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第三十四節「鬼影去りて 空に神の憂鬱 自由の旗の下に」
~頭領、拝し~
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ワシントンD.C.。
そこは広大な北アメリカ大陸の丁度真東に位置するアメリカ合衆国の首都。
国の代表とも言える合衆国大統領が居住するホワイトハウスを中心に構える巨大な発展都市である。
同じく巨大都市であるニューヨークと首都を間違えられる事もあるのだが、それだけの都市を幾つも構えられるのもまた国の強大さを示す指標と言えるだろう。
そのホワイトハウス内部にある大統領執務室。
そこにある椅子に座るのは当然のこと―――
彼の名はブライアン=ウィルズ。
現合衆国大統領にして現在二期続投中という、二度に渡って国民の人気を勝ち取った世界一有名な人物とも言うべき政治家である。
僅かな白髪を有した濃いめのブロンド髪を有し、オールバックに決める。
更に海蒼の瞳が爽やかさを助長し、白人らしさに拍車を掛けるかのよう。
歳が六十前という事もあって顔にはシワが見られるが、それでも濃い目の肌と幅広の角ばった頬顎が力強さを感じさせる。
若い頃にアメリカンフットボールを嗜む程に恵まれた体格、歳を取りながらも未だ衰えを感じさせぬ太い腕と脚が特徴的だと言えるだろう。
全体的に横柄ではあるが、着こなしたスーツが節々を細く見せるスマートさを演出していた。
太っているというよりも筋肉質であるという事がわかる程に。
外は太陽の光が降り注ぐ日中。
公務に励む様に書類へ目を通す彼の姿がそこにあった。
そんな中、彼が向かう机に備えられた通話機がコール音を響かせ。
ブライアンが空かさず通話機へと手を伸ばすと、間も無く拡声器から関係者と思しき者の声が静かに上がる。
『大統領、来客がお見えになりました』
「うむ、面会予定はとってある。 通してくれ」
その時ブライアンの口元に浮かぶのは白く輝く奥歯を覗かせた笑み。
上機嫌に細かく刻む頷きを見せる姿は、まるで「待ちかねた」と言わんばかりの様子だ。
元々落ち着かない性格なのだろう、誰が来る間も無くブライアンが立ち上がり。
入口の扉から目を離す事無く机の前へと立つと、そっと腰を当てて脛元で足を組む。
それがフランクな彼なりの歓迎の仕方なのだろう。
彼の指が机上を小さく叩く中、扉に近づく足音が大きくなる。
そして大きな執務室の扉が開かれた時、ブライアンもまた太い腕を大きく左右に開いた。
「ウェールカァム!! ミスターフジサキ!!」
ブライアンが「HAHAHA」と高らかに笑いを上げ歓迎したのは―――勇であった。
「こんにちは大統領、お会い出来て光栄です」
先日のエイミーに続き、今度はブライアン大統領の下にまで出向いたのである。
今度は相手が相手なだけに当然、福留を通して約束を付けた正式な会談。
もちろん今回も一人で。
間も無く扉が閉められ、執務室が二人だけの空間となる。
「ハハハ、もはや互いに知らぬ仲ではあるまい? ミスターフクトメには君の事をよく聞かされているよ」
「あはは……すいません、福留さんにはブライアン大統領の事は詳しく聞いてなくて……」
「ハハッ、なんてこった。 フクトメには参ったものだ。 まぁそれが彼らしいと言えるのだけどね」
彼もまた福留との旧知の仲なのだろう。
何せ自家用ジェット機を貸し借りする程の仲なのだ、並みの友人ではないのだろう。
かつて福留がその仲を「学校で仲良くするのと同じ」と言い切ったものだ
しかし数日前にアポを取っただけでこう会える程の絆は極めて親密だろうと言わざるを得ない。
「いつだかの飛行機の事、遅くなりましたがお礼を言わせてください」
「もうそんな遥か昔の事を気にする必要は無いさ。 それと今はプライベートだと思ってくれて構わない。 気軽にブライアンと呼んでくれたまえ」
大きな掌が勇の肩を叩き、たちまちその熱気が伝わっていく。
大柄な体格はまるで熊の様だが、性格は実に陽気で怖さは微塵も感じない。
思わず勇が笑みを零す程に明るい、太陽の様な存在。
大統領になれたのも不思議とわかる大らかな人間性がそれだけで伝わってくる様だ。
「立ち話もなんだ、そこに掛けてくれたまえ。 色々と積もる事がある。 古くも新しくもある話題がな」
その時ブライアンが指で示したのは部屋に添えられた椅子。
白と茶を基調とした洋風アートチックな執務室の中にあったのは、黒革の単身用ソファーだ。
デザインが周囲と異なる風体なのは、元々ここにあった物では無いからなのだろう。
そこへと体を埋める勇に対し、ブライアンは先程同様に立ったままだ。
執務机も大柄な彼にとっては腰掛けと何ら変わらない。
いや、きっとそれは心が大柄な彼だからこそ、か。
「君が私に会いに来た理由はなんとなく察している。 エイミー=ブラットニー議員の事だろう?」
「ええ、そうです。 俺達の次の目的はエイミーの率いる【アースレイジー】を叩く事ですから」
国連での講演で語られた内容の詳細は当然ブライアンも知る所だ。
【救世同盟】を叩き、世界の感情のバランスを正へと傾ける事、それが今の目標なのだと。
エイミーの事を導き出したのはブライアンの予想に過ぎなかったのだが―――
勇にそう面と向かって答えられた途端、ブライアンが突如として掌で机を強く叩く。
間も無く「バァン!」という乾いた音が部屋中に鳴り渡り、勇を驚かせた。
「やはりかあのクソ女!! 大人しくしていれば付け上がりおって!!―――」
察するに、彼はどうやら相当エイミーに煮え湯を飲まされた様だ。
彼女の話題となるやブライアンの先程までの温和さが一瞬にして吹き飛び。
感情を露わにした荒々しい言動が幾多も飛び出す。
プライベートだからというにも辛辣な暴言の数々に、勇もただただ驚くばかりで。
「―――いっそくたばってしまえ!! ええい忌々しい全身改造女め……!! ハァッ……ハァッ……」
肺に溜め込んだ空気を全て出しきる程までに怒鳴り散らし、そこでようやく勢いが止まる。
最後は既に切れ切れで。
それでも最後まで言い切らんと喉を力強く震わせていた。
「……突然すまないな、なかなかこうも言えんのだ。 妻が飽き飽きする程に言い散らかしてきたものでね」
「はは、相当やられたんですね」
「ああ、正直な所参ってる。 彼女の求心力はとんでもなくてな、もしかしたら私の来期は無いかもしれん」
ブライアンの深い溜息が堪らず漏れる。
その大きさは彼の悩みの深さをも物語るかのよう。
「来年の冬、来期の大統領選が始まるのだが……彼女は間違いなく立候補してくる。 そしてこのままでは私は負けるだろうな」
ブライアンが二期目に突入した時、彼もまた国民に愛されていた。
「三期すら有り得る」、そう噂される程に。
しかしその時はフララジカの最中。
世界は大きく動き、混乱の最中だったのだ。
彼はその混乱に乗じて続投を勝ち取ったに過ぎない。
支持を受けていたのは、フララジカによって混乱した世論を纏め上げる事に成功したから。
アメリカに未曽有の危機を乗り越えさせた立役者、英雄ブライアン=ウィルズ。
……当初はそう呼ばれたものだ。
だが今、事態は大きく変わった。
それは【東京事変】後。
エイミー議員率いる【アースレイジー】が急激な成長を果たし、【救世同盟】の思想の下に国民の不満を一挙に引き受けたからである。
それからというもののブライアン政権の支持率は急激に落ち始め、「エイミーを大統領」にという声が挙がり始めたのだ。
未だアメリカ史上、女性大統領は生まれていない。
その事もあって女性から多くの支持を集めており、また理知的な所と美貌に惹かれた男性票も決して無視は出来ない数字へと膨れ上がっていて。
長い任期を務めればおのずとこうなるのは必然と言えば必然だろう。
そうであろうとも、エイミーの勢力がそれすら理不尽と思わせる程に強烈だったからこそ、こう憤らざるを得なかったのだ。
大統領とはいえ、彼もまた人間なのだから。
「個人的には是非とも君達に活躍してもらい、【アースレイジー】を叩き潰して欲しいと言わざるを得ない。 ま、これは本当に個人的な事だがね」
途端に露わとなったブライアンの暗黒面には、さすがの勇もタジタジだ。
ただただ苦笑を浮かべ、ストレスのはけ口として共感の頷きで返すしかなく。
とはいえ、そのお陰でブライアンも落ち着いた様で。
「ありがとう、静かに聴いてくれて。 これで本題も話しやすいというものだ」
沈んでいた顔が持ち上がると、最初の時と同じ「ニッコリ」とした笑顔が戻っていた。
ブライアンが望むのは、互いに腹を割った話し合い。
こうやって全てを曝け出したからこそ、その相手に遠慮する事はもはや無いのだから。
でもまだ、二人は対等ではない。
そう、まだブライアンしか腹を割ってはいないのだ。
勇はまだその事に気付いてはいない。
ブライアンの青い瞳が僅かに絞られ、勇を見つめる。
その奥に秘めるのは……如何な想いなのだろうか。
そこは広大な北アメリカ大陸の丁度真東に位置するアメリカ合衆国の首都。
国の代表とも言える合衆国大統領が居住するホワイトハウスを中心に構える巨大な発展都市である。
同じく巨大都市であるニューヨークと首都を間違えられる事もあるのだが、それだけの都市を幾つも構えられるのもまた国の強大さを示す指標と言えるだろう。
そのホワイトハウス内部にある大統領執務室。
そこにある椅子に座るのは当然のこと―――
彼の名はブライアン=ウィルズ。
現合衆国大統領にして現在二期続投中という、二度に渡って国民の人気を勝ち取った世界一有名な人物とも言うべき政治家である。
僅かな白髪を有した濃いめのブロンド髪を有し、オールバックに決める。
更に海蒼の瞳が爽やかさを助長し、白人らしさに拍車を掛けるかのよう。
歳が六十前という事もあって顔にはシワが見られるが、それでも濃い目の肌と幅広の角ばった頬顎が力強さを感じさせる。
若い頃にアメリカンフットボールを嗜む程に恵まれた体格、歳を取りながらも未だ衰えを感じさせぬ太い腕と脚が特徴的だと言えるだろう。
全体的に横柄ではあるが、着こなしたスーツが節々を細く見せるスマートさを演出していた。
太っているというよりも筋肉質であるという事がわかる程に。
外は太陽の光が降り注ぐ日中。
公務に励む様に書類へ目を通す彼の姿がそこにあった。
そんな中、彼が向かう机に備えられた通話機がコール音を響かせ。
ブライアンが空かさず通話機へと手を伸ばすと、間も無く拡声器から関係者と思しき者の声が静かに上がる。
『大統領、来客がお見えになりました』
「うむ、面会予定はとってある。 通してくれ」
その時ブライアンの口元に浮かぶのは白く輝く奥歯を覗かせた笑み。
上機嫌に細かく刻む頷きを見せる姿は、まるで「待ちかねた」と言わんばかりの様子だ。
元々落ち着かない性格なのだろう、誰が来る間も無くブライアンが立ち上がり。
入口の扉から目を離す事無く机の前へと立つと、そっと腰を当てて脛元で足を組む。
それがフランクな彼なりの歓迎の仕方なのだろう。
彼の指が机上を小さく叩く中、扉に近づく足音が大きくなる。
そして大きな執務室の扉が開かれた時、ブライアンもまた太い腕を大きく左右に開いた。
「ウェールカァム!! ミスターフジサキ!!」
ブライアンが「HAHAHA」と高らかに笑いを上げ歓迎したのは―――勇であった。
「こんにちは大統領、お会い出来て光栄です」
先日のエイミーに続き、今度はブライアン大統領の下にまで出向いたのである。
今度は相手が相手なだけに当然、福留を通して約束を付けた正式な会談。
もちろん今回も一人で。
間も無く扉が閉められ、執務室が二人だけの空間となる。
「ハハハ、もはや互いに知らぬ仲ではあるまい? ミスターフクトメには君の事をよく聞かされているよ」
「あはは……すいません、福留さんにはブライアン大統領の事は詳しく聞いてなくて……」
「ハハッ、なんてこった。 フクトメには参ったものだ。 まぁそれが彼らしいと言えるのだけどね」
彼もまた福留との旧知の仲なのだろう。
何せ自家用ジェット機を貸し借りする程の仲なのだ、並みの友人ではないのだろう。
かつて福留がその仲を「学校で仲良くするのと同じ」と言い切ったものだ
しかし数日前にアポを取っただけでこう会える程の絆は極めて親密だろうと言わざるを得ない。
「いつだかの飛行機の事、遅くなりましたがお礼を言わせてください」
「もうそんな遥か昔の事を気にする必要は無いさ。 それと今はプライベートだと思ってくれて構わない。 気軽にブライアンと呼んでくれたまえ」
大きな掌が勇の肩を叩き、たちまちその熱気が伝わっていく。
大柄な体格はまるで熊の様だが、性格は実に陽気で怖さは微塵も感じない。
思わず勇が笑みを零す程に明るい、太陽の様な存在。
大統領になれたのも不思議とわかる大らかな人間性がそれだけで伝わってくる様だ。
「立ち話もなんだ、そこに掛けてくれたまえ。 色々と積もる事がある。 古くも新しくもある話題がな」
その時ブライアンが指で示したのは部屋に添えられた椅子。
白と茶を基調とした洋風アートチックな執務室の中にあったのは、黒革の単身用ソファーだ。
デザインが周囲と異なる風体なのは、元々ここにあった物では無いからなのだろう。
そこへと体を埋める勇に対し、ブライアンは先程同様に立ったままだ。
執務机も大柄な彼にとっては腰掛けと何ら変わらない。
いや、きっとそれは心が大柄な彼だからこそ、か。
「君が私に会いに来た理由はなんとなく察している。 エイミー=ブラットニー議員の事だろう?」
「ええ、そうです。 俺達の次の目的はエイミーの率いる【アースレイジー】を叩く事ですから」
国連での講演で語られた内容の詳細は当然ブライアンも知る所だ。
【救世同盟】を叩き、世界の感情のバランスを正へと傾ける事、それが今の目標なのだと。
エイミーの事を導き出したのはブライアンの予想に過ぎなかったのだが―――
勇にそう面と向かって答えられた途端、ブライアンが突如として掌で机を強く叩く。
間も無く「バァン!」という乾いた音が部屋中に鳴り渡り、勇を驚かせた。
「やはりかあのクソ女!! 大人しくしていれば付け上がりおって!!―――」
察するに、彼はどうやら相当エイミーに煮え湯を飲まされた様だ。
彼女の話題となるやブライアンの先程までの温和さが一瞬にして吹き飛び。
感情を露わにした荒々しい言動が幾多も飛び出す。
プライベートだからというにも辛辣な暴言の数々に、勇もただただ驚くばかりで。
「―――いっそくたばってしまえ!! ええい忌々しい全身改造女め……!! ハァッ……ハァッ……」
肺に溜め込んだ空気を全て出しきる程までに怒鳴り散らし、そこでようやく勢いが止まる。
最後は既に切れ切れで。
それでも最後まで言い切らんと喉を力強く震わせていた。
「……突然すまないな、なかなかこうも言えんのだ。 妻が飽き飽きする程に言い散らかしてきたものでね」
「はは、相当やられたんですね」
「ああ、正直な所参ってる。 彼女の求心力はとんでもなくてな、もしかしたら私の来期は無いかもしれん」
ブライアンの深い溜息が堪らず漏れる。
その大きさは彼の悩みの深さをも物語るかのよう。
「来年の冬、来期の大統領選が始まるのだが……彼女は間違いなく立候補してくる。 そしてこのままでは私は負けるだろうな」
ブライアンが二期目に突入した時、彼もまた国民に愛されていた。
「三期すら有り得る」、そう噂される程に。
しかしその時はフララジカの最中。
世界は大きく動き、混乱の最中だったのだ。
彼はその混乱に乗じて続投を勝ち取ったに過ぎない。
支持を受けていたのは、フララジカによって混乱した世論を纏め上げる事に成功したから。
アメリカに未曽有の危機を乗り越えさせた立役者、英雄ブライアン=ウィルズ。
……当初はそう呼ばれたものだ。
だが今、事態は大きく変わった。
それは【東京事変】後。
エイミー議員率いる【アースレイジー】が急激な成長を果たし、【救世同盟】の思想の下に国民の不満を一挙に引き受けたからである。
それからというもののブライアン政権の支持率は急激に落ち始め、「エイミーを大統領」にという声が挙がり始めたのだ。
未だアメリカ史上、女性大統領は生まれていない。
その事もあって女性から多くの支持を集めており、また理知的な所と美貌に惹かれた男性票も決して無視は出来ない数字へと膨れ上がっていて。
長い任期を務めればおのずとこうなるのは必然と言えば必然だろう。
そうであろうとも、エイミーの勢力がそれすら理不尽と思わせる程に強烈だったからこそ、こう憤らざるを得なかったのだ。
大統領とはいえ、彼もまた人間なのだから。
「個人的には是非とも君達に活躍してもらい、【アースレイジー】を叩き潰して欲しいと言わざるを得ない。 ま、これは本当に個人的な事だがね」
途端に露わとなったブライアンの暗黒面には、さすがの勇もタジタジだ。
ただただ苦笑を浮かべ、ストレスのはけ口として共感の頷きで返すしかなく。
とはいえ、そのお陰でブライアンも落ち着いた様で。
「ありがとう、静かに聴いてくれて。 これで本題も話しやすいというものだ」
沈んでいた顔が持ち上がると、最初の時と同じ「ニッコリ」とした笑顔が戻っていた。
ブライアンが望むのは、互いに腹を割った話し合い。
こうやって全てを曝け出したからこそ、その相手に遠慮する事はもはや無いのだから。
でもまだ、二人は対等ではない。
そう、まだブライアンしか腹を割ってはいないのだ。
勇はまだその事に気付いてはいない。
ブライアンの青い瞳が僅かに絞られ、勇を見つめる。
その奥に秘めるのは……如何な想いなのだろうか。
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