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第三十四節「鬼影去りて 空に神の憂鬱 自由の旗の下に」
~戦火、深く~
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アメリカ軍がアルクトゥーンの存在を見失った事は事実である。
大雲へと突入した戦闘ヘリが内部を探索するも、その姿を全く発見する事は出来ないまま。
現在に至ってもなお、痕跡すら見つかっていない。
まるで雲の一部になって溶けて消えたかの様に……。
しかしそれもグランディーヴァにとっては作戦の内。
アルクトゥーン全体が雲に入りきった時点で防衛行動は終了。
仲間達は即座の行動切り替えを指示されていたのだ。
防衛から反撃へと。
そしてアメリカ軍もまた、その行動原理を大きく変化させていく。
エイミーの指令が届き、グランディーヴァ隊員への直接攻撃へと切り替わったのである。
前線においては、ここからが正念場と言えるだろう。
二つの陣営が戦略も思惑にも囚われず、互いの技術、知恵、経験を振り絞って戦いを繰り広げる事となるのだから。
自分達が信じるものの為にも―――その力を存分に奮う。
瀬玲が、ナターシャが、無数の戦闘機を相手に空中戦を繰り広げる。
だがそれも多勢に無勢。
しかも相手は訓練に訓練を重ねた精鋭揃いの戦闘機乗り達。
コンビネーションを駆使して迫り来る敵機に対し、二人は苦戦を強いられていた。
「完全に囲まれてるッ!!」
「まさに鳥籠ってね、さしずめ私は小鳥かなッ!!」
止む事無く二人を襲い続ける銃撃とミサイルの嵐。
これには高機動力を誇るナターシャでも回避し続ける事は困難を極め。
二人の身がたちまち爆風に晒される事に。
凄まじい爆風は瀬玲の【カッデレータ】を弾き飛ばす程に強烈。
それだけに済まされず、乗る【鳥籠】すら破壊されて空へと放り投げられる。
しかし瀬玲が得意とする命力糸が窮地を脱するカギとなった。
咄嗟にナターシャへと糸を伸ばして掴まり。
続いて迫る戦闘機へと飛び乗って戦うという暴挙を繰り広げたのである。
ナターシャもそんな瀬玲に負けてはいられない。
彼女の力ならば、戦闘機を空中で切り裂く事など訳ないのだから。
こうして二人は起死回生の反撃で敵に挑み続ける。
例え困難を極めようとも、再び安息を得る為にも負けられない。
ディックと獅堂の駆る【ヴォルトリッター】は潜水艦艦隊に捕捉され、魚雷攻撃を受けていた。
元々彼等の役目はアルクトゥーン後退の手助けのみ。
搭載武器も少なく、戦闘はほぼ不可能だ。
だが、広い海に障害物は当然存在せず、逃げる場所はどこにも無い。
そんな状況で下手に背を向ければ追尾魚雷によって撃ち落されかねない。
水中爆発は大気爆発と異なり、爆心地周囲を揺する様な衝撃を与える。
その為、もし彼等の様な小さな機体で爆発に巻き込まれた場合―――
その衝撃と水圧によって機体が歪み、そのまま自壊しかねないのである。
だからこそ彼等は前に出る事を選んだ。
それこそがその機動力を生かす事が出来る最も有効的な回避方法なのだから。
「残弾はもう残り少ないから無理は出来ないよッ!!」
「切れたら回避し続けるだけですよッ!! 掴まってェ!!」
海上でも仲間達が戦っている。
ここで逃げる事は彼等を窮地に追い込む事にもなりかねない。
責任を果たしたいディックと、もう過ちを犯したくない獅堂。
二人が拳に力を込めて、操縦桿を、トリガーを強く握り締る。
彼等が戦いに求めるのは、勝利でも敗北でもなく―――己の存在意義なのだから。
マヴォのやる事は戦闘開始直後から何も変わらない。
空を舞い、並み居る艦隊を片っ端から斬り裂くだけだ。
しかしその間も艦隊は迫り来る敵を叩き堕とさんと火を噴き続ける。
例え仲間に当たろうとも。
それによって爆発炎上しようとも関係無く。
海上戦力は既にマヴォらに向けられ、その激しさは極致に達しつつある。
余りの激しさ故に、当初は一跳びだった〝八艘飛び〟も今では心輝顔負けの鋭角軌道を描いていて。
それだけ激しい砲撃の嵐だったのである。
「所かまわずか! 貴様らに仲間を想う気持ちは無いのかあッ!!」
仲間を犠牲にする事も厭わない艦隊へと怒りが迸る。
戦いに勝利する為に。
悪を撃滅する為に。
そんな意思で仲間を撃つという理不尽な戦いを止めようと。
幾度と無く空に刻まれる白銀の迅光はそれらの敵意を薙ぎ払い、海へと還す。
怒りも、憎しみも、何もかもが悲劇しか生みはしない。
そんな光景を目の当たりにした白銀の戦士の雄叫びが、曇り空の下で気高く咆え上がっていた。
剣聖が相変わらずのマイペースで戦場を貫く。
アルクトゥーンが次の段階へと進んだ今、彼の目的はただ目の前に居る敵を打ち砕くのみ。
そんな彼に敵意を向ければ、待つのは敗退しかあり得ないだろう。
そんな最中でふと空を見上げ。
瀬玲達が空で繰り広げる激戦を眺め見る。
「さすがに俺も空にゃいけねぇからなぁ。 ま、がんばれや」
一時的に舞う事は可能なのだろう。
それでもやはり彼女達の様に空中戦を行う事はさすがの剣聖も無理な様子。
如何な強者であろうとも得手不得手もあるという事だ。
しかしもう彼が勇達に心配を向ける事は無い。
彼等は強くなったから。
助けなど要らない程に逞しくなったから。
そう信じる事が出来るから、自分がやりたい事だけを実行出来るのだ。
グルグルと腕を回し、にやりと不敵な笑みを見せ。
次に眺め観るのは巨大な空母。
彼の好奇心と童心は、このような戦いであろうとも失われる事は無い。
瀬玲が。
ナターシャが。
ディックが。
獅堂が。
マヴォが。
剣聖が。
己の力を駆使して勇達を送り出す。
彼が望む勝利の鍵を体現する為に。
不利とも言えるこの戦いに華を添える為に。
その命を最大限に燃やして挑む。
そしてアルクトゥーンは飛ぶ。
皆の想いを預かり、挑むべき相手と対峙する為に。
開戦からおおよそ二時間半が過ぎ。
今乗る人員しか知らぬ航路を突き進み、エイミーが待つワシントンD.C.へと間も無く辿り着こうとしていた。
◇◇◇
エイミーは勇達が来る事など想定済みだった。
勇と逢い、話を交わし、その存在感と言動からの自信を読み取ったから。
どの様にして来るか、自軍の猛攻をどの様に対処するのか、ただそれを見定めていただけだ。
高官達がグランディーヴァを舐めていた事も考慮済みだったのだろう。
全ては最上最高の確実なる一手を下す為に。
その為には例え街が滅ぼうとも、犠牲者が多く出ようとも躊躇わないだろう。
その意思を体現する為に。
エイミーが遂に最終手段をその手に掴む。
満を辞して机上に置いたのは黒のアタッシュケース。
大きくて四角い、しかし妙に重厚な光沢を放つ代物だ。
それを彼女自身が躊躇う事無く解き放つ。
その中に納められていたのは、ケースと一体化した機械。
モニターや小さなキーボード等を備える、独立した装置の様だ。
「さぁ始めましょう。 世界浄化の洗礼を」
彼女を止める事が出来る者はもはやこの場に居ない。
詰めの甘さから完全勝利を逃してしまった高官達には反論さえ許されないのだから。
例え多くの犠牲を払い、築いてきた歴史の一端を自ら消す事になろうとも。
勝利を得る為にも、形振る事さえ択べはしない。
間も無くケースに備えられたディスプレイに光が灯り、英語の羅列が刻まれる。
そこに描かれていたのは『MEGIDDO'S FLARE』という文字。
これが指すメギドとは、つまり最終決戦ハルマゲドンが行われる地の事を言う。
最終決戦の地に灯す炎―――すなわち、滅びの業火。
これこそが、大統領の座を与えられた者にのみ扱う事の出来る最終手段なのである。
代理と言えど現状の最高司令官であるエイミーがこれを持つのは当然だった。
それらを全て与る事で、彼女はブライアンから代理を受ける事を了承したのだ。
例えどんな犠牲を払おうとも、グランディーヴァを地に堕とす事を約束せんが為に。
「街にはもう人は居ません。 例え核の影響で街が崩壊したとしても、人が死ぬ訳ではないのです。 だからこそこれで終わりにはなりません」
エイミーがそっと手に持った厚いカード状の何かを取り出すと、「パキリ」と二つに折り割る。
その中から姿を現したのは細いカードキー。
それをそっとケースに備えられた穴へと差し込むと、モニター隣にある複数の赤いランプの内の一つが緑色へと変わる。
「―――いえ、その時こそアメリカは真の意味で自由を得るのです。 【アースレイジー】の思想の下で、この国は戦う事を是とした救世国家として称賛される事でしょう」
間も無く画面に姿を現すのは両手の形をした画像。
そこに合わせる様にエイミーが両手を添え、ぐっと押し付ける。
するとまたしても赤いランプの一つが緑となり……
「これは必要な犠牲、必要な破壊、破壊です。 新たな時代へ進む為の」
次に現れたのは眼の形を現したCG画像。
今度はそこに向けて顔を覗き込み。
途端、顔認証カメラが光を放ち、三つ目の緑ランプが光を灯す。
「そそう、あ新たな時代はもはや私達の手にああるも同然なのですよ」
その一言と共に、四つ目の赤いランプも緑へ置き換わっていて。
画面に表れていたのは口を示す物。
声帯認証もまた、その中に含まれていたのだ。
「私達が救うのですす。 彼等の死を以って、この国を、世界を、彼等をもすく救うのです」
「エ、エイミー……?」
誰しもが戸惑いの目を向ける中、最後の認証キーであるパスコード入力部が表示され。
エイミーはそれを前に迷う事無くロドニーへと手を翳し、何かを要求するかの如く四つ指を跳ね動かす。
彼女が求めたのは、副大統領が持つとされる第三者認証キー。
それをロドニーが持っている事を知っての手招きだったのだ。
しかしロドニーは腕を懐に忍ばせるものの、震える余りに動きを止めていて。
「出しなさいロドニー」
「エイミー……これを出せば私の全てが失われてしまう。 私はそれが怖い……!!」
この街は彼にとっての故郷であり、家もあり、全てだった。
彼はこの街で成り上がり、地盤を整え、今日までの地位を築いたのだ。
それが無為に消えるかもしれないと思えば恐ろしくなりもしよう。
「いいですかロドニー? 貴方はここに居ます。 ここに居るからこそ、この戦いが終われば新しく、更に飛躍した明日が待っています。 英雄の一人として」
「え、英雄……」
「そう、讃えられるべき存在の一人に貴方は成るのです。 今は恐ろしくても、悲しくても、乗り越えれば素晴らしい明日が待っているのですよ」
その時エイミーがロドニーへと見せたのは、優悦なる笑み。
すると催促していた指がロドニーの顔へと「スッ」と伸び。
彼の頬をそっと滑り、シワだらけの喉元へと誘われていく。
そのまま柔らかな指が首筋へ触れると、切り揃えられた襟首をゆっくり逆撫で上げた。
それが心地さを与えて彼の心を呆けさせ。
気持ちの呆けは安らぎを呼び込み、不安に包む心をしっとりと惚かしていく。
「わ、わかった……」
年老いたとはいえやはり男なのだろう。
エイミーの美貌と甘い声、そして艶やかな戯れの前にして心を揺り動かされずにはいられない。
それでとうとう観念したのだろう。
ロドニーが懐に留めていた拳を晒してエイミーの下へと差し出し。
それを「コトリ」と置き、シワだらけの手をそっと退ける。
そうして現れたのは小さな棒状の物体。
それをエイミーが摘まみ上げ。
先程と同じ様に「パキリ」と割り、中に仕込まれた小さな紙を取り出す。
そこに描かれていた物こそ、装置に打ち込まれるべき文字だったのだ。
「ありがとうロドニー……フフッ」
エイミーが規則性の欠片も無い羅列文字を一文字づつ丁寧に撃ち込んでいく。
間違えぬ様確実に、かつ迷いなく。
そして最後の決定キーを押した時、とうとう全てのランプが緑となる。
すると途端に装置が動きを見せ、キーボード部が左右に激しく開く。
その様にして中から姿を現したのは、たった一つの赤い物理ボタン。
それを押すだけで、全ての核兵器の使用を許可する事が出来るという最後の一押しである。
彼女はそれを―――何一つ躊躇う事無く押したのだった。
大雲へと突入した戦闘ヘリが内部を探索するも、その姿を全く発見する事は出来ないまま。
現在に至ってもなお、痕跡すら見つかっていない。
まるで雲の一部になって溶けて消えたかの様に……。
しかしそれもグランディーヴァにとっては作戦の内。
アルクトゥーン全体が雲に入りきった時点で防衛行動は終了。
仲間達は即座の行動切り替えを指示されていたのだ。
防衛から反撃へと。
そしてアメリカ軍もまた、その行動原理を大きく変化させていく。
エイミーの指令が届き、グランディーヴァ隊員への直接攻撃へと切り替わったのである。
前線においては、ここからが正念場と言えるだろう。
二つの陣営が戦略も思惑にも囚われず、互いの技術、知恵、経験を振り絞って戦いを繰り広げる事となるのだから。
自分達が信じるものの為にも―――その力を存分に奮う。
瀬玲が、ナターシャが、無数の戦闘機を相手に空中戦を繰り広げる。
だがそれも多勢に無勢。
しかも相手は訓練に訓練を重ねた精鋭揃いの戦闘機乗り達。
コンビネーションを駆使して迫り来る敵機に対し、二人は苦戦を強いられていた。
「完全に囲まれてるッ!!」
「まさに鳥籠ってね、さしずめ私は小鳥かなッ!!」
止む事無く二人を襲い続ける銃撃とミサイルの嵐。
これには高機動力を誇るナターシャでも回避し続ける事は困難を極め。
二人の身がたちまち爆風に晒される事に。
凄まじい爆風は瀬玲の【カッデレータ】を弾き飛ばす程に強烈。
それだけに済まされず、乗る【鳥籠】すら破壊されて空へと放り投げられる。
しかし瀬玲が得意とする命力糸が窮地を脱するカギとなった。
咄嗟にナターシャへと糸を伸ばして掴まり。
続いて迫る戦闘機へと飛び乗って戦うという暴挙を繰り広げたのである。
ナターシャもそんな瀬玲に負けてはいられない。
彼女の力ならば、戦闘機を空中で切り裂く事など訳ないのだから。
こうして二人は起死回生の反撃で敵に挑み続ける。
例え困難を極めようとも、再び安息を得る為にも負けられない。
ディックと獅堂の駆る【ヴォルトリッター】は潜水艦艦隊に捕捉され、魚雷攻撃を受けていた。
元々彼等の役目はアルクトゥーン後退の手助けのみ。
搭載武器も少なく、戦闘はほぼ不可能だ。
だが、広い海に障害物は当然存在せず、逃げる場所はどこにも無い。
そんな状況で下手に背を向ければ追尾魚雷によって撃ち落されかねない。
水中爆発は大気爆発と異なり、爆心地周囲を揺する様な衝撃を与える。
その為、もし彼等の様な小さな機体で爆発に巻き込まれた場合―――
その衝撃と水圧によって機体が歪み、そのまま自壊しかねないのである。
だからこそ彼等は前に出る事を選んだ。
それこそがその機動力を生かす事が出来る最も有効的な回避方法なのだから。
「残弾はもう残り少ないから無理は出来ないよッ!!」
「切れたら回避し続けるだけですよッ!! 掴まってェ!!」
海上でも仲間達が戦っている。
ここで逃げる事は彼等を窮地に追い込む事にもなりかねない。
責任を果たしたいディックと、もう過ちを犯したくない獅堂。
二人が拳に力を込めて、操縦桿を、トリガーを強く握り締る。
彼等が戦いに求めるのは、勝利でも敗北でもなく―――己の存在意義なのだから。
マヴォのやる事は戦闘開始直後から何も変わらない。
空を舞い、並み居る艦隊を片っ端から斬り裂くだけだ。
しかしその間も艦隊は迫り来る敵を叩き堕とさんと火を噴き続ける。
例え仲間に当たろうとも。
それによって爆発炎上しようとも関係無く。
海上戦力は既にマヴォらに向けられ、その激しさは極致に達しつつある。
余りの激しさ故に、当初は一跳びだった〝八艘飛び〟も今では心輝顔負けの鋭角軌道を描いていて。
それだけ激しい砲撃の嵐だったのである。
「所かまわずか! 貴様らに仲間を想う気持ちは無いのかあッ!!」
仲間を犠牲にする事も厭わない艦隊へと怒りが迸る。
戦いに勝利する為に。
悪を撃滅する為に。
そんな意思で仲間を撃つという理不尽な戦いを止めようと。
幾度と無く空に刻まれる白銀の迅光はそれらの敵意を薙ぎ払い、海へと還す。
怒りも、憎しみも、何もかもが悲劇しか生みはしない。
そんな光景を目の当たりにした白銀の戦士の雄叫びが、曇り空の下で気高く咆え上がっていた。
剣聖が相変わらずのマイペースで戦場を貫く。
アルクトゥーンが次の段階へと進んだ今、彼の目的はただ目の前に居る敵を打ち砕くのみ。
そんな彼に敵意を向ければ、待つのは敗退しかあり得ないだろう。
そんな最中でふと空を見上げ。
瀬玲達が空で繰り広げる激戦を眺め見る。
「さすがに俺も空にゃいけねぇからなぁ。 ま、がんばれや」
一時的に舞う事は可能なのだろう。
それでもやはり彼女達の様に空中戦を行う事はさすがの剣聖も無理な様子。
如何な強者であろうとも得手不得手もあるという事だ。
しかしもう彼が勇達に心配を向ける事は無い。
彼等は強くなったから。
助けなど要らない程に逞しくなったから。
そう信じる事が出来るから、自分がやりたい事だけを実行出来るのだ。
グルグルと腕を回し、にやりと不敵な笑みを見せ。
次に眺め観るのは巨大な空母。
彼の好奇心と童心は、このような戦いであろうとも失われる事は無い。
瀬玲が。
ナターシャが。
ディックが。
獅堂が。
マヴォが。
剣聖が。
己の力を駆使して勇達を送り出す。
彼が望む勝利の鍵を体現する為に。
不利とも言えるこの戦いに華を添える為に。
その命を最大限に燃やして挑む。
そしてアルクトゥーンは飛ぶ。
皆の想いを預かり、挑むべき相手と対峙する為に。
開戦からおおよそ二時間半が過ぎ。
今乗る人員しか知らぬ航路を突き進み、エイミーが待つワシントンD.C.へと間も無く辿り着こうとしていた。
◇◇◇
エイミーは勇達が来る事など想定済みだった。
勇と逢い、話を交わし、その存在感と言動からの自信を読み取ったから。
どの様にして来るか、自軍の猛攻をどの様に対処するのか、ただそれを見定めていただけだ。
高官達がグランディーヴァを舐めていた事も考慮済みだったのだろう。
全ては最上最高の確実なる一手を下す為に。
その為には例え街が滅ぼうとも、犠牲者が多く出ようとも躊躇わないだろう。
その意思を体現する為に。
エイミーが遂に最終手段をその手に掴む。
満を辞して机上に置いたのは黒のアタッシュケース。
大きくて四角い、しかし妙に重厚な光沢を放つ代物だ。
それを彼女自身が躊躇う事無く解き放つ。
その中に納められていたのは、ケースと一体化した機械。
モニターや小さなキーボード等を備える、独立した装置の様だ。
「さぁ始めましょう。 世界浄化の洗礼を」
彼女を止める事が出来る者はもはやこの場に居ない。
詰めの甘さから完全勝利を逃してしまった高官達には反論さえ許されないのだから。
例え多くの犠牲を払い、築いてきた歴史の一端を自ら消す事になろうとも。
勝利を得る為にも、形振る事さえ択べはしない。
間も無くケースに備えられたディスプレイに光が灯り、英語の羅列が刻まれる。
そこに描かれていたのは『MEGIDDO'S FLARE』という文字。
これが指すメギドとは、つまり最終決戦ハルマゲドンが行われる地の事を言う。
最終決戦の地に灯す炎―――すなわち、滅びの業火。
これこそが、大統領の座を与えられた者にのみ扱う事の出来る最終手段なのである。
代理と言えど現状の最高司令官であるエイミーがこれを持つのは当然だった。
それらを全て与る事で、彼女はブライアンから代理を受ける事を了承したのだ。
例えどんな犠牲を払おうとも、グランディーヴァを地に堕とす事を約束せんが為に。
「街にはもう人は居ません。 例え核の影響で街が崩壊したとしても、人が死ぬ訳ではないのです。 だからこそこれで終わりにはなりません」
エイミーがそっと手に持った厚いカード状の何かを取り出すと、「パキリ」と二つに折り割る。
その中から姿を現したのは細いカードキー。
それをそっとケースに備えられた穴へと差し込むと、モニター隣にある複数の赤いランプの内の一つが緑色へと変わる。
「―――いえ、その時こそアメリカは真の意味で自由を得るのです。 【アースレイジー】の思想の下で、この国は戦う事を是とした救世国家として称賛される事でしょう」
間も無く画面に姿を現すのは両手の形をした画像。
そこに合わせる様にエイミーが両手を添え、ぐっと押し付ける。
するとまたしても赤いランプの一つが緑となり……
「これは必要な犠牲、必要な破壊、破壊です。 新たな時代へ進む為の」
次に現れたのは眼の形を現したCG画像。
今度はそこに向けて顔を覗き込み。
途端、顔認証カメラが光を放ち、三つ目の緑ランプが光を灯す。
「そそう、あ新たな時代はもはや私達の手にああるも同然なのですよ」
その一言と共に、四つ目の赤いランプも緑へ置き換わっていて。
画面に表れていたのは口を示す物。
声帯認証もまた、その中に含まれていたのだ。
「私達が救うのですす。 彼等の死を以って、この国を、世界を、彼等をもすく救うのです」
「エ、エイミー……?」
誰しもが戸惑いの目を向ける中、最後の認証キーであるパスコード入力部が表示され。
エイミーはそれを前に迷う事無くロドニーへと手を翳し、何かを要求するかの如く四つ指を跳ね動かす。
彼女が求めたのは、副大統領が持つとされる第三者認証キー。
それをロドニーが持っている事を知っての手招きだったのだ。
しかしロドニーは腕を懐に忍ばせるものの、震える余りに動きを止めていて。
「出しなさいロドニー」
「エイミー……これを出せば私の全てが失われてしまう。 私はそれが怖い……!!」
この街は彼にとっての故郷であり、家もあり、全てだった。
彼はこの街で成り上がり、地盤を整え、今日までの地位を築いたのだ。
それが無為に消えるかもしれないと思えば恐ろしくなりもしよう。
「いいですかロドニー? 貴方はここに居ます。 ここに居るからこそ、この戦いが終われば新しく、更に飛躍した明日が待っています。 英雄の一人として」
「え、英雄……」
「そう、讃えられるべき存在の一人に貴方は成るのです。 今は恐ろしくても、悲しくても、乗り越えれば素晴らしい明日が待っているのですよ」
その時エイミーがロドニーへと見せたのは、優悦なる笑み。
すると催促していた指がロドニーの顔へと「スッ」と伸び。
彼の頬をそっと滑り、シワだらけの喉元へと誘われていく。
そのまま柔らかな指が首筋へ触れると、切り揃えられた襟首をゆっくり逆撫で上げた。
それが心地さを与えて彼の心を呆けさせ。
気持ちの呆けは安らぎを呼び込み、不安に包む心をしっとりと惚かしていく。
「わ、わかった……」
年老いたとはいえやはり男なのだろう。
エイミーの美貌と甘い声、そして艶やかな戯れの前にして心を揺り動かされずにはいられない。
それでとうとう観念したのだろう。
ロドニーが懐に留めていた拳を晒してエイミーの下へと差し出し。
それを「コトリ」と置き、シワだらけの手をそっと退ける。
そうして現れたのは小さな棒状の物体。
それをエイミーが摘まみ上げ。
先程と同じ様に「パキリ」と割り、中に仕込まれた小さな紙を取り出す。
そこに描かれていた物こそ、装置に打ち込まれるべき文字だったのだ。
「ありがとうロドニー……フフッ」
エイミーが規則性の欠片も無い羅列文字を一文字づつ丁寧に撃ち込んでいく。
間違えぬ様確実に、かつ迷いなく。
そして最後の決定キーを押した時、とうとう全てのランプが緑となる。
すると途端に装置が動きを見せ、キーボード部が左右に激しく開く。
その様にして中から姿を現したのは、たった一つの赤い物理ボタン。
それを押すだけで、全ての核兵器の使用を許可する事が出来るという最後の一押しである。
彼女はそれを―――何一つ躊躇う事無く押したのだった。
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