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第三十一節「幾空を抜けて 渇き地の悪意 青の星の先へ」
~継編烈曲〝本気〟~
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多くの者達が見守る中、広々とした広場の中央で勇とイシュライトが相対する。
しかしその様子はと言えば……互いに微笑み、緩やかに体を解すといった余裕を見せていた。
それというのも当然、二人の戦いが殺し合いではない事を理解しているからだ。
これは死合いではなく試合なのだから。
互いに戦意を以って戦いに挑むという事。
これは無意味な戦いを嫌う勇としても、望むべき戦いの形だった。
二人ほどの実力者ともなれば、いざという時に手を引くタイミングも容易に読める。
間違ってもどちらかの命を奪う事が無いのをよく知っているからである。
僅かな時間しか共にいなかったイシュライトという存在であるが、彼の在り方は勇も認める程にフェアそのもの。
万が一も無いと言い切れる相手だからこそ、勇はこうしてイシュライトの申し出を受けたのだった。
「一つ、勇殿に忠言したい事があります」
互いに体を温める中、視線も合わぬその場でイシュライトの声が木霊する。
勇は動きを止める事無く視線をイシュライトへと向け……静かにその耳を傾けさせた。
「恐らく私は……貴方より弱いでしょう」
その一声はイシュライトの本心。
そういった所を包み隠さないのもまた、彼の心の強さの一端でもある。
己を認め、己を理解する事……それを如実に示す事は言う程簡単ではないからだ。
強さは自身であり自信。
力を増せば増す程おごり、増長する。
人は誰しもその様に自身の存在価値を力で示し、他人と比較してきた。
それは『こちら側』でも『あちら側』でも同じ事だ。
それを自分の心で如何にコントロール出来るか。
それこそが人の真の強さに他ならない。
外面的な強さや、それに起因する内面の強さとは全く方向性の違う……第三者的な強さ。
命力とは、そういった心の力にこそ真の力を与えるのである。
それこそがイシュライトの強さの秘密。
「ですが、私は負けるつもりなどありません。 貴方という強大な存在を前に如何に立ち回り、勝利を納められるか……それを実践するのが楽しみでしょうがありませんから」
実力を見据えた上での発言。
それはまるで、自身よりも強い強敵相手に立ち向かうゲームプレイヤーの様に……軽く、それでいて決意の籠る一声。
そう、イシュライトにとっては……戦いは一種のゲームの様なものだからだ。
決して軽んじている訳ではない。
それはいわば挑戦。
アスリートが世界の強豪に立ち向かうのと同じだと言えばわかりやすいだろう。
戦いが彼にとってのスポーツ、彼にとっての生活の一部、彼にとっての人生なのである。
そして勇もそれを理解しているからこそ―――
「ああ、俺も楽しみだよ。 イシュ相手なら……本気が出せそうだ」
勇もまた、こうしてイシュライトと戦える事がこれと無いチャンスと感じていた。
当然だ……勇もまた、本当の力を存分に奮った事が無いのだから。
二年間の間、戦いそのものが無かったと言える。
本気で打ち込むとしても、謎の力を抑えた素での池上とのスパーリングぐらい。
決起した日以降、グリュダンや魔剣兵、バロルフとの戦いを挟んだが……いずれも本気を出してはいないのだ。
しかし勇は知っている。
目の前に居るイシュライトが、自分の力を思う存分奮う事が出来る相手なのだという事を。
勇も気付いていたのだ。
バロルフとの戦いの折、イシュライトが自分だけを見ていた事を。
自身の動きを絶え間なく追っていた事を。
いち早く勇の意図に気付き、動きの本質を追っていたのが彼だけであった事を。
「あと謙遜するなよ。 俺もお前も多分……大して変わらない」
「いいえ、これは謙遜ではありません……貴方の動きは私の知る何よりも鋭い。 だからこそ、挑戦し甲斐があるというものです……ッ」
その時、イシュライトの体がゆるりと動いた。
それは清流の様な、一挙一動に意識が行き届いたしなやかな動き。
手が、足が、一切の無駄無く構えを描いていく。
さながら太極拳の様に……。
その動きが止まった時……イシュライトの構えが顕現する。
肘を曲げた状態で突き出された左腕。
握られる拳は僅かに開きながらも、指自体に力が籠っているかのような堅牢さを見せつける。
対し、右腕は腰元に添えられたまま力を抜いたかのように開かれている。
だがそれは明らかな、相手の一手に備えた牽制の型。
足は半開きで左足を前に出し、僅かに腰を落とす。
対し、背筋がすらりと伸びた姿勢は……どこか威風さえ感じさせた。
その姿は言うなれば、まるで中国拳法の如く。
しかし彼のゴツゴツとした薄青緑の表皮が、柔を基とする拳法の体を根底から覆すかの如く存在感を示す。
全身からは淡く命力の光が伴い、今にも溢れんばかりに表面上を蠢いていた。
その様子は見学スペースからでもよく見えた。
体が光るという現象……それを目の当たりにした者達が食い入る様に見つめる。
それはアニメや番組露出などでも見られた行為だが……こうして実物を前にしてみると、知らぬ誰しもが舌を巻かずにはいられない。
対峙する勇も同様だ。
一切の無駄の無い動きが彼の目を惹き、一挙一動を見逃さない。
全てに意味のある動作……そう思わずにはいられなかったから。
勇もまたイシュライトの構えを前に、自分の格闘スタイルへと切り替えていく。
勇はいわば無型、我流の構えだ。
ボクシングを通じて格闘スタイルを構築したともあって、様相はボクサーの構えに酷似していた。
地に足を構えつつ、自身の目前に拳を二つ前後に並べる様に構える。
肩は僅かに傾き、左肩が前へと出ている形。
そして僅かに腰を落とし……その視線をイシュライトへと向けた。
勇は当然光りはしない……謎の力は無明、視認出来ない力だからだ。
「それでは始めるとしましょうか……互いの全てをぶつける戦いを」
「ああ、俺はもう……準備万端だ……!!」
二人が相対し、拳を空に据える。
もう間も無く……真の強者同士による力のぶつかり合いが始まろうとしていた。
互いの距離はおおよそ十メートル程……しかし二人にとっては有って無い様な距離だ。
しかし一手を仕損じれば、手痛いカウンターが待っている。
迂闊に飛び込むわけにもいかず、二人はじわじわと距離を詰め始めていた。
間を中心に、二人がゆるりゆるりと回り始める。
巧みな足捌きで、互いの動きを見ながら内円を削る様に……一歩一歩確実に。
愚直に前に出られないのは、互いの間合いがまだわからないから。
下手に大きく前進すれば、距離感を見誤る可能性があるからだ。
じれったいとも言える状況だが……戦いとは得てしてこういうもの。
単純には行かない世界がそこに展開されているのである。
徐々に距離が詰まっていき、既に先程の間隔の半分ほどに。
それでもなお二人の動きは変わる事無く、その足を刻んでいた。
勇の足捌きはすり足……二つの足を僅かに交互させながらの直線的な動きだ。
それに対しイシュライトは……足を大きく動かして自身を中心に弧を描きながらの移動。
その軌道は不規則ながらも一定を刻み……まるで弧を描いたかの様な擦り跡が僅かに残っていた。
その時、見学していた者の誰かが気付く。
二人の詰め寄る動きが……徐々に加速している事に。
当然、勇達もまた気付いている。
いや、厳密に言えば……加速しているのは誰でもない、イシュライトの意思によるもの。
イシュライトの足捌きが徐々に速くなっていたのだ。
勇はその動きに合わせていたに過ぎない。
それと同時にイシュライトの描く弧が徐々に小さくなり始め、鋭さを増していく。
「スルリ、スルリ」だった動きは、既に「スッ、スッ」という様な動きへと変化していたのだ。
周囲にわからなくさせる程に自然な動きの加速……これが彼の持つ一つの幻惑行動。
相手に動きを悟らせず、確実に、かつ自分のペースへと追い込む。
これもまた彼の戦いの基礎たる闘法によるもの。
それに飲み込まれれば……如何な強者とて太刀打ちは出来ない。
勇にはもはや、彼の動き一つ一つに闘志が籠っている様にしか感じ取れなかった。
今にも仕掛けて来る……そう思わせる様な、フェイクともなる動き。
幼少の頃から身に付いた格闘術の一端を……勇は今、その身を以って味わっていた。
殴り合うだけが格闘技ではない。
この駆け引きもまた、大事な戦い。
それを肌で感じた勇の頬には冷や汗が流れ……先程まであった余裕を殺す。
今目の前に居るのはまさしく強者なのだから。
肉体的な力ではなく、経験的な力で圧倒する……秀才。
勇の見立ても間違いないと言わんばかりの力を示していた。
だが勇も負けてはいない。
イシュライトの動きに対し、不規則なフェイントをつま先で刻む。
空間掌握能力……デュゼローとの戦いで学んだ心得の一つ。
その足で大地を叩き、相手に警戒させる事で動きを封じる。
相手が強く、かつ警戒する相手であればあるほど……その効果は高い。
床は硬質で表面にざらつきのある石床にも似た素材製。
事あるごとに「タァーン」と高い音が場に鳴り響き、その度にイシュライトの描く弧が僅かに歪む。
それは見た目気付かない程度の歪みだが……勇や茶奈達の様な観察眼のある者からすればハッキリと見えていた。
互いに牽制し合いながら、更に詰め寄りっていく。
そしていつ殴り合いが始まってもおかしくない程の距離へと縮まった時……遂にその時が訪れた。
ッパァーーーーーーンッ!!
「ッ!!??」
突如勇の構えられた拳に凄まじい衝撃が走り、激しい音が鳴り響いた。
それは勇の体が僅かに後ろへとズラされる程。
イシュライトが無動からの一撃を加えていたのである。
そしてそれと同時に、勇の視界からその姿を消したのだった。
「クッ!!!」
途端、勇が左足を基軸に……凄まじい埃を掻き立てながら一瞬にしてその身を半回転させる。
勢いのまま、何も無いはずの空間へと左裏拳を振り切った。
ッパォーーーンッ!!
その時、凄まじい衝撃音が鳴り響いた。
そこにあったのはイシュライトの拳。
なんとイシュライトが瞬時に背後に回り、追撃を仕掛けようとしていたのだ。
まさに意識の外の一歩……人間の死角を突く、気配を悟らせない瞬速歩術。
勇にも使える戦闘技術の一環だ。
勇の打ち払いによって拳ごと跳ね退けられ、イシュライトの体が僅かにバランスを崩す。
その一瞬を勇は見逃さない。
体勢を崩したイシュライトへ向けて、勢いのままの勇の右拳が一直線に振り切られた。
バォウッ!!!
だがその瞬間……勇はその目を疑う事になる。
イシュライトの体がまるで煙の様に再び姿を消したのだから。
「なッ!?」
本当に一瞬の出来事だった。
捉えられたはずだった。
それすらも届かず……渾身の一撃が無為に消えたのである。
しかし勇はそれでも焦る事無く再び体勢を立て直し、周囲の気配に意識を飛ばし始めた。
まだ戦いは続いている。
なおもイシュライトが虎視眈々と勇の死角から狙いを定めているのだ。
だからこそ勇は諦めない。
イシュライトの想いに応える為にも、自身の力を更に知る為にも。
しかしその様子はと言えば……互いに微笑み、緩やかに体を解すといった余裕を見せていた。
それというのも当然、二人の戦いが殺し合いではない事を理解しているからだ。
これは死合いではなく試合なのだから。
互いに戦意を以って戦いに挑むという事。
これは無意味な戦いを嫌う勇としても、望むべき戦いの形だった。
二人ほどの実力者ともなれば、いざという時に手を引くタイミングも容易に読める。
間違ってもどちらかの命を奪う事が無いのをよく知っているからである。
僅かな時間しか共にいなかったイシュライトという存在であるが、彼の在り方は勇も認める程にフェアそのもの。
万が一も無いと言い切れる相手だからこそ、勇はこうしてイシュライトの申し出を受けたのだった。
「一つ、勇殿に忠言したい事があります」
互いに体を温める中、視線も合わぬその場でイシュライトの声が木霊する。
勇は動きを止める事無く視線をイシュライトへと向け……静かにその耳を傾けさせた。
「恐らく私は……貴方より弱いでしょう」
その一声はイシュライトの本心。
そういった所を包み隠さないのもまた、彼の心の強さの一端でもある。
己を認め、己を理解する事……それを如実に示す事は言う程簡単ではないからだ。
強さは自身であり自信。
力を増せば増す程おごり、増長する。
人は誰しもその様に自身の存在価値を力で示し、他人と比較してきた。
それは『こちら側』でも『あちら側』でも同じ事だ。
それを自分の心で如何にコントロール出来るか。
それこそが人の真の強さに他ならない。
外面的な強さや、それに起因する内面の強さとは全く方向性の違う……第三者的な強さ。
命力とは、そういった心の力にこそ真の力を与えるのである。
それこそがイシュライトの強さの秘密。
「ですが、私は負けるつもりなどありません。 貴方という強大な存在を前に如何に立ち回り、勝利を納められるか……それを実践するのが楽しみでしょうがありませんから」
実力を見据えた上での発言。
それはまるで、自身よりも強い強敵相手に立ち向かうゲームプレイヤーの様に……軽く、それでいて決意の籠る一声。
そう、イシュライトにとっては……戦いは一種のゲームの様なものだからだ。
決して軽んじている訳ではない。
それはいわば挑戦。
アスリートが世界の強豪に立ち向かうのと同じだと言えばわかりやすいだろう。
戦いが彼にとってのスポーツ、彼にとっての生活の一部、彼にとっての人生なのである。
そして勇もそれを理解しているからこそ―――
「ああ、俺も楽しみだよ。 イシュ相手なら……本気が出せそうだ」
勇もまた、こうしてイシュライトと戦える事がこれと無いチャンスと感じていた。
当然だ……勇もまた、本当の力を存分に奮った事が無いのだから。
二年間の間、戦いそのものが無かったと言える。
本気で打ち込むとしても、謎の力を抑えた素での池上とのスパーリングぐらい。
決起した日以降、グリュダンや魔剣兵、バロルフとの戦いを挟んだが……いずれも本気を出してはいないのだ。
しかし勇は知っている。
目の前に居るイシュライトが、自分の力を思う存分奮う事が出来る相手なのだという事を。
勇も気付いていたのだ。
バロルフとの戦いの折、イシュライトが自分だけを見ていた事を。
自身の動きを絶え間なく追っていた事を。
いち早く勇の意図に気付き、動きの本質を追っていたのが彼だけであった事を。
「あと謙遜するなよ。 俺もお前も多分……大して変わらない」
「いいえ、これは謙遜ではありません……貴方の動きは私の知る何よりも鋭い。 だからこそ、挑戦し甲斐があるというものです……ッ」
その時、イシュライトの体がゆるりと動いた。
それは清流の様な、一挙一動に意識が行き届いたしなやかな動き。
手が、足が、一切の無駄無く構えを描いていく。
さながら太極拳の様に……。
その動きが止まった時……イシュライトの構えが顕現する。
肘を曲げた状態で突き出された左腕。
握られる拳は僅かに開きながらも、指自体に力が籠っているかのような堅牢さを見せつける。
対し、右腕は腰元に添えられたまま力を抜いたかのように開かれている。
だがそれは明らかな、相手の一手に備えた牽制の型。
足は半開きで左足を前に出し、僅かに腰を落とす。
対し、背筋がすらりと伸びた姿勢は……どこか威風さえ感じさせた。
その姿は言うなれば、まるで中国拳法の如く。
しかし彼のゴツゴツとした薄青緑の表皮が、柔を基とする拳法の体を根底から覆すかの如く存在感を示す。
全身からは淡く命力の光が伴い、今にも溢れんばかりに表面上を蠢いていた。
その様子は見学スペースからでもよく見えた。
体が光るという現象……それを目の当たりにした者達が食い入る様に見つめる。
それはアニメや番組露出などでも見られた行為だが……こうして実物を前にしてみると、知らぬ誰しもが舌を巻かずにはいられない。
対峙する勇も同様だ。
一切の無駄の無い動きが彼の目を惹き、一挙一動を見逃さない。
全てに意味のある動作……そう思わずにはいられなかったから。
勇もまたイシュライトの構えを前に、自分の格闘スタイルへと切り替えていく。
勇はいわば無型、我流の構えだ。
ボクシングを通じて格闘スタイルを構築したともあって、様相はボクサーの構えに酷似していた。
地に足を構えつつ、自身の目前に拳を二つ前後に並べる様に構える。
肩は僅かに傾き、左肩が前へと出ている形。
そして僅かに腰を落とし……その視線をイシュライトへと向けた。
勇は当然光りはしない……謎の力は無明、視認出来ない力だからだ。
「それでは始めるとしましょうか……互いの全てをぶつける戦いを」
「ああ、俺はもう……準備万端だ……!!」
二人が相対し、拳を空に据える。
もう間も無く……真の強者同士による力のぶつかり合いが始まろうとしていた。
互いの距離はおおよそ十メートル程……しかし二人にとっては有って無い様な距離だ。
しかし一手を仕損じれば、手痛いカウンターが待っている。
迂闊に飛び込むわけにもいかず、二人はじわじわと距離を詰め始めていた。
間を中心に、二人がゆるりゆるりと回り始める。
巧みな足捌きで、互いの動きを見ながら内円を削る様に……一歩一歩確実に。
愚直に前に出られないのは、互いの間合いがまだわからないから。
下手に大きく前進すれば、距離感を見誤る可能性があるからだ。
じれったいとも言える状況だが……戦いとは得てしてこういうもの。
単純には行かない世界がそこに展開されているのである。
徐々に距離が詰まっていき、既に先程の間隔の半分ほどに。
それでもなお二人の動きは変わる事無く、その足を刻んでいた。
勇の足捌きはすり足……二つの足を僅かに交互させながらの直線的な動きだ。
それに対しイシュライトは……足を大きく動かして自身を中心に弧を描きながらの移動。
その軌道は不規則ながらも一定を刻み……まるで弧を描いたかの様な擦り跡が僅かに残っていた。
その時、見学していた者の誰かが気付く。
二人の詰め寄る動きが……徐々に加速している事に。
当然、勇達もまた気付いている。
いや、厳密に言えば……加速しているのは誰でもない、イシュライトの意思によるもの。
イシュライトの足捌きが徐々に速くなっていたのだ。
勇はその動きに合わせていたに過ぎない。
それと同時にイシュライトの描く弧が徐々に小さくなり始め、鋭さを増していく。
「スルリ、スルリ」だった動きは、既に「スッ、スッ」という様な動きへと変化していたのだ。
周囲にわからなくさせる程に自然な動きの加速……これが彼の持つ一つの幻惑行動。
相手に動きを悟らせず、確実に、かつ自分のペースへと追い込む。
これもまた彼の戦いの基礎たる闘法によるもの。
それに飲み込まれれば……如何な強者とて太刀打ちは出来ない。
勇にはもはや、彼の動き一つ一つに闘志が籠っている様にしか感じ取れなかった。
今にも仕掛けて来る……そう思わせる様な、フェイクともなる動き。
幼少の頃から身に付いた格闘術の一端を……勇は今、その身を以って味わっていた。
殴り合うだけが格闘技ではない。
この駆け引きもまた、大事な戦い。
それを肌で感じた勇の頬には冷や汗が流れ……先程まであった余裕を殺す。
今目の前に居るのはまさしく強者なのだから。
肉体的な力ではなく、経験的な力で圧倒する……秀才。
勇の見立ても間違いないと言わんばかりの力を示していた。
だが勇も負けてはいない。
イシュライトの動きに対し、不規則なフェイントをつま先で刻む。
空間掌握能力……デュゼローとの戦いで学んだ心得の一つ。
その足で大地を叩き、相手に警戒させる事で動きを封じる。
相手が強く、かつ警戒する相手であればあるほど……その効果は高い。
床は硬質で表面にざらつきのある石床にも似た素材製。
事あるごとに「タァーン」と高い音が場に鳴り響き、その度にイシュライトの描く弧が僅かに歪む。
それは見た目気付かない程度の歪みだが……勇や茶奈達の様な観察眼のある者からすればハッキリと見えていた。
互いに牽制し合いながら、更に詰め寄りっていく。
そしていつ殴り合いが始まってもおかしくない程の距離へと縮まった時……遂にその時が訪れた。
ッパァーーーーーーンッ!!
「ッ!!??」
突如勇の構えられた拳に凄まじい衝撃が走り、激しい音が鳴り響いた。
それは勇の体が僅かに後ろへとズラされる程。
イシュライトが無動からの一撃を加えていたのである。
そしてそれと同時に、勇の視界からその姿を消したのだった。
「クッ!!!」
途端、勇が左足を基軸に……凄まじい埃を掻き立てながら一瞬にしてその身を半回転させる。
勢いのまま、何も無いはずの空間へと左裏拳を振り切った。
ッパォーーーンッ!!
その時、凄まじい衝撃音が鳴り響いた。
そこにあったのはイシュライトの拳。
なんとイシュライトが瞬時に背後に回り、追撃を仕掛けようとしていたのだ。
まさに意識の外の一歩……人間の死角を突く、気配を悟らせない瞬速歩術。
勇にも使える戦闘技術の一環だ。
勇の打ち払いによって拳ごと跳ね退けられ、イシュライトの体が僅かにバランスを崩す。
その一瞬を勇は見逃さない。
体勢を崩したイシュライトへ向けて、勢いのままの勇の右拳が一直線に振り切られた。
バォウッ!!!
だがその瞬間……勇はその目を疑う事になる。
イシュライトの体がまるで煙の様に再び姿を消したのだから。
「なッ!?」
本当に一瞬の出来事だった。
捉えられたはずだった。
それすらも届かず……渾身の一撃が無為に消えたのである。
しかし勇はそれでも焦る事無く再び体勢を立て直し、周囲の気配に意識を飛ばし始めた。
まだ戦いは続いている。
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