き渡った。
「あっ、勇さん!」
声に気付いた勇が振り向き視界に入ったのは……またしてもよく知った人物だった。
「お……愛希ちゃん珍しいな、こんな所で……」
彼女は清水 愛希……池上同様に以前から知る知人だ。
そんな彼女、今ではこの様に出会う事も少なくない。
まだ成人したての彼女。
その顔付きは元々の下地もあって、白い肌の小顔が可愛さを強調する。
学生の頃とは違い、セミロングの髪の毛先は僅かにウェーブを伴う。
少し大人になった様な……そんな雰囲気を醸し出していた。
「コウ君に勇さん説得してくれって頼まれてさぁ……」
「あはは……残念、俺は簡単に折れる気無いよ」
鼻で笑いながら語る愛希に、勇も思わず笑いが零れる。
こんな事は二人にとっては日常茶飯事な事だったから。
「知ってる。 茶奈と一緒で頑固だもんね」
「俺、言う程頑固かぁ?」
少しだけ図星な所もあったのだろう、勇の声のトーンが僅かに上がる。
それに気付いた愛希はいじらしそうな笑みを浮かべながら勇の腹を肘でツンツンと突いていた。
「まぁ勇さんと会いたかったのもあるしさ……」
それは誰にも聞こえない位に小さな声。
肘を突く様にして寄り掛かりながら何かをぼそりと呟く愛希に、聞き取れなかった勇は僅かに顔をしかめながらも微笑み返して場を濁していた。
そんな時、ふと愛希の瞳が見上げて勇の顔を覗き込む。
彼女の目に映るのは、彼の二対の双眼。
日本人の一般的な茶色の右眼と、異質な空色の左眼。
平均的な日本人の顔付きに対してアンバランスとも言えるその瞳の有様に、思わず視線が向けられていた。
「勇さん、今日はコンタクトしてないんだ?」
「あぁ……うん。 予備のカラコン、全部使いきっちゃったからさ……買い直すのも手間だし、もういいかなってね」
昔、勇の左眼は右眼と同じ普通の茶色だった。
だが一人の少女の死をきっかけに彼の左眼は空色に変質し、それ以来カラーコンタクトを使用して世間にはひた隠しにしてきた。
魔特隊の事が世間に公表された事で彼の瞳の事もまた公となり、今となっては隠す必要も無くなったのだろう。
「ま、私は今の方が好きだけどね、なんか特別っぽくてさ」
愛希が「フフッ」と笑い、突いた肘ごとその体を離す。
彼女の返した言葉に深い意味はあったのだろうか。
だが勇はその意味を察したか否か……微笑みを浮かべて無言で返す。
そんな折、不意に二人に向けて大きな声が響き渡った。
「藤咲さん……ですよね!?」
今日は何かとイベントの多い日だ。
そんな事を脳裏に思い浮かべつつ、勇が声のする方へと振り向くと……そこには見た事の無い男が一人立っていた。
「君は?」
「あ、俺、上田っていいます。 貴方に指導してもらいたくって名古屋から来たんですよ!! 聞けば池上の野郎が貴方にシゴかれたって言うじゃないですか!!」
池上の名前が出た途端、勇は彼が何者なのか直感した。
池上同様、ボクシング関係者なのだと。
詰まる所……普通の人である。
「えっと……ごめん、俺はアイツを指導したつもりは無くてさ。 それに俺の事、知ってるだろ? 関わってイイコトなんて無いと思うんだが……」
二年前の【東京事変】で勇の存在が露呈され、彼はその後非難の的となった。
今でも彼の事を悪く思う人間は多く、関係者が炎上の対象となる事もある程だ。
だが、そんな彼を慕ってくる人間もまた少なくは無い。
何故ならそれは―――
「何言ってるんすか、藤咲勇って言ったら日本を救った英雄じゃないですか!! 俺ァあの動画見て感動しましたよ!!」
結果的に【東京事変】を収めた彼に対する印象は二極。
一つは、デュゼローを倒した英雄……それが勇のもう一つの顔である。
そんな事を言われた勇はどこか嬉しそうな笑みを浮かべる。
だがその瞳は細り、どこか哀しさを帯びていた。
「ありがとう……そう言ってもらえるだけで嬉しいよ」
そんな彼の傍、ビルの壁面には幾つもの紙が貼られている。
そこに記載されていたのは……『NO! 魔特隊』、『世界を滅ぼす魔特隊は要らない』といった内容のもの。
二極の内のもう一つは、世界の破壊を進める大罪人という顔であった。
紙は街中の至る場所に貼られている。
その為、勇のみならず、家族や友人関係にまでその影響は及んでいるのである。
慕われる事は嬉しいが、この様に関わる事をよしとしない彼がそこにいた。
「……悪い、俺、これからロードワークだから……」
勇はそう言い、上田に、愛希にも背を向ける。
その背中は大きく逞しく……それでいて、どこか哀愁を感じさせる様に下がっていた。
しかし上田は事情など知る事無く……体育会系らしい笑顔で彼の言葉に続く。
「おっ、なら俺も付いて行きます!! これでも体力にゃあ自信があるんすよ!!」
そんな自信満々に答える上田に、勇が思わず「はは」と笑いを零した。
「それなら好きにしてもらっても構わない……ただし、付いてこれるならね」
勇はその一言を返すと、脚に力を篭めて僅かに屈む。
「フゥ……」と一息呼吸を整え、全身の筋肉を引き締めさせた。
ドンッ!!
それは足が大地を叩く音。
だがその時、上田の顔は今まで浮かべた事など無い程の大きな驚きで歪んでいた。
勇の眼下に広がるのは小さくなった街。
彼は今、空を跳んでいるのだ。
あっという間に勇の姿は空の彼方へと消え、周囲に再び静けさが戻る。
残された上田と愛希は無言で佇み、彼の消えた空を見つめていた。
愛希はと言えば……見慣れていた様で、平然とした顔で見送っている訳であるが。
青空の下を小さな人影が凄まじい勢いで突き抜けていく。
その勢いは空気の層を抜け、突風となって身に着けた衣服の端を激しく靡かさせる。
しかし肝心の肉体と言えば、丸まる様に腕をクロスさせて脚を畳み……まるで砲弾の如く、風の影響など微塵も感じさせない程の強靭さを見せつけていた。
次第にその慣性が空気抵抗によって弱められ、重力に引かれて弧を描く様に落ちていく。
そんな彼の瞳に映るのは高くそびえたビルの屋上。
遠く小さく見えていたビルはあっという間にありのままの大きさへと変貌し、急速に接近する物体が恐怖心を煽る。
だが勇は依然集中力を伴った真剣の面持ちを浮かべ、迫り来るコンクリートの塊に臆する事無くその体を大きく広げた。
たちまちその勢いは大きく殺され……依然慣性は完全に死なないながらも無事に着地を果たす。
タンッ……!
着地してもなお足は留まらず、その勢いを増させる様に屋上を駆け抜ける。
そして再びの跳躍……勇の体は再び空の彼方へと飛び去っていった。
ビルからビルへ跳ねては着地を繰り返し、勇が東京の空を駆け抜ける。
道なき道、しかしその行く先は彼が望むがままに。
そしてふと、彼が着地を果たした先で足を止め……ビルの先端からそっと空の先を仰いだ。
その先に見えるのは、巨大な大樹。
まるで街一つを飲み込む様な傘を持ち、悠々とそびえたつ大樹は未だ撤去する事も出来ず、その眷属が周囲のビルをも飲み込み緑に包む。
そこは始まりの街、渋谷。
かつて世界が【フララジカ】に見舞われて『あちら側』の土地と初めて混じり合った時、勇が居合わせた因縁の地。
彼の戦いの運命はその地で始まった。
そして彼はまだ戦いが終わったとは思っていない。
長き時を重ねて紡いだ信念を胸に……青年は今この時、何を思うのだろうか。
「あっ、勇さん!」
声に気付いた勇が振り向き視界に入ったのは……またしてもよく知った人物だった。
「お……愛希ちゃん珍しいな、こんな所で……」
彼女は清水 愛希……池上同様に以前から知る知人だ。
そんな彼女、今ではこの様に出会う事も少なくない。
まだ成人したての彼女。
その顔付きは元々の下地もあって、白い肌の小顔が可愛さを強調する。
学生の頃とは違い、セミロングの髪の毛先は僅かにウェーブを伴う。
少し大人になった様な……そんな雰囲気を醸し出していた。
「コウ君に勇さん説得してくれって頼まれてさぁ……」
「あはは……残念、俺は簡単に折れる気無いよ」
鼻で笑いながら語る愛希に、勇も思わず笑いが零れる。
こんな事は二人にとっては日常茶飯事な事だったから。
「知ってる。 茶奈と一緒で頑固だもんね」
「俺、言う程頑固かぁ?」
少しだけ図星な所もあったのだろう、勇の声のトーンが僅かに上がる。
それに気付いた愛希はいじらしそうな笑みを浮かべながら勇の腹を肘でツンツンと突いていた。
「まぁ勇さんと会いたかったのもあるしさ……」
それは誰にも聞こえない位に小さな声。
肘を突く様にして寄り掛かりながら何かをぼそりと呟く愛希に、聞き取れなかった勇は僅かに顔をしかめながらも微笑み返して場を濁していた。
そんな時、ふと愛希の瞳が見上げて勇の顔を覗き込む。
彼女の目に映るのは、彼の二対の双眼。
日本人の一般的な茶色の右眼と、異質な空色の左眼。
平均的な日本人の顔付きに対してアンバランスとも言えるその瞳の有様に、思わず視線が向けられていた。
「勇さん、今日はコンタクトしてないんだ?」
「あぁ……うん。 予備のカラコン、全部使いきっちゃったからさ……買い直すのも手間だし、もういいかなってね」
昔、勇の左眼は右眼と同じ普通の茶色だった。
だが一人の少女の死をきっかけに彼の左眼は空色に変質し、それ以来カラーコンタクトを使用して世間にはひた隠しにしてきた。
魔特隊の事が世間に公表された事で彼の瞳の事もまた公となり、今となっては隠す必要も無くなったのだろう。
「ま、私は今の方が好きだけどね、なんか特別っぽくてさ」
愛希が「フフッ」と笑い、突いた肘ごとその体を離す。
彼女の返した言葉に深い意味はあったのだろうか。
だが勇はその意味を察したか否か……微笑みを浮かべて無言で返す。
そんな折、不意に二人に向けて大きな声が響き渡った。
「藤咲さん……ですよね!?」
今日は何かとイベントの多い日だ。
そんな事を脳裏に思い浮かべつつ、勇が声のする方へと振り向くと……そこには見た事の無い男が一人立っていた。
「君は?」
「あ、俺、上田っていいます。 貴方に指導してもらいたくって名古屋から来たんですよ!! 聞けば池上の野郎が貴方にシゴかれたって言うじゃないですか!!」
池上の名前が出た途端、勇は彼が何者なのか直感した。
池上同様、ボクシング関係者なのだと。
詰まる所……普通の人である。
「えっと……ごめん、俺はアイツを指導したつもりは無くてさ。 それに俺の事、知ってるだろ? 関わってイイコトなんて無いと思うんだが……」
二年前の【東京事変】で勇の存在が露呈され、彼はその後非難の的となった。
今でも彼の事を悪く思う人間は多く、関係者が炎上の対象となる事もある程だ。
だが、そんな彼を慕ってくる人間もまた少なくは無い。
何故ならそれは―――
「何言ってるんすか、藤咲勇って言ったら日本を救った英雄じゃないですか!! 俺ァあの動画見て感動しましたよ!!」
結果的に【東京事変】を収めた彼に対する印象は二極。
一つは、デュゼローを倒した英雄……それが勇のもう一つの顔である。
そんな事を言われた勇はどこか嬉しそうな笑みを浮かべる。
だがその瞳は細り、どこか哀しさを帯びていた。
「ありがとう……そう言ってもらえるだけで嬉しいよ」
そんな彼の傍、ビルの壁面には幾つもの紙が貼られている。
そこに記載されていたのは……『NO! 魔特隊』、『世界を滅ぼす魔特隊は要らない』といった内容のもの。
二極の内のもう一つは、世界の破壊を進める大罪人という顔であった。
紙は街中の至る場所に貼られている。
その為、勇のみならず、家族や友人関係にまでその影響は及んでいるのである。
慕われる事は嬉しいが、この様に関わる事をよしとしない彼がそこにいた。
「……悪い、俺、これからロードワークだから……」
勇はそう言い、上田に、愛希にも背を向ける。
その背中は大きく逞しく……それでいて、どこか哀愁を感じさせる様に下がっていた。
しかし上田は事情など知る事無く……体育会系らしい笑顔で彼の言葉に続く。
「おっ、なら俺も付いて行きます!! これでも体力にゃあ自信があるんすよ!!」
そんな自信満々に答える上田に、勇が思わず「はは」と笑いを零した。
「それなら好きにしてもらっても構わない……ただし、付いてこれるならね」
勇はその一言を返すと、脚に力を篭めて僅かに屈む。
「フゥ……」と一息呼吸を整え、全身の筋肉を引き締めさせた。
ドンッ!!
それは足が大地を叩く音。
だがその時、上田の顔は今まで浮かべた事など無い程の大きな驚きで歪んでいた。
勇の眼下に広がるのは小さくなった街。
彼は今、空を跳んでいるのだ。
あっという間に勇の姿は空の彼方へと消え、周囲に再び静けさが戻る。
残された上田と愛希は無言で佇み、彼の消えた空を見つめていた。
愛希はと言えば……見慣れていた様で、平然とした顔で見送っている訳であるが。
青空の下を小さな人影が凄まじい勢いで突き抜けていく。
その勢いは空気の層を抜け、突風となって身に着けた衣服の端を激しく靡かさせる。
しかし肝心の肉体と言えば、丸まる様に腕をクロスさせて脚を畳み……まるで砲弾の如く、風の影響など微塵も感じさせない程の強靭さを見せつけていた。
次第にその慣性が空気抵抗によって弱められ、重力に引かれて弧を描く様に落ちていく。
そんな彼の瞳に映るのは高くそびえたビルの屋上。
遠く小さく見えていたビルはあっという間にありのままの大きさへと変貌し、急速に接近する物体が恐怖心を煽る。
だが勇は依然集中力を伴った真剣の面持ちを浮かべ、迫り来るコンクリートの塊に臆する事無くその体を大きく広げた。
たちまちその勢いは大きく殺され……依然慣性は完全に死なないながらも無事に着地を果たす。
タンッ……!
着地してもなお足は留まらず、その勢いを増させる様に屋上を駆け抜ける。
そして再びの跳躍……勇の体は再び空の彼方へと飛び去っていった。
ビルからビルへ跳ねては着地を繰り返し、勇が東京の空を駆け抜ける。
道なき道、しかしその行く先は彼が望むがままに。
そしてふと、彼が着地を果たした先で足を止め……ビルの先端からそっと空の先を仰いだ。
その先に見えるのは、巨大な大樹。
まるで街一つを飲み込む様な傘を持ち、悠々とそびえたつ大樹は未だ撤去する事も出来ず、その眷属が周囲のビルをも飲み込み緑に包む。
そこは始まりの街、渋谷。
かつて世界が【フララジカ】に見舞われて『あちら側』の土地と初めて混じり合った時、勇が居合わせた因縁の地。
彼の戦いの運命はその地で始まった。
そして彼はまだ戦いが終わったとは思っていない。
長き時を重ねて紡いだ信念を胸に……青年は今この時、何を思うのだろうか。
応援ありがとうございます!
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