時き継幻想フララジカ

日奈 うさぎ

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第三十節「誓いの門出 龍よ舞い上がれ 歌姫を胸に抱きて」

~至風 それぞれの想いと道~

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 一旦は荒れた説明会もこうして無事終わり、会場だったミーティングルームが人の声で溢れる。
 その声の中心は当然勇達。
 彼等の下へ、参じた参加者達が集まり話題に興じていた。
 とはいえ、先程の事もあって園部夫婦だけは一足早く帰宅する事となってしまった訳であるが。



「親父、さっきの話、俺ちょっと感動したよ」

 そう語るのは勇。
 両親や池上、倉持などに囲まれ、先程の一幕の話で盛り上がりを見せていた。
 輪の中心に居たのは当然……勇というよりも、勇の父親だ。

「そ、そうか……? どうにも言わなきゃならないって思い立って、気付いてたら立ってたんだよ、ははは……」

「さすが藤咲の親父さんっすねぇ、俺ァ堪んなくカッコイイって思っちまいましたよォ」

「やはり子を持つ親御さんの言葉は一つ違いますな。 私もそんな縁に恵まれたかったもんですよぉ」

 周囲のべた褒めに、勇の父親がこっぱずかしそうに身をよじらせる。
 そんな彼の普段余り見ない姿に、勇や母親もどこか嬉しそうだ。

「そういや、倉持さんと池上はこれからどうするつもりなんです?」

 その質問は当然、同行の賛否の事。
 説明を受けた上で、同行を決めるのは参加者当人の意思。
 説明間も無くの事ではあったが……勇はどうにも気になってしまっていた様だ。

 そんな問いを前に、池上が真っ先に身を乗り出す。
 答えは意外にも……もう決まっていた様だ。

「わりぃが俺は行くつもりはねぇよ。 もうすぐ大事な試合も近いしな」

「そうか……」

 彼は今や世界ランカーのボクサーだ。
 このまま勝ち続ければ、ベルトを掲げる日も遠くないとさえ言われる程の実力者になっていた。
 未だ日本チャンピオンには輝いていないが……次の試合はそのチャンスを勝ち取る為の前段階。
 この機を逃す訳にはいかない……それが池上の答えだった。

 これは当然の結論だろう。
 ボクシングとは歳との勝負だとも言われている。
 若い頃に経験を積み、その肉体が全盛期と言われている頃に結果を出さねばならない。
 今の池上はまさにその最中……一秒たりとも無駄にする訳にはいかないのである。

「コウもこう言ってるしな、私も付いていくつもりだ。 ま、藤咲さんのお子さんが勇君であるように、コウも私にとっちゃ子供みたいなもんでねぇ」

「オーナー、言ってくれるじゃねっすかァ!! ……ま、何があってもよ、俺ァこう見えて強いから大丈夫だぜ。 だからよ、俺の事なんかスッポリ忘れてお前はお前のやれる事をやんな」

 途端、二人が揃って勇にサムズアップを見せつける。
 それが彼にどれだけの勇気をもたらしたか……。

 気付けば勇もまたサムズアップを返し、ニコリとした笑顔を向ける。
 彼等もまた、この二年間で色々と交友を交わしてきたからこそ……それらしい絆で結ばれていたのだ。





 瀬玲の下に集まったのは両親と三人の友人達。

 友人達は皆、これを機に同行を決めていた。
 それもそのはず……彼女達は残念ながら揃って就職には至っていなかった様で、現在フリーター。
 その時に舞い込んだチャンスともあって、瀬玲に乗っかる形で参加を決めたという訳だ。

 そして両親もまた……

「お父さんとお母さんはどうするつもりなの?」

「もちろん同行するつもりだ。 何せ元魔特隊の代表の一人の親だしな、協力しない訳にはいかないだろう?」

 昔は福留に食って掛かろうとした事さえある父親であったが……折れた今では彼女が魔特隊であった事に誇りを持つ様にさえなっていた。
 母親も同様で、彼女の活躍が耳に入るのを毎度楽しみにしていたのだという。

 若干子煩悩にも見えるが……これが二人の愛情表現なのだろう。

「とはいえ、会社に迷惑を掛ける訳にはいかないので……これを機に退職を願い出るつもりだ」

「ええっ!?」

 実は瀬玲の父親、それなりの役職に付いている。
 その地位を棄てるという事に、さすがの瀬玲も母親も驚きを隠せない。

「退職後のサポートも受けられるという事だからな、過信するつもりは無いが……娘を応援するついでに恩恵にあやかるとするさ。 もしそれでダメでも、セリの資産でなんとでもなるだろうしな?」

「まったく……そこでどうして私にたかるんだかぁ」

「ふふ、良いじゃない? こうなっちゃったのもセリの所為なんだし?」

 母親のいじらしい笑いが瀬玲の心をくすぐり、不服な表情を呼び込む。
 しかしそれもまんざらではない様で……僅かに口元が持ち上がる様を見せていた。

「じゃあじゃあ私達も~!!」
「調子に乗るなし!!」

 途端に笑いがその場を包み、笑顔が溢れる。
 瀬玲の周りに関しては……もはや何も問題は無さそうだ。





「恥ずかしい所見せちまったわ……すまねぇな」

「気にしないの。 貴方の気持ちはよくわかるし、よく言えたと思うわよ」

 心輝の下に集まるのはレンネィ……そして少し離れた所に立つ友人二人。
 心輝とレンネィの雰囲気を前に、二人に面識のある友人達はどうにも近寄りがたい雰囲気を感じていたからだ。

「あの二人……なんか凄いいい雰囲気じゃね?」

「だよな……なんかこう、距離、近いよな?」

 ちなみにこの二人、既に就職済みであるが……同行する予定との事。
 理由としては簡単で……二人共、言う程今の仕事に愛着がある訳でも無かった。
 ただ心輝に付いて行った方が色々と面白そうだ……という所から、一発で決めたのだそう。
 何せ魔特隊の女性陣の面々、やたらと美人が多い。
 絶賛恋活中でもあるお二人……そういった事を狙った意図も少なからずあったのだ。

 だが二人は知らない。
 そのほとんどがである事に。

 そしてお目当ての一人であるレンネィが、もう選択外に居るという事に。

 ワンチャンあるとすれば笠本くらいだろう。
 彼女も相当綺麗な方ではあるが。

「にしても……アンディの事聞いたぜ? 大変なんだって」

「あぁ……そうね、私もちょっとどうしたらいいかわからなくて……」

 その話題になると、途端にレンネィの表情が曇りを帯びる。
 口から吐かれた溜息が、その苦労を物語るよう。

「本当は強く言いたいのだけど……あの子の事だから、怒らせたら出て行きかねないから……」

 アンディは元孤児で、親代わりの施設から逃げたという経歴があるのは本人からそれとなく聞いて知っていた。
 だからこそ、怒ったりする事の程度がわからないレンネィはあまり強く出る事が出来ないでいたのだ。

 親としての経験の浅い彼女だからこその悩みである。

「だから今は……甘えさせたいって思ってるの。 だから今回は同行しないで、あの子が望む様に居させてあげるつもりよ」

「そっか……そう言うなら、俺もその意思に従うぜ。 ま、ナッティは俺達に任せてくれよ。 その方がレンネィとしても助かるだろ?」

 二人はこうして納得し合い、お互いの選択に身を委ねる。
 今はまだ課題が多いから……それを解く為の時間が必要なのだ。





 そんな中、ナターシャは竜星と二人で見つめ合い、二人だけの時間を愉しむ。
 周りの雑言など耳に入らない位に、二人だけの世界に講じていた。
 
「あんな事があった後に昨日一昨日と来なかったから心配だったよ……。 でもまさかこんな事になるとは思ってなかった……呼んでくれて僕、嬉しいよ」

「やった……! あ、そうだ……うんとね、乾君が良ければなんだけど……乾君のお父さんとお母さんも同行の対象になるんだって」

 竜星はまだ未成年で両親の許可も必要な立場だ。
 彼が同行する事になった場合、その両親も保護者として同伴する事も場合によっては必要になる。
 もちろんそこも任意ではあるが。

 ナターシャの彼氏であるという事実こそほとんど知る者は居ない。
 だからこそ命の危険も薄いという事もあり、優先順位は低めという訳だ。

「うーん、お父さんとお母さんは仕事があるし……一応説明するつもりだけど、僕は一人で行きたいな。 ナターシャさんと二人で居る所、まだ見られたくないし……」

 一応は両想いでの交際である事には間違いないのだが、それでもまだ彼には両親に言う程の心構えが出来ていない様子。
 そういう事もあって、彼は言った通りに一人で赴くつもりの様だ。

 ナターシャもそんな彼の前で、恥ずかしそうに指を絡める仕草を見せていた。

「あ、そうだ……如月さん達、逮捕されたよ。 さすがにマズいって。 だから君の事を知る人は他に出ないと思う」

 そこで初めて聞かされたナターシャが思わず「はやぁ……」と呆け声を漏らす。
 とはいえ、恋の邪魔者が消えたのだ、心中に小さな安堵感が生まれていたのは言うまでもない。

 するとそんな時……不意に二人の背後に人影が近づく。

 二人が気付き、見上げると……そこには見慣れた顔が映り込んだ。

「君が乾君だね……ナッティから話は聞いているよ」
「あ……ああ……!?」

 そう……竜星の憧れ、藤咲勇である。
 憧れの勇が自分に向けて話し掛けて来たのだ。
 思わぬ出来事に、竜星は堪らずその声を詰まらせていた。

「良かったらこれからもナッティの心の支えになって欲しいんだ……多分それは君にしか出来ない事だからさ?」

「は、はい! ガ、ガンバリマス」

 途端に石の様にガチガチに固まる程の緊張に包まれる竜星。
 それを観たナターシャが思わず吹き出してしまう程に滑稽で。
 さすがの勇も苦笑を浮かべずには居られなかった。

「所で……乾君の下の名前はなんていうんだ?」

「あ……ボク乾君のファーストネーム知らない……」

「ナッティ……」

 続き、ナターシャのカミングアウトにそのまま失笑してしまう勇なのであった。





 仲間達が和気藹々とした雰囲気を呼び込む中、茶奈と愛希達も久々の再会に華を咲かせていた。
 藍と風香に関しては本当に久しぶりで……堪らず手を繋いではしゃぐ姿を見せる程。
 愛希もそんな三人を前に苦笑しながらも、久しく見ぬ光景を感慨深く見つめていた。

「こういうの真っ先に愛希がやりそうなのにね」

「あたしはほら、もうそういう次元通り越したし?」

 どういう次元を通り越したというのか。

 とはいえ、勇達に協力して小嶋由子逮捕に一役買ったのは事実だ。
 もはや阿吽の呼吸とも言える協力劇を済ませた愛希は、未だ得も知れぬ満足感で自信を膨れさせていた。
 愛希と勇と茶奈……三人の絆が深い事を実感出来たから、彼女はそれだけで十分だったのだ。

「ふふ、愛希ちゃん相変わらず自信家だよね……あ、聴いたよ、法学部のある学校に入ったんだって」

「ちょ……ああもう、勇さんなんでバラすかなぁ……」

 やはりそのネタを温めていた様で……愛希が途端にガクリと肩を落とす。
 愛希の二年間の集大成は、こうして無為に消えたのだった。

「でも、これからはずっと一緒に居られるね。 変則的な形だけど」

 そんな折、茶奈が嬉しそうな声を上げる。
 愛希の二年間の計画は泡沫と消えたが……茶奈の二年間の願いの成就はこれからだ。

 ただ、愛希達と遊べる生活に戻りたい……そんな願い。
 もうすぐそれが叶う。
 それだけが堪らなく嬉しくて……彼女の大きな喜びを呼び込む。

 だが……それに対し、愛希の顔は僅かな陰りを見せていた。

「あ、その事なんだけどさ……」

 そう言いかけた時、茶奈の目が僅かに見開く。
 愛希の顔から笑顔が消えていた事にそこで初めて気付いたから。

 そこで愛希が茶奈に向けたのは、真剣な面持ちだった。

「あたしさ、日本に残ろうと思ってる」
「え、ええ!?」

 突然の告白に、茶奈だけでなく藍と風香まで驚きを見せていた。
 一番茶奈と遊びたがっていた彼女がそう言った事が信じられなかったからだ。

 でもその理由は……とても彼女らしいものだった。

「あたしは茶奈達と違って戦場じゃ戦えない。 だからさ、あたしはあたしの戦い方で茶奈達を助けようって思ってるんだ」

 そう語る彼女の姿はとても堂々としていて。
 勇や福留にも通ずるハッキリとした物言いは、以前の軽かった彼女からは想像も付かない程に心強く感じさせた。

「ネットではさ、まだ茶奈達の事を知らずに悪口を叩いてる人達が一杯居る。 そんでやってる事に対して難癖付けて、知ろうともしないんだ。 だから私はそんな人達に第三者として茶奈達の事を伝え続けようって思ってるんだ。 それは多分、一緒に居たら出来ない事だと思うから」

 インターネットが普及した昨今で、そこにある情報だけで白黒を付けようとする人間は日々増え続けている。
 そこで生まれた偏見や誤解を鵜呑みにし、攻撃すら行う者もいるのだ。
 勇達を犯罪者扱いした人々も、ある意味で言えばそんな者達の声を聴いて誤解した被害者とも言える。
 今なお、そういった声があり続ける事を愛希は知ったから。
 だから彼女は選んだのだ。
 自身が危険に晒されても……親友に関する真実を発信し続け、誤解を消し去ろうとしているのである。
 幸い、今は追い風……これ以上に無い機会だ。
 きっと流れは彼女に向く……そう信じているからこその決断であった。

「なるほど情報戦ですか……考えましたね、さすが愛希さんです」

 そんな時、福留が四人の前に現れた。
 相変わらずの笑みを浮かべ、主に愛希に向ける。
 きっと福留は彼女にも多くの期待を寄せていたのだろう。

「愛希さんの言う通り、第三者観点での意見は非常に有効です。 もし同伴しながらの発信の場合、信憑性こそ高くはなりますが、中立的な立場での発言が出来なくなりますからね。 だからこそきっと愛希さんのやろうとしている事が、私達にとって最大の助けになるでしょう」

 例えその効果が薄くても、一人でも多くの理解者を得れば……それだけ勇達の助けとなる。
 そんな地道な活動も、将来的には彼等の力となる日が来るかもしれない。
 それを理解した愛希が出来る、最善の戦い方なのである。

「そういう事でしたら、愛希さんに対しては手厚いバックアップを約束しましょう。 貴方の行動が彼等の助けになるのなら安い物です」

「ありがとう、福留さん……」

 福留もそんな愛希を前に満足そうな笑みを浮かべる。
 僅かとはいえ、彼女に期待を以って進学の助けを行った事もあるのだ……情もあるのだろう。
 それがこの様な結果に繋がった事が嬉しかったのだ。

 勇が立ち上がった事と同じくらいに。





 こうして各々が決意を固め、己の進退を決める。
 明後日に控える旅立ちの日に備えて。

 その時は、刻一刻と近づきつつあった。


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