時き継幻想フララジカ

日奈 うさぎ

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第三十節「誓いの門出 龍よ舞い上がれ 歌姫を胸に抱きて」

~薫風 誘いしは創の知恵~

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 久しぶりの再会に勇とカプロが喜びの声を上げ、感動を享受する。
 危機的状況から脱したのだ、喜びもするだろう。

 勇がここに現れた事が、危機が去った事の何よりもの証拠なのだから。

 そんな二人を前に、ロナーが唖然と見上げる。
 先程までの状況から一瞬にして一転した事を上手く呑み込めずに居たのだ。

「まさか……本当に奇蹟が……」

 彼女も当然勇の事は聞き及んでいた。
 カプロが最も仲のいい人物であるという事も。
 そしてその人物が目の前に居て、窮地を脱してくれた。

 それを理解した時……彼女の口元にも笑窪が浮かんでいた。

 

 しかし途端、ロナーの頭がぐらりと揺れ……そのままガクリと床へ崩れ落ちたのだった。



「あっ!? ロナーさんッ!?」

 カプロが彼女が倒れた事に気付き、慌てて駆け寄っていく。
 滑り込む様に彼女の下へ膝を突くと、彼女の様子を探り始めた。

「ロ、ロナーさん……マズいッス、このままじゃ……!!」

 彼女は既に意識を失っていた。
 安心から緊張が解けてしまったからであろう。
 その顔は蒼白。
 彼女の足からはなお血が溢れ、明らかな失血状態だった。

「カプロ、この人はお前の仲間なんだな?」
「そうッス!! でもこのままじゃ……ロナーさんが死んじゃうッス!!」

 容体はお世辞にも平気とは言い難い。
 すぐにでも応急処置を行わねば、間違いなく死に至る段階だ。

 すると勇は何を思ったのか……彼女の傍へ駆け寄り、足の出血した部分へ強く手を抑えた。

「カプロ、俺には傷を防ぐ事は出来ない!! だがお前の知識なら出来るはずだ!! 考えろ、何が出来るのか、何が最良なのか!! 応急処置でも構わない、今すぐ答えを導き出すんだ!!」

 そう言われた途端、カプロの動きが止まる。
 そうさせたのは紛れもない、勇の一言だった。



 カプロが誇るのはその頭脳だ。
 気付けば培われていたその知能は、彼の好奇心を前へ前へと押し出した。
 結果、ありとあらゆる技術を詰め込む事が出来たのだ。
 最初はただの興味本位だっただろう。
 魔剣を初めて造った時から、それは始まっていた。

 彼は幾度と無く考察し、試し、挑戦してきた。
 失敗に失敗を積み重ね、取り込んだ知識を自分の中で噛み砕き、糧にしてきた。
 そして成功し、実証し、改良してきた。

 今の彼はそうやって魔剣を造り上げ、果てには機械分野へとその手を染めた。
 それでもきっと彼は止まらないだろう。
 知能が呼び込んだ知識は、知恵を生む。

 今までに培われてきた今の彼の知恵は、もはや分野の壁を……越える。



「……勇さん、そのまま止血を頼むッス」

「……わかった!」

 途端、カプロは飛び出し、駆け抜けた。
 どこへ向かおうというのか。
 それはすぐ先にあった一室。
 そこへ足を踏み入れると……彼は迷う事無く、室内の机に置かれていた何かを手に取った。

 それはハサミ。
 搬送された荷物を解くために用意された、普通の小物である。
 カプロはそれを手にすると、傍に置かれていたテープなどへは目もくれず飛び出した。

 勇とロナーまでの距離は僅か数十メートルほど。
 そこへと駆ける最中……カプロは何を思ったのか、力の限りにハサミの柄を両手で掴み取る。

 そして突然……それを力任せに千切り離したのだった。

 歪んでひしゃげた側を放り投げ、片側だけとなったハサミをその手に掴む。
 決してふざけている訳でも、錯乱している訳でもない。
 眼に浮かぶのは、決意の意思。
 実行しようとしている事がきっと上手く行く……そんな自信の表れ。

 再びロナーの前へと駆け寄ると、カプロはそっと片ハサミを持ち上げ……心に強く願い始めた。

―――大丈夫ッス、絶対上手く行く。 だからロナーさん……死なないで……―――

 その時……片ハサミにカプロの命力が籠り、ぼんやりとした光を帯びる。
 それは淡い緑の光……彼の持つ心の色。



 青々と育つ木々の葉の様に無数に広がる……彼の知識の色だった。



 全ての準備、覚悟が整った時……カプロの腕が動く。
 それはさながらオペを行う医者の様に繊細で迷いの無い動き。

「勇さん、傷口が見える様に覆う布を取り外してほしいッス」
「わかった」

 手を離した途端、赤黒い血液が漏れ出し始める。
 勇はそれにも動じず、空かさず傷口を覆う布を千切りとって傷口を露わにした。

 そこから覗くのは、肉を裂いた様に開く赤黒い傷口。

 生々しい惨状を間近に見たカプロが思わず顔をしかめさせる。
 それでも腕は止まらず、片ハサミの刃の腹をそっと傷口へと押し当てたのだった。



 勇は最初、それをメスの様に使うのかと思っていた。
 命力を篭め、傷口を開き、縫合する……それが彼の想像出来る範囲での治療だったから。



 だが、カプロの行動は……その想像の遥か先を行っていた。



 途端、片ハサミが命力を迸らせる。
 するとどうだろう、ロナーの脚部を覆う毛がわさわさと動き始めたのだ。
 まるで生きているかのように動き出し、ハサミへと向けて伸びて行く。

 そのままカプロは片ハサミを、まるでパンにバターを塗るかの様に……滑らせ始めたのだった。



 その時、勇は驚愕する。



 まるでロナーの傷口が消えて行くかの様に……ハサミの通った跡には何も残っていなかったのだから。



「こ、これは……!!」

 勇はその光景を見た事があった。
 それはかつてドゥーラという女魔剣使いが見せた肉体修復方法。
 それに酷似した状況を前に、堪らず勇が声を張り上げた。

「カプロ!! これはダメだ!! やってはいけない!!」

 勇が制止しようとするのも当然だ。
 その方法にはリスクがあるのだから。

 強制的に他人の肉体を繋ぎ合わせてしまうと、再生された肉体は本来持つ形へと戻ろうとしてしまう。
 結果、戻ろうとする肉体が激痛を発し、数日間に渡って苛まれる事となってしまうのである。
 屈強な戦士であれば耐えられるだろうが、ロナーの様に弱った者が耐えられる痛みではない。
 結果待つのは……死。
 剣聖にすら止められた事のある方法を前に、勇は止めずには居られなかったのだ。

 だがカプロの手は止まらない。
 迷う事無くその手を動かし続けていたのだ。

 そんな時……カプロの口が微かに動く。
 自身の動きに影響しない程度の……小さな声を上げさせて。

「大丈夫ッスよ……知っているッスから……」

 それは穏やかさを感じさせる一言。
 まるで全てを理解したかのように……そこに一切の迷いは感じられなかった。



 間も無くして、片側の傷口が塞がれた。
 彼女の足を貫いた銃弾は貫通しており、その身には残っていない。
 それを確認すると、カプロは同様にもう片側を塞ぎ始めた。

 その間おおよそ五分程。
 あっという間に両側の傷が塞がれ……事が終わった途端、カプロの口から大きな溜息が溢れる様に吐き出された。

「ふぃ~~~~~~……術式成功ッス……なんとか上手く行ったッス」

 僅かな時間であったが、相当な集中力を消耗した様で……カプロの手から片ハサミが零れ落ちる。
 しかし用済みとなった道具に気など掛ける事も無く、カプロはばさりと床へと倒れ込んだのだった。

「カプロ……今のは……」

 そんな彼へ勇が疑念の声を上げると、カプロはニッコリとした笑みで応えた。

「今の方法は勇さんが危惧している方法とは違うッスよ……強制縫合が危険なのは小さい頃教えられて知ってるッス」

 命力による強制縫合……禁術とも言える再生方法は『あちら側』においては当たり前の様に知られた事なのだろう。
 だが勇には見立てが明らかに同じである事が腑に落ちない様で。
 堪らず首を傾げていると……疑問を払拭するかの様にカプロが重くなった口を開かせた。

「今のはどちらかと言えば、セリさんの命力循環法に近いッス。 ボクの命力とロナーさんの肉体の一部を混ぜ込んで、肉体の一部に変換したんッス。 そして傷口に擦り込みながら、傷口の部分も同様に変換しつつ、傷を塞いだんッス……」

 ふと勇が塞がれたロナーの足へと目をやると……傷口だった場所の周りの体毛がごっそり消えていた。
 カプロの見立て通りなら、その毛は恐らく肉体の一部へと変換されたという事なのだろう。

「ロナーさんの肉体の一部を使ったッスからね、細胞情報DNAはしっかりと本人の物ッス。 これなら強制縫合みたいな身体的エラーは発生しないハズッスよ……」

「凄いな……いつの間にこんな技術を……」

 驚くのも当然だ。
 今カプロが見せたのは命力の可能性の一つ。
 イ・ドゥールの里で培われてきた術とは全く方向性が異なる物。
 破壊を司る戦闘術では無く医療術……完全なる創造の域なのだから。

 そんな驚きの顔を見せる勇を前に……カプロは「エヘヘ」と笑い、むず痒くなった頬を掻く。

「今思い付いたんスよ……考えろって言われたから……これなら出来るって、思ったんス……」

「今、だって……!?」

 確かに雛型はあったのだろう。
 瀬玲の【連鎖命力陣ブラデューラン】と、強制縫合、その他命力に関する知識。
 そして彼の持つ肉体への知識と、その応用。

 しかし、それを導き出したのは間違いなく彼の知恵。

「ハサミを使ったのは……鉄が欲しかったからッス。 だからハサミをちょっと削って、血に取り込ませたんスよ。 もちろん、肉体の一部を血液に変換してね……」

 鉄分を失えば、体中に酸素が行き渡らなくなる。
 全身を酸欠が襲うのである。
 そうなれば幾ら呼吸しようとしても意味は無い。
 失血状態である今、それが最悪に行き着く恐れのある一つの要因だったのだ。

「とはいえ、血液の濃度は薄いままッス……早く点滴をしないといずれは間に合わなくなるッスから……」

 するとカプロはゆっくりと疲れた体を起こし、立ち上がる。
 勇もロナーの体を抱え、彼と共に立ち上がった。

「大丈夫、まだ息はある……急いで点滴が出来る場所に連れて行こう」
「ならこっちに付いてきて欲しいッス。 こっちに医務室が!」

 勇がカプロに導かれるまま空島の奥へと向けて走っていく。
 しばらく走り続ける事二分程……遂にその場所へと辿り着いた。
 医務室へとロナーを連れ込むと、備えられたベッドへと急いで寝そべらせる。
 そこに予め用意されていた輸血剤をセットしロナーへと投与開始。
 当然、その知識もカプロにはある。
 厳密に言えば、置かれていた医療キットの説明書から得た知識であるが。

 全てが順調に済むと……勇とカプロはガクリと腰を落とし、安堵から溢れ出る溜息を思う存分吐き散らかしたのだった。


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