時き継幻想フララジカ

日奈 うさぎ

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第三十八節「反旗に誓いと祈りを 六崩恐襲 救世主達は今を願いて」

~金の烈風、銀の稲妻 アージ達 対 諦唯②~

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 金銀二つの輝きが地表へと到達した時、ラゴスの街に閃光が迸る。
 マヴォとアージが街中を突き抜け、空かさずマドパージェへ達へと攻撃を仕掛けたのだ。

 その軌道はまさに雷光の如し。
 目に付いた標的を片っ端から拳や魔剣で撃ち貫いていく。
 それも被害を最小限に、地に倒れた人々やオブジェクトを避けながら。

 一方の貫かれたマドパージェ達はといえば―――猛攻を前には無力だった。
 いずれも水袋が弾けたかの様に血飛沫を撒き散らし、瞬時にバラバラとなって吹き飛んでいく。
 容姿もさることながら、その耐久力さえ人間と同等なのだろう。

 しかしだからといって二人は一切容赦するつもりなど無い。
 例え相手がか弱い女性の姿をしていようとも、アルトランの眷属である以上は。

「数居るならばッ!!」
「全て討てば良しッ!!」
「「かあああーーーーーーッ!!」」

 だからこそ今、その身体に秘めた力を叫びと共に解き放とう。
 数多の標的を全て撃ち貫く為に。

 そんな彼等は既に声が聴こえないほど離れて戦っている。
 にも拘らず、咆え上げた一声には寸分のズレも無い。
 まるで互いの心が繋がり合っているかの様に。

 そしてその雄叫びが空で混じり合った時、二人の力が更なる高まりをも見せつけよう。

 マヴォが稲妻の如き突撃力で穿ち。
 アージが暴風の如き粉砕力で滅して。
 そうして一度大通りに躍り出れば、一瞬にして無数のマドパージェ達が弾け飛ぶ。
 二人がそれだけの超速度・超範囲で暴れ回っているからこそ。

 その所業はまさに雷神、風神の如し。
 静かだった街に今、豪嵐の轟きが打ち鳴り響く。

「如何な策を弄しようとも!!」
「全て薙ぎればそれで良しッ!!」
「「それが我等、【白の兄弟】の志よおッ!!」」

 この二人にはマドパージェの奇術さえ通用しない。
 心体剥離の能力も、強き心を基軸とする魔剣使いの前にはどうやら無力らしい。
 故に、幾ら手を叩こうと二人は止まらない。
 むしろその手打ちこそが位置さえ伝え、次の瞬間には肉塊へと変わり果てる事となる。

 そう出来るだけ、今の二人は昂っているのだ。
 本来なら消耗するはずの命力が逆に増えていく程に。
 戦い始めた時よりもずっと強く気高く逞しく。

 その姿はまるで共に戦える事を喜んでいるかのよう。

 そう、これこそが二人の真価。
 この相互作用こそ、【白の兄弟】に秘められた脅威の潜在能力ポテンシャルなのだから。



 かつての【東京事変】の時まで、アージとマヴォはずっと共に行動してきた。
 その実力は情報流通に乏しいはずの『あちら側』でさえ噂が飛ぶ程で。
 【白の兄弟】の名を一度出せば魔剣使いは震えあがる、とよく言ったものだ。

 だが、考えてもみよう。
 アージ、マヴォ単体の実力はそれ程までに強かっただろうか?

 いや、そこまでの実力だとは決して言い難い。

 初めて遭遇した時も、アージ単体の実力は魔剣を持ち始めて間も無い勇と拮抗していて。
 茶奈が合わされば逆に翻弄される程度でしか無かった。
 以降も目立った戦績は無く、どちらも勇に劣るというイメージが付きまとっていたものだ。

 では勇と出会って以降、二人が揃って戦った事は?
 
 たった一度、あるにはある。
 それはモンゴルでイ・ドゥール族と相まみえた時の事だ。
 あの時二人はイシュライトと対峙し、激戦の末に打ち倒したという戦果を上げた。

 でもそれだけだ。
 たった一人、イシュライトを倒したで。

 戦果は、上げていない。

 そう、目立っていなかっただけに過ぎないのだ。
 その成した事が如何な偉業であったのか、誰も語らなかったのだから。

 イシュライトの実力は実の所、今と昔で大きな差は無い。
 つまり、当時も現時点でのトップ3クラスと同等の実力を誇っていたという事だ。

 にも拘らず、そんな相手にアージとマヴォは勝利を収める事が出来た。
 それも、まだ命力鍛錬法を習熟しきっていない未熟者だった彼等が。
 今考えればそんな事は有り得ないと思えるだろう。
 凡人に近い者達が、天駆けられる程の実力者に勝つなどとは。

 ならばあれは偶然の勝利だったのか?

 決してそんな事は無い。
 あの戦いは〝二人の実力〟が導き出した必然の結果だった。

 これこそがまさに答え。
 二人は―――この二人だから強いのだ。

 その強さの秘密は、二人の持つ【相対共振】という能力にこそ存在する。

 これはすなわち現代で言う所のミックスアップ相互向上と呼ばれる作用に近い。
 対人、あるいは複数人で競い合う事によって著しい能力向上を促すという。
 この作用は戦闘技術のみならず、学問技術などあらゆる分野で効果を発揮する。
 現代はそのお陰でここまで発展したと言っても過言では無いだろう。

 対する【相対共振】とはつまり、心のミックスアップである。
 二人が揃う事で感情が昂り合い、命力をこれ以上無く増幅させてくれるというもので。
 加えて、強くなりながらも繊細さを失う事が無い。
 その場限りの向上だが、その振り幅は極めて強大だ。

 だから二人はあのイシュライトに勝てた。
 打って打って打ちまくり、相互で極限に強くなったからこそ必然的に勝てたのだ。
 きっと今までもそうやって協力し合う事で、強い相手を屠り続けて来たのだろう。

 恐らく、その実力の秘密に気付いた者は今まで居なかったのではなかろうか。
 生きてきたのが魔剣使い同士の繋がりに乏しい世界だったからこそ。
 互いに依存する戦いを邪道とする『あちら側』において、この能力は極めて稀有だったから。
 もし勇達に出会わなければ、この能力も歴史に埋もれて消えていたかもしれない。



 しかし今、そんな能力が完全に開花を果たした。
 肉体の限界を超え、感情を超えた兄弟が再び引き合った事によって。



 その向上力は今までの比ではない。
 今やアージは先程のマヴォ並みに加速していて。
 マヴォもそれに負けじと、更なる力を如何なく発揮する。
 魔剣が持つ絶対的限界をも引き出しきる程に、強く強く成り続けた事によって。

 故に雷神。
 故に風神。

 今の二人はまさに荒神の如し。
 勇とデュランが魅せた神話級の戦いさえも実現させるまでに至る程の。
 それも倒れた人々に被害を出さないという繊細さまで見せつけて。

 その圧倒的なまでの力が快挙さえ成そう。

 たった一〇分だ。
 地上に降りてからたった一〇分で二人は極限に達した。
 たったそれだけの間で、無数に存在していたマドパージェ達の割を滅したのである。

 もう残った者はまばらで動きも緩慢で。
 中には不気味に微笑みながらも逃げ出す個体の姿も。

「一匹たりとも逃がしはせんッ!! この【グダンガラム】の猛から逃れられると思うなあッ!!」

 それさえも打ち潰し、風神アージが大地を、宙を縦横無尽に駆け巡る。
 もはや並の人間では目視出来ぬ程の神速で。



 ただその気迫とは裏腹に、表情には僅かな陰りが。



 不安なのだ。
 相手を本当に倒せているのか、と。

 確かに手応えはある。
 一度薙ぎればあらゆる感覚が魔剣を通して伝わってくるから。
 骨肉の潰した感触も、引き裂いた着物の質感さえも事細かく。
 それに一度通った所を見れば鮮血の散った痕も残っているし、何なら肉片さえ転がっている。

 でもあっけない。
 余りにもあっけなさ過ぎる。

 本当に人知を超えた邪神の眷属なのかと疑ってしまう程に。
 普通の人間を打ち殺しているのではないかと錯覚してしまう程に。

「―――解せぬ。 邪神の眷属ならば相応の抵抗もあると踏んだのだが……ッ!!」

 今見える敵を屠りきり、残る相手を探して街中を飛び巡る。
 しかし時が過ぎれば過ぎる程、不安と焦りは大きくなるばかりだ。

 その想いのままに視線を彼方へチラリと向ければ、未だ意気揚々と暴れるマヴォの姿が。
 恐らく同様の不安はまだ抱いていないのだろう。

「いや、今は余計な事を考えるなアージ。 全てを討ち倒してから調べればいいッ!!」

 そんな姿を見て雑念を振り払おうとするも、抱いた感情はなかなか離れてくれない。
 弟よりも思考力に長けるアージだからこそのジレンマか。

 するとそんな悩みを抱える中、進路の先にはまた一人。
 ゆるりと踊るマドパージェの姿が視界に映り込む。

 数僅かとなったにも拘らず、その挙動は相変わらずで。
 アージが飛び込んで来ようとも止まる気配は無い。
 そんな姿も、疑問を抱いた今となっては異様そのものだ。

 例え間も無く上半身を吹き飛ばそうとも、疑念は逆に積み重なっていく。

「後何匹だ、何匹残って―――」
 
 その不安が、焦りが、何を思わせたのだろうか。
 自然と、その首は今潰して過ぎ去った個体へと捻られていて。



 そして目の当たりにするだろう。
 相手がやはり、邪神の眷属なのだという事実を。



 なんと背後から、三人ものマドパージェが一斉に飛び掛かってきていたのだ。
 いつの間にか音も無く、それもアージにも負けない速度で。

「―――なッ、なにィィィーーーッ!?」

 この時、アージは驚愕する。
 余りにも突発的で、それでいて信じられもしない出来事だったからこそ。

 今迫る三体が一体どこから湧いて出て来たのか、と。
 
 通った先に居たのは、今潰した一人だけだった。
 他の個体の気配も無く、周囲も既に通った後で。
 この一帯はほぼ殲滅し、残るのは一、二体といった所だったのに。

 それに何より、アージに向けて飛び掛かってきている。
 明らかな意思を向けてくるなど、今までには無い行動パターンである。

 しかも、迫る姿もまた異様だ。
 なにせ大手を広げて飛び込んできていたのだから。
 襲い来るというよりも、まるで抱擁しに来るかのよう。

 それも、神速にも追い付ける程の速度で。
 これに恐れない訳が無いだろう。

「だがあッ!! うおおおーーーーーーッ!!」

 ただ、アージの戦意が削がれた訳でもない。
 むしろ、背後からの攻撃だろうと対応出来る機動力を誇るからこそ。

 この時、魔剣【グダンガラム】が輝きを放ち、脅威の転進を実現させる。

 超加速からの急速旋回。
 慣性を維持したまま、その身をぐるりと回したのだ。
 それさえも攻撃の勢いへと繋げさせて。

 そうして生まれたのは黄金大旋風。
 それも三人のマドパージェを同時に滅殺する程の。

 体現せし威力、もはや血一滴さえ灰燼と化そう。

「ハァ、ハァ、そうだ、砕けばいい。 どんな策を弄しようとも、全て打ち砕けばいいのだ……ッ!!」

 もう躊躇している暇など無い。
 例え幾ら奇襲を仕掛けて来ようとも。
 隠れているならば、それさえ引き摺り出して倒さねば―――世界が滅ぶ。
 故に留まりもしない。
 新たな敵を探し当て、叩き潰す為にも。

 一人残らず倒し、勇をアルトラン・ネメシスの下へ送り出す為にも。





「探しモノは、見つかりましたかぇ?」





 だがその時、アージの背後からぞくりとする程の冷気が漂う。
 耳元で囁かれた、細々しくも冷淡な一声と共に。
 しかもそれだけではない。
 なんと、か細い両腕がアージの首後ろから伸びてきて。
 それも抱き込む様に首へと回し込んできていたのだ。

 なんとマドパージェがいつの間にか、アージの背中に取り付いていたのである。
 まるで恋人に寄り添う女性の様に、優しく抱擁する様にして。

「うおああーーーッ!?」

 これに戦慄しない訳が無い。

 いつ、背後に回られたのか。
 一体どこから現れたのか。
 どうやって出て来たのか。
 何が何だか全くわからないのだから。
 何もかもが謎過ぎて。

「諦念とは、心と常に寄り沿いしもの。 如何な強き者とて、かようにも拭えませぬ。 其れがこの【諦唯】マドパージェの在り方なれば、私達の心は常と―――貴方の直ぐ御傍に」

 しかしマドパージェは現にもう背中に居る。
 高速航行しているアージの背中に、だ。
 更には耳裏を、艶めかしくも長い蛇の様な舌で「べろぉり」となぞっていて。
 これが愛撫ならば堪らぬものなのだろうが。
 
 今のアージにとっては恐怖以外の何物でもないだろう。
 相手の正体が余りにも不可解すぎるが故に。

「さぁ共に堕ちませう。 至福の快苦を味わう為に」

 【諦唯】マドパージェ。
 その存在、戦いの概念を覆す程に―――異質。


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