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第三十六節「謀略回生 ぶつかり合う力 天と天が繋がる時」
~Idéal déformé <歪められた理想> ディックと黒鷲③~
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「リューシィと……会っただとッ!?」
「そうさぁ、お前にとっての運命の日になぁ!!」
ディックとジェロール。
かつて同じ部隊で上下関係にあり、師弟であった者同士。
この二人にまつわる関わりは、ディック当人が知る以上に深かった様だ。
家族をも巻き込み、不幸を導く程に深く重く。
「俺にはあの作戦以外にちょっとした仕事があってな。 簡単に言えば~そう、交渉役って奴だ。 軍と政府と―――【救世同盟】のな!」
「ッ!?」
「貴様は知らんと思うが、あの頃から政府は【救世同盟】とズブズブだ。 いや、【救世】と、と言えば正しいか」
「なんだって……ッ!?」
【救世】と関わりがある。
それはすなわち、フランス政府があのデュゼローと関わりがあるという事だ。
【救世同盟】が出来る前から、【東京事変】が起きる前から。
いや、もしかしたらそれよりもずっと―――
こうしてジェロールの口から明かされたのは、もはや信じる事さえ憚れる程の事実の数々。
ディックもこの話を前に、堪らずその顔を引きつらせていて。
「そこで俺は政府から一つの命令を受けたのだよ。 デモ襲撃部隊の作戦指揮をな」
「なっ!?」
「そうさぁ、デモ隊の襲撃タイミング、主要標的、攻撃方法から引き際まで、全てを俺がレクチャーしてやったんだよぉ!! 政府の考えた事は本当に面白かったなぁ~!! 【救世同盟】を正当化する為に敢えてデモ隊を潰すなんてどうかしてると思ったもんだァ!!」
しかもその闇はまだまだ深い。
まさか自分の上司があのデモ隊襲撃の手助けをしていたなんて思ってもみなかっただろう。
しかも政府の命令によって。
ジェロールがこんな事を正直に話す理由はわからない。
だが明らかに語っている事は真実だ。
でなければ、ここまで自信満々に、得意気に話す訳が無い。
「でもそれだけじゃあ面白く無かったからなァ~!! ちょいと遊ばせてもらったのよ。 折角だからあの二人には玩具に成ってもらったァ!! 元々生意気だったからなぁッハッハア!! ちなみにあの二人は今頃、北海北部で寒中遊泳中だ。 最後に残した言葉を教えてやろうかァ~!?」
「キサマァーーーーーーッッ!!!」
ガォンッ!! ガォンッ!! ドォンッ!!
そうして連なる話はこれ以上に無いディックの怒りを呼ぶ。
狙いが定まらなくなる程の動揺と困惑をと共に。
あの時助けた二人の親友はもうこの世にはいない。
知らぬ間に、陰謀によって殺された。
その失意が、絶望が、常に冷静だったはずのディックから理性を奪っていく。
「そんで可愛いリューシィちゃんだ」
「ッ!!?」
「折角だからなぁ、愛国熱心なお友達を通じて呼んでもらったのよ。 『旅費も出すから愛国の為に一肌脱いで』てなぁ!! そしたら本当に来てくれたんだよ!! イイ子だよねぇ、親に似てよぉ!!」
ジェロールの口はそれでも止まらない。
溢れて来るのは驚愕の事実ばかり。
今の今まで真っ赤になっていたディックの顔が蒼白になる中で。
「だからちょっとだけ色を付けたのよぉ!! 『この建物の上にはお父さんを狙う悪い奴が居るから、この銃でそいつを殺すんだ。 大丈夫、そいつは悪人だから殺しても罪にはならない。 政府から命令を受けた軍人の私が言うのだから間違いない』ってなぁ!!!」
そう、全ては仕組まれていたのだ。
このジェロールという男の手によって。
リューシィが自分の父親を守ろうとして、父親に銃を向け、そして父親に殺された。
その結末を呼び込んだのは決して偶然ではない。
目の前で咆える男が全てを導いた結末だったのである。
「でも俺は政府の指示に従っただけだぞぉ!! ただそれにちょっと色を加えただけだ!! そしてその結果、俺は昇進したッ!! 評価されたのだ!! そして俺は今、その手腕を買われてここに居るッ!! 闘争を、戦争を、一方的な殺し合いを先導する為にッ!!」
そこに秘める悪意は―――もはや邪悪。
己の欲望に従い、闘争を呼び、混乱を招き、恐怖で覆った。
その全てが、この何でもないたった一人の人間によって始められたのだ。
「お前達の事はデュランには伝えていない!! 面白そうだったからなぁ!! それだけじゃない。 デュランからの情報も政府には色々手を加えて伝えていた! 逆もまた然りッ!! どっちも思った様に動いてくれるからな、実に楽しかったよぉ~!! これが俺の求めた争いの世界だとおッ!!!」
ドォンッ!! ドォンッ!!
そして放たれた銃声がまるで祝砲に様に撃ち放たれる。
奇声にもたる笑い声と共に。
ここに至るまで、このジェロールという男が影で蠢いていて。
デュラン達やフランス政府もが与り知らぬまま、いい様に扱われていたという事実。
もはやそこに【救世】や【救世同盟】本来の理想は介在していない。
全ては、黒鷲という黒幕ただ一人に良い様に弄ばれていただけだったのだ。
己が望む争いを世界にもたらし続ける為に。
その歪んだ思想、アルトラン・ネメシスを彷彿とさせる程に醜悪。
ただの人間がここまで歪むのかと思える程に。
そしてその醜悪さを前に、ディックが昂らないはずも無い。
娘を騙し、親友を殺し、国を陥れ、世界を混乱させる張本人を前にして。
「テメェをちょっとでもこっちに勧誘した事を後悔したぜ……このド外道があーーーッッ!!!」
その怒りは、屋敷内部を震わす程の叫びをもたらした。
命力など無くとも、魔剣使いでなくとも。
今の彼の心の叫びは誰よりも何よりも強く激しく。
それだけの憤りが、彼を突き動かしたのだ。
何者にも勝る激情と、これ以上に無い集中力をもたらして。
撃ち放たれる弾丸にも怯む事無く。
その身を跳ねさせ弾丸を撃ち込んで。
更には追撃も加え、付け入る隙を与えない。
反撃をさせる間も無く、素早く、確実に近付いていく。
そうして見えたのは―――ジェロールの姿。
床に仰向けで倒れながら右手で銃を構える男の姿がそこにあったのだ。
その両脚は先程の事故で潰されたのか、血に塗れてもう動かない。
魔導具も火花を散らせている辺り、同時に故障したのだろう。
その中でもこうして反撃や舌戦を繰り広げていた精神はまさに強靭と言える。
しかし、そんな事はもはやディックには関係無い。
その極限にまで高められた集中力が、空かさず目標へと腕を動かさせる。
ガォンッ!!
たちまち放たれた銃弾がジェロールの握る銃を砕き、破片を舞い散らせた。
狙いは確実、こうなれば一発たりとも外さない。
それを可能とするのがディックという男なのだから。
「追い詰めたぞジェロールッ!! 俺はもう貴様を許すつもりはねぇ!!」
「さすがだよディック……やはりお前はさっさとやっとくべきだった。 国に出る前に始末しなかったのが俺の失敗か……」
もうジェロールに武器は備わっていない。
例え持とうとしてもディックが許さないだろう。
それにもう動こうともしない。
抵抗の意思が無いのか、それとも動けないほど消耗しているのか。
「折角だから、最後に教えておくとしよう。 俺が教えていなかった事を……」
息も荒く、身動きも出来ない。
精々動くのは口だけか。
その姿は先程と打って変わってしおらしく、声にも覇気は無い。
まるで全てを諦めたかの様に。
その中で語られる最後なる話とは。
遺言ともとれるその言葉を、ディックは静かに待つ。
銃を両手で構え、引き金に指を掛けながら。
「兵士が床に背を付くのは、死ぬ時と、寝る時……そして何だと思う?」
「何……ッ!?」
でもそうして放たれたのはまるでナゾナゾ。
今までの話とは全く脈絡の繋がらない様な。
だが、それは決して遺言では無かったのだ。
「それは―――勝利を確信した時だああーーーッッ!!」
その時、何も持っていなかったジェロールの左手が動きを見せる。
掌の裏に隠してあった何かを押し込む様に。
そこにあったのは―――スイッチ。
予め設置してあった指向性爆薬の起爆スイッチである。
ドッギャアアーーーーーーンッッ!!!
その瞬間、ディックの真横にあった壁が突如として炸裂する。
なんと、ジェロールの張っていた罠が起爆したのだ。
途端、凄まじい爆発がディックの体を爆炎と共に吹き飛ばし、反対隣にあった部屋へと送り込む。
その場が真っ黒に包まれる程の黒煙を撒き散らしながら。
凄まじい威力だった。
周囲の壁が破砕される程に。
強烈な振動故に、遠くで再び倒壊が始まる程に。
その中でも、離れのジェロールは無事だった。
指向性爆薬ともあり、その影響が及ばなかったからだ。
当然、これは彼の狙い通りではあるが。
「ふぅー……これは賭けだった。 だが罠はちゃんと動いてくれた。 俺は賭けに勝ったぞディック」
脚も動けないという程の傷では無かったのだろう。
震えながらも踏み締めて、辛うじて立ち上がる。
その手に予備の拳銃を携えて。
ジェロールはまだ終わったとは思っていない。
眉間に銃弾を撃ち込むまで、死んだ事を確認するまでは。
予測・予想はすれど、憶測は危険だという事を痛い程に知る軍人だからこそ。
「これは運命だったのだ。 お前達親子は最初からこの国には必要無かった。 そう歴史が証明したのだよ」
未だ煙が返ってくる中で、ゆっくりと道を行く。
吹き飛ばされたディックが居るであろう部屋へと。
「だが安心しろ。 お前の戦いが礎となって、世界に更なる戦争をもたらすだろう。 そして俺がそれを操る支配者となる。 安心と平和に塗れて腐った世界を俺が生き返らせてやるから―――」
その顔に下卑たる笑みを浮かべ。
薄まって消えていく煙を掻き分けながら、遂にその部屋の前へと到達する。
「だから安心して、あの世の娘とヨロシクしていろ。 女好きのお前にピッタリの相手だぁ」
狙った者を確実に仕留める為に、その両腕で銃をしっかりと構えて。
殺すべき敵へ最後の一発を撃ち込む為に。
「……えっ?」
だが、ジェロールはその時、唖然としていた。
目の前の光景がただただ信じられなかったから。
あれだけの爆発に巻き込まれたのに。
確実に吹き飛ばされたはずなのに。
誰も居ない。
部屋には、誰も、何も。
見えるのは精々、爆炎で煤けた壁と、崩れ落ちた破片と、倒れた小テーブルと椅子程度で。
そこはいわゆる空き部屋で、隠れられそうな家具さえも無いのに。
瓦礫が邪魔で、窓も封じられていて逃げられる訳も無く。
天井にも何も居ないし、扉枠の影に隠れてる訳でもない。
人の気配が―――無い。
「バカな……一体どこに行った!?」
ジェロールは確かに見たのだ。
ディックが吹き飛ばされる所を、その眼で。
なのに、煙の様に消えた。
まるで姿をくらましたかの様に。
「どこだ、どこだディーーーックッ!?」
遂には背後や通路にも銃口を向け、周囲を警戒する。
どこに行ったかもわからなくなった今、警戒すべきは全域なのだから。
「わからない様だから教えてやる。 俺はここだよジェロール」
ただ、その警戒をするべき所は完全に間違いだったと言えるだろう。
何故ならディックは―――最初からずっと、その場を動いていないのだから。
その一言がジェロールの視線を再び部屋へと呼び戻す。
視線だけを。
そして見る事だろう。
そこに垣間見えた現実を。
瓦礫と煤塗れでしかなかった部屋の中で。
ディックの顔の一部と銃口だけが浮いて見える不可思議な光景を。
「じゃあなジェロール。 地獄で詫びろぃ」
ドギャオウンッッッ!!!!
そこから放たれた銃弾は幻覚でも錯覚でも何でもない。
実弾として、ジェロールの胸を真っ直ぐと撃ち貫いたのだ。
その身を跳ねさせる程の衝撃と共に。
「ガッ!?」
撃ち放たれたのは、心臓を狙った一発。
左胸一貫、即死不可避の徹甲弾。
魔装さえも貫く、非情の一撃である。
「リューシィは嘘が嫌いでね、今頃キレ散らかしているだろうからな」
間も無くジェラールが床へと堕ちていく。
糸の切れた人形の様に、グシャリと。
弾け飛んだ背中を隠す様にして。
そしてとうとうディックがその全容を現す。
【キュリクス】に隠されていたその全身を。
そう、今のは全て【キュリクス】が持つ能力の賜物。
爆発を防いだのも、機能の一部である自動防御システムが働いたから。
爆速よりも展開が速いという、圧倒的防御性能が故に。
加えてその盾状フィールドには、なんとリフジェクター機能が搭載されている。
盾が展開されている領域を相手から隠す事が出来るのだ。
でもこれはディックの機転があったからこそ成し得た事。
【キュリクス】の特性を理解しきったが故に掴み取れた勝利だったのである。
「やったぜリューシィ、リデル……俺達の戦いはやっと、終わったんだ」
これはもはやディックだけの勝利では無い。
人生を狂わされた彼の家族の無念を晴らした、ディック一家の勝利なのだから。
「けどまだ終わりじゃねぇ。 何もかも終わって、それから俺も詫びに行くからな。 全部終わるまで待っててくれ、リューシィ……」
確かにディックの悲願は達成された。
でも、彼にはまだやるべき事が残っている。
グランディーヴァ隊員としてのやるべき責務が。
勇に託された使命が。
だからまだ止まれない。
立ち止まる訳にはいかない。
その想いが足を一心に突き動かさせる。
「ぐぅ……ったく、世の中もっとスマートに行かせてくれんもんかねぇ……」
ただその歩は鈍く重く。
先程の爆発で、左足先を潰されてしまったから。
【キュリクス】有効範囲外に出ていたが故の仕方ない負傷である。
それでも彼は止まらないだろう。
足が動く限り、一本でも残っている限り。
これこそが彼の戦士たる由縁なのだから。
「そうさぁ、お前にとっての運命の日になぁ!!」
ディックとジェロール。
かつて同じ部隊で上下関係にあり、師弟であった者同士。
この二人にまつわる関わりは、ディック当人が知る以上に深かった様だ。
家族をも巻き込み、不幸を導く程に深く重く。
「俺にはあの作戦以外にちょっとした仕事があってな。 簡単に言えば~そう、交渉役って奴だ。 軍と政府と―――【救世同盟】のな!」
「ッ!?」
「貴様は知らんと思うが、あの頃から政府は【救世同盟】とズブズブだ。 いや、【救世】と、と言えば正しいか」
「なんだって……ッ!?」
【救世】と関わりがある。
それはすなわち、フランス政府があのデュゼローと関わりがあるという事だ。
【救世同盟】が出来る前から、【東京事変】が起きる前から。
いや、もしかしたらそれよりもずっと―――
こうしてジェロールの口から明かされたのは、もはや信じる事さえ憚れる程の事実の数々。
ディックもこの話を前に、堪らずその顔を引きつらせていて。
「そこで俺は政府から一つの命令を受けたのだよ。 デモ襲撃部隊の作戦指揮をな」
「なっ!?」
「そうさぁ、デモ隊の襲撃タイミング、主要標的、攻撃方法から引き際まで、全てを俺がレクチャーしてやったんだよぉ!! 政府の考えた事は本当に面白かったなぁ~!! 【救世同盟】を正当化する為に敢えてデモ隊を潰すなんてどうかしてると思ったもんだァ!!」
しかもその闇はまだまだ深い。
まさか自分の上司があのデモ隊襲撃の手助けをしていたなんて思ってもみなかっただろう。
しかも政府の命令によって。
ジェロールがこんな事を正直に話す理由はわからない。
だが明らかに語っている事は真実だ。
でなければ、ここまで自信満々に、得意気に話す訳が無い。
「でもそれだけじゃあ面白く無かったからなァ~!! ちょいと遊ばせてもらったのよ。 折角だからあの二人には玩具に成ってもらったァ!! 元々生意気だったからなぁッハッハア!! ちなみにあの二人は今頃、北海北部で寒中遊泳中だ。 最後に残した言葉を教えてやろうかァ~!?」
「キサマァーーーーーーッッ!!!」
ガォンッ!! ガォンッ!! ドォンッ!!
そうして連なる話はこれ以上に無いディックの怒りを呼ぶ。
狙いが定まらなくなる程の動揺と困惑をと共に。
あの時助けた二人の親友はもうこの世にはいない。
知らぬ間に、陰謀によって殺された。
その失意が、絶望が、常に冷静だったはずのディックから理性を奪っていく。
「そんで可愛いリューシィちゃんだ」
「ッ!!?」
「折角だからなぁ、愛国熱心なお友達を通じて呼んでもらったのよ。 『旅費も出すから愛国の為に一肌脱いで』てなぁ!! そしたら本当に来てくれたんだよ!! イイ子だよねぇ、親に似てよぉ!!」
ジェロールの口はそれでも止まらない。
溢れて来るのは驚愕の事実ばかり。
今の今まで真っ赤になっていたディックの顔が蒼白になる中で。
「だからちょっとだけ色を付けたのよぉ!! 『この建物の上にはお父さんを狙う悪い奴が居るから、この銃でそいつを殺すんだ。 大丈夫、そいつは悪人だから殺しても罪にはならない。 政府から命令を受けた軍人の私が言うのだから間違いない』ってなぁ!!!」
そう、全ては仕組まれていたのだ。
このジェロールという男の手によって。
リューシィが自分の父親を守ろうとして、父親に銃を向け、そして父親に殺された。
その結末を呼び込んだのは決して偶然ではない。
目の前で咆える男が全てを導いた結末だったのである。
「でも俺は政府の指示に従っただけだぞぉ!! ただそれにちょっと色を加えただけだ!! そしてその結果、俺は昇進したッ!! 評価されたのだ!! そして俺は今、その手腕を買われてここに居るッ!! 闘争を、戦争を、一方的な殺し合いを先導する為にッ!!」
そこに秘める悪意は―――もはや邪悪。
己の欲望に従い、闘争を呼び、混乱を招き、恐怖で覆った。
その全てが、この何でもないたった一人の人間によって始められたのだ。
「お前達の事はデュランには伝えていない!! 面白そうだったからなぁ!! それだけじゃない。 デュランからの情報も政府には色々手を加えて伝えていた! 逆もまた然りッ!! どっちも思った様に動いてくれるからな、実に楽しかったよぉ~!! これが俺の求めた争いの世界だとおッ!!!」
ドォンッ!! ドォンッ!!
そして放たれた銃声がまるで祝砲に様に撃ち放たれる。
奇声にもたる笑い声と共に。
ここに至るまで、このジェロールという男が影で蠢いていて。
デュラン達やフランス政府もが与り知らぬまま、いい様に扱われていたという事実。
もはやそこに【救世】や【救世同盟】本来の理想は介在していない。
全ては、黒鷲という黒幕ただ一人に良い様に弄ばれていただけだったのだ。
己が望む争いを世界にもたらし続ける為に。
その歪んだ思想、アルトラン・ネメシスを彷彿とさせる程に醜悪。
ただの人間がここまで歪むのかと思える程に。
そしてその醜悪さを前に、ディックが昂らないはずも無い。
娘を騙し、親友を殺し、国を陥れ、世界を混乱させる張本人を前にして。
「テメェをちょっとでもこっちに勧誘した事を後悔したぜ……このド外道があーーーッッ!!!」
その怒りは、屋敷内部を震わす程の叫びをもたらした。
命力など無くとも、魔剣使いでなくとも。
今の彼の心の叫びは誰よりも何よりも強く激しく。
それだけの憤りが、彼を突き動かしたのだ。
何者にも勝る激情と、これ以上に無い集中力をもたらして。
撃ち放たれる弾丸にも怯む事無く。
その身を跳ねさせ弾丸を撃ち込んで。
更には追撃も加え、付け入る隙を与えない。
反撃をさせる間も無く、素早く、確実に近付いていく。
そうして見えたのは―――ジェロールの姿。
床に仰向けで倒れながら右手で銃を構える男の姿がそこにあったのだ。
その両脚は先程の事故で潰されたのか、血に塗れてもう動かない。
魔導具も火花を散らせている辺り、同時に故障したのだろう。
その中でもこうして反撃や舌戦を繰り広げていた精神はまさに強靭と言える。
しかし、そんな事はもはやディックには関係無い。
その極限にまで高められた集中力が、空かさず目標へと腕を動かさせる。
ガォンッ!!
たちまち放たれた銃弾がジェロールの握る銃を砕き、破片を舞い散らせた。
狙いは確実、こうなれば一発たりとも外さない。
それを可能とするのがディックという男なのだから。
「追い詰めたぞジェロールッ!! 俺はもう貴様を許すつもりはねぇ!!」
「さすがだよディック……やはりお前はさっさとやっとくべきだった。 国に出る前に始末しなかったのが俺の失敗か……」
もうジェロールに武器は備わっていない。
例え持とうとしてもディックが許さないだろう。
それにもう動こうともしない。
抵抗の意思が無いのか、それとも動けないほど消耗しているのか。
「折角だから、最後に教えておくとしよう。 俺が教えていなかった事を……」
息も荒く、身動きも出来ない。
精々動くのは口だけか。
その姿は先程と打って変わってしおらしく、声にも覇気は無い。
まるで全てを諦めたかの様に。
その中で語られる最後なる話とは。
遺言ともとれるその言葉を、ディックは静かに待つ。
銃を両手で構え、引き金に指を掛けながら。
「兵士が床に背を付くのは、死ぬ時と、寝る時……そして何だと思う?」
「何……ッ!?」
でもそうして放たれたのはまるでナゾナゾ。
今までの話とは全く脈絡の繋がらない様な。
だが、それは決して遺言では無かったのだ。
「それは―――勝利を確信した時だああーーーッッ!!」
その時、何も持っていなかったジェロールの左手が動きを見せる。
掌の裏に隠してあった何かを押し込む様に。
そこにあったのは―――スイッチ。
予め設置してあった指向性爆薬の起爆スイッチである。
ドッギャアアーーーーーーンッッ!!!
その瞬間、ディックの真横にあった壁が突如として炸裂する。
なんと、ジェロールの張っていた罠が起爆したのだ。
途端、凄まじい爆発がディックの体を爆炎と共に吹き飛ばし、反対隣にあった部屋へと送り込む。
その場が真っ黒に包まれる程の黒煙を撒き散らしながら。
凄まじい威力だった。
周囲の壁が破砕される程に。
強烈な振動故に、遠くで再び倒壊が始まる程に。
その中でも、離れのジェロールは無事だった。
指向性爆薬ともあり、その影響が及ばなかったからだ。
当然、これは彼の狙い通りではあるが。
「ふぅー……これは賭けだった。 だが罠はちゃんと動いてくれた。 俺は賭けに勝ったぞディック」
脚も動けないという程の傷では無かったのだろう。
震えながらも踏み締めて、辛うじて立ち上がる。
その手に予備の拳銃を携えて。
ジェロールはまだ終わったとは思っていない。
眉間に銃弾を撃ち込むまで、死んだ事を確認するまでは。
予測・予想はすれど、憶測は危険だという事を痛い程に知る軍人だからこそ。
「これは運命だったのだ。 お前達親子は最初からこの国には必要無かった。 そう歴史が証明したのだよ」
未だ煙が返ってくる中で、ゆっくりと道を行く。
吹き飛ばされたディックが居るであろう部屋へと。
「だが安心しろ。 お前の戦いが礎となって、世界に更なる戦争をもたらすだろう。 そして俺がそれを操る支配者となる。 安心と平和に塗れて腐った世界を俺が生き返らせてやるから―――」
その顔に下卑たる笑みを浮かべ。
薄まって消えていく煙を掻き分けながら、遂にその部屋の前へと到達する。
「だから安心して、あの世の娘とヨロシクしていろ。 女好きのお前にピッタリの相手だぁ」
狙った者を確実に仕留める為に、その両腕で銃をしっかりと構えて。
殺すべき敵へ最後の一発を撃ち込む為に。
「……えっ?」
だが、ジェロールはその時、唖然としていた。
目の前の光景がただただ信じられなかったから。
あれだけの爆発に巻き込まれたのに。
確実に吹き飛ばされたはずなのに。
誰も居ない。
部屋には、誰も、何も。
見えるのは精々、爆炎で煤けた壁と、崩れ落ちた破片と、倒れた小テーブルと椅子程度で。
そこはいわゆる空き部屋で、隠れられそうな家具さえも無いのに。
瓦礫が邪魔で、窓も封じられていて逃げられる訳も無く。
天井にも何も居ないし、扉枠の影に隠れてる訳でもない。
人の気配が―――無い。
「バカな……一体どこに行った!?」
ジェロールは確かに見たのだ。
ディックが吹き飛ばされる所を、その眼で。
なのに、煙の様に消えた。
まるで姿をくらましたかの様に。
「どこだ、どこだディーーーックッ!?」
遂には背後や通路にも銃口を向け、周囲を警戒する。
どこに行ったかもわからなくなった今、警戒すべきは全域なのだから。
「わからない様だから教えてやる。 俺はここだよジェロール」
ただ、その警戒をするべき所は完全に間違いだったと言えるだろう。
何故ならディックは―――最初からずっと、その場を動いていないのだから。
その一言がジェロールの視線を再び部屋へと呼び戻す。
視線だけを。
そして見る事だろう。
そこに垣間見えた現実を。
瓦礫と煤塗れでしかなかった部屋の中で。
ディックの顔の一部と銃口だけが浮いて見える不可思議な光景を。
「じゃあなジェロール。 地獄で詫びろぃ」
ドギャオウンッッッ!!!!
そこから放たれた銃弾は幻覚でも錯覚でも何でもない。
実弾として、ジェロールの胸を真っ直ぐと撃ち貫いたのだ。
その身を跳ねさせる程の衝撃と共に。
「ガッ!?」
撃ち放たれたのは、心臓を狙った一発。
左胸一貫、即死不可避の徹甲弾。
魔装さえも貫く、非情の一撃である。
「リューシィは嘘が嫌いでね、今頃キレ散らかしているだろうからな」
間も無くジェラールが床へと堕ちていく。
糸の切れた人形の様に、グシャリと。
弾け飛んだ背中を隠す様にして。
そしてとうとうディックがその全容を現す。
【キュリクス】に隠されていたその全身を。
そう、今のは全て【キュリクス】が持つ能力の賜物。
爆発を防いだのも、機能の一部である自動防御システムが働いたから。
爆速よりも展開が速いという、圧倒的防御性能が故に。
加えてその盾状フィールドには、なんとリフジェクター機能が搭載されている。
盾が展開されている領域を相手から隠す事が出来るのだ。
でもこれはディックの機転があったからこそ成し得た事。
【キュリクス】の特性を理解しきったが故に掴み取れた勝利だったのである。
「やったぜリューシィ、リデル……俺達の戦いはやっと、終わったんだ」
これはもはやディックだけの勝利では無い。
人生を狂わされた彼の家族の無念を晴らした、ディック一家の勝利なのだから。
「けどまだ終わりじゃねぇ。 何もかも終わって、それから俺も詫びに行くからな。 全部終わるまで待っててくれ、リューシィ……」
確かにディックの悲願は達成された。
でも、彼にはまだやるべき事が残っている。
グランディーヴァ隊員としてのやるべき責務が。
勇に託された使命が。
だからまだ止まれない。
立ち止まる訳にはいかない。
その想いが足を一心に突き動かさせる。
「ぐぅ……ったく、世の中もっとスマートに行かせてくれんもんかねぇ……」
ただその歩は鈍く重く。
先程の爆発で、左足先を潰されてしまったから。
【キュリクス】有効範囲外に出ていたが故の仕方ない負傷である。
それでも彼は止まらないだろう。
足が動く限り、一本でも残っている限り。
これこそが彼の戦士たる由縁なのだから。
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彼女らもまた、一度は奪われ、失ったものを、物作りを通して取り戻していく。
カクヨムにて完結済み。
( https://kakuyomu.jp/works/16817330656544103806 )
S級冒険者の子どもが進む道
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【12/26完結】
とある小さな村、元冒険者の両親の下に生まれた子、ヨハン。
父親譲りの剣の才能に母親譲りの魔法の才能は両親の想定の遥か上をいく。
そうして王都の冒険者学校に入学を決め、出会った仲間と様々な学生生活を送っていった。
その中で魔族の存在にエルフの歴史を知る。そして魔王の復活を聞いた。
魔王とはいったい?
※感想に盛大なネタバレがあるので閲覧の際はご注意ください。
魔力ゼロの英雄の娘と魔族の秘密
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そんなある日、アリアは山中で倒れていた謎の魔法使いイアンを助ける。彼は並外れた魔法の才能を持ちながら、孤独な影を背負っていた。やがて二人は冒険の中で信頼を深め、街を脅かす魔王復活を阻止するため、「カギ」を探す旅に出る。
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過去に囚われたイアンと、前を向いて進むアリア。二人の絆が、世界を揺るがす冒険の行方を決める――。シリアスとギャグが織り交ざる、剣と魔法の冒険譚!
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この作品は小説書き始めた初期の作品で内容と書き方をリメイクして再投稿を始めました。感想、応援よろしくお願いいたします。
元皇子の寄り道だらけの逃避行 ~幽閉されたので国を捨てて辺境でゆっくりします~
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※カクヨム様、小説家になろう様でも投稿中。
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