時き継幻想フララジカ

日奈 うさぎ

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第三十節「誓いの門出 龍よ舞い上がれ 歌姫を胸に抱きて」

~温風 激動の日の締め~

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 この日……機動旗艦アルクトゥーンと共に帰還を果たした勇達。
 日本中を騒がせたものの……彼等の土産が魔特隊の物だと知るや、途端に様々な場所で盛り上がりを見せた。
 茶の間だけではなく、SNS、ネット掲示板……ありとあらゆる場所でその話題が上がっていたのである。

 一時は「魔特隊はあれを使って世界を滅ぼそうとしている」等と言った論調も見られた。
 だが、旗艦は隠す事も無く堂々と現れ、政府にまでその正体をしっかりと伝えている。
 それに加え、小嶋由子事件の事もあって論調は『藤咲勇英雄論』に傾きつつあった。
 そういった事からあっという間にネガティブな意見は減り、彼等に期待を寄せる様になっていたのである。

 『魔特隊が世界を救う為に本腰を上げたのだ』……と。

 



 陽が落ち、暗闇が空を覆い始める。
 アルクトゥーンもそうなれば暗闇に紛れ、小さな警告灯の明かりだけが存在を示すのみ。

 そんな時間帯……勇はまだ本部に残っていた。
 福留と今後の予定に関する話し合いを行う為に。

 これからは魔特隊では無く、新団体として活動して行く事になる。
 それにあたり……彼にリーダーとしての心構えを伝えると共に、新団体としてどう動いていくかを綿密に打ち合わせる必要があったからだ。

 いつも使う、二階に存在する応接室。
 そこで二人が顔を合わせ、勇が静かに聴き耳を立てていた。

「―――今後君の態度が仲間の自信にも繋がるはずです。 リーダーは常に堂々とあれ……例え失敗しても、恐れず面と向かう事を意識してください。 まぁこれはもはや今更言う事ではありませんがね」

 勇の手に取るメモパッドには、幾ページにも渡る多くの記述が描かれている。
 ここに至るまでに相当な説明が行われたのだろう。

「そんな所でしょうか……後は三日後までに人員の入れ替えと移住者の確定、物資の搬入などを済ませ、出発前に新団体の発表となるので、一応口上などは考えておいてください」

「わかりました。 福留さんも大変でしょうが、お互い頑張りましょう」

「ええ、ここが正念場ですからね……意地でもやり通しますよ、ははは」

 その笑いと共に二人は立ち上がり、揃って応接室から出ていく。
 すると……部屋から出た二人の前に、一人の人影が映り込んだ。

「やっと終わったッスね」

 応接室前の壁に背を預け、彼等に顔を向けていたのは……カプロだった。

 気配に気付かなかったのだろう。
 出て来た二人は「おや……?」と漏らし、僅かな驚きを口元に見せていた。

「どうしたんだカプロ……もしかして待ってたのか?」

「そうッス。 勇さんとちょっと話がしたいと思ってね」

 「ニシシ」と笑った顔を見せるカプロに、思わず勇も貰い笑顔を浮かべる。
 そんな二人を前に、福留もどこか遠慮がちにそっとその足を引かせていた。

「そういう事でしたら私は先に帰宅しますので。 あれでしたら施設を自由に使って頂いて構いませんよぉ」

「すまねッスね。 まぁでも出掛けるんで平気ッスよ」

 そう言葉を交わすと、福留は「お疲れさまでした」と小さく声を上げながら階下へと降りていく。
 それを見送ると、途端に勇が強張った肩をダラリと垂れさせたのだった。
 大事な話とも合って、どうやら緊張していた様だ。

「そいじゃ立ち話もなんだし、ボクらも行きましょかね」

「行くって……どこに?」

 カプロの言った事がいまいち理解出来ず、勇がキョトンとした目を向ける。
 彼の行ける場所と言えば本部とアルクトゥーン以外には無いはず。
 「旗艦にでも戻るのか」、と勇に思わせた矢先……カプロの口から意外な答えが返ってきた。

「ボクのオススメの店があるんスよ。 久しぶりに帰って来たんで一緒に行きましょ」

「お勧めの……店……?」

 そう言われ、思わず勇の眉間にシワが寄る。
 疑問に駆られながらも……勇はカプロに誘われるがまま、その後を付いていくのだった。





 カプロの行動は驚くべきものだった。
 勇を連れ、堂々と本部敷地から出ていったのだ。 
 もちろん本部の誰かに見つからない様に。

 その足取りはもはや自信満々で。
 まるで勇よりも道に詳しいのではないかと思われる程に、迷う事無く街の中を進み続けていた。



 そしてその足取りが緩まった時……二人の前に一つの店舗が姿を現す。

 「さ、着いたッスよ」

 そう言って迷う事無く垂れた暖簾を潜り、開き戸を開けて中に入っていく。
 勇がその光景をただ唖然と見つめ、呆ける様を見せる中で。



 そこにあったのは、こぢんまりとした個人経営の中華料理屋だった。



 昔ながらの様相で、外観は古こけたもの。
 木枠で覆われた外装は埃がこびりつき、古さを助長する。
 扉も古い木枠で覆われたガラス戸で、開けば「ガラガラ」といった音が聞こえる様な物。
 ショーケース内のには沢山のラーメンのメニューオブジェが目を惹き、どちらかといえばラーメン屋なのではないかとさえ思えさせる。
 黄色い暖簾には「中華料理」としか書かれておらず、店名らしきものは見られない。

 年季の入った店は、飲み屋とも思われる様な……そんな雰囲気をも伴っていた。

「何やってるんスか? 早く入って」

「え、あ、ああ……」

 もちろんここは魔特隊に由縁も無ければ共存街でもない。
 藤咲家や魔特隊のある街に存在する、勇ですら見た事の無い店というだけだ。

 勇がカプロに誘われるまま恐る恐る店内へと踏み入れていく。
 その時彼の目に映った内装は、表姿から出る予想を裏切らない様相だった。

 ごく平凡なもので……あるのはカウンターの座席と、靴を脱いで座る畳の座席。
 カウンターには調味料が多々積まれ、食べ方の演出の自由を与えられている。
 調理場も年季がある様で、多くの種類の器具が目を惹く。
 奥には五十~六十歳程の老夫婦店主が二人を迎える様に立ち、優しそうな笑顔を向けていた。

 カプロの登場に全く驚く事すら無く。

 当然、カプロは変装などしていない。

「ここ座るッスね」

「あいよぅ」

 カプロが選んだ席はカウンター席。
 若干彼にとっては背丈の高い席だが、手馴れた様にヒョイと座る。
 勇もまた戸惑いながらも……その隣へと座り込んだ。

「で、何にするね?」

「んじゃいつもので!!」

「あいよ! で、ニィさんはどうする?」

「え、あ……ちょっと待ってください」

 勇は続きに続く驚きのあまり、おしながきを開く事すら忘れていた様だ。

 おしながきを慌てて開き、食べたい物を選び始める。
 案の定お勧めはラーメンなのだろう……最初に開かれて出て来たのは沢山のラーメンの種類が描かれたページ。
 後に続くのは定食や、中華料理屋定番の肉野菜炒め等といった炒め物の料理だった。

「ここのラーメンは絶品ッスよ。 ボクはチャーシューメンが大好きで大抵それを選んでるッス」

「お前なんで常連気取りなんだよ……本部出れなかったんじゃないのかよ……」

 そんな事を呟きながらおしながきに目を通していく。
 とはいえすぐさま決まる訳も無く……。

「それじゃ、俺もチャーシューメンで……」

「あいよぉ」
 
 無難にカプロと同じものを選び、その場をやり過ごす。
 その間もカプロはと言えば、楽しそうに鼻を高々と上げていた。
 僅かに漂ってくる店内に染み付いた匂いを楽しむかのように。

 久しぶりの魔特隊本部出勤からバロルフ撃退、空島奪還と続いたその日の晩餐はチャーシューメン。
 怒涛の非現実的な一日であったが、その締めがあまりにも現実的で。
 店内の雰囲気も相まって……どうにも落ち着かない。
 なにせアットホームな店内の中、隣に居るのが毛むくじゃらのカプロなのだから。

 勇には何が現実で幻想なのか……わからなくなってしまいそうであった。

「なぁカプロ……お前、なんでこの店知ってるんだ?」

 勇が苦し紛れに疑問に思っていた事を吐き出す。
 するとカプロは振り向く事無く、楽しみの余りに「ぷくり」と膨れた頬を震わせた。

「あぁ、ここね、何度も来てるんスよ……【東京事変】の前からね」

 惜しげも無くそう答えるカプロを前に、勇はただ目をパチクリとさせる事しか出来ずにいた。



 カプロ曰く、ある時からこっそり本部を抜け出しては街に繰り出していたんだそうな。

 変装をすればバレる事も無い事は以前の勇達との外出で証明済み。
 そう思ったカプロはある日、深夜になった時を見計らって脱走を試みた。
 結果、脱走は見事に成功。
 勇が知らぬ、それどころか福留すら知らぬ脱出劇だ。
 
 しかしそこで一つ問題が発生した。
 街の景色どころか、現代の文化を良く知らない彼が街に出た所で、何がどこにあるのかわかる訳も無く。
 知識は得ていたが、いざ出て見れば混乱に次ぐ混乱で何もわからなくなったのだそう。
 見つかると不味いと思い、裏通りを通っていた事が裏目に出た様で。

 ほとほと困り果て、歩き疲れてお腹も空き。
 途方に暮れていた所に……この店を見つけたのだ。
 この付近で唯一夜中でもやっている飲み屋タイプの店ともあって、ここだけが明るく輝いていたのだという。
 光に誘われ、入ってみると……中には老夫婦の店主のみ。
 最初は驚いたものだが、彼等はすぐに馴れ……気付けば普通に会話を交わしていた。
 予めお金は持っていたという事もあり、これを機にこの場所で空腹を満たす事に成功。
 その時に頼んだのがチャーシューメンだったという訳だ。

 それからというものの、幾度となく抜け出してはこの店に訪れ、自慢の料理を堪能し続けた。
 そして気付けば常連になっていたという訳である。
 ちなみに他の常連さんにも会った事があるという。
 こうやって彼の存在がバレていなかったのは……単に店主や常連さんの心遣いの賜物といった所か。



「―――っつうワケッス」

 得意げに経緯を語るカプロ。
 だが勇はと言えば……ジトリとした視線をカプロにぶつけていた。

「お前……俺達に隠れてそんな事してたのかよ……」

 勇はもはや呆れ気味だ。
 あれだけ「外に出たいッス~」なんて宣っていたのにも関わらず、実はこれだけ外に出ていたのだ。
 カプロの立場に同情していただけに、その失意が呆れに変わるも無理は無い。

「当然ッス。 若者の好奇心は誰にも止められねッス」

「そうだぜニィちゃん……タヌ坊の気持ちもわかってやんなァ」

 おまけに店主まで加わり、店内での情勢はカプロサイド優勢だ。
 ニコニコと笑いながら漬物の小皿を配る店主の奥さんも恐らくそちら側。

 どうにも納得出来ない勇は……溜息を吐きながら、だらりとした頬杖を突いていた。

「まぁまぁ、そんな鯱張しゃちほこばらないで……ねぇ、さん?」

 おまけに勇の事も既にバレている様で。
 ゆったりとした店主の奥さんの口調が、背中を通る時にそう囁かれる。
 それがまるで何でも知っている様にすら感じさせ……更なる勇の困惑を呼んでいた。

「それで……話したい事って何なんだ?」

 形勢逆転を狙える状況でも無く……勇がそれとなく話題を変える。
 それに対してカプロはと言えば、先程と何ら変わらないままだ。

「あ、別に無いッスよ。 何でもいいからこうして話したかっただけッス。 久々にここに来たかったっていうものあったッスからね」

 途端、勇の頬杖で支えていた顎がズレ落ち……机にドカリと額を突いた。
 カプロの余りのマイペースっぷりに、もはや勇の思考は付いていけていない。

「ま、こうやって落ち着けるのも久しぶりッスからね……ボク、こうやって勇さん達と一緒にここに来るのが一つの夢だったんスよ」

「カプロ……」

「だからひとまず小さな夢は叶ったッス……今はそれだけでボクは満足ッスよ」

 思えば、カプロはずっと空島で頑張っていたのだ。
 仲間達に何も伝える事が出来ない中で。
 だからこそ、こんな些細な事でも満足する事が出来る。

 ようやく彼も……こうして報われた。

 勇もそんなカプロの胸中を察し、机に横たわらせた顔を静かに向ける。
 その時見えた表情がとても嬉しそうに膨らんでいて。

 そこで初めて……その表情の素がラーメンだけでは無い事を悟らせた。

「うれしい事言ってくれるねぇ! 最近見ねぇからどうしたのかと思ったが……元気でやってて良かったよ。 ほら、チャーシューメンお待ち。 肉一枚オマケしといたからね」

「うほっ、おっちゃんありがとッス!!」

 ゴトリと置かれた二杯の器。
 途端に香ばしい醤油味の匂いが漂い、二人の鼻腔を擽る。
 待っていたと言わんばかりにカプロがレンゲと箸を器用に使い、ラーメンを堪能し始めた。
 最初は乗り気でも無かった勇であったが……こうも出されれば、美味しそうなラーメンを前に食欲をそそられる訳で。

「あ、やべ……家に連絡しなきゃな」

 目の前の御馳走チャーシューメンに惹かれながらも、家族への連絡を思い出して電話を入れる。

 手早く連絡を入れると……早速箸を手に取るのだった。

 カプロはと言えば、無言で啜り掛けこんでいる。
 年月で言えば一年以上もおざなりだったのだ……大好きなラーメンをここぞとばかりに堪能している様だ。

 勇も彼に続き、スープと麺を口に含んでいく。
 するとどうだろう……鶏ガラの上品な味わいが口一杯に広がり、濃くも薄くも無い醤油味が舌を刺激し始めた。
 その味は言うなれば昔ながらの醤油ラーメン。
 透き通ったスープとコクを併せ持ったオーソドックスなタイプである。
 勇にとっての昔ながらでは無いが……彼にとってあまり馴染みの無いと言える味に、思わず食を進ませていた。

「確かに美味いなコレ……」

 麺は極細麺……スープを絡ませつつも、芯をハッキリさせた造りが麺そのもののコシを表す。
 噛む度に僅かな「プツリ」という感触が食べているという実感を与え、舌を悦ばせた。

 店内を見ると、麺を打っていると思われる作業台が見られ……全てが手作業で造られている事を暗に示す。
 今の時代、大概の麺は外注製品……手打ちの麺は珍しい。
 ここまで込んだ仕込みを行っているのだ……相当なこだわりである。

「でしょ? だからたまんねーんス。 客が少ないのがわからないッスよねぇ~」

「タヌ坊は一言多いんだよぉ!」

 そう咆えはするが、店主はどこか嬉しそうだ。
 きっと彼の本心をよく理解しているからなのだろう。



 そんなこんなで……二人はあっという間にラーメンを平らげてしまった。
 それだけでは飽き足らず……昼ご飯を摂っていなかったという事もあり、オマケに肉野菜炒めと餃子を頼み、それすらも既に二人の腹の中。
 餃子は手包み、野菜炒めのキャベツはなんと自家製なのだそうな。
 ここまでのこだわりがあるのに客入りが未だ無い……不思議なものだ。

「本当に美味しかった……これはまた食べに来たいな」

「あんがとねぇ、良かったら今度は友達も連れてきてよ!」

 きっと彼等は勇の友達が誰かもわかっているのだろう。
 そうも思えば……自然と遠慮する気持ちも消えていた。

「えぇ、次は皆で来ますよ」

「うぴぴ……それは楽しみッスねぇ」

 腹も膨れれば、淀んだ気持ちも晴れるもの。
 もはや勇にあった蟠りも、ラーメンや遠慮と共に腹の奥へと消えた様だ。
 後に残ったのは……満足感から出る喜びと笑いだけだった……。





 こうして勇とカプロは二人だけの晩餐を済ませて帰路に就く。
 その時の顔は余韻を感じさせる様な笑顔のままで。

 いつか夢見た彼等の平穏は……今こうして僅かだが戻って来た。
 きっと明日からはまた忙しい日々も戻ってくるのだろう。

 それでも彼等は止まらない。

 彼等を信じてくれる人達の笑顔を守りたいから……。



 そんな願いが込められた色紙が中華料理店の壁に堂々と飾られる。
 世界の真の安寧を願う二人の想いが……続き訪れた人々に笑顔を運ぶ事を信じて……。


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