時き継幻想フララジカ

日奈 うさぎ

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第三十七節「二天に集え 剣勇の誓い 蛇岩の矛は空を尽くす」

~身に移、闇に支配の巫女~

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バシャシャッ……

 その時、茂みを押し潰す音が静かに周囲へ響く。
 突如として、紫織の身体が大地へと伏した事によって。

 紫織の身体はもうピクリとも動かない。
 瞳孔を開き、口を半開きにしたままで。
 吐息さえも漏らす事無く。



 そして、一方の茶奈は―――



「フッ、フフ……フフふあはハハッハッヒひヒ―――!!!」



 たちまち奇怪な声を上げ、遂には叫び声にも足る笑いを掻き鳴らしていた。
 それも、周囲の茂みを押し潰す程の重圧を撒き散らしながら。
 紫織の身体さえも茂みの中に埋めてしまう程に。

「―――嗚呼、最高の気分です……!! これがアストラル・エネマの力。 私の心と馴染んでくれてありがとう……!!」

 遂には、その顔に光悦の表情が浮かぶ。
 命力の糸に縛られながら、それさえも悦んでいるかの様に。

ブチブチチッ!!

 その命力の糸も間も無く引き千切られる事となる。
 茶奈自身の身体に変化が訪れた事で、命力の質が変わったからだ。

 そう、変わってしまった。



 もう茶奈は―――茶奈ではないのだから。



「命力を持たぬ肉と違って、体の隅々にまで力が行き届いている。 とても良く仕上がっているみたいですね。 理想に近い。 忘虚、よくここまで仕上げてくれました。 感謝します」

 その口調はまるで茶奈そのもの。
 中身が入れ替わったなどと言われてもわからない程に。

 しかしその目付きはどこか虚ろで。
 かつての優しさと、邪神の邪悪さ―――本来相容れない心が混じりあって映っているかのよう。

「いえ、主様の事を思えばと。 元の肉が持っていた装備はこちらに」

 対するキッピーももう既に茶奈を前にして平伏している。
 その存在が誰なのか、もう理解しているのだろう。

 その手元には【ユーグリッツァー】が。
 先程茶奈が浜辺に置いてきた物だ。

「ふふ、ありがとう忘虚。 いえ、キッピーちゃんと呼んであげた方がいいのかしら?」

「ご、御冗談を……願わくば真名である【ロワ】を呼称して頂ければ至福に御座いまする」

「いいでしょう。 忘虚ロワ、これより【六崩世神】を率いて最後の仕上げを行います。 貴女は先に彼等と合流してください」

「ははッ!!」

 それがキッピー……忘虚ロワの今回最後の役目だったのだろう。
 たちまちその姿が白光となって消え、空の彼方へと消えていく。
 アルライの里で見せたものと同じ光だ。

 そう、アルライの里を襲おうとしたのも彼女。
 そして、ズーダーの故郷であるグーヌーの里を飲み込んだのも。

 ロワはずっと勇達の傍に居ながら、各地でその邪魔をし続けて来たのだ。
 情報を得て、その上で何をすべきかを考えて。
 ダメな存在に見せつけて騙しながら。



 これも全て、アルトラン・ネメシスの策略の為に。



 後に残された茶奈はただ一人、大きく呼吸を繰り返す。
 まるで南国の空気を楽しむかの様に。
 自由な身体を満喫するかの様に。

 大きく腕を広げ、大きな欠伸をかきながら。

「んっ……この様な自由は久しぶり。 この解放感が心をより深く沈めてくれて。 今すぐにでもこの世界を滅ぼしてしまいたくなるくらいにっ!」

 もうそこに茶奈としての意思は存在しない。
 放たれた声は誰よりも彼女らしく柔らかで、それでいておぞましい言葉が連なる。
 その不釣り合いな声が、言葉が、彼女自身の異様さを醸し出すかの様だ。

「さぁ、私も行きましょうかっ! でもその前に準備をしないと。 身体を清めないとね」

 すると突然、茶奈が頭に備えられた【ラーフヴェラの光域】を掴み取る。
 それも強引に、引き千切る様にして。

「汚い。 こんなゴミを纏って戦っていたなんて。 これじゃあ勇さんに嫌われちゃう」

バギンッ!!

 それも間も無く、茶奈自身の手によって握り潰される事となる。
 たちまち火花が弾け飛び、欠片が砕け落ちていき。
 それだけに留まらず、伸びたケーブルさえ引き千切って欠片を打ち砕く。

 余りに強引に。
 それも笑顔のままで。

 その次は【翼燐エフタリオン】だ。
 でもそれは掴むも、すぐその手が離れていく。

「うーん、これも汚いけど便利だからなぁ。 折角だし使いましょう。 肉が造ったにしてはなかなかの出来栄えだと思いますっ!」

 どうやらその出来が気に入った様で。
 ほんの少し不機嫌そうに背面を眺めるが、壊すまでには至らない。

 しかし、笑顔もそこまでだった。

 途端に緩かった顔へ影が降りていて。
 その肩、腕をだらりと落とす。

 そんな顔に浮かんでいたのは―――



「ああ臭い。 臭い、臭い臭い……よくよく嗅げば、この体が臭い。 あの人の匂いが染みついて臭い!! 勇さんの天力が纏わりついて……臭いィィッ!!!」

 

 ―――嫌悪、憎悪。

 そう、茶奈はこれ以上に無く嫌がっていたのだ。
 己の身体に染みついた、勇の気配が余りにも不快だったから。
 天力こそ、今の彼女にとって最も忌むべき力だからこそ。

 そんな時、茶奈が突如として魔装のポケットへ手を突っ込む。
 強引に、引き裂く様にして。
 そうして取り出したのは、先程外してもらったウサギの髪飾り。

 茶奈が何よりも大事にしたいと思っていた、勇からのプレゼントだ。

「これだ!! これが最も臭いッ!! こんな物が!! こんな物がああッ!!!」

 それを突然地面へと叩き付け、その足で踏み潰す。
 何度でも、何度でも。
 形が潰れ、ひしゃげ、土に埋もれてもなお。
 捻り、押し潰して止まらない。



 でも、それは毛糸の人形だから。
 だからひしゃげても、決して潰れはしない。
 泥にまみれようとも、形もしっかりと残したままだ。

 まるで何にも屈しないという心を体現するかの様に。



 それが、茶奈の心に言い得ない怒りを灯させる事となる。

「ああああああッ!!! 何で壊レないッ!! 何デぇぇぇ!!」

 それでも何度も足を叩き付ける。
 その足だけを。

 決して、自身の力をぶつけようとはしない。

 いや、ぶつけられないのだ。
 己の負の力をぶつけてしまえば、相殺されてしまう可能性があるから。



 人形にはそれだけの想いが篭められていたからこそ。
 勇と茶奈、二人の強い想いが籠った髪飾りは―――負の力をも退ける程に強い。



「……もういい、飽きた。 私も行こう。 世界を早く滅ぼさなくっちゃ」

 けれどそんな物も世界が滅べばたちまち消えるだろう。
 ならばこうして踏みつけて壊すよりも、世界を滅ぼした方がずっと早い。

 アルトラン・ネメシスにとっては世界など、もはやその程度の扱いでしかないのだから。

 遂には魔装や衣服すら破り捨て、【翼燐エフタリオン】ただ一つを纏って。
 捨て置かれた【ユーグリッツァー】を手に取り空を行く。
 跡に何一つの残滓も残す事無く。

 もう茶奈にはア・リーヴェの監視すら行き届かない。
 その心は、力は星から途切れてしまったのだから。



 勇達に茶奈の居場所を探る術は―――もう、無い。


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